コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■エミール・ガレ 自然の蒐集:博物学的知見に基づく作品作り

 ポーラ美術館では「エミール・ガレ 自然の蒐集」が、2018年3月17日から始まりました。今回の展示は、ガレの博物学的な部分にスポットが当てられています。下田海中水族館とのコラボ企画や東京大学総合研究博物館が監修した展示もあり、ガレの博物学的な造詣を中心に紹介します。

 

*撮影は可能ですが、撮影禁止作品があります。禁止作品は許可の上、撮影しております。また写真の囲みや矢印などの加工も許可を得ております。

 

 

 ■エミール・ガレ 自然の「蒐集」って?

「蒐集」・・・・ これ、読めますか? 「しゅうしゅう」と読みます。(私は「まいしゅう」と読んでました。小声)「収集」と「蒐集」どう違うのでしょう。

 

〇「収集」と「蒐集」の違い

蒐集とは - 難読語辞典 Weblio辞書 によると 

収集:よせ集めること。 「ごみを-する」

蒐集:趣味や研究などのために,ある種の物や資料をたくさん集めること。
              また,そうして集められたもの。コレクション
              「切手を-する」 「 -家」

つまり、ただ集めるのではなく、趣味や研究のためにコレクションすると言う意味が含まれるのが「蒐集」です。

 

〇「エミール・ガレ  自然の蒐集」の意味

今回の企画をされた担当の学芸員、工藤弘二氏によると、「自然の蒐集」とは「Collecting Nature」・・・つまり自然をコレクションするという意味なのだそう。

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展示室入口、そして奥の大きなガラス窓の前に陳列棚が設置されています。ガレが自然から集めてきたコレクションを、陳列棚に飾ったようなイメージで、展示したとのこと。まるで箱根の森から蒐集してきたものが、そこに飾られているかのように感じられます。

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 Photo : Ken KATO               Photo : Ken KATO 

博物学は、自然からいろいろなものをとにかくいっぱい集めてきます。(この集めてくるものは、その人の性格が見えると言います。)たくさん集まったらそれらを「分類し体系づけていく」のが博物学です。

 

〇ガレと博物学

当初、ガレは森の生物を集めることに熱中しました。その後、海の生物にも興味を示します。海の生物をモチーフにした作品は、これまで単発的に紹介はされてきました。しかし、まとまった形で展示されるのは今回が初めてだそうです。

さらに、植物学、生物学、海洋生物学、鉱物学と縦横無尽に駆け巡りながら、作品作りに没頭したガレの功績を、現代の科学の視点で検証していることも特筆すべき点です。

下田海中水族館の協力を得て音声ガイドでは、海洋生物のワンポイントレクチャーが紹介されています。森の生物は、東京大学総合研究博物館の監修の元、所蔵する標本の中から、ガレがモチーフにした生物(に近い)と思われる標本も一緒に展示されています。

どれだけ精密に再現していたのか? あるいは、どこが違っていたのか。そんなところを見比べながら観察すれば、気持ちは博物学者!

 

 

博物学的展示

〇作品とモチーフの標本展示

今回の展示の大きな特徴は、生物をモチーフにしたガレの作品と、その生物の標本が並列で展示されいること。壁面の左側は「海の生物」、右側は「森の生物」のコーナーです。下のガラスケースは「鉱物」で、ガラス作品を制作するための材料です。ガラス作りは化学反応の応用です。

 

    (左側)「海洋生物」        (右側)「森の生物」 

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         (下)ガラスの作成に必要な「鉱物類」

 

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↑ 各種、鉱物の陳列 ガレは植物学者であり鉱物学者であり化学者だったことがわかります

 

〇海の生物と作品

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盃にあしらわれている海藻の標本が左に展示されています。

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↑ 紅葉 トサカノリ               ↑《海藻文足付盃》      

 

《人物文花器》

f:id:korokoroblog:20180326154255j:plainタイトルの「人物」は花瓶の右下に彫られており、花瓶左上にオウムガイの模様

オウムガイ

 

