コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■2017年:[6 月] 鑑賞記録・メモ

展覧会や講演会に行った際の、直後の感想メモ。ファーストインプレッションを忘れないうちに記録しておくためのメモ帳なので、ほとんど記憶だけで書いています。調べたり、まとめていると印象が変化してしまったり、そのまま記録せずに終わることも多いので直後の記録をここに残しておくことに。作品名の確認やメモを見返したりせず書いているので内容はっrあてになりません。ブログにするためのメモ的なものなので、情報はかなり曖昧なのであしからず。あまり公にしたくない話などはこちらに記載(新しいものを上に記載)日記がわりに利用

(⇒ をクリックするとブログ記事が表示されます)   

 

    ■2017年 訪れた美術展 講演会の記録 (行きたい) 

    ■2017年 鑑賞記録・メモ 一覧 

    

  

 

■(2017/06/26)  /  [06/25] サントリー美術館:漆芸・蓋裏

    国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》 蓋裏公開

蓋裏よりも箱の内部の方に着目。漆のレクチャー受ける。

 

 

■(2017/06/26)  /  [06/25] FUJIFILM SQUARE

  「幕末明治の写真家が見た富士山 この世の桃源郷を求めて」 

富士山は日本人も愛したけども、外国人にも愛されていた。海外から日本という国は、長きに渡ってちょんまげ、芸者・・・というイメージが浸透。それは、明治期の横浜写真による影響だと考えられると思いました。外国人が好む日本のイメージに合わせて写真、アルバムが作成。それが全世界へ流布。そのイメージが長きにわたり定着し、近代になっても、日本のイメージとして定着したのだと想像されます。

 

写真の歴史が詳しい。また何か機会があったら、ここで情報収集。

 

そのお隣で写真の展示。フイルムによる写真展示。デジタルが主流となってもフィルムにこだわる。水面に反射する光。黄色系でなく緑系。フィルターも使わずどのように? それは周りの緑の反映。時間、季節、角度・・・ そのように見えることを熟知した上での撮影。加工は一切なし。デジタルの加工について、それは一つのアートの形として認められている。基礎ができないと加工してもよくはならない。

 

 

■ (2017/06/25)  /  [06/20] 東京国立博物館風神雷神図屏風

東京国立博物館 - 催し物 ギャラリートーク 過去のギャラリートーク 尾形光琳筆「風神雷神図屏風」

 

平日の火曜日。会場に少し遅れて到着すると、すごい人。100人は超えてる? 風神雷神が展示されていることを知ったのは、たまたま、こちらにそのお知らせがあったから・・・ 風神雷神図屏風@東京国立博物館 - 常温常湿希望 それを見ていなかったら、知る由もありませんでした。常設展示に何が展示されているか、こんなにも多くの人たちが、チェックしているのかとびっくりしました。

 

作品を理解するためのKW 最初は基本的なことかな? と思ったけど、だんだん、自分がここはどうなんだろう? と調べてきたことの総集編、復習、そして新たな視点が次々に示されました。モチーフの風神、雷神はどこから? インドにまでさかのぼり・・・ 自然現象と神、怨霊、自然の仕組みのわからない時代の思考。

 

そして、裏に描かれた抱一の夏草図屏風 これはどのように飾ることが想定されていたのか。凸面が手前に来る? それとも通常と同じ? それには、抱一が描くことになった経緯が関係する。一ツ橋家と酒井家との関係。嫁入り、お家安泰。屏風の所有権については移転していたと考えられる。(いろいろな説あり)酒井家から一つ橋家へ献上されたと考えられる。(一ツ橋家から依頼があったと聞いた記憶あり)抱一は有名ではあったけども、光琳には及ばず。ゆくは将軍と言われた一ツ橋家に光琳の絵を献上することが第一の目的。そうした経緯を考えたら・・・ 長年の疑問がすっきり納得。

 

光琳風神雷神の下絵が出光に。重ねるとぴったり。よくトレースしたという言葉が出てきていたけど、その意味がやっと理解。ホントに和紙のようなものを重ねてトレースしていた。抱一はそれができなかったため、あの風神雷神になったとどこかで聞いた記憶がよみがえりました。

 

そして、宗達風神雷神との比較。とてもよくわかりました。目の位置関係。そんなの見る人の見方でしょ・・・と思っていましたが、微妙な差。配置についても補助線で示され、その違いがよくわかりました。宗達の構図は、はみだしと言われているけども、もしかしたら全体を描いてカットしている可能性もあり。

 

配置には歌舞伎物を見ているような、動きあり・・・

 

雲の表現

前回、見た時に、一番気になったところでした。雷神の下の雲が、噴射している! 京博ではこんなところまで全く見えなかった。というか、まだ鑑賞が未熟だったから・・・たらし込みを使っているけど、たらし込みに定義はないと解説。(こうしてはっきり解説されるととてもすっきりする)たらし込みを使って、雲の塊と雲の流れを作っている。宗達では眷属として描かれた風神雷神が、光琳は土着の自然信仰を表している。

 

また、宗達の絵の下は金はないが、光琳はすべて金。

これについてじっくり見て見たけど、金が下地にある効果がよくわかりませんでした。写真にも納めました。その違いについては、これから解釈がされていくとのこと。

 

宗達の筆致はサインペンみいたいに同じ太さで一定。一方、光琳は筆の強弱があってリズミカル。光琳の方が筆致としては上か? と思いきや、同じ太さ、同じ墨色で線を書くのは至難の業だそう。それゆえに、宗達印がなくても、宗達だと90%の研究者が認める、宗達の独特の筆致。残りは他の絵師だと言っているわけではなく、本当に宗達なのかな? という見解。

 

風神、雷神の乳首は片側だけなのは? 人とは違うということを表現したのでは? しかし、おへそを描くのは矛盾している。へその尾があることを意味するということは・・・

 

帰りにショップによって、茶の湯関係の書籍をいろいろ見てきました。なんとなく把握できた感じ。香のたしなみ方が解説されていたのはよかった。ここで随分時間がとられてしまいましたが、パスポートをゲットしたので、心置きなくまたの機会にでき、気持ちにゆとりができます。そのあと、科博の常設展をチラ見・・・

 

 

■(2017/06/22)  /  [06/17] 静嘉堂文庫美術館

               かおりを飾る〜 珠玉の香合・香炉展

かおりを飾る~ 珠玉の香合香炉展 」が茶の湯に関連して行われるというのですが、「茶の湯」と「香り」との関係がよくわかりません。茶の湯のプロセスに香りを楽しむというテップありましたっけ? そんな話、聞いたこともないという状態 です。

 

 

〇香りと生活

どうやら、今は省略されていて、そのステップが端折られているらしいことがわかりました。香りものが苦手なので、お茶を飲むのに香りを一緒にしてしまうのかぁ…と思ってしまう無教養ぶり。

香りの感じ方は人それぞれで、無臭が一番の我が家で、アロマなんて焚こうものなら、イライラすると文句が出るような状況。お香なんて焚いたらきっと大騒ぎになることは必至です。

 

その一方で、香道は、個人的にちょっと興味がありました。それはひょんな出会いから始まりました。そのベールに包まれた神秘的な世界を垣間見てみたいと思っていました。

 

 

香道との出会い

箱根のハイアットに泊まった時のこと。気になったのが浴衣の柄。

出典:アメニティ@ハイアットリージェンシー箱根(*^^*)|旅とグルメと韓流と…時々お仕事♪

 

ハイアットのhAをもじったマークで、なかなかおしゃれと思っていたのですが、これが「源氏香の図」をモチーフにしていることがあとでわかりました。源氏香とはなんぞや? と調べてみるも、その深淵なる謎の世界……

 

香の図 - Wikipedia

 

↑ これを見ても、わけわからない世界でしたが、日本という国は、いかなるものも「道」として、極めてきた文化をもっている国。香りまでもが道を極める世界だったとは! しかしながら、華道、茶道、剣道、柔道と「道」のつくものは今に伝えれていますが、「香道」は初めて耳にしました。今は、どうなっているのだろう。どういうところで行われているのか。その世界観にとても興味を感じさせられていました。

 

そして外国人も多いホテルでこうした日本の文化をさりげなく伝えようとしているホテルのおもてなしにも感じ入りました。外国人のみならず、日本人にも日本の文化を知らせてくれる効果があり日本文化の奥深さを教えてくれたのでした。

 

 

〇その後に触れた香道の一端

その後、琳派を見ていたら、光琳による香木を包んだという《柳図香包》を目にし、あの香道の香木は、こういうものに包まれていたのか・・・・

f:id:takeshihara:20100812214445j:image:w400

その包み方を知ると、それを広げるときに現れる絵の展開・・・ 空間をのびやかにひろげていく柳の枝。「香木を包む」その包紙にまでも、これだけの配慮がされている。香道っていったいどれだけの奥深さを持っているのかを目の当たりにさせられたのでした。

 

京都の旅行を計画していると、香道体験なんてオプションを目にしました。

 

庭園美術館朝香宮艇の、ラジエターカバーが源氏香だったり

出典:『旧朝香宮邸にアールデコ建築を見る(東京建築ベストセレクション18) その1』 [白金]のブログ・旅行記 by アルデバランさん

 

と、少しずつその世界の傍らをかすめているのですが、いまだに香道がなんたるかは全貌が明らかになっていませんでした。今回の展示を通して、どんな世界なのか、わかるかな? と楽しみにしていました。

 

「香合」と「香炉」の違いの説明・・・・

「炉」と「風炉」の違い・・・・

 

 

〇「風炉」と「炉」 

これまたお茶の心得がないとわかりません。風炉については、永楽展を見たときに、永楽というのは、風炉づくりを許されたことから始まったと解説がありました。「風炉」とはなんぞや? が始まりました。調べてみると、茶道では「炉」も季節によって呼び方も違えば、その形もしつらえも変わる。というぼんやりとした理解。しかしながら季節といういうものをいかに大切にしてきた文化であるのかということを感じさせられます。

 

 

〇「炭手前」なる新たな言葉

こうして、茶の湯の部分的な断片にふれてきたものの今回の展示では、「炉」と「風炉」の前に炭が籠に入っていて、香がしつらえられています。それを「炭手前」というらしいのですが、それが、何を意味しているのか? これをどんな場所でどんなふうに使うのかが、まったくイメージができません。

 

茶の湯の最初から最後まで、一連の所作がわからないと、理解のしようがない・・・と感じていました。しかし、今はあまり行われなくなった所作をどうやって探せばいいのか。きっと「道」の奥義。簡単にインターネットで調ないだろうと。

 

参考:炭の組み方を写真でわかりやすく解説!

 

 

〇東山文化って?

一方、茶の湯の世界は、茶碗、香合は唐物が珍重され権力の象徴でもあったといいます。そして「東山」…という話題が出たところで、それの意味することがわからなくなり、ついていけなくなりました。東山では何がおきていたのか?

 

ああ・・・ これは、前途多難。と思っていたところに、香りについての概略がタイムリーに紹介されました。⇒書籍『香三才』 - 迷ったら 楽しい方を えらぶのが いいと思う これでなんとな~くですが、わかったような気分・・・(笑)

 

 

東博のショップで情報収集

たまたま、東博に行く機会があり、ショップに立ち寄り茶の湯関係の書籍をいろいろ見ていました。そこに「なごみ」という雑誌があって、「東京国立博物館茶の湯」展を トコトン楽しむ」という特集がありました。それと一緒に茶席の一部始終が写真で解説がされていました。これでやっと理解ができました。

 

炭手前・・・・そういうことだったのか。本来は、こういうことが行われていたけども、茶会がたくさんの人で行われるようになって、省略されちゃったわけね。

 

以前、お茶のことを少しぐらいは知っておこうと思って調べてみたけど、香を楽しむなんてステップは、見てないし・・・と思っていたのはそういうことなんだと理解しました。

 

 

室町時代はこれから・・・

また、室町の文化、北山から東山への変遷。そのあたりの歴史が今一つ、わかておらず、海北友松を知って、やっと桃山、室町あたりにさしかかり始めたところ。茶の湯のことを知って、やっと室町時代あたりをうろうろし始めました。しかし北山、東山文化は中学の歴史で聞いただけの記憶の彼方。それがどういう時代なのか、一から、学び直し。なんとなくうっすら関連性が見えてきたと思ったところで、またまた、KIKUさんが北山、東山あたりをまとめてくださっていて、タイムリーでした。

 

これでやっと、内覧会で説明していただいたことが理解できるようになりました。

 

 

〇「見立て」の意味が違う?

