コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■⑤出雲大社:御本殿の御神体は西を向いている謎

出雲大社には、たくさんの謎があります。その中の一つ。御本殿に祀られた御神体は、西を向いていると言われています。そのため、西側からもお参りをするとよいと言われています。なぜ、大国主大神御神体は、参拝者の方を向かず、西を見ているのでしょうか?

さらなる謎が出て来ました。

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出雲大社 御本殿西から望む 

 

 

■御本殿の御神体 大国主大神は西を向いているという謎

御本殿を参拝する時は、西側からも・・・・ という話は、2度目に訪れた時に、ボランティアツアーに参加して知ったことでした。それまでは、そのような話を耳にしていませんでした。しかし、その話を聞いても、その意味を全く理解することができませんでした。そこで、調べてみることにしました。

〇解説看板

御本殿を時計と反対回りに一周すると、最後、西側にこのような案内版があります。

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まず、初めて訪れ、知識があまりない場合、この看板を読むでしょうか?文字の羅列で漢字が多く、全く頭に入ってきません。そのため、看板もスルー、この場所もスルーでした。たとえ、読んだとしても、一つ一つの言葉の意味が、理解できません。初めて見た時に、この文章をどのように読むか振り返ってみます。

大国主大神」・・・・当初、名前しか知らず、出雲大社の神様程度の知識。
「お鎮まりになる」・・・・どういう意味? 祀られるってこと?
「御本殿」‥‥いくつかある建物のどの建物のこと?
「正面」・・・・どこを正面としているの?
「南向き」・・・・どっちが南?
「殿内の」・・・・殿内って?(「御本殿」の意味らしい。急に略すとわからない) 
「御神座は西向き」・・・・御神座って? 西がどっちかわからない
「大神様」・・・・また、略されるとわからない。犬神に見えて、別の神かと思った
「御本殿正面」・・・・本殿がわからないから正面もわからない
「瑞垣に沿って」・・・・瑞垣って?
摂末社」・・・ 摂末社って?
「御神座正面のこの場所」・・・結局、わからない

という状況で、全ての言葉が理解できないので、何を言っているのか意味不明状態だったと考えられます。

 

また、御本殿回りを見ていて、しかるべき場所と思われるところでは、足を止めさせるパワーを感じていました。しかしこの場所からは、そのような力は全く感じられませんでした

こちらが見取り図です。

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〇意味がよくわからない

ボランティアの解説では、御本殿には「御神座」が祀られており、その向きが西方の方を向いています。そのため、正面からではなく、西側から参拝すると大国主大神とご対面できます。といった内容だったと記憶しています。その向きが、この場所ということです。西側の瑞垣には、拝礼の場所が設置されています。

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〇御本殿と御神座の意味

解説が理解できなかった理由が、少しずつわかってきました。それは「御本殿」「御神座」の意味を理解していなかったことが大きな原因でした。

当初、この意味を「御本殿」の向きが、正面を向いておらず、西を向いているという意味だと理解していました。建物の屋根が、西を向いているという意味なのだと。しかし屋根は正面の南側を向いているため、これがなぜ、西を向いているのかわかりませんでした。

そこで、下記のような形態の建物で、入口が西にあるという意味なのかと理解していました。

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古代歴史博物館 神明造 伊勢神宮
 

 

〇内部の見取り図を見て理解 

いろいろ調べる過程で、本殿内の「御神座」の平面図を、古代歴史博物館で撮影していたことがわかりました。とりあえず撮影してあった写真で、これが何を意味しているのかわからずにいました。ある時、ふと、御本殿の内部の平面図だということにやっと結びつきました。

御神座が西を向いているという解説の意味を、この図ではっきりわかりました。向きは、建物のことだったのではなく、建物の内部に、柱で区切られた空間があり、そこに御神座という大国主大神を祀るスペースがあってそこの話をしていたことがわかりました。御神体=御神座=大国主大神 ほぼ同義ということがわかりました。

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古代歴史博物館展示より

この御神座は、一般的には参拝者の方を向いているということのようです。出雲大社の御本殿は、南を向いておりますが、御本殿内の御神座は、なぜか稲佐の浜の方向、西を向いて祀られているという意味だったことが、やっと理解できました。そのため、大国主命は参拝者に対して横を向いていると言われる所以だったのでした。 

