今年度の静嘉堂文庫美術館の曜変天目の展示は3回。最後は「磁州窯と宋のやきもの展」にて展示されました。2020年1月18日(土)から3月15日(日)までの予定でしたが、諸藩の事情により、3月1日までとなりました。
曜変天目でちょっと発見があったのでメモ。
■じっくりゆったり鑑賞
昨年の4月、5月。曜変天目3碗が同時展示されるということで、大きな騒ぎがありましたが、今回は、じっくりと見たいだけ見ることができます。
2回目の展示、「名物裂と古渡り更紗」展の時は、都合がつかず見ることができませんでした。
1回目は自然光で、今回は室内のガラスケースです。かれこれ、静嘉堂の稲葉天目とのご対面は、6回目になります。そんな大きな発見もなさそうかな・・・と思いながら、誰に気兼ねすることなく見たいだけ見ることができました。
■斑紋の顆粒に注目して鑑賞
これまでなかなか、じっくり見ることができなかったのですが、今回は、斑紋の中の顆粒に目を向けて観察してみようと思います。
静嘉堂文庫美術館 絵葉書
〇一つの斑紋にスポットをあてて観察
黒い斑紋は輪郭が黒く縁取りされたように濃くなっています。その中の粒子の様子は、斑紋によって密度が違います。粒子の集まり方の違いによって、見え方がどのように変わるのか観察してみようと思いました。
〇斑紋の粒子は3パターン?
斑紋の粒子の状態は3つのパターンに分けられそうです。
❶中央にまばらに粒子
❷粒子が粗の状態
❸粒子が密
静嘉堂文庫美術館絵葉書 部分拡大
〇まばらな粒子の斑紋を観察
まずは、中心部の粒子がまばらな斑紋を選んで拡大してみました。⇒❶
粒子にムラのある部分を観察。
静嘉堂文庫美術館絵葉書 部分拡大
(拡大したので不鮮明になっていますが)
〇粒子は層の中で浮遊?
これらの粒子にピントを合わせると、それぞれの粒子ごとにピントの合う距離が違うのです。そのため微調整が必要でした。ということは、この粒子は、一定の厚みの中に存在していることがわかります。
こんなイメージです。
この厚みは、釉のガラス質の部分と考えられ、ピントを微調整することで、明瞭に見える顆粒が変わることから、釉の厚みの存在を実感できます。ミュージアムスコープでも、顆粒が一定の厚さの中に散在して存在することを確認できました。
曜変の文様は、薄いガラス質の釉の中でおきている反応と理解してきました。まさにその薄いガラスの厚みを、体感できました。
斑紋のまばらな顆粒(❶)は、同じ面に並んでいるわけではなく、一定の厚みの中で、浮遊するように散在していることがわかりました.
〇組織の見え方と同じ
この見え方、組織や細胞を観察した時と同じ状態に見えました。
例えば、下記の写真は皮膚組織で、紫の丸い部分が核です。その中には小さな粒々の顆粒のようなものがあります。
引用:未来を背負うiPS細胞
この粒々を顕微鏡で観察すると、核は厚みがあるので、粒々は、その厚さの中のあちこちに存在します。それを観察するには、その厚みの幅の中でピントを合わせるため、レンズを微調整して、顆粒の位置に応じて、ピントを合わせます。
曜変天目の斑紋の粒子を見た時、細胞内の核や顆粒を見ているのと同じ感覚になりました。釉の厚さの間を行き来して、それぞれにピンとが合うのです。
曜変天目の文様は、釉の中の反応と言われていますが、薄い膜なのでその厚みはイメージしにくいのですが、スコープで観察することによって、釉の厚みの中を行ったり来たりしているような体験ができした。釉の厚さを感覚的に感じ取ることができます。
■光彩の発色には階層がある
斑紋の中のそれぞれの顆粒(下図の上の矢印)に、ピントを合わせて観察をしていると、それに伴い、回りの光彩も一緒に目に入ってきます。(下図 下の矢印)
静嘉堂文庫美術館絵葉書 部分拡大
斑紋の粒子にピントを合わせていると、面白い現象がおきました。
上記の写真では、光彩がオレンジに見えていますが、この発色は、釉の厚さのある部分でのみ、発色するのです。(一部しか確認していないので、全てがそうかわかりませんが)
〇光彩の階層のイメージ
下記がイメージです。透明の釉が層状になっているとイメージします。斑紋の顆粒を観察するために、この層のそれぞれでピントを合わせながら見ていると、ある層にピントがあった時、オレンジの発色が目に届いたのです。
斑紋の粒子に合わせていたピントが、光彩の発色する層にバッチリあうと、色が目に飛び込んできました。そしてピントが外れると、その発色は消えたのです。
光源との関係など、確認していなかったので、観察の位置や角度によるものかもしれませんが・・・・
■釉の概念図
釉について、下記の論文のイメージ図がわかりやすかったです。
「生成の機構は、茶碗焼成の途中において釉が熔融した時に二層に分かれて、一部が滴状となって釉の上に浮かび、これがそのまま冷却して滴は結晶し、一方で釉は結晶せずガラス質のまま固化したものではないだろうか。」
出典:杭州出土の曜変天目
薄膜のガラス質は、0.1ミクロンメートルと想定されています。
薄膜の厚さがd。薄膜にnとあり、意味がわかりませんでしたが、nは、いくつかの層から成り立つことを意味しているとか?