そしてよく出てくる「見立て」という言葉。

よく「○○さんに見立てもらって・・・」 という表現がされるように、だれそれが「あつらえた」という意味で、茶の湯の亭主がこの茶会に「あつらえた」ものという意味だと思っていたのですが、お話を伺っているとどうやら違うようなのです。

 

何か別の目的に使っているものを、茶道具として使うこと。それを「見立て」と言っているようでした。あらためて「見立て」の意味を調べてみると実にいろいろな意味があることがわかりました。

 

みたて【見立て】の意味 - goo国語辞書

見て選び定めること。選定。「妻の見立てによるネクタイ」
病気を診断すること。また、その結果。「医者の見立て」「見立て違い」
2から転じて》こうだろうと予測すること。「日経平均8000円割れはないというのが専門家の見立てだ」
 4㋐あるものを、それと似た別のもので示すこと。「庭園に富士の見立ての山を築く」
俳諧で、あるものを他になぞらえて句をつくること。
思いつき。また、趣向。
  • 「何をしたればとて商ひの相手はあり。珍しき―もがな」〈浮・永代蔵・三〉
見送り。送別。
 
お茶の世界では4番の意味でつかわれているようです。
 

表千家不審菴:茶の湯の道具:「見立て」より

裏千家ではでは、上記のような解説がありました。

本来は茶の湯の道具でなかったものを、茶の湯の道具として用いること。武野紹鴎が、井戸の水をくむ時に使う釣瓶を水指として用いたことも「見立て」の一例といえる。ことに初期の茶の湯においては、「見立て」の道具が多く用いられた。

 

「物を本来のあるべき姿ではなく、別の物として見る」という物の見方で、本来は漢詩や和歌の技法からきた文芸の用語なのです。

 

というように、言葉も一つ一つ確認しながらの状態です。

 

ノートに記録していた下記の内容。

室町時代の将軍 唐物の香炉をめでる文化が、利休の侘茶の登場により、唐物絶対主義から、茶道具を見立てて利用する文化に。炉でたいていたものが、見立てた香合を炭手前の中に入れて香りを楽しむ。価値観の変化がおこったという流れがつながりました。

 

炭手前などはどのように使われていたのか。そのプロセスがみえてわかってやっと全貌がとらえられた感じ・・・

 

以前、文人画についての館長のトークがあったときも、これは「見立て」だという解説があり、どうも普段使う「見立て」と意味が違うような気がする・・・と思っていたのですが、その違和感もやっとこういうことだったのだとわかりました。

 

 

〇北山と東山の比較表

しかし、まだ、北山文化から東山への変遷のあたりがピンときていません。・・

北山文化と東山文化の特徴と違い・比較表 / 日本史 by 早稲男 |マナペディア| より

 

北山文化 東山文化
特徴 武家文化と公家文化・禅宗様のコラボレーション 庶民文化の台頭
将軍 足利義満(※1) 足利義政(※2)
建物 鹿苑寺金閣 慈照寺銀閣
様式 寝殿造禅宗 書院造
絵画 瓢鮎図如拙)(※3) 四季山水図(雪舟)(※3)
文芸 能(風姿花伝※4)・狂言 連歌(新撰菟玖波集・水無瀬三吟百韻)・御伽草子
その他 五山文学(義堂周信・絶海中心) 狩野派(※5)の登場・枯山水の庭・池坊流の華道

 

表になって初めて理解ができる。刀剣の時も、太刀と刀。一覧にしないと理解がしにくい頭の構造みたいです(笑) 

 

上記の一覧で、 義満(3代将軍)と 義政(8代)の違いだということでやっとわかりました。この時代の隔たりはどれくらいあるのでしょうか?

 

お茶の道具など価値観の変化がどうして急におこってしまうのだろう・・・というあたりがいまいちわからなかったのでした。また、なぜ急に利休だったのか・・・というあたりがしっくりこないのですが、華やかなものからの反動で、シンプルイズベストへと傾いていったのでしょうか?

 

 

〇そして「交趾」(こうち)について

何で見たか忘れましたが「交趾」というのは龍のような動物だという認識をしていました。ところが、今のベトナムとの貿易船でもたらさせたもの。という解説を聞いて認識していたことと全く違います。どこでこんな勘違いがおきてしまったのでしょう?

 

また「交趾」がベトナムということについてもよくわかりません。

交趾とはベトナムのコーチシナ(交趾志那) フランスがベトナムを統治していたころのベトナム南部の呼称でした。それで妙な音だったのでした。

 

それがなぜ、龍のような動物と勘違いしてしまったのか・・・

台湾には19世紀に中国の広東より民芸としてもたらされており、交趾陶、嘉義焼とも称される。主に寺院建築の壁面の飾り物として人物、瑞獣、植物をモチーフとされ、台湾での公式な贈答品として用いられている。

 

という解説がありました。

 

瑞獣…      風水の瑞獣たち  ← このようなものを「交趾」と理解していたのです。

 

なんでそんなことが起きてしまったかというと・・・

 

茶の湯との関係で次のような記載がありました(wiki pedhiaより)

交趾焼は主に茶の湯の世界で珍重され、香合がとくに尊ばれる。江戸時代に数寄者の間で作成された香合番付では、交趾の香合がその上位を占める。

茶の湯で珍重されるという事で、京都において楽家永楽善五郎がその写しものを制作した事から九谷焼や日本の京焼でもその写しが作られることとなり、その制作は全国で行われる。永楽が携わった紀州徳川家偕楽園焼は紫と浅葱色と呼ばれるトルコブルーを基調にした法花の和製の作風である。

 

やっと理解できました。永楽展で「交趾」と書かれた焼き物に龍が描かれていたのです。その前で「交趾よ」と語る親子がいて、交趾ってなんだ? 龍のことか・・・と勝手に理解をしてしまったのでした。たぶん作品リストを見れば、「交趾なんたら」というものが載っているのだと思います。

 

 

〇わからなかったものがわかる

こうして過去に見たあれが、その時はわからなくても、こういうことだったのか・・・と時を経て理解につながっていく。一つの知識が増えると、また別のことが理解できる。そういうことが美術鑑賞の楽しみとして存在していると感じるのでした。

 

 なんだかんだと、時代背景や茶の湯のことを理解しないと難しいという印象をもってしまいます。

 

学芸員さんからは、そんなことは、抜きにして「かわいい!」 ただそれだけでいいと解説がありました。大切なものを、素敵なケースに入れる。かわいいケースに入れていた。そんな見方でいいので気軽に見て下さいとのことでした。

 

思わず見ていて「かわいい!」とつぶやいてしまいます。

 

しかし、もう一人の私がささやくのです。いい年して「かわいい」はないでしょ!  もっと何か表現の仕方がないの? って(笑) すべてが「かわいい」の一言で片づけられてしまう昨今。美術の世界にもその波が押し寄せているのを感じます(笑)

 

それでいいのかなぁ・・・ と思う反面、最初のとっかかりの「かわいい」は必要よね。そして「かわいい」は今様だとも感じます。またなんでも「道」を極めてしまう日本文化。「かわいい」も極めれば「道」になるのかもしれません。今後、「かわいい道」として昇華されて、何千年後かには、今という時代が、日本の「かわいい道」が発祥した時代として認知されるかもしれません。その歴史的瞬間に、私たちは立ち会っている! と考えたら楽しいかも・・・(笑)

 

新しい文化が創造されるときというのは、必ずそれに眉を顰める人たちがいます。さて、どちら側に立ってみるか・・・ そんな見方もあるかな?(笑)

 

私がかわいいと思った香合は・・・・

 

 

(2017/06/18)  /  [06/17] 静嘉堂文庫美術館

                  かおりを飾る〜 珠玉の香合・香炉展                  

静嘉堂文庫美術館で始まった「 かおりを飾る〜 珠玉の香合・香炉展」のブロガー内覧会が行われました。茶の湯の中に「香を楽しむ」というステップがあるということなのかしら? 「香道」は聞いたことがあるけど、それとはどう違うの? しかし、そんなことよりも興味があるのは、「曜変天目茶碗」・・・

 

レポートの前に下書きを兼ねて、忘れないうちに記録。

 

 

東博とは一味違う曜変天目茶碗の展示

東博の展示はちょっと消化不良ぎみ。本家本元の静嘉堂ではどんな展示をするんだろう・・・ そして、曜変天目茶碗の定義についても知りたいと思っていました。

 

すると内覧会の前日、饒舌館長さんのブログの更新のお知らせてが届きました。(携帯のフィード機能は、なぜか毎回、饒舌館長さんと、青い日記帳さんのブログが更新通知がされるのです)

 

饒舌館長: 静嘉堂文庫美術館「珠玉の香合・香炉展」1より

「美術品は所蔵館で、地酒はその土地で」というのが僕の哲学です!? 

      (私もそう思います! だから楽しみにしていました!)

東京国立博物館の展示は台が高く、曜変がよく見えなかったとか、照明が弱く輝きが感じられなかったというツイートが少なくなかったと聞きましたので、わが館では台をぐっと低くしました。昨日、最終点検をしたときに、やや暗いように思ったので、館長の独断と偏見で、目いっぱいルックスを上げるよう指示しました。今回は「曜変天目」の魅力を、十二分に楽しんでいただけるものと確信しております。

 

展示の高さを低くしてくれてる!
照明のルクスを目いっぱい、館長の独断と偏見で指示してある!
これは、訪れる前から期待大です!

 

 

曜変天目茶碗は、おまけではない!

今回のメインテーマは「香合と香炉」 そこに「曜変天目茶碗」の展示。お茶つながりとはいえ、ちょっと無理無理感が(笑)  おまけ的な存在?(人寄せ〇〇〇?)みたいに思うところもなきにしもあらず。しかし、東博の展示の際に、係の方から、静嘉堂は比較的、頻繁に展示をされていて、〇年に1回というような、展示ではないとも伺っていました。

 

とは、いっても内覧会で曜変天目に関する話題を出すのは、邪道かな? と思うところがありました。しかし、館長自ら、しょっぱなのブログで「曜変天目茶碗」を取り上げられています。ということはノープロブレムってことよね。しかも、あまり触れてはいけないと思っていた、東博の展示との違い。光の当て方などにも言及されており、この件についての話題は、タブーではない・・・・と理解してトークショーに参加(笑)

 

 

〇展示前からイメージを膨らます

この曜変天目茶碗を静嘉堂で見る」という一大イベントを前に、ここでは、どういう展示がされるのか、どんな光が当てられるのか。自分なりにあれやこれやと想像していました。過去に曜変天目茶碗は、どのように展示されたのかを確認してみると、自然光の中で展示されていたようです。自然光は、曜変天目茶碗の変化する輝きを、引き出せるものなのだろうか・・・もっと強い光が必要なのでは? と思っていました。今回も自然光で見せるのでしょうか・・・

 

 

〇前回の企画から想像たくましく

今回の展示の前に行われた「挿絵本の楽しみ」には2回訪れています。その時、挿絵本を見てはいるのですが、同時に、展示のガラスケースのライトに注目をしていました。多分、曜変天目茶碗もこのケースを使われるはず。今、当てられているこの光の中で、あの曜変天目茶碗が展示されるのだろうか。この光では、ちょっと弱くない?  

