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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■スメタナ 我が祖国「モルダウ」と「スラヴ叙事詩」

ミュシャが「スラヴ叙事詩」を描くきっかけとなったと言われている、スメタナの「我が祖国」 なかでも第2曲「モルダウ」はスコアに各場面の情景を示すキャプションが添えられています。描写的な標題音楽ですが、その曲には、チェコの民族的な悲哀と、将来への希望が託されていると考えられています。

 

スメタナの我が祖国「モルダウ」は好きな曲なので、何度となく演奏会にもでかけました。解説付の演奏会にもでかけたことがあります。しかし「情景」がどこで切り替わり、演奏する「楽器」のバトンタッチが行われているのか、「演奏法」の変化など、なんとなく理解していただけなので、この機会に、突き合わせてみようと思いました。(べつにそんな聴き方しなくてもいいのですが(笑)) スコア付の解説をみつけたので (⇒スメタナ 連作交響詩 《我が祖国》 の楽曲解説 - 千葉フィルハーモニー管弦楽団 )他の情報も合わせて、表にまとめました。さらに「勝手に《スラブ叙事詩》の絵と曲を関連づけてみました。

 

 

 

交響詩 我が祖国「モルダウ」解説

◆wikipedhiaより

この曲は、ヴルタヴァ川の流れを描写している。ヴルタヴァ川は、Teplá VltavaStudená Vltava と呼ばれる2つの源流から流れだし、それらが合流し一つの流れとなる。そして森林や牧草地を経て、農夫たちの結婚式の傍を流れる。夜となり、月光の下、水の妖精たちが舞う。岩に潰され廃墟となった気高き城と宮殿の傍を流れ、ヴルタヴァ川は聖ヤン(ヨハネ)の急流 (csで渦を巻く。そこを抜けると、川幅が広がりながらヴィシェフラドの傍を流れてプラハへと流れる。そして長い流れを経て、最後はラベ川(ドイツ語名エルベ川)へと消えていく。

 

第十七話 スメタナの交響詩「我が祖国」 より

② ヴルタヴァ;

チェコ最大の大河であるヴルタヴァ川(ドイツ語ではモルダウ川)がテーマです。
南ドイツの水源からチロチロと水が湧き出すところ(ピチカートで表現)から始まる曲は、やがていくつもの水流が集まる壮麗な主旋律へと移行。この流れは、村祭りや夜の妖精たちの語らいを伴いながら聖ヨハネの急流を越えて、ついにプラハに至ります。ラストで長調に転調し、そして「高い城」の主旋律を伴いながら、川はプラハを越えて遥かなドイツへと去っていくのです。美しく、ドラマチックで、それでいてとても分かり易い曲です。

 

◆ 知恵袋より

ブルタバの源流… (0分01秒)


ブルタバの主題 (1分02秒)


森の狩猟…狩りの角笛を表すために、ホルン使われています。
 (2分44秒)

農民の踊りポルカという、チェコの民族舞曲の形式になっています。
 (3分47秒)

月光と水の精の踊り…この部分のあとに、ブルタバの主題がもう一度出てきます。
(5分11秒)

ヨハネの急流…6分38秒

ブルタバは堂々と流れていく…堂々とした様子を表現するため、ブルタバの主題が長調になって表れます。
(7分49秒)

ヴィシェフラドの主題…ヴィシェフラドは、川のほとりに建つ城、この交響詩の1曲目にもなっています。
(8分15秒)

 

出典:音楽のテストでスメタナのブルタバの鑑賞テストがあります。場面ごと... -

                          Yahoo!知恵袋より

 

www.youtube.com

▲ 楽器の演奏パートが確認でき動画

 

 

交響詩「我が祖国」モルダウ 情景・モチーフ・楽器

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参考:スメタナ 連作交響詩 《我が祖国》 の楽曲解説 - 千葉フィルハーモニー管弦楽団

 

上記の時間は下記の演奏より

www.youtube.com

 

モルダウの情景とスラヴ叙事詩

これまでモルダウ」は、チェコの雄大な自然「我が祖国」への賛歌だと思っていました。ところがミュシャを通してチェコの歴史を知り、「スラヴ叙事詩」の原点となったことを知ると、この曲が単に自然を称えただけの曲ではなくスラヴ民族の歴史と自立を促す、深い意味が込められた曲であることがわかりました。

音楽が表現している情景・・・・河、水、うねり。水をとりまく自然の豊かさというのは日本人の中にも共通に持っているもので、この曲を聴くと何か体の中から呼び覚まされるものがあるように感じていました。