 

■動物学者ヘッケルによって海洋生物の美しさに魅了

〇『自然芸術形成』により海洋生物の知識が広がる

 19世紀になると海洋学が発展しました。その先鞭をつけたのが、ドイツの動物学者 エルンスト・ヘッケルの『自然の芸術形成』(1899年)です。この図版は、注目の海洋学を広く、世の中に知らせるために版画にして出版されました。海底調査によって採取された微小生物は、顕微鏡の発達の影響もあり、美しい姿を見せてくれます。しかし一般の人たちは、それを見ることができないため、その美しさをより広く伝えたいという思いがありました。

 

〇美術界の反応

この壁一面に展示されているのが、『自然の芸術形成』リトグラフです。 これを見た美術界は真っ先にその美しさに目をつけデザインとして取り込みました。

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上記の四角で囲った部分は「放散虫」です。1900年、パリ万博の入場門のデザインとして利用されました。(中の四角の囲みが参考に)(画像はこちらでご覧になれます⇒1900年第5回パリ万博 | 第1部 1900年までに開催された博覧会 | 博覧会―近代技術の展示場

 

〇ガレの反応 

ガレも、この図版にインスパイアされデザインのモチーフとして取り込みました。

植物において自然科学の 知識を持ちながら作品制作をしていたガレにとって、ヘッケルのこの図版は、当然のように海洋生物の博物学的興味を誘うものとなりました。

自宅前の庭に植物を自ら育てていたガレです。海洋生物もまた手元で育てようと試みるのは当然かもしれません。クモヒトデと海水が欲しいという懇願を叶えてくれる協力者を1902年に得ました。

1899年、海洋生物から新たなデザインの着想を得る図版と出会い、白血病で亡くなる1904年までの5年。その2年前に、クモヒトデの飼育の目途がたちましたが、2年の余命は短すぎました。

そうした晩年の短い期間に作成された海の作品を、一堂に会して見ることができるのは圧巻です。ずらり並ぶ作品を眺めていると、ガレが何に興味を持っていたかが見えてきます。

 

〇ガレはクラゲが好き

ガレは本当にクラゲが好きだったんだなぁ・・・・ と伝わってくる展示です。クラゲの図版。クラゲをあしらった作品。その描写‥‥

f:id:korokoroblog:20180326165047p:plain《クラゲ文花瓶》1900-1904年           《くらげ文大杯》1898-1900年 
           北澤美術館                   サントリー美術館

海は重力から解放されているので、生物は浮遊しています。また骨がない「くらげ」など無脊椎動物は、ぐにゃぐにゃ曲がる運動をします。このような環境によって、特殊な運動や形態を獲得しました。

これは1859年に発表された進化論の考え方にもつながりを感じます。クラゲの脚の形や動きは、アール・ヌーヴォーがいかにも好みそうなフォルムです。ガレが興味を持つのも納得です。

 

(写真左下)アカグラゲについて  下田海中水族館 藤井美帆学芸員の解説

クラゲの毒の強さを判断するには、餌の大きさが参考になると思われるとのこと。クラゲのエサは小さなプランクトンや小魚。大きなエサを食べるには、強い毒で捉える必要があります。アカクラゲは小魚や他のクラゲも食べてしまうので毒も強く、触手の刺胞という部分に毒針があります。またこのクラゲを乾燥させて粉末にするとくしゃみがでることから戦の戦術に用いられたりもしたそう。

 

 

■ガレの「森」と「海」・・・その表現は?