でも、照明は調整できるはずだし、電球を変えるかもしれない。今、ここで見える光とは、違う光があてられるはず。いや、ひょっとしたら曜変天目茶碗専用のガラスケースがお出ましになるかもしれない(笑) まだ見ぬ静嘉堂で展示される「曜変天目茶碗」の姿を思い浮かべながら、想像を巡らせていました。(それでも・・・・ 心の中では、このガラスケースの光では弱そうだな・・・と思っていたのでした)

 

しかし、館長さんの独断と偏見で、目いっぱいのルクスに上げたと聞き、これは楽しみ! しかも、展示の高さも低くなっているから、中までちゃんと見ることができます。内覧会の前に行って、見ておくことにしました。

 

 

〇予習・・・物理化学で読み解く

以前参考書としていた『碗の中の宇宙』 まだ読み切れていないところのコピーを、この日のためにしていていました。しかし、その後は見ることなく・・・ 安藤氏が観察したのと同じように、前回、観察できなかった部分をじっくり観察をしてこようと思っていました。

その前に、資料には目を通していきました。前回と違って、するすると面白いように理解もできました。一度、見たということは理解も早いです。

 

 

トークショーの前に・・・

トークショーが始まるまでの時間、小一時間ほどありました。入り口を入ってすぐの展示コーナー(ここは、外光で見る場所です)に目をやると、曜変天目茶碗はありませんでした。どこかホッとしていました。外光よりも私は強い光を当てた状態で見たかったからです。

 

展示室の中に入ると、すぐにそれとわかる展示が! 低い! 中まで見えてる! 遠目からすごい光を放っている! というわけではありませんが、きらきらしている感じは伝わってきて、やはり輝きが違います。まずは奥をのぞき込んで、底の状態を確認。底の「星」と言われる黒い部分を観察しました。他の星の部分と違って色が結構、濃いようです。

 

そういえば、『碗の中の宇宙』の中でこの、底の「星」について、言及されていませんでした。そうか・・・・ 安藤氏は一枚の底の見えていない写真しか見ていないのでした。そのため、この底の星については言及されていない・・ということに気づきました。

 

あんなに目を皿のようにして穴があくくらいに観察した安藤氏も、見ることができなかった「底」の部分を、私は今、見ているのです。そう思うと、感慨深いものがこみあげてきました。安藤氏はどんなに見たかっただろう・・・そう思うと、私なんかがぼんやり見てるのは、申し訳のないような・・・・ 安藤氏に見せてあげたかった・・・と思ってしまいました。

 

 

〇場所を変え角度を変えて

トークショーの前の時間は、ほとんどへばりつき状態。ぐるぐる回ってみると色の変化も違います。あるいは腰を落として、東博で見た時と同じような高さにしてみたりもしました。

同じ場所に立って、体を上下に動かして輝きの変化を見る方法が一番、色の変化が顕著だったように思います。前回はオレンジ色の発色の認識ができませんでしたが、なんとなくオレンジっぽく見える部分があります。この変化、まさに干渉そのものです。

 

双眼鏡を出して観察。ピントの合う距離が長いため、ケースから離れます。するとまた違う妖艶が光を発していることに気づきました。近くからだけなく、少し離れて見る。これもポイントです。残念ながらこの双眼鏡では、星の細部の粒子の状態までは観察できません。最近、気になっていたペンタックスの双眼鏡。いよいよ購入か!?

 

 

〇側面の比較

側面の見え方が全く違います。東博の展示は、中を見るのではなく側面を見るための展示だったのかもしれないと思いました。会期終わりごろになって、あの照明の秘密がわかりました。

 

   → ■照明の工夫

 

今回、静嘉堂の展示では、側面は東博で見たほどの変化を見ることができませんでした。しかし、その分、顕著に変化している部分が引き立っていると思いました。

 

腰を落とし、側面だけを周回しながら見るのもポイントです。

 

同じ曜変天目茶碗も、どこにスポットを当てて見るのか。あるいは見せているのか。曜変天目茶碗は、絶対的に内部に目がいきがちです。そこをあえて東博では側面を見せようとした? と考えると、この展示は斬新な試みだったと言えるかもしれません。このあとのトークショーで伺った、静嘉堂の展示よりもあえて5cm高く展示したことにもつながっていくと考えられます。

これまでいろいろな展示を見ていて思ったこと。それは、展示方法にあれ? と感じた時、なんでこんな展示のしかたをするのだろうと疑問に思った時、そこには展示する側の意図が何かしら隠されている・・・ それを考えてみるのも、一つの鑑賞の楽しみだということです。こうして別の展示を見ることで、その理由の可能性をみつけることができました。作品を別の場所、別の展示方法の中で見るといいう面白さを最近、感じているところです。

 

 

〇虹の「干渉」を観察

黒い島の回りの「虹色部分」 ここは、色の変化は「干渉」  

 

当初は、安藤堅氏が「干渉」という仮説を立てて、それを検証してくプロセスを同時に追って見ていました。しかし、今はすでに、この色の変化は「干渉」だということを前提にして見てしまっています。そのため、資料の文章を読んでいて違和感がありました。それは干渉と考えられる」・・・・干渉と確信した」 という言い回しです。

私の中ではもう、断定されて決定されたものとして受け止めているのでした。ティファニーの作品にそれと同じものを見たり、刀剣の見え方にもそれと同じようなものを感じたり。作品やモノの中見えるに干渉現象。こtれはそんなにめずらしいものではないのです。

 

始めて曜変天目を見た時・・・ その部分を美術品の妖艶な光としてとらえていました。しかしそのとらえ方が次第に変化。そして2度目に見た今は・・・

最初は、現象であることなどすっかり、頭からはなくなっていてこれはなんだろう? といろいろ想像力を働かせて、推察をしてました。しかし、これが干渉作用であることを確認してしまうと、現象としてとらえはじめているのでした。そして黒い部分は、最初から「選択吸着」の結果と思って見ていました。

 

 

曜変天目の原理「選択吸着」とは?

釉に水にいろいろなものが解けて混濁しています。この状態をミクロの目で見ると、水の中には、大小さまざな比重、親和力を持った粒子がまじりあって不均一な状態と考えられます。そんな釉が茶碗にかけられると、多孔質の茶碗はスポンジのような役割をして、水だけを先に吸収します。さらに茶碗には凹凸があり、凹んだ部分に先に水が入っていきます。これもまた不均一な状態です。粒子も小さいものや、粘土と相性がよく親和性が高いもの先に孔の部分に入っていきます。

そう考えると、焼成の過程、段階において、釉は均一な状態ではなくなっていきます。このプロセスで、先に「孔」に入った成分が、曜変の源と考えられるわけです。 (『碗の中の宇宙』p115よりまとめ)

 

そんな予習を事前にしてしまっていたので、茶碗の模様がどのようにできたのか、最初からミクロの物質の反応として、イメージしながら見ていました。黒くかたまった輪郭。ここに曜変の源が集まっていたってことね。では、ここの茶碗の凸凹状態はどうなっているのだろう。底の部分はは全体的に黒くなっています。ということは、茶碗の肌質が他の部分とは違うのかも・・・ じゃ、この茶碗の成型はどうやってしていたのだろう。茶碗の傾斜、流れ、溜まりの影響など想像しながら見ていました。

 

 

〇美術品と思わなくなっていた

ふと気づくと、私は、もう、この茶碗を美術作品として見ていないとことに気づきました。この茶碗の中でどんな反応がおこっているのかどうしてこの模様になったのか粒子はどうやって動き、どう集まり、分散していったのか・・・ そんな視線で見ていたのです。

 

 

〇原理を引き出すための途方もない実験

安藤氏が、この原理を突き止めるにあたって行った実験。一つ一つ、茶碗を焼くという手法ではなく、茶碗に見立てた切片を作り、そこに様々に調合した釉をかけて焼きました。その数なんと、100万個です。切片の土の調整もいろいろに変えます。様々な条件を変えて作った切片の数々を、焼き上げの条件も変える。そして焼き上げまでの途中経過を観察できる窯も作り、焼きあがるまでへばりつき状態でずっと観察。さらに、焼きあがった一つ一つ実体顕微鏡で観察しながら、諸条件を考慮しながらの考察。そうした実証により導き出して、つきとめた結果です。並大抵のことではありません。

釉の調合、塗布、焼き上げ、それらの条件の組み合わせの数々が100万。その切片の観察に要した時間が20年。その結果は、疑いようがありません。そこから導き出された曜変天目茶碗の正体

 

曜変の研究は「結晶釉」の研究だったと言われています。

 

こんな話を事前に見てしまったので、納得してしまったのです。そのためこの茶碗が、この碗の小宇宙の中でどのような「選択と吸収」をおこしているのかを想像して見ていました。偶然の産物ではあるのですが、もはや私の中では、科学的に裏付けされ証明された技術のもとに作られたものとして受け止めていたのでした。自然科学が作り上げた産物の不思議・・・ 偶然ではあるけども、とても確率の低い必然。しかしそれは、再現ではなく創造。3つの曜変天目茶碗も、それぞれに違っていて、創造されたもの。そんな見方に代わっていました。

 

トークショーの前、レクチャー受ける前に、もう自分の世界観で曜変天目茶碗を見ていました。

 

 

トークショーで語られた曜変天目茶碗

〇なぜ今、曜変天目

なぜ、香合と香炉の展示に、曜変天目茶碗の展示なのか? (あの騒動があったからそれに便乗して)人寄せせパンダ的に?  とTakさん。みんなが心の中で思っているけど、口にしたらいけないと思っていることを、ズバリ、切り込みました(笑)

 

「今回のテーマは、香合と香炉で関係ないと思われるかも しれませんが、あの周辺に展示されている青磁の香合と同時期のものという関連性がある」とのこと。また歴史的にみて、「曜変天目が珍重されていた時代の価値が、変わっていった歴史的意味がある」とのこと。

 

あの話題に乗じて、展示したと思われてるかもしれませんが、以前から展示することは計画されていました。静嘉堂の看板作品ともいえる曜変天目茶碗は、出し惜しみするのではなく、機会があれば展示する方向で考えているので、今年だとお茶と関係のテーマの今回になりましたと解説がありました。

 

定義については、見ればわかると、一番、聞きたかった部分はスルーとなってしまいました。

 

 

〇高さについて

また、東博では高くて見えないという指摘があったこと。これまで低く展示することは、考えないではなかったけれど、実践することはなかったそう。

今や曜変天目ディスコで子供も知ってる曜変天目車いすの人も子供たちも見えるよう70cmの高さに。ちなみに東博では、静嘉堂でいつも展示するよりも5センチ高い95cmだったのだそうです。今回は通常よりも20cm下げています。 (そういえば、東博でどれくらいの高さなのか、あとで確認しようと、自分の腰のどのあたりかチェックしてきてたこと思い出しました) 

 

何で、あんなに高く飾ってしまったのか・・・ 借り物を低く飾ることはできないのだそう。そしてこれまでも中が見えるように飾ることを考えないではなかったのだけど、実現はしていなかったそうです。所有館だからこそできる展示

 

そういう事情があったんですね。私も東博の展示を見て、なんでこんな高さで展示するんだ・・・って思いながら考えていました。てっきり、「美術品を神格化するため、ありがたいものとして奉るため」なんだとばかり思っていました。ありがたいものを見せていただく。でも、全部は見せてあ~げない・・・みたいな。それによって神秘さを維持して、権威を保つ。そんな裏事情があるのかと(笑)

 

ちょうど、鏡の展示でも、鏡の鏡面の部分を展示することがほとんどないという話を、していたところでした。あれは、なぜなのか・・・ 鏡は霊験あらたかなアイテム。高貴な人だけが見ることができたもの。そういうイメージを壊さないため・・・・だと思っていました(笑)

 

ところが、さすが静嘉堂文庫美術館。包み隠さず見せてくれるとは! 太っ腹!

 

 

 

■個人的な疑問

曜変天目の定義は? 

定義はないそうです。所有する3つの美術館なりのとらえ方が・・・

昔は・・・・と書かれている。

 

Qもし国宝級のものが現れたとしたら、国宝かどうかは誰が決めるのか

国宝の認定は、モノそのものだけでなく、周辺の情報や由来、伝来などいろいろなことが加味される。国宝の認定は、別の要素もある。〇〇〇〇(機関?)が決める。

 

曜変天目の認定をする機関、あるいは人というのはあるのか?

特にない。それを見出した人(?) 

 

 

静嘉堂の絵葉書の曜変天目は、オレンジの発色がしているが、あれはどういう状態なのか?