ところが、日本人には理解しえないチェコの歴史も込められたいたことを知ると、私たちが聞いて抱く感情、自然をたたえ自国を愛する気持ちだけではない、スラヴ人が抱えていた歴史から、民族の団結というテーマが、「我が祖国」というタイトルにこめられている重みを感じさせられます。

 

これまで好きで何度も聞いて、自然の情景を照らして合わせてきたのですが、同じ曲なのに、同じメロディーなのに、スラヴ叙事詩のシーンが重なり、違った曲のように感じるという不思議な感覚を持ったのでした。絵画と同じように、音楽にも時代の背景があり、意味があるという聞き方をしたことがなかったので、あんなに好きで何度も聞いた曲の、全く違う側面を見たようで新鮮でした。

 

スメタナの第2曲、モルダウに、「スラヴ叙事詩」の絵を、自分のイメージで当てはめてみました。勝手なイメージなのであしからず・・・

 

ちなみに、我が祖国 第1~6まで、絵と曲は対応しているというわけではないようです。

   ⇒2017.3.24 ミュシャ展 ースラヴ叙事詩-(国立新美術館)|ピアノ好き生活

「わが祖国」との関連について。「わが祖国」を聴いて「スラヴ叙事詩」制作の意欲を高めたムハですが、1曲目のヴィシェフラトから6曲目ブラニークまで、それぞれの交響詩に関連した絵が出てくる訳ではありません。

 

〇「第1の源流」

モルダウ川の上流、山間の水源に落ちる水の滴。フルートの細やかに転がる音。水滴がつながって一筋となり回転してながれていく。水滴がコロコロと転がりながら流れ出す光景を思い浮かべさせられました。

 

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▲《原故郷のスラヴ民族》

源流の水源は、スラヴ民族の源流祖先と重ね合わされます。いつの時代も侵入者におびえていた歴史。そんな民族を支えていた多神教の神。スラヴ民族の精神の出発とも言えます。その左右には平和と防衛をあらわす男女が。神はミュシャのデビュー作、「ジスモンダ」を想起させます。「ジスモンダ」もミュシャの源流と言えるのかもしれません。

 

 

 

〇「モルダウ」の主題

上流の流れは、次第に大きくなりモルダウの河の流れとなって次第に広がります。

 この主題となる部分にあたる叙事詩の絵は、どれがあてはまるでしょうか?

 

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▲《東ローマ皇帝として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン》

ちょっとこじつけになりますが、東西のローマ帝国スラヴ人が君臨し全盛の時代がありました。この充実した日々をモルダウの流れに重ねました。ステファン・ドゥジャン セルビアの君主 がスコビエ(現マケドニア共和国首都)で執り行われた戴冠式後の行列。この壮麗な隊列は、まさにモルダウの流れ? 

 

 

〇「森の狩猟」 

川の沿岸の町では、ホルンが鳴り響き狩猟が行われています。

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▲《ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭》

プラハを中心とした王国が栄華を究めた時代(過去)を理想とし、大地の収穫の神スヴァントヴィートを祀る大きな祝祭が開催されています。ところが、その後、ゲルマンの戦神トールが狼をひきつれて迫っている様子が描かれ、未来と現在、過去を示唆しています。

 

モルダウでは、狩猟のシーンは、ホルンが高らかに鳴り響いています。これは、戦争の始まりを意味してる?とか・・・ 「狩猟」は「略奪」「戦争」ととらえることもできるかもしれません。そして第1の《ヴィシェフラド》を継承した『過去=理想』の表明と解釈することができます。

 

〇「村の婚礼」

モルダウ河のほとりでは結婚式が行われ、それを祝福する村人たちの陽気な賑わいを感じさせられます。

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ボヘミア王プシェミスル・オタカル2世》

モルダウの曲では、河沿岸の村人の結婚式が華やかに行われています。一方、叙事詩でもおめでたい結婚式のシーンがあります。

しかしその裏には政略的な部分があり、結婚というつながりを利用してスラブの団結を図ろうとしたオタカル2世。(姪とハンガリー王子ベーラの婚礼)

 

〇「月光・水の精の踊り」

モルダウ川がさらに河口を下っていうと、夜になり川面には月の光が降り注ぎ、キラキラと輝いています。その輝きはクラリネットとフルートの音が光の回りを戯れるように追いかけあっています。

水の精も水面に表れてきました。ハープのアルペジオが月の光がまとわりつくように、優雅に踊っているようです。そんな幻想の世界から現実に引き戻すトランペットの響きます。

 

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▲『聖アトス山』

この場所に降り注ぐ光・・・ それと月の光を重ね、水の精の戯れを感じさせます。

 