〇ガレの「森」

ガレ工房の扉には「わが根源は、森の奥にあり」という言葉が掲げられています。ガレのインスピレーションは、森から多くがもたらされていました。それを支えていたのは、単なるマニアの領域を超えた植物学者としての知見です。

 

研究者としても際立っており、1900年のパリ万博では、国際植物学会で登壇。「ロレーヌのラン:アケラス ヒルキナの新形態と多形性」を発表しました。この論文は、ラン科の形成異常、突然変異に関するものでした。

 

「突然変異」は、1901年、オランダの生物学者 ユゴー・ド・フリースによって発表されました。(進化は突然変異によって起こるという新たな説に結びつきます)ガレは、ランを交配することで、突然変異を把握しており、ド・フリースの具体例を示していたことになります。(しかし日本では、江戸時代に、変化朝顔の育種を通して突然変異を経験的に知っていました)

  

植物学、生物学、そして海洋学と広範囲にわたる博物学的知識を、作品に埋め込んでいきます。特に森は生命の根源と位置づけており、花に対する観察眼は、専門家も驚くほど同定できるほどのクオリティーを有していると言います。

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↑ 作品の植物と同じ標本を上と下で一緒に陳列 植物は同定可能なほどの表現力

 

一方、昆虫は意外にラフな表現で、デザインとして作品に取り込んでいたそうです。

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↑ 作品のモチーフと思われる昆虫の標本       ↑ 東京大学総合研究博物館による推定(?)

 

↓ 昆虫はリアリティーに欠けると言いますが、私には再現されているように感じます

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 ↑底には、北斎漫画のカエル。足を引き上げた姿勢が特徴  ↑《草花文耳付花器》

 

〇ガレの「海」

海洋生物の表現は、植物と同様、同定できるほどだったのでしょうか? ガレの晩年、1899年(53歳)に海洋生物学の普及が始まったことを考えると、まだ未熟な部分が、多分にあったようです。

しかし海洋生物の特徴的な形態に魅了されたガレは、海洋生物が、海から陸に上がったという生命の進化について、母なる海を感じて欲しかったのではないかと思いました。 

森と同様に海の神秘に魅了され、同時に驚異を感じながらも、畏敬の念で捉えていたのだろうと感じられます。

 

 

下田海中水族館とのコラボ

今回の展覧会は、下田海中水族館とコラボレーションされています。

下田海中水族館では、作品の中に生きるエミールガレの生物の世界観を、5つの水槽で表現するという、美術館と水族館の競演はユニーク。

 

生育環境の違う生物が、作品の中に同居していた場合、同じ水槽で展示することは難しいのでは? と心配していました。一つの作品に出てくる生物は2種類ぐらいなので、問題はなかったそうです。魚は大きいもの、小さいものを同居させることはできませんが、比較的共生できるものが多いらしいです。

 

ガレが作品に刻んだ海洋生物の判断は、実際にどのように行われたのかも興味がありました。作品をご覧になって判断するのだろうと思っていたのですが、全ての作品が、同時に集まるわけではないので、写真で判断されたそうです。

判断するのに、写真に写っているその裏の部分を知りたいとか、見えない尻尾が見たいなど、肝心な部分がわからず、とてもご苦労があったようです。わずかな情報から、いろいろ調べたり想像してわかったこともあれば、やはりわからないということもあるようです。

 

音声ガイドには、展示作品の生物に関するワンポイント情報が紹介されています。美術だけでなく、海の生き物の生態も同時に知ることができるユニークな企画です。

 

 

さかなクンも登場

 さかなクン1日館長&トークイベントさかなクンギョギョッとアートなトークショーが行われました。館長より一日館長のタスキが授与。トークショーが終わったあと、さかなクンからもプレゼント。イラストを描いた白衣、2年ほど実際に着用したものが贈呈されました。背中にもイラストがあるのがポイントだそうです。さかなクンが描いたパネルが撮影スポットになっています。白衣と帽子をかぶって記念撮影をどうぞ。

 

さかなクン熱く語る            ↓ 館長のタスキをリレー 

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                    背中のイラストも見てね‥‥ 
                     背景はさかなクンのイラストと
                     サインが描かれた撮影ボード

 

 

■科学とアートの融合 

さかなクン顔負けの知識を持つちびっ子たちも多く参加していました。ここで、「ポーラ美術館が初めての人?」という質問がありました。多くの人が初めてということにびっくり。