 

本殿内部の柱の様子

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御本殿の中には、7柱の神様が祀られています。大国主命以外の神様は、参拝者の方を向いているらしいです。

 

 

 

 

〇平面図を模型にすると

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出雲と大和 図録 P83 出雲大社本殿木形 1664年頃

 

〇基礎知識が大事

「御本殿」「御神座」「御神体」など、神社にまつわる言葉の意味を漠然ととらえているだけでは、解説の意味がわかりません。そして、一般的な神社の配置や祀り方を知った上で、例外的なことを理解していかないと、解説を聞いても、その真意はすぐには理解できないことがわかりました。

御神体は、通常は参拝者の方を向いている。それを理解するには、御本殿の中がどうなっているかを知る必要があり、その上で御神体の配置や向きを理解する。そして御神体とは何か。御神座とは何かを理解・・・・ 

そして「大国主大神が横を向いている」という表現から、出雲大社御神体は、大国主大神が彫刻された仏像のようなものが、立っていて西を向いているという絵を想像していました。神社の御神体は鏡であることが多いと聞きますが、出雲大社は特例。大国主大神そのものが祀られていると想像していたのです。

大国主大神は横を向いている。他の7柱の神様は参拝者の方を向いている。その理由はなぜなのか? いろいろ説があるようです。これらの理由を理解するにも、神話や神社建築、新説にまつわる周辺情報など、基礎知識が必要でした。

最初わからなくても、次第に話が見えてくるようになってくると、面白くなってきます。何がわからなかったから理解ができなかったかを意識すると、今後の理解の助けにもなります。

 

(2020.05.28追記)御本殿内部

 

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 引用:出雲大社01 ミステリースポット(トップページ)
    イワクラハンター平津豊 MYSTERY SPOT

客神と呼ばれる5神の祭壇だった。皆が拝殿で手を合わしている方向に大国主が向いていない。一方、この客神は、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、高御産巣日神タカミムスビノカミ)、神産巣日神カミムスビノカミ)、宇麻志阿斯詞備比古遅神(ウマシアシカビヒコジノカミ)、天之常立神(アメノトコタチノカミ)である。つまり別天神(コトアマツカミ)と呼ばれる天地を創造した別格の神々である。
まるで、大国主が出てこないように、別天神に見張ってもらっているように思える。  

  

〇なぜ西を向いているのか?

所説あるようで、明確な答えはわかっていないようです。 
いろいろな推測や想像も交えながら紹介されています。

初めての参拝に役立つガイドブック 出雲大社の歩き方!
出雲大社は怨霊の神社?
出雲大社の謎 | aohitogusa saboのブログ
平成日本紀行(182)出雲大社 「御本殿」 - 平成日本紀行
出雲大社の謎に迫る | 神ズム
ht出雲大社の最大の謎!なぜ大国主命は西を向いているのか?
出雲大社~どうして縁結びの神様なの?何度でも行きたい!出雲の神様と出会う旅~|神社専門メディア 奥宮-OKUMIYA-
さぬき市の一級建築士「谷野設計」の寺社建築探訪記:出雲大社 本殿の向きと鎮座の向きの違いと御神体のなぞ

 

以下は自分で調べていて新たに浮かんできた個人的な疑問です。

 

■「御神体が西を向いている」のは出雲大社だけの特徴なの?

Q 御神座が西を向いていることは、どうしてわかった?

天皇陛下も入ることができない神聖な場所。神職しか入れない場所。この中を見ている人は、ごくわずか・・・・ なのに御神体が西を向いているということは、どうしてわかったのでしょうか? だれかバラしちゃったのかしら?

と思っていたたら、大社造の基本構造は同じであることがわかりました。

 

Q 「大社造」の御神体は横を向いている!?