美術用のスコープで観察しても、顕微鏡で見た時と同様の観察ができたことにちょっと驚きました。6倍でもバカにできないです。
これまで、曜変天目を見る時は、全体の文様の中から特徴的な部分を、ピックアップしてそれを追うように見てきました。また当てる光との関係で発色の状態を見ていました。
今回、一つの斑紋を決め、その中の顆粒を観察することに的を絞ると、釉の厚さを実感できました。これは、スコープを手にして、ピント合わせなど使いこなせるようになったことや、今回の展覧会で、ゆっくりじっくり見ることができた環境があってのことだと思いました。
顆粒が階層構造になっていること。また、光彩もその階層構造に反射板のような部分があるのを感じました。
これまでと違い、一つの斑紋だけに集中し固定して見ることで、新しい世界が見えてきました。
■茶碗の外側の釉
茶碗の外にかけられた釉は1~5㎜ほどの厚さ。
このぽってりとした垂れた部分も、集中をしてみたら、何か構造的なものがわかるかも・・・・と思って、厚みのある部分をスコープで覗いてみました。残念なことに透過性が全くないため、内部構造を確認することはできませんでした。
茶道具の美(静嘉堂パンフ)
前回、自然光で鑑賞をした時、側面にモアレ模様が見えたのですが、今回は確認ができませんでした。その時の条件によって様々な姿を見せるようです。
稲葉天目は、外側に斑紋がないと言われています。これまで、はっきり見える一つの斑紋を確認していたのですが、今回、じっくりみたところ、他にもいくつか点在しているように思われました。自然光の時は、もしかすると明るくて見えなかったのかも・・・
今回の鑑賞では、これまでとは全く違う見え方に触れ、自分にとっては大きな発見でした。それで満足してしまい、それ以上、観察することを忘れてしまいました。
斑紋の中の状態は、3パターンぐらいに分けられそうです。
静嘉堂文庫美術館絵葉書 部分拡大
残り2つのパターンを、今回は確認ができていませんでした。
❷の粗な状態の粒子はどうなっているか。
❸のびっちり詰まった顆粒はどのように見えるのか。
また、それぞれの斑紋の輪郭が濃く密集しています。粒子が密に重なっている状態を確認できるのか。❶~❸の縁の部分は同じ状態なのか・・・・ 今後の展示を楽しみにします。
■磁州窯と宋のやきもの展
今回展示された「磁州窯と宋のやきもの展」について、インターネットミュージアムでレポートしました。
静嘉堂文庫美術館「『鉅鹿』発見100年 ─ 磁州窯と宋のやきもの」 | インターネットミュージアム
磁州窯の特徴は、白と黒の釉にあると感じました。曜変天目の薄い釉ではなく、厚くかけることによって、その厚みを利用して彫刻のような加工がされています。民窯でありながら、高度な技術を用いた作品は、他の地域へも大きな影響を及ぼしました。
それぞれの陶器を、チラシの写真から迫ってみます。
〇黒釉の瓶
これは、黒い釉をかけて、彫刻をするように線で描いています。
〇白い枕
こちらは、黒釉を掻き落として白い部分を見せています。「白地黒掻落牡丹文如意頭形枕」磁州窯
それほど厚くはない黒釉の厚さを、広い範囲掻き落とす技術も目を見張りますが、牡丹の花のや葉など、黒く残された部分にも、ただ残しただけでなく、濃淡の加工がほどこされているようなのです。
葉や花を囲む輪郭線は、下絵のなごりでしょうか? あるいは、この輪郭線も描き残されたものだとしたら、超絶技巧です。
磁州窯の厚い釉と、曜変天目の薄い釉。そこに広がる造形の妙がおもしろかったです。