 

〇「聖ヨハネの急流」へ突入

モルダウ川の流れは、その後は、急流へと変わり、ダイナミックな演奏に変化します。ここの部分は流れの変化とともに、天候の変化、てっきり、台風か嵐が訪れたものと思っていました。

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▲《ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛》

曲の中で唯一、不穏な雰囲気を醸し出している絵です。叙事詩では、戦闘シーン,流血シーンを描かず、戦いのあとの荒廃した様子や、戦うことがいかにむなしさを生むかという形で表現されています。そんな中で、戦いそのもの、その激しさを、近い未来の爆風シーンを同時に描いています。モルダウ河の急流の激しさにかさなります。

 

〇ヴィシェフラドの主題…

急流の流れのあとは、長調への転調によって、雄大な浪々としたモルダウ河の流れが表され、クライマックスにつながっていきます。  

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▲ 『スラヴ民族の賛歌』

 最後のエンディング。

モルダウ河は歴史の目撃者としてチェコを見続けてきました。過去の歴史は侵略の歴史でした。スラヴの独立、復活を目指していましたが、スメタナが曲を書いた時は、現実の独立と復活はしていませんでした。しかしモルダウでは、スラヴが復活し、独立したことを目撃したかのように描かれています。

三という数字に三位一体を象徴させるキリスト教徒らしい宣言。天上界での成就を描いたものと考えられるとのこと。

 

この絵の音声ガイドの解説も、最後の絵は、モルダウのエンディングの音楽の盛り上がスラブ民族への賛歌として、高らかに響いていました。

 

 

■曲名「モルダウ」から「ヴルタヴア」

モルダウ」の名でなじみの深い有名な曲ですが、今は「ヴルタヴァ」とあえて、言い換えがされているようですチェコドイツに占領されていた当時の川の名前が「モルダウ」でした。スラブ民族にとっては 「モルダウ」ではなく「ヴルタヴァ」なのです。 今回の展示を通して、わざわざ言い換える意味が、やっと理解できた気がします。母国の母なる川、その名をどこの国の言葉で呼ぶのか・・・ 

 

民族において言葉はアイデンティティー。戦いによって「土地」が奪われ「言葉」が剥奪されます。奪われるという歴史を繰り返してきたスラブ人。スラヴ叙事詩にはその「スラブ語」を復興するシーンが多く描かれています。言語は、民族の思考も司り支える基本なのかもしれません。

スメタナの有名な「モルダウ」は、モルダウではなく「ヴルタヴァ」と呼ばなければいけない曲だったのでした。そして「ミュシャ」はフランス語ではなく「ムハ」と・・・

 

 

■追記:祖国への愛から

スメタナミュシャを通してスラヴ民族の歴史に触れる中で、ポーランドにもスラブ民族がいたという話を思い出しました。ポーランドといえばショパンを思い浮かべます。ショパンも国を愛し、ポロネーズマズルカや革命などを作曲しています。

 

ポーランドの歴史を調べてみると、14世紀にポーランドがヨーロッパの大国として栄華を極めた時代があり、ポーランドリトアニア連合軍がドイツ騎士団を破るなどして領土を拡大。16世紀に国土は最大になりますが、1795年消滅ショパンはこの時代に生きていました。国家を失っている間、民族としての自覚を保つための音楽、芸術、文化がはぐくまれた時代だといいます。

 

   参考:ポーランドの歴史とショパンの生涯(全編) より

 

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 出典:ロシア/スラブ民族

 

マズルカポロネーズポーランド地方の音楽ということは耳にしており、ショパンポーランドを愛していたと聞いたような気がしていました。それはスメタナミュシャと同様、自分たちの国を取り戻したいという強い気持ちが、作品の原動力となっていたのでした。その後フランスでおこった革命は、一国のできごとながら、次第に近隣諸国にも波及し、ワルシャワにも押し寄せます。

この頃のワルシャワは、支配下に置かれていたものの、芸術や文化を育む空気に満ちていました。それは、国家を失っている期間、人々が民族としての自覚を持ち続けるための支えだったともいえるといいます。  

ところが、才能あるものは、その地にとどまらせません。ショパンはウィーンへ旅立ちました。直後に自国ポーランドがロシア支配への反発が失敗に終わり、情勢が悪くなるとパリへ。パリの地からポーランドの革命、その後のロシアの侵攻を書いたのが、革命のエチュードだったという歴史を知りました。

ショパンの有名な曲が練習曲だと知ってびっくりしたことがありました。この練習曲には、歴史が背景にあることは、うすぼんやりとわかっていても、ヨーロッパの全体のつながりと流れの中で繰り広げられていて、お互いがどこかでつながっているという歴史。スラブ民族が暮らした土地にポーランドの名が挙がった時に、どこかショパンの名も隅っこの方で思い浮かべていたのですが、そういうことだったんだ・・・とつながりました。遠い祖先の民族が、ミュシャスラブ民族と同じだったというのは思わぬつながりでした。

このような島国の日本ではあまり実感のない、地続きのヨーロッパという地域故の歴史を感じさせられるのでした。また、日本の芸術史の違いについても・・・ 奪われた祖国のために・・・というスタンスで描かれたものはあったでしょうか? 