神社の建築を調べていると、出雲大社は、大社造といわれる様式であることがわかりました。そして、大社造で御神体が祀られる場所は、共通しているようです。

社殿の内部は心御柱を境に上段と下段に分かれている。御神体が鎮座する御神座は入り口から最も遠い上段の最深部に安置された御内殿(ごないでん)と呼ばれる小さな社の内部にある。御内殿の手前には板仕切が設けられているため入り口付近から御内殿の様子を窺い知ることはできない。(wikiphedhiaより)

 この田の形をした、仕切り方は、出雲大社特有の構造だと思っていました。ところが、大社造の基本構造だったのです。

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 (左)境内内の本殿の位置(右)本殿内部の柱位置

そして次のような解説に続きます。

大社造は男造(おづくり)・女造(めづくり)と呼ばれる二つの内部構造を有する[2]。男造では御神座が社殿の右奥に配置され御神体は正面から左方向を向いて鎮座する。女造では御神座が社殿の左奥に配置され御神体は正面から右方向を向いて鎮座する。ただし六所神社松江市)のように大社造であっても他の建築様式と同じように御神体が正面を向く神社も存在する。(wikiphedhiaより)

 

大社造.jpg
Kamdoomi - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, リンクによる

 

つまり、大社造では、ご神体は、左右の奥に置かれ、横を向くかたちとなるのが基本です。例外として、御神体が正面を向くことがあると解説されています。

また御本殿が北を向いている神社に鹿島神社もあるようです。

【東国三社】鹿島神のパワーは北を向いている
東国三社 ② 鹿島神社、レイラインの意味 : 追跡アマミキヨ
出雲大社:出雲詣 その3 - 常温常湿希望

 

大社造りの入り口の階段は、右が一般的なのでしょうか?左側に階段というケースはないのでしょうか?また、心御柱から中壁があるのは、基本構造なのでしょうか? それが基本であれば、御神体の向きは自ずと決まります。

中壁がない場合もあれば、御神体は奥で正面を見ていることは考えられます。中壁があるのに、その壁に向かっているというケースは、例外としてかんがえられるのでしょうか?

そのように考えたら、御神体が正面を向いていないことが必然といえます。ただ、イレギュラーもあると思うので、神社建築の基本形とイレギュラータイプを、しっかりおさえないと、本当に謎なのかも疑問になってしまいます。

元来、神座は参拝者の方を向いているという話は、どこからきたものなのでしょうか? また、神社を建てる時の方角の決まりなどあるのでしょうか? 立地場所によっても変わるような気がしてきました。

下記では、神社は南向き、もしくは東向きに立てると書かれています。しかし、この情報の元は、どこにあるのでしょうか?そこを確認しないと、納得ができません。神社建築ハンドブックみたいなものはあるのでしょうか・・・・(どうも感覚的には、それぞれの地域の立地などの実情に合わせて建てられており、それに合わせて物語りが生まれているような気がします。)

また、ほとんどの神社は南向きに建てられているという事実をご存知でしょうか?実は日本の多くの神社は、南向きに建設されています。

引用:神社はなぜ南向きに建てられる?お札の向きや様々な向きの神社も紹介|終活ねっと

通常、神社は南か東を向いています。

引用:本殿が北を向いている理由|大國魂神社

 

Q 神社建築様式には大社造の他にどんな種類があるの?

これまで、神社の建築様式を目にする機会がありましたが、あまり違いがわからず、興味を抱けませんでした。ところが、大社造がわかってくると、他はどうなんだろう・・・って思うようになりました。神社の建築様式について参考サイトです。

▼こちらの解説、建築様式だけでなく流れも図式化されていて非常にわかりやすいです

dragonbeya.exblog.jp

masa4534.blog.fc2.com

 

Q 大社造の神社はどんな神社がある?

いろいろな建築がある中、大社造の神社はどれくらいあるのでしょうか? wikiphediaより抜粋しました。(これだけ? 思ったよりも少ない・・・・)

大社造の御神殿の内部構造を一つ一つ、確認すれば、御神体がどのような向きで祀られているかわかります。わかる範囲で、リンクで示しました。

出雲大社(島根県出雲市) 
➁佐太神社(島根県松江市)  ⇒佐太(さだ)神社本殿の正面入り口は左側

三殿並立の大社造り。
本殿三社はいずれも大社造りで正殿を軸として南北の両殿を配置し、しかもそれを対照的にした発想に注目。特に向かって左の南殿は通常の大社造りの構造とは逆に作られており他に類例を見ない。

