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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■「ミュシャ展」の前に叙事詩とは? 「スラブ人」の移動や分布、歴史について

 ミュシャ展を見る際の「基本」?ともいえること。西欧の歴史がわかっていないので、解説を見ても、わからないのです。「スラブ人」の話なのに、なぜロシアや、ブルガリアポーランドリトアニアと、いろんな国がいっぱい出てくるのか・・・・ いったいどういうこと? 

それは、スラヴ人が、どう移動しかを理解すると次第にわかってくることだったのでした。 

 

 

 

  

■「叙事詩」って何?

(多くは民族など社会集団の)歴史的事件、特に英雄の事跡叙事の態度でうたい上げた詩

 

今回の目玉でもある《スラヴ叙事詩 全20作品が来日・・・とはいうけれど叙事詩」ってなんぞや・・・・ 叙事の態度ってどういう態度?

 

●叙事・・・事実や事件を、ありのままに述べ記すこと。
    また、その述べ記したもの。(出典:デジタル大辞泉

 

叙事詩・・・ (ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

 

 

■スラヴとは

スラヴ人とは

wikipedhiaより

中欧東欧に居住
インド・ヨーロッパ語族スラヴ語派に属する言語を話す諸民族集団

ひとつの民族を指すのではない。本来は言語学的な分類に過ぎない

 

東スラヴ人ウクライナ人ベラルーシ人ロシア人
西スラヴ人スロバキア人チェコ人ポーランド人
南スラヴ人クロアチア人セルビア人ブルガリア人など)

 

に分けられる。

言語の共通性は見られ、特に西スラヴ東スラヴは時により北スラヴ分類されることがある。

 

スラヴという国があるわけでもなくスラヴという民族を表わしているわけでもない
スラヴ語という言語を話す人たち・・・・と理解でいいだろうか。

 

 

スラヴ人が多数派を形成する国

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スラヴ人が多数派を形成する国々

  

(wikipedhiaより)

 

 

〇スラヴについて

 スラヴ全体に関する様々な学問をスラヴ学という。

 

●「スラヴ・スロボ」の意味は・・・言語』『言葉』を意味する 

 これは、「スラヴ」がギリシア語に入ったときに『奴隷』の意味となる

 (他の民族もそうであるが、スラヴ人戦争などで捕らえられると
  奴隷として扱われたためであると考えられる。
  この時代の
捕虜はどの国でも奴隷であり、戦利品のひとつに過ぎなかった)

そのギリシア文化を受け継いだローマ帝国ラテン語から西ヨーロッパ諸言語に広まった。

 

 

 

■歴史

先史時代 

言語、政治・文化面でさまざまな文化の混交によりスラヴ文化が形成される
スラヴ語圏全体の共通する文化的な要素が希薄なのは、様々な文化の交流によって成り立っていたから? その後も農耕スラヴ人は、王族キタイ、遊牧キタイとの婚姻によって交流し農耕スラヴに吸収同化された。

 

 

〇中世初期

民族大移動における考古文化のプラハ・ペンコフ・コロチン文化複合それ以前は西スラヴ語群の元となった系統の諸部族と東スラヴ語群の元となった系統の諸部族は、政治的、文化的にも断絶が続いていた時期が長い。

 

〇中世時代

9世紀、農耕に適さず人口が希薄なパンノニア盆地に遊牧民マジャール人が侵入西スラヴ語群の諸部族が北と南に分断される。北では西スラヴ語群、南では南スラヴ語群が形成された。

 

スラヴ叙事詩は、この中世、9世紀ごろからの話 

 

 

■政治・文化

スラヴ語の共通性を基盤とするスラヴ全体の共通性を強調する態度は汎スラヴ主義

(それは、国民楽派第一次世界大戦民族国家、旧東欧の概念などの重要なアイデンティティとなった。)

 

文化宗教面ではスラヴ各民族ごとに異なるアイデンティティを持っている。

 