明治以降の日本画というものがそれにあたるのかもしれません。しかし、そこには他国の侵略や弾圧によるものは存在していません。(たぶん)もしかするとそれが日本人のメンタリティーを形成しているのかも? 同じ祖国への愛も、抑圧された中で培われる愛とは、本質的なものが違うような気がしてきました。ヨーロッパの祖国愛は、弾圧によってもたらされているということなのか・・・・ 芸術の源の違い、弾圧を跳ね返そうとしてきたヨーロッパに対しに、日本は・・・・

フランスのガレ、モネ、マティス、ルオー・・・ チェコミュシャスメタナ・・・ポーランドショパン・・・ といった絵画を問わず芸術家が求めていたものを通して、これまであまり関心のなった西欧の歴史の一旦が、しみ込んできたように思います。やっと入り口に立った気がして、これまでに興味のあったものが、思わぬところでつながるおもしろさを感じました。

 

画家も、音楽家も内なるものからこみあげてくるものを表現してきた歴史。それは自身が何者であるか・・・という「アイデンティティー」と言われるものなのだと思うのですが、その言葉で表すのが薄っぺらく感じられてしまうようにも思われました。

 

 

ワーグナーの「タンホイザー:序曲」とスメタナの「我が祖国:モルダウ

モルダウを聞いていると、なぜか、ワーグナーのタインホイザーを思い起されるのでした。タンホイザー序曲は、水の流れではなく、太陽が地平線か水平線の向こうから力強く昇っていくイメージで、金管のトランペットその情景を荘厳に表現し、登り切ったところで、強い光を放ちます。その太陽の直線的な光のから、花火がはじけたあとに上空からチラチラしたもの振り下りてくるのがバイオリン。この光景が、モルダウの月の光の回りで揺らめく光のハープに重なるのです。モルダウは「水」、タンホイザー「太陽」・・・そんな自然の情景を描いた曲として両者がイメージされていたのでした。

 

www.youtube.com

 

モルダウの解説の中に次のような下りをみました。

 

モルダウの「森・狩」の部分は、ホ短調からハ長調に転じて、ホルンの金管楽器が鳴り響くところは、ファンファーレのようでもある。

この部分は、第一曲の《ヴィシェフラド》の部分下記を、より壮麗にしたもので、

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ワーグナーの〈タンホイザー
ブルックナー交響曲第4番〈ロマンティック〉
R.シュトラウスの〈アルプス交響曲〉等と同様、

中世の騎士達による狩りの再現した音画

 参考:スメタナ 連作交響詩 《我が祖国》 の楽曲解説 - 千葉フィルハーモニー管弦楽団

 

 

以上の解説を見て、なんとなくそれぞれが共通していると感じたことは、まんざらでもなかった? と思ったのですが・・・・ (笑) 

 

ワーグナータンホイザーは、モルダウと同様、自然の情景を表現したものだとばかり思ってずっと聞いていました。主人もこの曲を聴くと、「太陽が登ってくる感じがするんだよな・・・」と言っていました。クラッシックがほとんどわかっていない人にまで、そのようなイメージを沸かせるので、てっきりそういう情景を表現している音楽だと確信に近いものがあったのです。

ある時、それを確かめるべく、どんなタンホイザーがどんな舞台なのかを調べてみました。愕然としました。それは曲から感じさせられるものが、あまりにイメージしたものとの違うからです。「肉欲の愛の世界」を描いたオペラだったのです(笑)

 

モルダウが表現しようとした自然の情景は、そのままに聞いたものに伝わってくるのに対し、タンホイザーの話の違い・・・・ 

以前、日本で使われるクラッシックのシーンと、元の話は全く違うというテレビの番組がありましたが、曲想から実際のイメージに近いものをイメージさせてくれるモルダウのような曲もあれば、タンホイザーのように、自然賛歌だとばかり思っていたら、「肉欲の愛の世界」を描いていた曲だという・・・・

 

しかしながら、この違う2つの曲が共通していると感じたことは、中世の騎士による狩りの再現という部分の共通点があったのでした。

 

(いくつか、YouTubeの周辺の音楽を聴いてみて思ったのは、トランペット、ホルン、トロンボーンなどの金管楽器が主旋律を奏でる時というのは、曲調の印象が同じになるということでした。音質、たからかに響くような状況の時に使われる・・・なんとなくメロディーも似てる気がしているということなのでしょうか?)