③美保神社(島根県松江市) 
 ⇒
ご祭神・ご由緒 | 美保神社 | えびす様の総本宮
 ⇒美保(みほ)神社本殿は比翼大社造となる。

④須佐神社(島根県出雲市) ⇒須佐神社 - 御案内|御本殿 (県重要文化財指定) 

⑤熊野大社(島根県松江市) 
 
⇒入母屋妻入り。
 ⇒内部は田の字型の4つの部分に分かれている。

⑥神魂神社(島根県松江市)  
 ⇒出雲大社神魂神社では神座の位置が左右逆 
    ⇒(改)神魂神社 | (新)三輪桜の旅日        
 ⇒出雲國神魂神社 | 森の旅人十三朗
 大社造最古

⑦六所神社(島根県松江市) 

大社造の基本は、出雲大社と同じ構造のようですが、御神体の位置の左右が逆向きのものの他に、変形のタイプもあります。(大社造意外の様式の場合は、どのような位置に御神体が置かれいるのかも知りたくなります。)

 ③美保神社 ご祭神・ご由緒 | 美保神社 | えびす様の総本宮

 

以下は、大社造について基本を理解するのに役立ちそうな情報

本殿形式として大社造,住吉造,八幡造,日吉造などがあるが,これらの数はきわめて少ない。これらの形式はある特定の神社に固有の形式であって,同じ祭神が他の場所に勧請されたときにその本殿形式が再現される場合を除くと,一般に形式の伝播という現象はなかったと考えてよいであろう。

神明(しんめい)造や住吉(すみよし)造とともに古い神社本殿形式で、遺構は島根県内に限られる

コトバンクより

御神体が横を向いているケースは、他にもありました。しかし、これらは大社造というグループで、それらは、島根に限られ、数も限定されるというのは意外でした。一連の仲間と考えているということでしょうか?

 

Q 西から参拝するのは特別なこと?

実はここ、出雲大社の公式サイトにも乗っていない、隠れた参拝スポットなのだ! ここからお祈りすれば、神様にも届きやすい……かも?

参考:はじめての出雲大社 縁結びの旅ガイド - Yahoo!ライフマガジン

上記では、出雲観光協会の方のお話として紹介されています。しかし西側からの参拝については、ご利益ある「かも」・・・・とぼかされています。

私が参加したボランティアツアーの解説では、西から参拝するという話もありますが、どこから拝んでも大丈夫です。と語られていました。( ⇒*1

 

Q 通な人はここからお参りをしていたという話

ボランティアさんからは「通な方は、ここからお参りされていました」という解説もありました。しかし、看板が設置されており、ボランティアさんがガイドをしていれば、それは公然の秘密状態です。通もなにもないと思うけどなぁ…と心の中で思っていました。(私には、知識がないため、話を聞いても理解ができませんでしたが・・・・)

すると、その言葉の意味するところがわかりました。

参考: 出雲大社観光~大国主大神さまの正面で… | 株式会社大社木工

以前は、このことを知っている一部の人だけが、ここでお参りをしていたのですが、平成の大遷宮」本殿遷座祭以降、ここにもお参り場所ができました。

参拝所は、以前は設置されておらず、「平成の大遷宮」の時に設置されたということがわかりました。

 

Q 建築にかかわる人たちは?

ところで、60年ごとの遷宮の建て替え。その時に携わる方たちは、かなり多いはず。その方たちの守秘義務の管理ってどのように行われているかしら?と考えてしまいました。 

 

Q 写真家が撮影しているはず

秘仏などを撮影する写真家がいます。きっと、どなたかが内部の写真を撮影しているはず。捜せばでてきそう。そういえば天井の7つの雲の写真(絵)を見たことがあります。内部に入って撮影している人は、いると思う。

あの小泉八雲も外国人で初めて昇殿を許されたといいます。ということは、その後、許されている外国人もいるということだし。八雲は御本殿も見たのでしょうか?

2013年は出雲大社本殿遷座祭の年です | 八雲会 | The Hearn Society:小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の研究・顕彰

 

Q 過去に公開は?

