小泉八雲のオープンマインド(開かれた精神)が、彫刻としても表現されています。島根県立美術館の前に広がる岸公園に展示されており、八雲の生きた人生や、その思想を表していると感じられます。「オープンマインド」のモニュメントを見る側の変化を追ってみました。
* こちらの記事は、下記の記事の脚注の補足の部分を独立させました
■小泉八雲記念館:見どころ&関連周辺情報 - コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記
■オープン・マインドについて
八雲は世界を旅し、さすらいの人生を送りました。その経験の中で獲得したと思われるのが、異文化を受け入れる心。多様な文化、風習など偏見を持たずに受け入れ、それぞれの場所に息づく本質的なものを見抜いていく力。それをオープン・マインドと呼ばれています。
そんな八雲を表す象徴的な言葉、オープン・マインドの彫刻との出会って、心が開かれるプロセスを紹介。
■「オープン・マインド・オブ・ラフカディオハーン」
2010年は、小泉八雲来日120周年記念の年でした。この時、松江城天守閣で展覧会が開催され、宍道湖畔にアテネと同型の彫刻が設置されました。
作品名は「オープン・マインド・オブ・ラフカディオハーン」野田正明作
八雲のオープンマインド(開かれた精神)は、彫刻としても表現されています。八雲の思想を表す「オープンマインド」を形どったモニュメントが、展示されています。
〇ハートが見えるオブジェ 2019.10月
このオブジェが、何を表しているのかは、わかりませんでしたが、見る角度によって目まぐるしく変化します。ちょっとゆがんだハートにみえたかと思えば・・・・
複雑なハートが重なったように見えたり・・・・
見る角度によって変わる変化が、ユニークでした。見る方向による見え方は、意図されているのか、たまたま現れた形なのか、どうやってこんなフォルムを作ってるのか不思議でした。
〇人気スポット作りの戦略?
その一方で、このハート、女性の心をつかむ戦略もあるのかな? と穿った見方をしていました。
というのも、ここ岸公園の屋外彫刻には、縁結びスポットとして有名な《宍道湖うさぎ》があり、若い女性たちが集まる人気のスポットになっています。
宍道湖に向かって並ぶ12羽のうさぎは縁結びスポットとしても有名です。パワーをより増すためのおまじないもあります。
先頭(湖側から)から2番目のうさぎに、西を向いて触ると幸せが訪れると言われています。そのためウサギの背中はツルツル(写真左) さらにシジミをお供えすると効果アップ!うさぎの前にはシジミがいっぱいです。
そんなわけで、このハートの形を利用した、話題作りを狙っているのかなぁ… アート作品というのも、そういう部分がこれからは、必要なのなか?と思っていたのでした。
〇見ていると魅力が湧き出てくる作品
しかし、いろいろなポジションから見ていると、その造形の変化に魅了されます。
ある場所から見たフォルムは、開放されたようで、羽根を拡げて飛び立つ鳥のように見えました。
また、別の角度からは、固くとざされて、殻に閉じこもってしまったように感じられます。
次第に見る角度で変わる、変幻自在のフォルムに、引きつけられていきました。何かわからないのですが、人の心の持ちようを表しているように思えてきました。
現にこのオブジェ、最初に見た時、ハートの形が見えて、狙ってる? あざとくない? と感じていました。(もともと、ハートをモチーフにした題材や作品に対して、好ましい印象を持っていなかったというのがあったかもしれあせん。ハートなら女性受けするだろうという安直なイメージがありました。このハートからまた、伝説のようなものが生まれて、ここに人が集うといった・・・・)
心が固く閉じた状態です。ところが、次第にほぐれていくのを感じました。作品の回りを回りながら、太陽を背にして青空にはばたく鳥のフォルムが目に飛び込んできたとき、それまであれこれ、頭のの中をよぎっていたことが、吹っ切れて晴れやかな気持ちになりました。何かにとらわれていて、拒んでいた心が開放された気がしました。
見る角度、見方、捉え方が変わると、受ける感情も一瞬で変わってしまう・・・・ そんな実体験をさせてもらいました。
〇作品名はオープンマインド
そこで、作品のタイトルを見ました。
「オープン・マインド・オブ・ラフかディオハーン」野田正明 2010
このモニュメントが発していたものを理解できた気がしました。
ハートは、ハーンの心の変化を表しているのだと思いました。日本に来て、日本人のハートに触れ心穏やかにさせられたのだと思います。しかし時には、様々な問題もあり、心を閉ざすこともあったはず。世界を旅しながら、心はいろいろに変化し、開いたり閉じたりしてきた様子を表現しているのではないかと・・・・
しかし、陽を浴びて大空に向かって飛び立の姿を見たら、心は持ちようによって自在に変化させることができるというメッセージが伝わってきました。
〇作品解説(プレートより)
作品には小泉凡氏による解説が書かれていました。
重層的な流動性は、ハーンの数奇な人生を物語り、開口部のハート型はハーンの差別や偏見のないものの見方、またハーンが重視した「共生」の精神を象徴しているように感じられる。
受け止め方は、見る人それぞれの中にあっていいのだと思います。
〇始めて見た時の印象(2019.8月)
この作品を始めて見た時は、このような表情をとらえていました。2019年8月。
暮れ行く宍道湖を背景に、閉じた姿を捉えていました。一日の終わりを静かに平穏に迎えようとしていたのでしょうか?この時は、見る角度によって見え方が変化することを知りませんでした。
日没に合わせて、嫁ヶ島に移動しながらの撮影だったので、ゆっくり一つ一つを見るゆとりがありませんでした。