ロシアポーランド関係、旧ユーゴスラビアなどのように血を流し合って対立

ポーランドポーランド語を共通語。
 ポーランド・リトアニアと共和国の関係が長く続く
 スラヴ語を使わない、出自やその混交の家系の人々が多い。
 伝統的にスラヴを民族と捉える意識が希薄。

 19世紀に盛んだった汎スラヴ運動に、ポーランド人は関わることは一切ない。


「スラヴ」とは単に言語的な括りにすぎない

 

 

スラヴ人の分布

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出典:ゲルマン人とスラヴ人の移動地図 (5世紀) - 世界の歴史まっぷより

 

スラヴ人の多くはコーカソイド人種の特徴を持つ。原住地はカルパチア山脈周辺と推定スキタイ人サルマタイ人吸収同化して同一の言語集団として成立

 

その後ヨーロッパ各地へと移住する過程で67世紀頃まで、言語としてある程度の一体性を持っていた。(上の図)

 

次第に東スラヴ人西スラヴ人南スラヴ人といった緩やかなまとまりから、さらに各地のスラヴ民族を多数派とする集団へと分化。

 

 

〇スラヴ民族は、

ユーラシア大陸の「イラン系」・・ 遊牧騎馬民族サルマタイ
・「トルコ・モンゴル系」・・・・・・ フン族
・「ゲルマン系一部族ゴート族」・・・・多民族から成り立っている、

(東欧やシベリアは後に モンゴル・イラン・トルコ系アヴァールハーン)や
            モンゴロイドの「ブルガール人」が定住)

 

ハーンの侵攻からゲルマン民族が撤退後の土地に定住。

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帝国書院 |お詫びと訂正 高校の教科書

 

〇移住先で在来の住民と混交し同化 相互に影響

移住では元々の在来の住民と混交する形で言語的にも文化的にも、次第に現地住民を同化しつつ、在来の住民と相互に影響を与え合う形で発展。

 

〇トルコ系

特にトルコの支配を受けた南スラヴ人については、スラヴ人の移住以前からのバルカン半島の土着的な要素に加えて、オリエンタル地域に由来する文化も持ち合わせている。

 

 

ブルガリア

ブルガリアの名前は中世のテュルク系遊牧民であったブルガール人に由来。ブルガール人は彼らが支配するドナウ・ブルガール・ハン国多数派であったスラヴ人と同化してブルガリア人となった。

 

〇ドイツ系

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(出典:【ポーランド】 西スラブ人としての歴史の始まり :

       多言語のススメ ~ロシア・東欧情報~

 

一方、西ヨーロッパにおいても少数ながらスラヴ民族が現在も住居している。特にドイツ東部においては、古来よりポーランドとの国境付近にはドイツ人ポーランド人との混血集団であるシレジア人を始め、エルベ川東部にもスラヴ系集団が住居し、現代に至るまでドイツ人との間で複雑な相克の歴史を持つ。現在もドイツ東部にはソルブ人が住居している。また中世以来の古い家系でありながらスラブ系やスラブ系由来の姓を持っているドイツ人は多数いる。

 

 

 

〇近代以降 

近代以降はカナダに大量のスラヴ人が移住している。彼らは英語化し、もとの母語であるスラヴ語を失っているものの、カナダ最大の民族はアングロサクソンではなくウクライナ人やポーランド人を基幹とするスラヴ人であるとされる。また、シカゴを含むアメリカのイリノイ州の住民は圧倒的にスラヴ系が多い。

 

 

〇ロシアとの関係

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出典:ロシア/スラブ民族

 

なお、スラヴ人の中で最大の民族集団であるロシア語源については、いくつか説はあるが、現代のウクライナの首都キエフを中心としたキエフ大公国の正式国号「ルーシ」からとられたとも言われている。この「ルーシ」をギリシャ語読みすると「ロシア」となる。