これまでいろいろな展覧会などを見てきて、秘仏と言われるものや、非公開とされるものが、特例として公開されるケースを見てきました。出雲大社の御本殿内もそんな特例があったのではないかと思っていたら・・・・

2013年の遷宮の時に、初めて御本殿が一般公開されたそう。大国主大神様が、御仮殿にお遷りなったあとの公開でした。前回は、氏子のみの公開だったそうで、一般への公開はこの時が初めてだったようです。

拝観された方のブログを紹介します。

出雲大社・本殿一般公開 その3 | ■電子ⓠの小箱 - 楽天ブログ
そうなのかな: 出雲大社本殿 一般公開
■出雲大社本殿公開・・・・・・軽装での写真撮影禁止! - 癒(IYASHI)
思ったこと 出雲大社4
出雲大社本殿特別拝観 | Tato Architects – タトアーキテクツ / 島田陽建築設計事務所
出雲大社本殿 一般公開 - うんせきブログ
 『出雲大社本殿一般公開』出雲市(島根県)の旅行記・ブログ by 主水さん
出雲大社(杵築大社)後編:八雲ニ散ル花 02 – 偲フ花

 

遷宮前の様子

出雲大社 拝殿と本館遷宮前)

 

 

Q 出雲大社御神体は西を向いているのは特別なこと?

出雲大社にまつわる様々な謎。その元になったのではと推測されている『逆説の日本史1』。書籍の中で、大国主神の神座は正面から見ると横向き(左向き)になっていることについて、参拝者に拝ませないためという考え方がこの本の中で紹介されているそう。

参考:出雲大社は怨霊の神社?

そして「こんな形で神を祀っているのは、世界広しといえどもおそらく出雲大社だけではないか」と記載されていると語られています。

始めて、この文章に触れた時、「出雲大社だけではないか」と推測表現で書かれたらしく、首をかしげていました。裏撮りせずに書籍にのせてしまうのか・・・・と。(書籍の原文を確認していないので悪しからず)

出雲には同じような大社造りの神社が多数あることが紹介されているそうなので、出雲特有の形態という意味で書かれたものだったのかもしれません。それなら「出雲大社」と限定せず、「出雲地方の大社造だけ」ということにならないでしょうか? そして出雲以外に鹿島神宮は、御本殿が北向きなのだそうです。

 

ではなぜか西を向いているのか・・・・

出雲大社の本殿は古代の住居を現したもので、正方形の部屋に仕切りを設けてコの字方にし、入口より一番奥の部屋を上座としたから 

引用: 出雲大社は怨霊の神社?

横を向くのは、この構造上は、自然のなりゆきと考えられます。(⇒*2

西向きか東向きかについてはどう理解すればいいのか。海の方向、北九州の関係ではないかと出雲大社紫野教会のHPでは推測されています。 

 

鹿島神宮の配置を確認してみました。御本殿は、拝殿の後ろに位置し、北向きに建っています。建御雷神の神座は、下記地図では右手方向の東向き、鹿島灘の方に向いています。何か海と関係があるのかもしれないとのこと。(しかし参道などの関係なのか若干ずれています)

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Saigen Jiro - 投稿者自身による作品。出典:『鹿島神宮』(学生社、2000年改訂新版)p. 27。, パブリック・ドメイン, リンクによる

↑ 下が北向き

 

御神殿内の配置図がwikiphedhiaにありました。

鹿島神宮 本殿内陣.png
Saigen Jiro - 投稿者自身による作品。出典:『鹿島神宮』(学生社、2000年改訂新版)p. 27。, パブリック・ドメイン, リンクによる

 

上記の図は下方向が北側ですが、少しずれているので、神座は真東ではありません。


参考:
出雲大社の神体山・それは霧の中の謎でした! - 神秘と感動の絶景を探し歩いて Beautiful superb view of Japan

 〇ヤマタイカの旅・出雲編 - 逆襲のジャミラ
  ⇒一連の疑問を足で一つ一つ確認された方がいらっしゃいます
出雲大社 米子(西伯耆)・山陰の古代史

 

Q 御神体とは何か? 御神体の写真はないのか?

御神体の向きについて謎となっていますが、御神体そのものは、いったいどんなものなのでしょうか?