カメラマンが撮影する際、一瞬、ストロボをたいた時に出た色。あるいは、あの色は、強い西日に茶碗をかざすようにするとあの色がでるかもしれない。

 

 

饒舌館長のヒソヒソ話

藤田美術館曜変天目茶碗を展示した時に、ペンライトでみせていた。あれをここでもやりたいと思ったのだけどいろいろあって・・・

 (ぜひ、お願いします! 回りの声・・・) 

ガラス器のガレ展でも、ペンライトを使って解説がありました。次回の時は、ぜひぜひ実現を・・・・

  

何で、中国では曜変天目が嫌われたのか・・・・

それは、虹という字は、虫という字があって、虫の意味は・・・・

 

館長さんのお話、そして今回の展示を見ていて、館長さんの美術界全体への「愛」を感じさせられました。   

 

 

 〇科学の力でつきとめた人が他にもいた・・・

曜変天目茶碗のことを調べていたら、同様に科学的なアプローチをして、そのメカニズムを解明したという人を目にしていました。

曜変天目茶碗の再現、メカニズム追求の足跡: リテック情報

 

この方も、テストピースを使いながら導きだしました。その実験を始める前に、すでに先達がいることを知らずに始めたそうです。そして安藤氏と同様、自分の推論のあとに、「古文化財の科学」の山崎一雄氏の論文を読んだのだそうです。安藤堅氏、長江氏のこともご存知でした。

その後、いろいろな試行錯誤を繰り返し、曜変天目茶碗のようなものを作り上げ、その結果曜変天目とは一つの現象である」という確信に至ったとたん、曜変天目茶碗への興味を失せたと書かれていました。

 

 

 

〇科学によって正体があらわれたとしても

科学の目を持って取り組むと、その正体はあらわにされてしまいます。先日の大英博物館で展示された「呪いのアメジスト」もほんまかいな? という疑問を持って調べてみるとなるほど・・・そういうことだったのかということがわかりました。こうした偶然、奇跡、神秘と思われる産物も、科学によって解明されてしまうと、なんだ・・・・と思ってしまう部分もあり、寝ている子を起こす必要はないのかもしれません。

 

しかし「モノ」と「作品」の関係をどうとらえるか。と考えた時、いったいどこから作品になるのか・・・というと、よくわかりません。考えてみたら、美術作品というのは、モノにすぎないんだ。(お目玉がくらいそうですが)ということが、今回、曜変天目茶碗を見ていて感じたことでした。(あんなに高価で希少なダイヤモンドも元をたどれば炭素と言われるのと似てるかも)たとえ国宝でも、たった3点しかない貴重なものであっても・・・・ 

 

しかし、これはまぎれもなく「作品」であり、ただの「モノ」ではないと思って見ているわけです。自分が「作品」だと思うもの。そこには、個々の価値が反映します。

 

茶の湯の世界で、時代とともに好まれる茶碗が変わったことを知りました。今回、展示された「香合」「香炉」においても同様のことがありました。過去の人たちが与えた価値と、自分の価値・・・ その価値というものを、今、どうとらえたらいいのかというとまどいが、茶の湯の世界に触れて感じました。曜変天目茶碗を、物質として見て感じたことでした。

 

 

曜変天目茶碗の原理から読み解けること

曜変天目の原理・・・それは「選択と吸着」でした。

 

これ、実に示唆に富んでいないでしょうか? 科学における原理ですが、哲学的でもあります。様々な物質がある中から何を選びとり、何を吸収して形成されたのか。それは、人の生き方にも通じる示唆を与えてくれているようにも思えてきました。

 

曜変天目茶碗に関する様々な情報が今、世間には流れています。そこから何を選択し、どれを自分の中に吸収して形にしていくか。

 

時代によって曜変天目茶碗の価値も変化してきました。そんな茶碗を今の時代に、私たちが見て、さらにいろいろな騒動も加わりそれらの情報とどう向き合っていくか。それを自分で考えてみて下さいということを、問われていると思いました。

 

曜変天目茶碗の定義は何か・・・・・

   「見ればわかる」

 

自分の目で判断する。それも、一つの真理なり・・・・と思ったのでした。

 

 

 

(2017/06/11)  /  [06/11] 東京都国立科学博物館:常設展

〇《風神雷神図屏風

近い! そして色が濃い。京博の展示から修復した? スタッフさんに聞くとクリーニングなどはしてると思うけど、修復は聞いていないとのこと。見た瞬間感じた色が薄いという感覚はなんだったのか。それに崇めるような高い位置の展示。作品までの距離も遠かったし・・・・ 

 

と思って展示の様子を検索すると、記憶に残っている展示と全く違います。この状態をなぜか見上げて見ていたと感じていたのか、改めて記憶は曖昧、あてにならないと思いました。

 

出典:風神雷神図屏風がそろい踏み 京都国立博物館で展覧会 - 産経WEST

 

こんなに発色が違うのは光の当て方が違うから? と思って照明をチェック、そして照明の状態を撮影。結構ライトがあたってる。今回、新たに気づいたこと。この展示空間、天井が間接照明だったこと。これによる作品への影響ってどんなもんなんだろう・・・・ これまでここで見てきた《松林図屏風》も、間接照明はなにがしか影響してた?

 

風神雷神の目、髪の毛、雲の墨表現、金箔、寄りで撮影。雷神の体の下の墨。こんな表現だったんだ・・・・ 金箔を撮影してたら、屏風の折の影が出ていることに気づきました。光琳の《紅白梅図屏風》の金箔は、描いたという説が一時ありました。金箔を描いたらどうなるのか。これは描かれた金箔と思って、見直してみました。西洋美術館で見た、藤田嗣治の金箔のように描かれた背景の金箔との比較をしてみたいと思いました。

 

〇楽茶碗

前に来た時は、黒茶碗が楽焼の一連の流れだと認識できずスルー。「一入」そして「常慶」の作品も。あの時は、誰かも知らず・・・(前回の撮影を確認したら、とりあえず、撮影はしていました。楽焼である認識はしていたもよう。そして茶碗の中も撮影してます。やっぱり目をつけるところは同じ・・・)

 

〇女 萩原守衛

あれ、これ、どこで見たんだっけ、ネット? 西洋美術館? 近代美術館? ロダン見たいにいくつもあるの? それとも、借り物?  そしたら複製品でした。 彫刻の複製品はまだ見慣れておらず、複製とロダンとの関係は?

 

〇刀剣

これまでスルーだった刀を立ち止まって見れるようになる。刃文の解説がパネルになっていてわかりやすい。

 

〇蒔絵

蒔絵の技法も、サントリーで見た玉手箱の情報の補足となりより理解が深まります。

 

〇常設展の会員カード

作ってしまった。4回いえけば、元がとれます。夏休みの企画は楽しそう。あと3000円プラスすると、企画展4回分が鑑賞可能。1回500円は魅力。ただ、今後の展示が、微妙。運慶、みほとけ・・・ たぶん近くになったら、いろいろ情報が飛び交い、いきたくなる可能性は大なのですが。とりあえず、常設展もどれくらい行けるかわからないので。(運慶は興福寺だった。やっぱりメンバーズ会員にしておけばよかった)

 

〇図録

ショップで海北友松の図録を発見。購入 やった~!

 

 

(2017/06/11)  /  [06/11] 国立科学博物館:地球館

大英博物館展の関連展示は、大英博物館展が終わると終わってしまうというので出かけてきました。(本当は、ロッカーに入れた荷物を引き取るのを忘れた・・・)てっきり、関連展示の立て札やそれを案内するシートのようなものがあると思っていたのですが、全くなし。写真をとっておいてよかった・・・  それにしても普通の展示。明日からこの展示なくならないでしょ・・・と思って確認したら、やはり引き続き展示されるそう。案内が間違ってた・・・ でもまあ、いいか。リアルタイムで連動して見れたから・・・ 

 

〇リピーターズ会員

なってしまいました。友の会と迷ったけど、差額で企画展に入館できるみたいだし。2回行けば、元がとれます。3D、コンプリートしたいし。セミナーなども気軽に参加できるし。特別展は、620円の割引もあり。

 

参考:国立科学博物館年間パス リピーターズパスと友の会の違いは?特別展も | コレ知ってる?

 

〇子供の頃から触れる

親子連れが多い。子供の時からこういうところに来てるってうらやましい。親がなにがしかの素養のある気配。5歳ぐらいの子に、学名で言うと・・・なんて説明してました。そういえば、諸外国は学名で最初から教えるそう。だから全世界共通。どこの国に行っても、趣味の好きな動物、植物は言葉が通じると。私の好きなノームという絵本、外国の翻訳本なのですが、そこに書かれた動物、植物が学名で驚きました。

 

日常会話で進化がうんたらかんたら、話ているみたい。ヤンママ風のふっとんだグループだったけど、古代生物見て会話をしていました。子供たちも図鑑を見るようにここを利用している模様。写真を撮影していたら、邪魔にならないようにという注意もしていて、周辺への配慮も怠らない。子供の頃からの教育。何に触れさせているかってやっぱり大事だと思う。

 

撮影漏れしてしまったと思っていたものがこちらでフォローできました。大英博物館展という流れの中で見る動植物。それを系統分類されてた中の位置づけで見直すとよりわかりやすい。

 

〇地球館3階[大地を駆ける生命-力強く生きる哺乳類と鳥類をみる-]

ここ、何年か前に始めて見た時、だめだこりゃ・・・ 全然、関心がない場所だと思いました。どこをどう見ていいかわかりません。知識がないとただ、はく製が並んでいるだけ。なにか一つでもとっかかりがないと、そういうもの。

ところが、大英自然博物館展を見たあとは違います。フクロオオカミ。大英展でも、なんだかよくわからない。なんでオオカミがフクロウ? チラ見しただけ。でも、グルーピングされた中で見るとまた見たら興味は変わります。なぜ絶滅したか。のビデオ。そして動物たちのを見る角度。展示の工夫。なんだ・・・ここおもしろいじゃない。事前に見ていた、ここのはく製が一人のハンターによって寄贈されたという話も、興味につながるきっかとなっていました。

 

〇筑波研究施設 テレビで

日曜ビッグバラエティー 「撮影許可、とれちゃいました!」★1

奇遇にも、帰ったらテレビで国立科学博物館の収蔵されている筑波研究施設が取り上げられていました。タイムリー はく製が収蔵されているところにカメラ潜入。あれ? この場所の映像どこかで見たけど。初めての映像じゃないでしょう。

 

担当の学芸員さんのお名前、見覚えがありました。展示にかかわった人の名前だったかな? 

 

あるいは講演会の登壇者だったか、音声ガイドの監修をした人の中だったか・・ それぞれにかかわった方のお名前を見ていました。知っている方がいるわけもないのですが、どんな方たちがこれらの企画をされていらっしゃるのかな・・・と思って見ていたので、見覚えのあるのあるお名前でした。

あのぶっきらぼうさは、テレビ用の演出、頼まれたのか・・ でも学芸員さんがそういうキャラ作りに協力するのか・・・ もしそうだとしたら、セミナーはどんなセミナーをされているのかなんて思いながら・・・

また番組全体の演出が通販番組と全く同じようなストーリーには笑った。「撮影はダメ。→ そこを何とか・・・ →私では判断できない。上司に相談 →20分 → OK出ました!」 深夜のジュエリー通販の番組と全く一緒。それを繰り返されても・・・そのあとショップチャンネルの取材もしていましたが、ショップチャンネルはそういうみえすいた演出はしていません。 全部最初から取材許可は当然とってなければあんな撮影できるわけがないことは想像できのだから、しらじらしい演出は興ざめ。せっかくの貴重な潜入なのだからそんな演出してしまったらもったいない。学芸員さんにあんなキャラ設定したり、取材を受ける人たちも、付き合わされてる感がただよい気の毒に感じてしまいました。

 

世界に3つしかないというコビトサイのはく製。そのわりには扱い方は意外にもラフ。体操のお兄さんにも触らせちゃったけど・・・・ 「世界に3つしかないもの、こんなぞんざいに扱っていいのかよ・・・」って横でぶつくさ言ってるのが一人。素人目に見てもそう感じたみたい。素手で扱うのは、仏像や絵巻ものと同じで、間接的な感触でなく直接的の方がすべったり、ひっかかったりせず危険がないのと同じだと思うのですが。

それにしても、保管庫に入る時に、いきなり入室しちゃうの? 靴裏や衣服にカビやいろんな菌とか持ち込んでしまうと思ってしまいました。(映っていない裏で対処していたのかもしれませんが)はく製に触る前にアルコール消毒ぐらいしないといけなくない? サントリー美術館で絵巻物のレクチャー受けた時、触るのレプリカでしたが、ちゃんと消毒のステップ踏んでいました。体操のお兄さんは、これらを見た感激を踊って表現していたけど、万が一、ぶつかったり、倒れたらとか、衣類を保管して出してきたばかりで、虫がついていたら、それをまき散らすことにならない? とか、カメラも寄りすぎで大丈夫? とか見ているこちらがハラハラドキドキ、心配してしまいました。

(関係ないですが、小保方さんの研究室でもカメを飼ってました。コンタミの問題とかないのだろうか・・・そういうことこちらが想像するほど汚染の影響ってないのでしょうか?)