本来、地理的にキーフルーシがルーシ(ロシア)の名を引き継ぐべきところであるが、歴史的にモンゴル支配以降、急速に台頭してきた新興国モスクワ公国(キーフルーシの一構成国でのちにロシア帝国となる)に「ロシア」の主導権を握られ、先を越された感がある。

 

 

ウクライナ

なお、キーフルーシはその後ロシア帝国の一構成集団として取り込まれていった後、ウクライナとして現代ロシアとは別の国家として存続している。

 

そのため、ウクライナ人の中には、これらの歴史的経緯からウクライナ人とロシア人は同じスラヴ民族であり、近隣同士の間柄としてともに歩んできたものの、ロシア人とウクライナ人とは一線を画しているとする論調が存在し、それが両民族の間にさまざまな軋轢をもたらしていることも、また事実である。なお、ウクライナ人自身も長い歴史の中でゴート人ノルマン人スキタイ人そして東スラヴ人との混血によって形成された民族集団である。

 

〇ロシア

ロシアについては、歴史的に民族の行き交う十字路に位置しており、
古来:スキタイ人サルマティア人フン人そしてハザール人を始めとする遊牧民族
中世:モンゴル人タタール人等による支配を経験している。
その後:ロシアが領土を中央アジアからシベリア極東方面へ大きく拡大し周辺の諸民族を征服する過程で、これらの民族と言語的、文化的に混交、同化していった経緯から、
ロシア人はコーカソイドを基調としながらも、東へ向かうにつれてモンゴロイド人種の特徴を含む人々も見られ、人種的に相当なばらつきがあるといわれている。

 

 

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叙事詩の解説を見ていると、いろいろな国が登場してきます。歴史がわからないとなんだか唐突な感じ印象を受けていました。いったい国境は、どうなっているんだ?  日本という島国に住む私たちは、他国の侵略や、国境が変わるという経験をしていないのでした。ころころといろいろな国が侵入し、言葉が変わり、統治が変わる。そういう歴史の中で過ごした人たちの、アイデンティティーの確認、確立、団結しようよ・・・・ということなのか。

 

 

■作品番号と関連地域

(出典:ミュシャ展図録 より)

 

 

 

■メモ

・ヨーロッパの位置関係、地理がわかっていない  

・どこにどの国があるのか・・・

・東西関係も・・・ それぞれの国の地名もわからない・・・  

チェコスロバキアは、チェコスロバキアだった! くっついたり離れたり・・

・ところでチェコの有名作曲家といえば、チャイコフスキー???  

 チャイコフスキーは、民族に対しては何も曲を書かなかったのかなぁ・・・
  と思っていたらロシアの作曲家だった。

 バレエ音楽チャイコフスキーはロシアと理解しているのに
 なぜか「チェコ」「チャイコ」つながりで、チェコの作曲家と
 感ちがいしてしまうのはこれいかに(笑)

 

・「スラブの歴史」と調べてもそれらしい情報が出てこない。

 それもそのはず、スラブは国ではなく人だった。
  その人たちは流れて移動している

 ヨーロッパの歴史は、人が流れの入れ替わっている。
 スラブ人の歴史・・・・ ひとところに留まっておらず広範囲に広がる

 (このあたりが日本の歴史と違うところ)

・スラブ人について遺伝子的な解説があった

 スラブ人の歴史、その移動をいていたら、
 クロマニョン人の歴史を調べているのと同じ感覚になった

 全体像、流れが見えてこないと部分がつかめない。
 そして、遺伝子解析による分析がされている。

・スラブを調べると建築用語が出てくる

 スラブ、アラブ、スクラブ・・・・ 

 「ラブ」に何か、語源、意味があるのだろうか?

 と思ったら、建築用語のスラブは slab  スラヴ人は Slavs 

・「スラブ」と「スラヴ」の表記については?

 どちらでもOK?

 スラ民族⇒スラブ民族(すらぶみんぞく)とは - コトバンク

 

・日本という国の歴史観 その違いを強く感じさせられた