結論から言うと、御神体は誰にもわからないのだそうです。

観光案内所で、御神体が撮影された写真集などはないのか伺ったところ、それはないと言われました。

天皇陛下も入ることができません。神主さんも御神体は御覧になったことがないとのことでした。

 

参考:御神体は何かについて

10月にお参りすべき?な出雲大社【後編】  
   | ボーダーレスの秘密《映像制作メインの情報発信ブログ 
出雲大社
出雲大社の御神体は正体不明
思ったこと 出雲大社9
思ったこと 出雲大社10
古代出雲『出雲大社』の謎(その1「御神体」) 
  :いずものこころ簡易版(古事記・日本書紀・出雲国風土記)謎解き

*外国人で初めて昇殿を許された小泉八雲。その時の様子が『杵築ー日本最古の神社』に書かれていました。

 

Q 掟をやぶって見た人はいないのか?

過去に無理やり見ようとした人物がいました。松江藩主、松平直政です。1638年、本殿に入り、御神体を見せろと無理やり押し入ったという話が雲陽秘事記(⇒*3)にあるそう。その時、九穴の鮑が蛇に化けたようです。

参考:出雲大社の御神体は正体不明

9の穴のある鮑。9に何か意味があるのでしょうか?松平家の家紋が九曜紋でした。(⇒【修正】2020.04.05 九曜紋は、奥平松平家だけが九曜紋で、松江の松平家は九曜紋ではなかったようです。)そんなところから、伝説は作られていくのでしょうか?

令和の即位礼で三種の神器が登場しました。こちらは皇族でも実物を見た人はいないと言います。それらと同じように、箱や布に包まれ誰も見ることができない状態で、祀られているようです。

 

大遷宮、歌舞伎の発展に 

無理やり御神体を見ようとした松平直政。悪く言えば無法者ですが、よく言えば、好奇心旺盛、初志貫徹。見ることができないものを見たいというのは、人の真理ともいえます。粗暴に語られていますが、その後、出雲大社の修繕の必要性を感じ、徳川将軍に依頼し、全国に向けて修繕費用の調達を命じるよう計らったそうです。

これが、1667年の大遷宮となり、以後、出雲大社遷宮として今に続いているのだそう。この時、資金調達で京に向かったのが出雲の阿国で、その後の歌舞伎の発展に寄与したのだとか。

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この話、スサノオノミコトがイメージされました。鮑が蛇に化けたという話、スサノオノミコトが退治したヤマタノオロチを想起させられました。直政も粗暴者に書かれましたが、そこから改心して、出雲大社を末永く末代まで存続させるために尽力しました。
その過程で、歌舞伎という文化を普及させ、それを持って財源にしたり、人を呼びよせるコンテンツを作り上げています。
 
人のエゴを取り上げながら、それをプラスに転じさせているあたりに、言い伝えの面白さを感じました。
 

 参考:出雲ブームは過去にも何度かあった|社会福祉法人金太郎の家|島根県|出雲市|介護|高齢者支援|高齢者福祉サービス|障害福祉サービス|障がい者支援|相談|生活支援

 

 

 

■感想・雑感

出雲大社の謎と言われる話も、調べてみるといろいろな説があります。その前に、基本とされる前提条件が正しいのかどうか。そこが気になります。それはどのように調べたらいいのでしょうか? 神社辞典のようなものがあるのでしょうか? 新しい世界に踏み込むとそこで戸惑ってしまいます。

小泉八雲が興味を持っていた出雲大社。神話や怪談、伝説など、その裏に真理があると言います。神道は単なる祖先崇拝、自然崇拝ではないと。風変りな迷信や神話、呪術の底に本能や活力、直観がある。日本の美意識、芸術の際、忠誠の厚さも・・・・

出雲大社にまつわる謎、その裏にある、深い心理や真理を洞察するためのものなのかもしれません。

  

出雲大社関連(ブログ内)

■脚注 補足

*1:■ボランティアガイドについて(2020.04.06)

出雲大社のことを調べていると、ボランティアガイドさんが話されたことについて、紹介されているのを目にします。その内容について次のようなQ&Aが出雲大社のHPにありました。