 

自然史標本棟 - コレクション | 筑波研究施設

この施設、筑波のどこにあるんだろう。と思ったら植物園と同じ施設らしい。見学できる場所もあるようです。植物園の入館で可能。そういえば、植物の表記にイタリック体を使っている植物園はどこなのかを調べていて、ほとんどの植物園がイタリック体ではなかったけど、「筑波の植物園」と「どこか」だけがイタリック体だったこと思い出しました。さすが国立の植物園ともなると違うんだな・・・と思った記憶が。

 

〇B2F :[地球環境の変動と生物の進化 -誕生と絶滅の不思議-]

水中から陸上へ  メタセコイアの化石がありました。生きた化石。本当に化石になっているメタセコイアを見たのは初めて。微化石は、大英博物館の展示にあったクリスマスメッセージと同じ? 先カンブリア時代・・・ その前でカンブリア宮殿の話をしている人が。頭に浮かぶことは同じ。

 

地質時代

昔、地学で時代を暗記させられましたが、すっかり忘れてます。でも、時代の名称の認識は残ってる・・・  なぜか中学で覚えた中国の時代。それは今でも空で言えるのはなぜか? リピートの違い? 

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地質時代って何?今は完新世だそうですが、どういう意味??: ポジタリアン イエロー

 

覚え方 

地学の、地質時代の覚え方ってありますか?語呂合わせとかなにか教... - Yahoo!知恵袋

幹部はオールド! お汁粉出番だ!
咳き込む兄さん、
ジュラシックパーク見よう!

 

幹部(カンブリア)はオールド!(オルビス) 

お汁粉シルル紀出番だ(デポン紀)!

咳き石炭紀)込む兄さん二畳紀三畳紀

ジュラシックジュラ紀パーク白亜紀見よう!

 

 

 

〇B2-14 地球を作る鉱物

「輝安石」 あら、ここにも同じものが・・・ 破片もある。その周りに展示された鉱物。以前、ここのエリアを見てもなんとも思いませんでした。でも今は、岩絵の具の原料になる石、ないかな?って見てます。ダイヤモンドを通して、鉱物というものに少しだけ興味を持つように変化。ダイヤをジュエリーでなく鉱物としてとらえると面白い。そして販売する人の中には、鉱物マニアが高じて、宝飾販売に携わる人がいる。そういう人と話すのは面白かったです。金などの宝飾にかかわる鉱物らしきものもあり。

 

〇B2-12 三葉虫の反映

大英博物館展の三葉虫が群がって化石になっていて、どういうこと? って思っていたのですが、人だかりだったので、まあいいかと解説などはスル―。これ、生殖状態だったことをあとで知りました。埋もれる前に最後に子孫を残そうとしたのでしょうか?  ところが、地球館の展示もみんな群がっていました。そういう習性ってこと? 

そういえば、古代生物、やっぱり草間彌生のモチーフそのものだと思いました。

 

〇1階

始祖鳥 恐竜が鳥に進化したという証? でもまだ正確にはわからないとか。ラスコー展で進化のをさぐっていた時、当然、鶏は恐竜から分かれたと思っていたけども、そうではない別の系統からの流れだと知りました。が、始祖鳥の発見で恐竜から進化したかも説が出たらしいことを知りました。1階のこのエリアもラスコー展の時は、人の進化のところをメインに見てましたが、今回は、始祖鳥のあたりにシフトして見ているのが面白い。

 

〇1階-系統の広場

蛸 プラスティネーション この技術がこんなところでも使われていたとは。言われていなければわかりません。この技術を知ったのもここ科博でした。その時、展示エリアに解剖学の教授がいきなり出てきてたからびっくりした。ガラスの技術が今は、プラスティネエーションへ。そして、プラスティネーションの技術はいろいろな問題をおこし・・・・

 

〇1階-系統樹 

系統樹のフロアにの床に系統マップが描かれています。その流れがうまく標本と連動していることに気づきました。大元はどこだ・・・とたどっていくと、それは実に複雑なしがらみをうまく表現されていて、たどりついた先は、生命の樹の足元でした。

国立科学博物館 National Museum of Nature and Science,Tokyo ←上から見た図が図解されています)その上を踏むと電飾がつくみたい。このエリアの見せ方秀逸。もしかしたら、生命の樹の映像と連動しているかもしれません。今度、上映に合わせて見に行こう。

この系統樹、まさに岡本太郎だな・・・って思う。

 

 

 

(2017/06/11)  /  [06/10] 国立科学博物館:日本館 企画展

企画展「卵からはじまる形づくり~発生生物学への誘い

 

大英自然史博物館展から出口に向かっている途中で、発生学の展示をしていることに気づきました。残り15分。ちょっとでもいいから見たい! 同じ方向に向かっていた若い女性2人組。「今日は、ほんと面白かったね。楽しかった~、あっ、発生学だってってよ、残り15分でもいいから見たい!」 発生学に興味を持つなんてコメディカルか、生物学系の人たちか・・・・ 向かう方向が同じになりました。

 

館内に入ると希望者にだけ、パンフレット差し上げますと表示。とっても立派なパンフレットでした。彼女たち、気づかなかった模様。おせっかいおばさんして、「こんなパンプレット、言えばもらえますよ」と声かけてました(笑)

 

発生学学会が創立して50周年。私たちの頃のは、発生学という独立したカリキュラムはありませんでした。人間は管でできてるということが言われますが、それのわかりやすいイラストがありました。シックスパット言われる筋肉。これも発生初期のつくられる体幹の筋肉なんだとか。そういえば、わたしたちの頃のスポーツトレーニングに、体幹を鍛えるという概念もありませんでした。

 

 

(2017/06/11)  /  [06/10] 国立科学博物館:大英自然博物館展

〇リンネ

リンネの植物標本。これがリンネさんか・・・ 植物は世界の共通語、学名でとらえる。なんてことが言われ、足を踏み込んだらさあ、大変。わけわからない文字のかたまりはラテン語だ、ギリシャ語だ・・・と。 そして、ある疑問が。学名はイタリック体で表記するという決まり事、ルールがあるのに、ちゃんと運用されない。公的機関である植物園のプレートがローマン体。そのことにどうも納得ができなかったのです。そこから、遠い遠い旅がはじまりました。なぜ、イタリック体にしないのか・・・ それはイタリック体の印字はお金がかかるからだということがわかりました。しかしルールなのになぜ? 同じ施設でも動物園はイタリック体が使われているケースが多いのに・・・  

 

しかし、学名はイタリック体。そんなルールなんて、ないらしいということがわかりました。ネットではあんなに言われているのに。基本となる国際植物命名規約(英語)にそんなルールは、書かれていないというのです。(現在は国際藻類・菌類・植物命名規約らしい)

じゃあ、なぜ、イタリック体で書かなければならないとまことしやかに言われそれが通説のようになってしまっているのか。その理由調べが始まりました。調べてみると、いろいろ理由は考えられのですが、論文提出にあたり、表記ルールとして学会側が取り決めているところがあり、それが、ルールという認識となって流通してしまったらしい。ということがわかりました。 

 

〇一次情報をあたること

この時に、サジェッションいただいたのが、「1次情報をあたりなさい」ということでした。ルールの根拠となるものは何か。英文なので大変だけども、「〇〇〇でなければならない」というにはその根拠を示す必要がある。という指摘でした。

当時は、言われたことの意味することもわかりませんでした。が、めぐりめぐっていくうちにやっと理解ができました。

植物の専門書を多く手掛ける編集者が、植物大辞典を編纂する際、研究者、教授といった人たちに原稿を頼みます。がってきた植物名の表記の統一をしなくてはいけません。修正依頼を出す際に、その根拠のなるものを提示しなくてはいけない。ということで、過去の命名規約を全て読みこなし、いつ、どう変わったかも把握した上で、指示を出したというお話を伺いました。そんな編集者のセミナーをうけたり・・・・

単なる趣味にすぎない程度なのに、私がこんなセミナーまで聞きに来ているなんてちょっと場違い。と思いながらも、一つの修正指示するために、その根拠を示す。そのための、規約すべてに目を通して把握した上で向き合うという編集者の情熱を目の当たりにして、私の旅は終わったのでした。

 

他にもご意見いただいた方がいました。それが、ここ「はてな」に来ていろんなブログを目にするようになり、その中でその方とブログを通して出会っていたと書かれているのを目にしました。いろいろなご縁のつながりにびっくり。結局、英文は読めないので、それを訳されたものから判断するしかなかったのですが・・・・

 

その後、いろいろな教授や、研究者の方たちに、表記についてどうとらえていて実際にはどうのように記載をしているかを聞くという行脚が始まりました。ただそれを聞くのが目的で、高い講座を受けたり、新幹線にまで乗ってセミナー受けたり・・・・ 動物学者にも話を聞いたり。動物界は比較的、イタリックを使う傾向があることがわかったり、マイナールールを持っていたり。

 

そんな聞き取りの中で、「イタリック体は、美しいのです。たとえルールでなくても、それで書かれた文章は美しい・・・」と言われた研究者の話が印象的でした。講座で使うパワポなどはイタリックにしないこともある。しかし、研究発表、論文では表記に従い、イタリックを使っていると・・・

その後。ボタニカルアートの植物名を見た時に、イタリックは美しい・・・と思いました。ここで使われている文字はカリグラフィーでしたが・・・・

 

【追記】2017.06.17  ジョブスとカリグラフィー

カリグラフィーという書体を知って、かっこいいな。こんな文字で植物名をネームプレートに書けたらいいな。ものにラベルするときも、この書体で書かれていたらおしゃれ。カリグラフィーでもかじってみますか・・・ と軽い気持ちで教本と簡単なペンを購入。しかし続きませんでした。

今回、大英自然史博物館の植物標本を見ていたら、学名の文字がカリグラフィーの文字で書かれていました。やはり美しいなぁ・・・ ほれぼれする感じ。研究者が言われていたイタリック体は美しい。という言葉の意味を心の底から感じていました。そして友人が言っていた、かつて文字は特権階級のものだった。中でもイタリック体は権威を表す。

 

過去に学名表記について巡り巡ってきて、改めて「カリグラフィー」で書かれた植物名。その表本を見ていると、つくづく、この文字を美しいという感じられる感性が、私にもできてると思えたのでした。

 

そして今、スティーブジョブスが、大学在学中、必修ではない「カリグラフィー」に打ち込んでいたことを知りました。(⇒古今東西の名言 #6 - 迷ったら 楽しい方を えらぶのが いいと思う)より 私は単にかっこいいなと思って興味を持ったカリグラフィーでした。それは一つの点にすぎません。しかしそれが、別の点とつながって線になったのを感じているところです。

 

最初はこの感覚というのはわかりません。しかし一度、それを経験し、さらに何度か重なると、そのうち、世の中のことは、すべてどこかでつながっていると感じてきます。そうすると、何をやっていても絶対に無駄になるものはない。という確信が持てるようになります。将来、「役に立つ」とか「たたない」とかではなく、自分が欲するもを求めていくと、どかの「点」とつながって、さらにそれが「面」や「立体」になっていく・・・それを面白いと思えるようになると、「勉強する」=「大変、苦しい」という概念から解放され、学んでいるとう意識もなくなります。「興味があるから知りたいだけ」となって学ぶための苦痛がなくなると感じるようになりました。最初はよくわからなかった、見るのも考えるのもちょっとしんどいと思っていたアートも、科学の延長にあることに気づきました。ということは、学問って遡れば、みんな同じところにつながっているってことじゃない?  生物が進化するのと一緒で、「知」も最初はごちゃまぜ状態だけど、分類され体系化され、細分化されている。と思えば大元は同じ・・・・

 

一つのことを徹底的に掘り下げることができる人というのは、その先にある、根源的なものにまで達することができて、それは他のジャンルにおいても、たどりつく場所なのだと思います。私はカリグラフィーに興味を持ったけど、掘り下げる以前に別の興味に移ってしまいました。ジョブスは、カリグラフィーを極めたことで、言語の本質、あるいは、言葉を使って伝えるということ、モノを文字で表す。そのための美しい表現など、様々な意識が広がったのではないかと思えるのでした。

 

私も、本当に一時的ではありましたが、カリグラフィーを学びたい。と思ったことがあり、ジョブスと同じじゃん! とちょっとニマリ(笑) ささやかですが、、こんな点と点の結ばれ方もあると思ったのでした。そしてその人が興味を持ったものに対しては、そこに背景が必ずあります。何でそれに興味が向いたのか・・・ジョブスは何がきっかけでカリグラフィーに興味を持ったのでしょうか?