 

 

 

 

■スラヴ叙事詩 我が祖国 第1曲~第6曲

① 高い城(ヴィシェフラト)

テーマ:王妃リブシェの予言(第三話参照)で有名な「高い城」が第一曲のテーマ『我が祖国』全体で語りたいメインテーマが、ここに集約されている。

曲調:ハープの美しい旋律で始まる最初のメロディは全曲のメインテーマ

情景:荒れ果てた古城を訪れた吟遊詩人を表現。やがて回想シーンに移り、   この城を舞台にした舞踏会や戦争などの過去の栄光が語られる。
ラスト近くでメロディは沈うつとなり、廃墟となった「高い城」の惨めさが浮かび上がりる。これは、チェコの国が陥った運命の象徴。ラストで高らかに管楽器が鳴り響き、未来への栄光を予感させる主旋律が堂々と語られる。

メッセージ:スメタナはこの曲で、過去の栄光と未来の栄光を結びつける勇気をチェコ人たちに与えた。

 

 ② ヴルタヴァ

テーマ:チェコ最大の大河ヴルタヴァ川(ドイツ語でモルダウ川)がテーマ

情 景:南ドイツの水源からチロチロと水が湧き出すところ(ピチカートで表現)から始まる曲は、やがていくつもの水流が集まる壮麗な主旋律へと移行。この流れは、村祭りや夜の妖精たちの語らいを伴いながら聖ヨハネの急流を越えて、ついにプラハに至ります。ラストで長調に転調し、そして「高い城」の主旋律を伴いながら、川はプラハを越えて遥かなドイツへと去っていく。

美しく、ドラマチックで、それでいてとても分かり易い曲。

 

 ③シャールカ

テーマ:チェコの年代記(昔話)にある伝説

情 景:男に裏切られた女傑シャールカが、仇の盗賊ツチラトとその一味を罠にかけて皆殺しにするまでの顛末を、起伏の激しいドラマチックなメロディで表現。

曲 調:盗賊たちの寝息をオーボエで表現するなど、スメタナのコミカルで分かり易い演出はますます冴える。

 

ボヘミアの森と草原より

テーマ:ボヘミアの豊かな自然が。

曲 調:基本的には同じコードの牧歌的なメロディが、手を替え品を替えしながら繰り広げられ、チェコの豊かな四季と自然の素晴らしさが聴衆の胸に染み渡ります。作曲家としてのスメタナの手腕が、存分に発揮された名曲。

 

 

⑤ターボル

最初は4曲で止めようと考えていたが、聴衆の圧倒的な支持があり、第5曲目を発表。

テーマ:フス派戦争の栄光がテーマ。

曲 調:主旋律は全て、当時のターボル軍のテーマソング「神の戦士たる我ら」から取られている。いくつものフレーズに分断された「神の戦士・・・」は、最後のクライマックスで結合され、激しい戦闘と勝利の中で高らかと謳われる。

  

⑥ブラニーク

テーマ:チェコ中央に聳えるブラニーク山です。この山には、「聖ヴァーツラフとその騎士たちが眠り、そして祖国の危機に際して再び立ち上がる」という伝承があるのです。

曲 調:スメタナは、「ターボル」や「高い城」のメロディを効果的に用いて、祖国の復興の時を高らかに宣言したのです。

 

スメタナの略歴

・熱狂的な愛国者。都市部の中産階級に生まれたため、ドイツ語しか話すことが出来ない。50過ぎてチェコ語を勉強。

・『我が祖国』の他にも、チェコ史を題材としたものに、『リブシェ』『売られた花嫁』『ダリボルカ』などがある。

・晩年は梅毒に苦しめられ2曲目「ヴルタヴァ」を発表したとき、耳が聞こえなくなっていた。スメタナ自身は完成した曲を聴いていない。

・『我が祖国』完成直後、発狂して精神病院に入り寂しく息を引き取る。

スメタナの命日5月12日は、「プラハの春音楽祭」が始まる日です。我が祖国チェコを深く激しく愛したスメタナは、今でもチェコ人の誇り。

 

出典:第十七話 スメタナの交響詩「我が祖国」 よりまとめました