そして、この時、この作品が八雲に関するものであることも知りませんでした。夕暮れに浮かぶいくつかの彫刻作品の中から、気になるものだけを撮影していたうちの1つです。いくつかある彫刻の中から、何か語り掛けてきたのでしょうか。
〇野田氏による作品解説 【追記】2020.02.20
~ハーンの神在月~ 松江サミット報告書より野田氏談
このモニュメントは、東洋と西洋を表す2つの曲線が包む Heart が、すべてを映しこみ受け入れることで生まれた八雲そのものの心を表している。(野田氏)
野外彫刻の気になるものを撮影していたのですが、「気になる」の共通点が、作品に映仕込みがあるというものでした。
ステンレスという素材を使い、それぞれの作品が、周囲の何をどのように写し込んでいるのか。そんなことを観察していました。この作品は、曲面なので映し込みの情報量が少ないと感じていたのですが、曲線は「東洋と西洋」を表しており、包み込みながら、平面でなく曲面によって、より広い範囲、全てを写し込んでいたのでした。
関連:曲面に映し出せる情報は少ないと思ったのですが、実に様々な表情をとらえている方がいらっしゃいました。
〇第一印象を書き留めること
日本でハーンが心がけていたことだという。第一印象には常に新しい発見があり、良きにしろ悪しきにしろ「心の動き」がそこにある。忘れてしまいがちなフレッシュな観点を書き留めることで、「その瞬間」の記憶や、感覚なども同時に残すことが出来る。
野田正明氏の言葉です。野田氏の「オープン・マインド・オブ・ラフカディオ・ハーン」を何も知らずに見て感じたこと。書き留めておかないと忘れる・・・・そんな思いで記していました。最初の印象が、悪かったのに反転する。そこに何があったのかは、好転してしまったあとは、往々にして忘れてしまうもの。知らないで見ていた時と、知ってしまってから・・・・ 知ってしまうと、それらの情報によって印象が作り直されてしまいます。
ご本人がそれと同じことをおっしゃっていて、しかもその言葉は、ハーンの言葉でもあったという奇遇。この言葉に誘発され、忘れていた感覚が呼び起こされてきました。
【追記】2020.03.15 「東洋の第一に目」
『新編 日本の面影』の「東洋の第一日目」の冒頭で、「日本の第一印象、できるだけ早く書き残しておきなさい。」という助言があったという文章に遭遇しました。八雲にとっても、第一印象がどんどん消えていくことへの不安を感じていたことがわかります。
第一印象というのは、しだいに消えてゆくもので、一旦薄れてしまうと、もう2度と戻ってこない。初めての印象ほど、心が動かされることはないと語っていました。
■新宿にもモニュメント 世界をつなぐオープンマインド
ハーンのオープンマインドを撮影したあと、観光協会に行きました。遠くに見える棚に差し込まれ、頭の部分だけが見えたチラシに引き寄せられました。
これってオープンマインドに似てない?
まさにそのオブジェでした。棚差しだったので八雲の顔は見えていなかったのですが、モニュメントのフォルムからオープンマインドを感じさせました。
それは、彫刻モニュメントの除幕式のパンフレットで、なんと新宿に設置されます。ぜひ行きたい!と思いました。しかし、パンフを手にした時は、すでに除幕式は終わっていたのでした。それにしても東京の新宿にも八雲のオープンマインドにつながる作品が設置されたというのは、八雲を身近に感じられるようになります。
パンフレットは厚手で立派。見開きでこれまで制作された作品が紹介されていました。
野田正明氏の彫刻は4都市に設置され、それぞれが心を開いて結ばれました。ハートの中心には、八雲の胸像が見えたり、夕日が入ったりするしかけがあります。ハートが開かれていれば、きっといろいろなものを受け入れてくれるということなのでしょう。
〇関連サイト
〇新宿区・レフカダ市 友好提携30周年記念モニュメント除幕式開催
〇現代美術家 野田正明さん 新宿区・レフカダ市友好提携30周年記念で彫刻モニュメント設置
■冬のオープン・マインド(2020.2月)
2月14日、島根初日。この日は、何度か訪れた宍道湖の夕日で、初めて雲がない夕日と遭遇できました。
沈む太陽をハートの中に・・・・
このオブジェの中に、夕日を納めるのは、太陽が沈む方向などが限られ、撮影のチャンスは限られているのだろうと思っていました。オブジェの中に太陽を捉えられないかな?と思っていたら、オブジェの反対側が斜面になっています。その斜面を利用して、太陽が入る高さに移動して、調整すれば納めることができます。
夕日の位置は、いろいろ変えることもできます。
夕日を頭にのせて、ハートの中には、光の道を入れてみました。
オブジェの首元に夕日をおいて、ペンダントのように・・・・と思ったのですが、左がちょっとずれました。
2月15日 2日目。Bonさんの松江文豪まちあるきのあと、島根県立美術館に立ち寄りつつ散策。この日は、夕日は現れません。では、逆方向から撮影。作品の凹面と空が同化し、作品そのものの形が変わって見えます。
ん? 光がある・・・ なんだろう。
照明の明りでした。この光を利用してみましょう
彫刻の支柱の部分に反射させると・・・
一面だけが光を反射しました。
反対側からも・・・・ あら、こちらは光が強く集中しています。
距離が近いからか、光源の光が太陽のように見えます。
オブジェの上部の金属の部分にあてようとしましたが、無理でした。
夕日が現れなくても、いろいろ楽しみ方があります。
宍道湖の夕日は美しい・・・・ でも。いつも見ることができるわけではありません。昨年の夏から合計11日間、松江、出雲に訪れました。雲がなかった夕日は、この日、1日だけでした。
そして最終日。雪が降り、宍道湖は波打った状態でした。
一面、モノクロームの世界で、じっと佇む八雲のオープン・マインド。冬の寒さに耐える八雲の姿でしょうか?
心を開いていれば、なんでも受け入れられるし、楽しむことができるかな?