 

カリグラフィーとスティーブ・ジョブズ。美しいタイポグラフィの誕生より

何がカリグラフを美しく見せる秘訣なのかなどを学び、科学ではとらえきれない伝統的で芸術的な文字の世界のとりこになりました。

ジョブスも文字の美しさに魅了されていたのでした。そして10年後のマッキントッシュの開発の際、カリグラフィーの文字をフォントとして搭載し、美しく見せるための文字調整間隔機能などにつながったのだそう。 

 

「美しい」という感覚に原理原則はあるのか? それは人によって違うから、法則のような体系化は難しいのでは? と思ったことがあります。カリグラフィーの文字を美しいと感じた研究者やジョブス、そして私もそう思えたということは、文字が「美しく見える」法則というものがあるのだろうと想像されます。誰が見ても美しい・・・・ そんな黄金比のようなものが・・・・ 

 

 

〇真実が曲がることもある

そんなわけで、リンネさんは私にとって、一次情報を当たることがいかに重要であるか。時と場合によっては、英文を理解しなければいけない場面もあること。そしてちまたで言われていることが、いかに捻じ曲げられてさも正しいかのように伝わっていることもあるということを教えてくれた人なのでありました。

 

〇素朴な疑問を追いかける

「学名はイタリック体で書くというルールがあるのにどうして、それがちゃんと運用されていないか・・・」という素朴な疑問。これを解決するために自ら調べ、実際に聞きあるき、研究者の考えに触れる。仕事でも勉強でもない。自分が知りたいと思う、単純な疑問に、自腹でお金をかけて解決する。そして研究者の本音を知る。

 

そういう知りたいという欲求の満たし方を提供してくれたのが、このリンネの二名法だったのでした。そのリンネさんのお顔を見たことがありませんでした。そしてリンネ自身が作成した現物の標本を目にできるとは感慨もひとお。シーボルトなどの実物標本を目にしたときも、感激しましたが、分類の体系を作った本家本元との出会いは、いかばかりか・・・・

そのお陰で疑い深く、めんどくさい人になってしまったわけですが・・・・(笑)

 

〇いかに分類するか

その後、あらゆる場面でこの「分類」ということががテーマになっていきました。分類するためのキーワードを探る。それは混とんとした世界をまとめるためのツールです。そのキーワード探しが研究や知の源泉があると。よりたくさんの分離のためのキーワードの発見が、新たな視点を産み、その組み合させによって創造につながる。そんなことを考えるきっかけとなったのもリンネの分類法を知ったからかもしれません。そして大分類、小分類という分類の大きな基礎が、二名法だったというのも・・・

 

 

〇記録の方法

以上のようなごくごく個人的なかかわりを、こうしたブログに書いても、多くの人にとってはなんだそれは・・・? 状態。ところが、そこをうまく表現されている方がいらっしゃいました。そうか、書いてもいいんだ・・・と思って私は日記として利用しているこちらへ。

 

大英自然史博物館展に行ってきた|*(aster)-sphere Laboratory

博物館の学芸員資格をお持ち・・・ 私は最初、美術系の学芸員だと思ってしまったので、理系にも美術館の学芸員の道があるんだ・・・と思っていました。が、科学系の学芸員というのがあるわけですね。同じ理系も、いろいろタイプがあるらしいです。

 ⇒理系女子タイプ分析|*(aster)-sphere Laboratory

 

大英自然史博物館や地球館にいた人たちから、漏れ聞こえる会話。なんだか匂いが同じだと感じられました。醸し出す雰囲気、匂いがよく似てると思いました。

 

「こんなにいっぱい、こういう展示に興味を持って集まる人がいるわけじゃない。
 なのに日常に戻ると、その会話が全くできないというのはどういうことなんだろう」 

とつぶやいていた人の言葉が印象的でした。

 

〇美術作品における記載のルールはあるのか 

学名に関する記載について、延々と調べた経験があるので、美術の作品を表記する時のルールというのもあるのではないか・・・・と思っていました。《作品名》[作品名 ]「作品名」が多いようですが、統一はされていなさそうです。きっと定型化されたルールはないようです。ただ《 》を使っているとなんとなくこの人、学術的な記載方法を理解している人? というちょっとしたアカデミック感(笑)を、言外に醸し出せるんじゃないかな? という浅はかな思いからこれを使っています。

(参考:Dilettantes(ディレッタント):美術作品のタイトル表記 - livedoor Blog(ブログ)

 

同じ学名の表記も、細かいことは忘れてしまいましたが、どこまでがイタリック体で、品種名は ′品種名’ ローマン体で「’」引用符で囲む。引用符もいくつか種類がある中からどれを使うか、半角、全角なども見た目にはわかりにくいですが、半角で・・・というこまかなことまでおさえていると、ちゃんと理解している人・・・という暗黙のオーラを感じさせます。こうしたコンセンサスをふまえた表記は美しいと感じるようになりました

 

これらの表記というのは、その世界のルールがあって、書籍は『 』で囲むとか、「!」「?」 のあとは空白明けるとか、 「!?」 なのか「?!」 なのか、半角なのか全角なのかとか、そういうことが一応、ルールと言われることに乗っ取ていると、ライティング系の人かな? とか・・・・ 想像して見てしまいます。あるいは、植物を日本語で書く時はカタカナ使っていたら、生物学系の人かな? とか・・・・

なにげない表記の裏に、その人のバックボーンが見え隠れします。それを見せたい時、見せたくない時で、書き方も変えたり?  そうそう、・・・も半角なのか全角なのか、いくつにするのか、統一しているかどうかも(笑) 私はバラバラでした。

 

参考:感嘆符・疑問符の後に全角空白(スペース)が必要になる理由と、Webメディアの表記ルールについて | 【Webライター・編集者】最初の一歩

  ↑  ここにも「表記は美学」という言葉を発した編集者がいらっしゃいました。

 

 

〇バンクス

バンクスはRHSJのボタニカルアート展で見た時にいた記憶が。図録を買ってあったので、突き合わせてみようと思ったのですがみあたらず。ボタニカルアートの銅版が展示されていました。「銅板見たの初めて・・」と、言いながら、じっくり見ている方がいました。

 

ダーウィン

そしてダーウィンもその名がついた展覧会があるとでかけていました。科博で行われたダーウィン展。これ、海外巡回もしていて、ニュージーランドに行った時、ちょうど展示されていました。見たかったけど、同行者もいて言い出せず・・・ その後、科博に来て、あれと同じなのかと思うと感慨深く・・・・ ビーグル号、ウィンチの話。世の中をひっくり返した種の起源の手稿。歴史的な貴重な資料。そして、大航海時代。植物ハンター、植物画、シーボルト本草学、リンネの分類、其一、若冲秋田蘭画・・・といったあたりの、少しずつつながりつつあるネットワークを、さらに全体として俯瞰して見てみたい・・・・

 

〇ダイヤモンド

大きなダイヤモンドが展示されています。これは本物なのか?  かなりの大きさです。これが本物だったらどれだけの値段になるか。回りの声も、「これ本物なの? 違うでしょ。本物ならこんな警備じゃないよね」と話している人たち。

 

 

最近、同じような判断基準で本物、偽物の判断を私もしています。そのものの価値で判断するのではなく展示の状況から真偽を判断する。これも一つの判断法ではあると思うのですが・・・ 私はこの輝きで判断できるかどうか・・・ 数年前、宝飾品には興味がないのですが、それを見て本物かどうかぐらい判断できる目を持ちたいと思いました。高いダイヤは本当に違うのか。値段の違いがあるのか・・・・ ガラス玉とダイヤモンド。キュービックジルコニアとダイヤ。それくらいの違いは見極められるようになりたいな・・・と思ってしばらく石を見ていた時期がありました。11億と言われるダイヤを目の前で見る機会があり、しかも手につけさせてもらったことがあります。 そんな貴重な体験。それはその後、本物かどうかを見極める経験値として生かされなければ、何の意味もありま経験をせん。それを見ているからには、ある程度の真偽がわからないと・・・そんな自分の中の命感みたいなものがあって(笑) 目の前にあるこのダイヤをどう、判断するか・・・ 自分への課題として課していました。

 

これまで見てきた経験を総動員してそのダイヤモンドに集中して出した答えは・・・(笑) じっと見ていて感じていたことは、透明度が高すぎると思ったのでした。ダイヤモンド特有の屈折、複雑な輝きない・・・だから偽物ではないかと。テーブルの下、パビリオンの部分からの反射がないのです。しかしこのダイヤモンド、パビリオンの部分がラウンドです。これでは光をうまく反射できなさそうです。また光の当て方でも変わりますから、見た目には偽物に見えても、本物がこのカット故に、ダイヤととは違う光方にということも考えられます。と本物だった時の言い訳も考えつつ(笑)

 

先日、ニュースで1000円ぐらいで買ったダイヤが何千万と言われていました。そんなことあり得る? と思ったのですが、昔のダイヤでカット技術が未熟で輝いていなかったのだとか。そういうこともあるから・・・・

 

実際には、型にはめた模造品でした。そうなんです。ブリリリアンカットではなく、見たことないカット。このカットだと、ダイヤ特有の反射ができないはず。 と思っていたのでした。これまで見てきた経験、ちょっとは生かされてたかも・・・(笑) 一つのダイヤを見て、ここまでいろいろ考えて推察できるようになっているのは、ガラス玉との区別もできなかったことを考えると、ちょっと感慨深いものがあります。

 

〇ガラス

ガラスの使われ方。はく製では色の再現ができない。そこで作られたのがガラス。ガラスが標本として使われ方もしていたのね。ガレとの時代の関係は? 技術としてはどっちが上なのだろうか・・・・

 

 

〇多様性 種の保存

この展示の意味

それぞれの標本は貴重なタイムカプセルです。そのカプセルには、今の私たちに役立て応用できる、貴重な情報が含まれています。過去を振り返り、今につなげ、そして未来へ橋渡し。そんな貴重な標本8000万点。ここには記述し分類するという「知の基礎ワーク」が存在しています。物の整理、思考の整理の根源的なものがあるように思います。

 

翌日、国立科学博物館の方がテレビに出られて同じことを言われていました。標本はタイムカプセル。そこから貴重な情報を取り出し役立て、さらにそれを未来へと残す使命を持っている。ちゃんとそのメッセージを展示から受け取りました。

もしかしたら、この先、光を当てたらDNA解析ができてしまう機械ができるかも。そのために引き継げるようにしっかり保存管理していく。

 

〇失われたものはもどらない

1982年。セッテケーダスの滝が谷がダムに沈みました。れによって失われた生物種がいくつだったか忘れてしまったけど、それらは再生が不能。もしかしたら、人類にとって有効な遺伝子があったかもしれない。「セッテケーダス」このKWすら検索にほどんどかからなくなってる? ダムに沈んたことも? この地の名前すらも、沈んでしまった・・・・グアイラという名にとって変わってるみたい。ぐになんでも忘れてしまうのに、この名前は、ちゃんと覚えてました。きっと、忘れないように刻んでくれたのかもしれません。人類は、生命を引き継いでいかなきゃいけない・・・・せめて標本に残っていたら・・・・ その可能性が残されている。

 

 

 

 

(2017/06/11)  /  [06/10] 西洋美術館:常設展

第2、第4土曜日が無料なので、大英博物館に行く前に見るではなく一周してきました。西洋美術は、足がとまりません。何が描いてあるのか全くわかりません・・・・ 鑑賞は知識ではない。と言われますが、宗教画は有る程度の知識がないとよみとれない。「何もわからない状態で見る」意外に読み取れる。それはやはりある程度の鑑賞経験に基づく知らぬ間に積みあがっている知識があるから・・・・

 

時間もなかったのですが、素の状態でこれらの絵を見ていくのはしんどいと感じました。テーマを決めるか、自分が気になった絵を1つ、2つ取り上げていく感じ。きになりさえもせず、すたこら通り抜けができてしまいます。

 

最後に藤田嗣治・・・  言われないとわからない。背景の金は描いたのか? よ~く見ていたら、描かれたものだということがわかった。この金の変色具合は妙にリアリティーがあり、金を貼ったのでは? と思わせます。ポーラと近代美術館で見ただけ。でもその経験だけでもキャチがあります。

 

 

■(2017/06/07)  /  [06/06] サントリー美術館:神の宝玉手箱

サントリー美術館の「神の宝の玉手箱」展、会員向け内覧会に参加しました。

うわ~、昔の技術、すごいのねぇ・・・・ と思っていたけど、次第になんだかみんな同じに見えてきてしまいました。すごい! の感動がなくなっていきました。しかし、レクチャーをきくと新たな見かたもわかってきます。

 

〇模造品って?