アートへの興味は、こういうところがら誘われていくきっかけになるのだなと感じさせられました。

 

私自身も、アートにそれほど興味がありませんでした。2007年、ポーラ美術館で行われたエミール・ガレ - アール・ヌーヴォーのガラス工芸 を見たことが一つの転機になりました。ガレって植物学者だったの! しかも学会にまで発表するほどとは‥・・ ガラス作品って化学反応だったのか・・・ まるで化学実験の成果を作品に応用しているみたい。化学の反応が、こんなふうに芸術に応用できることにカルチャーショックを受けました。それを知ってから、ガレに興味を持つようになりました。

 

実をいうと、ガレの作品、ちょっとゴテゴテしていてあまり好きではないんです。それなのに、ガレの作品展があれば、いそいそ出かけ、何度も足を運んでしまいます。その矛盾がなぜなのか、なんとなくわかってはいたのですが、今回の展示で、はっきりしました。

 

それは、次の一言でした。(図録「ガレ多面体」 西野善章)より

「ガレは工芸作家である以前に自然史学の学徒であった」(図録p12) 
「ガレは生涯に匡って、自然史学とのかかわりを断ったことがなかった」(図録p14)

 

ガレの本来の軸足は、自然科学の世界にあるのではないかと勝手に思っていました。レオナルドがそうであったように、自然科学を追求する過程において、探求した派生物がガラス作品だった。探求の表現手段の一つなのだと。

 

ガレは根っからの自然科学者。それを今回の展示では、現代の知見とからめながら、検証されており、見ごたえのある展示となっていました。

 

 

 

■ガレぎらいも、興味のきっかけになる展示かも

ガレの作品は、おそらく「好き・嫌い」の分かれる芸術家ではないかと思います。デコラティブな造形は、男性には敬遠されがちかもしれません。

 

しかし、これらの作品類が、虫や蝶、鉱物といった自然観察からもたらされたこと。そのベースには、マニア的な蒐集癖があり、一つのものを徹底的にコンプリートしたくなる男性的な趣味と言われます。

 

そうしたガレの一面は、たとえ作品が好みでなくても、生き方、モノとの向き合い方に共鳴できる要素を備えていると思います。

美術に興味はないけども、自然科学をちょっとかじったという人であれば、その魅力はビシバシと伝わってくる展示だと確信しています。

 

そして、動物や植物が好きなちびっ子たち、花や虫や蝶、魚・貝‥‥ 自分が知っている生き物が作品の中にみつかると、なんだかうきうきしてきます。

 

科学とアートは、こうしたちょっとしたきっかけで融合していくものだと、自分の経験と、会場に訪れた人たちを見て感じられました。

 

【ガレ展鑑賞ガイドの配布】

小中学生が対象ですが、ガレの「森」と「海」のわかりやすいガイドが配布されます。

期  間:5月3日(木・祝)-7月16日(月・祝)
監  修:下田海中水族館 箱根町立湿生花園
配布場所:ポーラ美術館 下田海中水族館 箱根町立湿生花園

生き物が大好きなお子さん‥‥ アート作品も好きになるダブルチャンスかもしれません。

 

【展覧会概要】

展覧会:「エミール・ガレ 自然の蒐集」 
会 期:2018年3月17日(土)~7月16日(月・祝)(会期中無休)
主 催:公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
特別協力:東京大学総合研究博物館

 

このあとは、マニアックな作品の鑑賞ポイントを紹介‥‥ の予定

 

【参考資料】 

エミール・ガレ 自然の蒐集 図録

〇ガレ多面体ー装飾工芸家・自然史学者・近代実業家 西野嘉章 
〇花に喩えてーガレの芸術家像について 工藤浩二
〇エルンスト・ヘッケルと芸術 佐藤恵子 
〇自然形態の抽出、技法の究明 大澤啓

 

 

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