銅鳥居を触りながら回ると金まわりが良くなるとの話は本当ですか? - 出雲大社
そこには、次のような回答がされています。

いつの頃からかこの銅鳥居を触りながら回ると「金まわりが良くなる」とガイドの方の案内を聞く事があります。これまた同様におもしろおかしく案内しようとする創作です。

出雲はボランティアの活動がさかんな地域です。
 ⇒(ボランティアガイド|出雲観光ガイド【出雲観光協会公式ホームページ】
 ⇒(観光案内所・ガイド団体 | しまね観光ナビ|島根県公式観光情報サイト
ガイドボランティアだけでなく、実にたくさんのボランティア組織があります。
 ⇒(島根いきいき広場 - いきいきとした暮らしとNPO法人、ボランティアを応援する 県民活動応援サイト

おもてなしの心が根付いている土地柄なのだと思われます。
このような土地柄の中で、出雲大社のガイドボランティアは、3つの組織があります。

 ⇒(出雲大社|出雲観光ガイド【出雲観光協会公式ホームページ】

出雲大社から、ガイド内容について注意書きがあることから、これらのボランティア活動は、出雲大社直轄の組織ではなく、それぞれに行われていることが伺えます。

解説内容について、出雲大社からレクチャーを受けたり、チェックされているわけではなさそうです。

おそらく、楽しんで欲しいというおもてなしの気持ちからのお話だと思われました。またこのような言い伝えというのは、噂話として、どこからともなく発生するものなので、一概に、間違っているとも言えないのかもしれません。

中にには「銅鳥居を触りながら回ると金回りがいいという話は、本当ではありません」と解説しているボランティアさんもいらっしゃるようです。

このような言い伝えは、受け止め方もいろいろ。そのまま鵜呑みにしてはいけないということも感じさせられました。

また、ツアーが終わって帰る道すがら、素朴な疑問があったので伺ってみました。「キリスト教や仏教の人は、ボランティア活動はできないのか」「今は、信教の自由がありますから、全く問題ないですよ。キリスト教の人もいます」というお返事でした。宗教というより、歴史的遺産を伝えていくということで、信仰を超えた活動なんだと理解しました。そのあと、出雲大社とは全く別組織だということがわかりました。

 

*2:■一般的な大社造の構造と配置は?(2020.04.06)

通常の大社造は、どのような配置になっているのでしょうか?この構造のまま参拝者側に向いているとすれば、御神体は中央の壁に向かっていることになります。

他の大社造では、中央の壁がないのでしょうか。階段を上がっていきなりご対面というわけにもいかないので、左手に位置しているのでしょうか?

そして、大社造では、中央にある仕切りは、デフォルトの仕様なのか・・・ 元来、参拝者に向かって位置するという御神体は、どのような構造の中で配置されているものなのか、神社建築の基礎を理解しないとわからないと思いました。

 

*3:雲陽秘事記市報松江6月号(2020.04.06)

奇聞・伝説や、社寺・地名の由来、家臣の武功談、その他の出来事を記した書写本とのこと。この書物に関する情報があまりなく、歴史の中でどのような位置付けの書物なのかわかりませんでした。松江地方の話題の中で、この本が元ネタとして紹介されているようです。

「たぶん、写本であることから、伝説も史実もごちゃまぜになってるかも?」という話もあり、個人的にもそのように感じられました。

日本書記のような、正確な史実を記した書物があります。一方、古事記のように、逸話や誇張などを盛り込んだり、人物のイメージ作りや、人々への教訓を喚起する物語りのような記録もあります。直政の話は、おそらく後者のようなものでないかと思われます。見てはいけないもを、見たいという気持ちは、だれにでもある。それをとどまらせるための戒め? どのように受け止めるかもいろいろ・・・・ 

ありえないような話に、作り話と一蹴してしまう捉え方もありますが、その奥にある真理に目を向けて読み解いてみると、ボーダレスな知や、新しい世界につながり世界を狭めない。ということを、同じ松江に暮らした八雲から教えられています。

直政の功績やエピソードを調べつつ、人となりをつかんでみようとしました。しかし、歴史の逸話には、そんなに悪い話は出てきませんし、出雲大社御神体を無理やり見たという話しはでてこないのです。もしかしたら、人にはのぞき見をしたいという欲求があるもの。そんな戒めを伝えるために、誰もが知る有名な人物、松平直政が選ばれたのかもしれません。

稲荷神社 | 日吉神社

上記に信心深かった松平直政が、そのようなことをするとは考えにくいと記されています。