違和感を感じた言葉。随所に表示されている「模造品」 なんだかこの言葉の響きが悪い。「複製品」「レプリカ」という表現は耳にするけど「模造品」という言葉は初めて。講座の中でその説明がされたみたいだったのですが、寝てしまいました。今回、肝心な部分、全部うとうと状態。

 

帰りに確認したら、「模造品」というのは、当時の素材、当時の技術で再現されたものということらしいのですが・・・・ しかしその言葉の響きには「まがいもの」というニュアンスが感じられます。それはニュースなどで報道される「模造品」の摘発といった使われ方によるものと考えられます。

 

帰りがけ、この言葉を調べてみたら・・・・

模造品とは - 大車林 Weblio辞書 より

模造品

英語 replicacopyimitation

開発したメーカー以外が、オリジナルのものに似せてつくった部品アクセサリーを呼ぶ。価格安くても信頼性は低い。クラシックカー複製レプリカと呼ばれ、模造品とは呼ばれない。 

 

クラッシックカーの世界では模造品とは呼ばずレプリカ。確かに・・・ 「模造品」という言葉にはどうしても、偽物感が漂います。

 

美術で使われる「模造品」と一般的ニュアンスの「模造品」 どうも意味が違うようです。美術辞典で調べてみなければ・・・   やっぱり私は、最初に言葉の定義から入ってしまう(笑)

 

〇《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》

「このマーク、どこかで見た記憶ない?」と友人。う~ん・・・・わからない。でも。どこにでもありそうな・・・

「龍村、龍村よ!」 あっ、そうか・・・・龍村錦帯。龍村はこんなところもまでモチーフにしていたんだ。

龍村美術織物展

 

この玉手箱の模造品と本物が同時展示されています

 

本物はまさに宇宙の中に浮かぶような空間に展示されていました。かつて曜変天目茶碗を展示するときに、その照明や展示方法について、とても尽力したという話を思い出されました。

  サントリー美術館‐ HP 大判 DesignJetプリンター | 日本HP

 

〇今年の鑑賞のテーマ 「本物と偽物比べ」

今年の私の美術展の鑑賞のテーマがあります。それは、「本物と偽物を見比べてみる」今の自分はどこまでそれを見極めることができるのかを確認。同時、展示されるということは、めったにありません。ちょっと場所は離れていますが、行ったり来たりしながら、2つの宝箱を見比べていました。

 

〇ライティングから展示の意図を探る

照明は見せたいところを誘導してくれている・・・・

 

そういう視点で作品を見ると展示する人のメッセージが伝わってきます。同じ宝箱でしたが、見せようとしているものが全く違うことがわかりました。そして見え方が全く違います。もちろん、本物、模造品の違いがあるわけですが、それ以上にあてている焦点が違います。

 

それは、解説パネルと映像を見たことで理解ができました。 

 

〇《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》のCTスキャンの結果

パネルで解説がされていました。

 

CTスキャンで、こういうところまで見ているんだ。学芸員の方が年輪を数えた・・・という話の意味がイマイチわからなかったのですが、それの意味することがやっと理解できました。こういうことだったのか・・・・

 

美術品のCTスキャンというと、仏像の中に何が入っているか、ミイラの中に何が入っているか・・・というイメージです。ところが、ここでは、「浮線綾螺鈿」の薄い細工部分をスキャンして、その構造を明らかにしたということだったんだ・・・そういうことができるようになったのね・・・・ 

 

つまり、人の爪の部分だけをスキャンしてその断面を明らかにしたようなものだと理解していました。ところが、そういうことではなかったようです。おそらく玉手箱の断面をスキャンした画像が拡大に耐えられるほど高解像度の技術が得られたということなのかも・・・ だから、板の年輪を数えることができたのかもしれないと思ったのでした。 

 

 

〇図録の表紙にも注目

この解析された「浮線綾」の凹凸が、図録の表紙の印刷に生かされいます。なんだか、作り手の思いが伝わってきます。この印刷、とっても経費かかっているはず。しかし、この作品はサントリーがオープンした翌年に手に入れたという国宝の玉手箱。それがきっかけでいろいろな作品が集まってきたという、いわばサントリー美術館のアイコン的存在のようでした。そんな作品が10周年の記念に修復されて登場。その力の入れようが伺えました。

 

 

浮線綾について

そんな、肝心の浮線綾の話もも、うとうとしてしまい聞くことができてませんでした。浮線綾文様について | 日本服飾史 によると・・・・

 

本来的な意味での「浮線綾」は、文様の名称ではなく、織り方の名称。文字通り、線を浮かして織り上げる、浮織のことでした。

 

龍村錦帯は、こんな玉手箱に施された文様をモチーフに図案を興しているのだと思っていました。ところが、この文様は織り方で、龍村の技術が本家本元だった? 

 

「見たことない?」と言われた時に、「この模様、いろんなところで見たことがある・・・・」と思っていたのですがそれは、龍村でいただいた図録やパンフレットの中で見ていたのでした。

さらに、国宝『沃懸地浮線綾螺鈿蒔絵手箱』(サントリー美術館)にも、古式の浮線綾文様が見られます。こちらは正倉院っぽい雰囲気を、より残していますね。

 

龍村は、特別に正倉院御物の織物などを借り受けることを認められた織物屋さんで、古代の布地などを再現しています。再度、こうして浮線綾を見ると、龍村の図録やパンフに、それと似たような文様がいっぱいあるのでした。いろんなところで見た気がする・・・・というのはそういうことだったのでした。

 

 

〇興味の入り口は技術

着物なんて興味もなかったけど、龍村錦織に興味を持ったのは、その技術に触れたことがきっかけでした。過去から現代へつなぎ、さらに革新していく。そういう新の意味での革新というものを見せられると、それが興味の対象になるようです。やはり注目しているの技術でした・・・・

(返す返すも、こういう革新、歌舞伎や能、楽茶碗など、伝統とともにある革新を見てしまうと、御舟は革新にあらず・・・ )

 

〇 【沃懸地】いかけじ

蒔絵の手法の一つ【沃懸地】いかけじ についても解説がありました。この手法にはいろいろ思い入れ(?)があります。その技術を使った作品もいっぱいありそれを中心にじっくり見ていました。

御舟の唯一無二と言われている技法『撒きつぶし』の元になっていると考えられている技術です。結局、 沃懸地の手法、原理は全く同じ。それを絵に応用したというだけの話。手法の裏にある原理が同じものを革新とは言わないと私は思ってしまうのでした。またまた御舟批判(笑)  私は絶対にあんなの革新なんて認めないと思ってしまうのでした ← しつこい! (笑)

(友人曰く、あれは光を表しているって、評論家は言ってるけど、光ってあんな均一なマットな状態ではないでしょ。全面にただ金を敷き詰めましたっていうだけに見える。もっと表現のしかたがあるはず。

今回、昔の 【沃懸地】の技法を見ていたら、金の粉末の精製が未熟で、金の塊があったのだそう。その塊によって、微妙なニュアンスを出す効果につながっているいうことを知りました。

当時の技術による偶然の産物ではありますが、そういうことなんだと思いました。資金があるから、それにものを言わせて背景前面に金粉撒き散らしました~ じゃ芸がない革新を標ぼうするなら、もう一工夫、二工夫が必要じゃない?と)

 

 

〇解説を読む時の罠

今回も、この罠にはまりました。【沃懸地】について注目しながら鑑賞。【沃懸地】の技法を使っている作品に焦点をあてて観ていました。解説に【沃懸地】の技法、使っているように書かれています。しかし どこ? わかりません。この部分のことを言うのかしら? しかし全面に施されているわけではありません。しかしこういうのも【沃懸地】っていのかなと思いながら見ていました。

すると、それは修飾語で、本文に対する対立の修飾語だったのです。そのあとの文章が作品に対する解説でした。この解説の【沃懸地】の部分は、この作品の解説ではなかったことがあとで判明。美術の解説は、こういう表現が多いというのが最近、わかってきたことです。

 

音声ガイドの文章がこの構造で解説されると、意味を取り違えて聞いてしまうことになります。プレートなら、じっくり見て、文章構造を理解しながら見ることできますが、流れてしまう音声ガイドは、これまでも勘違いが多かったかも・・・と思うようになりました。

「てにをは」含む文章の接続詞も把握して理解しないと、真の意味を理解できないことがあることに注意。

 

 

〇新しい世界を理解するアプローチ法

解説を見ながら、知らない技法の名前が出てきます。それをいちいち、解説パネルのところに行って、確認するという理解の方法。「梨子地」「平文」「高蒔絵」・・・一つ、一つの言葉を明らかにしながら、理解を進めていく。これが、学生時代に身につけた私の学習法。これによって、のちのちの理解につながていくのだという信念のもとに(笑)

  ⇒■思考:学ぶとは? 自分の力で体系づけることを知る

 ⇒■思考:学び方を曲線で表すと関数に!?

 

私はこの学習法に、これまで疑問を持つこともなく自信を持ってそれを実践していました。最初はとっても時間がかかります。しかしある時から、飛躍的な理解につながり、様々な方向にまで発展して、総合的な理解と、自分なりの想像や創造につなげていくことができる。ずっとそれを信じて最初はただひたすらが我慢・・・と思いながら(笑) ところが、全くそれとは違う方法で身につけていく方法を、東大生の暗記方法として知りました。

 

東大生の教科書の暗記術(2) - 東大のケーキ一切れ分。

 

途中で調べたりせずに、どんどん読み進めていくという方法です。これまで何かにひっかかると、それを解決しないと前に進めなかったのですが、とりあえず進んで、繰り返しているうちに、わざわざ調べなくても理解できていることもある。これは、ちょっと目から鱗でした。

 

でも、結局、わからないことが出てくると、その場で調べてないと落ち着かないというのが性分みたいということもわかりました。

 

〇134 秋野鹿蒔絵手箱

この玉手箱の前にひとだかり。なにやら、双眼鏡をのぞきながら、いる、いないと話しています。この玉手箱も模造品で、鹿が3匹いると言われています。模造品で見るとすぐにわかるのですが、本物はライトが弱くわかりにくいのです。しかし、ライトの当て方だけでどうしてこんなに、わかりにくくなるのか。これも行ったり来たりしながら見比べていました。その鹿の話をしているのかと思ったらどうやら違うようです。

 

ここにキリギリスがいるのだとか・・・・  この話もレクチャーでされていたようなのですが、すっかり夢の中。私は、今回、何も聞けていない気がしてきました。

 

そしてそのことがネットにも書かれていて、どこにいるのか、大捜索がそこで始まっていました。双眼鏡を持っていったのですが、前回の刀の時も、今回の玉手箱も、双眼鏡は役にたちません。最近、みんな持ってるペンタックスパピリオ。それで見せてもらったら、ばっちりわかっりました。これ、やっぱり必要かな? 

 

それにしても日本人は虫が好きなんだなと思います。其一も、松井冬子さんも(こちらは尋常な数じゃなかったけど)玉手箱にも昆虫をまぎらせているんだから・・・・昔から日本人は、虫を愛でる習慣がある。虫の音を聴く・・・・そういえは、外国人って虫の声、聞こえないんだって・・・・ 人体の構造の違いなのか、文化の違いなのか・・・

 

 

関連

汐留ミュージアム『日本、家の列島』、サントリー美術館『神の宝の玉手箱』 - 日毎に敵と懶惰に戦う

神の宝の玉手箱 - 「松風庵日記」 心はいつもお茶日和 (裏千家茶道)

「神の宝の玉手箱」 : 千両過眼

神の宝の玉手箱展

 

(2017/06/07)  /  [06/03] そごう美術館:

   回顧展「没後20年 司馬遼太郎展-21世紀“未来の街角”で」

美術もよくわからない世界だったけど、文学もそれに輪をかけてわからない世界。デパートの催し会場ではこれまでも、作家さんの展示が行われていますが、といあえず行っておきますか・・・という感じで立ち寄りました。

 

横浜美術館とは提携割引などもあり、メアリーカサットの時などは、企画にも関連性を感じたのですが今回はさすがに、ファッシンと司馬遼太郎は関係ないでしょ・・・と思っていたら、時代性が同じで、ちょっと興味を持ちました。実際にじゃあ読んでみるか・・・といったら、そこまでのモチベーションはないのだけど、幕末から明治とう時代の面白さを多角的に紐解くには、文学というジャンルからのアプローチがあるんだということがこの展示でわかりました。

 

〇胡蝶の菱

作者の思惑は江戸の身分社会を一個の生き物として作者が自分の目で見たいということ。

 

 

幕末 奥御医師  〇〇〇は長崎オランダ軍医。ポンペから近代医学を学ぶ。医学の前には平等という精神は変革の時代のそれぞれの生き方に影響していく。

「病人を空くのは医師としての義務」byポンペ

日本の身分社会を切り裂く痛烈な思想。

 

 

 

私が以前、科学博物館で行われた「医は仁術」を見た時に感じたニュアンスとちょっと違うような気がします。

■「人は仁術」という考え方の広がり

医は仁術の展示では、江戸から現代の医の営みから学ぶことをみつけて欲しいとありました。
(略)
素人から始まったうさぎやさん。そこには、素人ながらも最上のものを、そして、味を専一にというのは、技術を磨き、価格を廉価にして、多くの人に届けたいという「仁」の心があったのだと思います。
(略)
そこには「仁」の心が根付いているからではないでしょうか。医師教育の最初に、ヒポクラテスの誓いを学ぶと聞きます。看護師には、ナイチンゲール誓詞があり、このような西洋問わず「仁」の心を植えつけられているからではと思ったのでした。

その心は、医の世界だけにとどまらず、真のプロの世界に静かに脈々と流れているのだと思いました。というのが、江戸時代から現代の医の流れを展示した「医は仁術」から学んだことでしょうか?(略)

本人に脈々と流れてきた「仁」とは、他を思う心、気配り、気遣い、おもいやり・・・・

 

2)貝原益軒(1630-1714) 貝原益軒は『養生訓』において,「医は仁術なり。仁愛の心を本とし,人を救うを以て志とすべし。わが身の 利養を専ら志すべからず。天地の生み育て給える人を救い助け,萬民の生死をつかさどる術なれば,医を民の司 命という,きわめて大事の職分なり。」と述べた。(訳:医療というのは人を活かすものであるということ。分け 隔てなく憐れみ救い助けるのであって,採算を度外視して奉仕的に治療を施すことを指すわけではない。従って, いくら無料診察しても粗末に扱ったり死なせてしまっては仁術とはならない)6) 。

 

洪庵は,大村益次郎に対して「医師がこの世に存在している意義は,ひとすじに他人のためであり,自分自身 のためではない。これがこの業の本旨である。ただおのれをすてて人を救わんことをのみ希うべし」

http://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170608152226.pdf?id=ART0009972404

 

日本の江戸末期からの医療は上記のような精神のもとに行われてきたと理解していたのですが・・・

  

 

坂の上の雲

漠然とした主題は、日本人とは何か。作品の登場人物の置かれている条件下で考えてみたかった。

司馬遼太郎の問いかけ より

坂の上の雲」は日本が飛躍的に発展した明治という時代を見事に描いた傑作だ。近代日本の成立を祝福している。彼は戦後の日本が復興しえたのは、明治時代の日本人の精神が残っていたからだと考えていた。一方、乃木希典陸軍大将を扱った「殉死」は、たくさんの兵隊を死なせ、最後は明治天皇の後を追って自殺する不器用な人間を非常にうまく描いている。この二つの系統、複眼性が司馬作品の魅力ではないかと思う。斎藤道三を描いた「国盗(と)り物語」もいい。若いときの短編も見事だ。

 

幕末と今は似ていると思います。社会に閉塞(へいそく)感が漂っていて、その中で若者は目隠しされています。ボクと同世代の友だちもみんな薄給でヘトヘトになって働いています。このままでは心の中まで貧しくなってしまいかねない。でも幕末の長州には、貧しいながらも大義と気概を持って生き抜いた男たちがいた。そういう姿を知れば、今の若者も何か夢が持てるのではないでしょうか。歴史を勉強する意義は、過去から学び、よりよい未来を作ること。若い人たちにこそ司馬さんが描く男たちと出会ってほしいですね。今、悩んでいることが「たいしたことないな」と思えるようになると思います。

 

 〇花神

大変革気 革命期 そういう時期に登場する「技術」とはどういう意味があるのかを主題。

 

 

 

〇横浜散歩

確かにこの街は日本の他の都鄙 (都会と田舎)とは異なっている。都市に含有されている西部というべきものが多様でこういう街に育って成人した人とは、倫理的な骨組みや美的な皮膚感覚、さらには自己の世界像がどこか違ってくるに違いない。

 街道をゆくからの一節。いろんな都市を巡った司馬氏が感じたもの。横浜市民はいいにつけ悪いにつけ、そのメンタリティーが最近、メディアで取り上げられます。都市が持つ歴史、空気がそういうものを形成しているのかも・・・・横浜人は、横浜が好き。そして来る者拒まず。3日住めば浜っ子。去るものは追わない。そんな気質の人たち。それを形成しているのは、横浜市歌

しかし・・・・ 震災で横浜に引っ越してきた小学生へのいじめ。それに対する、教育委員会の見解。横浜ってそうじゃなかったんじゃない? 受け入れてあげられなかったの? 子供たちの言動・・・ あれは、とりもなおさず親の言動が反映されているとしか思えない。時代が変わった・・・・気質も変わってしまった?

 

嘉永6年6月3日

米国印度艦隊の来航

日本史は一転。幕末の風雲時代に・・・・

 

〇江戸から明治へ・・・

江戸は、バラエティー、多様性の世界

明治は、バラエティーの結果が明治

 

〇江戸時代を支えていたのは侍社会の節度

貧しいことを誇りにし自らを律する。これはヨーロッパのプロテスタントと似ている。明治を起こしたのは、武士道。そこには世界史の軌跡が・・・薩長土肥 という系列の違う文化を短い間に整える。この時代、道徳的緊張がありモラルがあった。それによって明治国家が成り立つ。

 

 

横浜美術館のファッションとアート 麗しき東西交流と、司馬遼太郎。その関連性はどこに? と思っていましたが、その時代が生み出していくもの・・・ そんなつながりがりがあることを感じさせれました。ファッション、アート、文学・・・ 時代を作り上げるものは、いろいろな要素がある。

 

〇本物と偽物 

複製品がいくつか展示。屏風を見て、え? 屏風なんて飾っているんだ・・・ これ本物? 違うわよね・・・ だって、むき出し展示だもの。

関ケ原の合戦図屏風》 表示なし 本物? まさかねぇ・・・

大坂夏の陣図屏風》  複製

 

現在、本物かどうかを判断する手がかりは、ケースに入っているかどうか。むき出しだったら、本物であるはずがない。ケースに入っていた場合は・・・ 判断は微妙に

 

光にかざして角度を変えて見ます。あっ、反射してる! 紙のツルツル感、わかっちゃう。そんな当たりが本物かどうかの判断基準。

 

掛け軸がケースに入って展示。これ、本物なの?!

織田信長・・・模写

斎藤道三・・・模写

明智光秀・・・複製

 

模写と複製の違いは????

 

ケースに入っているから、一瞬、本物だと思ってしまいます。でも、そごうに本物が来るかしら? とそれを打ち消していて。結局、展示状況から判断している感じ。

 

 

豊臣秀頼 自筆神号

豊国大明神 豊臣秀吉神号 8歳

 

以前、真田丸展で秀吉、幼少期に書を見たけど、それと同じもの?

   ⇒一行書 龍虎梅竹 真田丸図録p133

物は違いましたが、文字は人となりを表すと言います。

「私はこの文字から、堂々とした文字を書く人だった」と学芸員さんの言葉。

再度、見てどんな印象を受けるかチェック。

 

関ケ原の合戦図屏風》 真田丸図録p94

大坂夏の陣図屏風》  真田丸図録p164  

 

上記もチェック

 

 

(2017/06/07)  /  [06/02] ファッションとアート 麗しき東西交流

幕末から開港、そして明治へ・・・・ この時代は、とてもエネルギッシュ。そこにいる人たちの知的好奇心。何かを求め取り入れ、発し、互いに影響しあって新たなものに昇華していく。ファッションもしかり・・・・ と思いつつも、わざわざでかけて見に行くというところまでの行動をおこさせるところには至らず。

 

開港記念日で無料ときき、でかけてきました。

 

まあこれまで見てきたものが、そこかしこに存在しています。ファッションつながりといえば・・・

■「モードとインテリアの20世紀 ―ポワレからシャネル、サンローランまで―」

〇ファッション関連企画目白押し  そして、

橋本コレクション 指輪 神々の時代から現代まで ― 時を超える輝き の中の

神戸ファッション美術館」が思い出されます。

 

今回の衣装を協力した京都服飾文化研究財団(KCI)と同じところかな? と思っていましたが違っていました。ここは、ワコールが、「私たちの衣服の源泉である西欧の服飾、服飾に関する文献や資料を体系的に収集・保存し研究・公開」しているのだそう。

 

(ワコールがこんな施設を持っていたとは知りませんでした。ワコールのブラの分解されたパターンを見たことがあるのですが、いくつものパターンから成っており、いかにきれに見せるかを科学的に検証しながらモノづくりをしているという会社だという認識がありました。また京都で80年の歴史がある聞き、それを全面に打ち出さないのかな? と思ったら京都で80年なんてひよっこ。それくらい京都を名乗ったら、申し訳が立たない。なんて言われているのを聞いたことがあり、真剣にもづくりをしている会社なんだなと思い、それから、高いけど、こちらの製品を使うように・・・ その会社がこうした文化活動をしているというのは、さすが・・・という思いにさせられます)

 

時代とともに変化するファッションとい視点に加え、開港の地、横浜という場所柄と時代性、そこにアートをからめるという、同じみ幕末、明治という混沌とした世界の中の面白さがあるのだろうという期待がありました。

 

また、名刀礼賛を見て、箱根八里の歌を思いだし、その歌の曲調が、なぜか「横浜市歌」と重なり、時同じく開港記念というタイムリーさ。

 

そして、明治という時代がすごかったんだよ・・・ということを知ったのがそごう美術館で行われた 「明治有田 超絶の美-万国博覧会の時代-」展。この展示で初めて、歴史と美術を結びつけてとらえて見ようと思うようになった記憶があります。日本と西洋。どう影響され、影響を与えたのか。自分が理解できる年表をつくろうと・・・ しかしそれらは展示会ごとの単独で存在しているだけで、つながりあっていません。これが一つに連なると、壮大が代謝マップができあがるように、歴史とアートの関係図になるのだろうと思いながら手が回らず・・・

 

鏑木清方《嫁ぐ人》・・・・ 作家の名前は見るけども人は良く知らず・・・

女性の着物の柄はアールヌーボー。蝶や孔雀がほどこされ、外国のアールヌーボーブームを受けてそれを取り入れたと思われる着物柄。しかし、その柄は、もともとはと言えば、日本がモチーフになっている柄。それを知ってか知らずか、そういう西洋文化をいち早く取り入れた図案の着物を着る人を描くことが一種のトレンドかのように、作品に仕上げているというシュールな状態。

 

しかし、細見美術館琳派展のビデオで、だれだか忘れたけど、日本からヨーロッパに行って、ヨーロッパのアールヌーボーを見た瞬間、これは日本だということを悟り、学ぶものはなしと戻ってきた人もいたわけで・・・

 

今でも同じことを日本人はしています。園芸文化も、もともとは日本の植物、それがあちらに行って、品種改良がされて日本に逆輸入。それを日本人はありがたがって目でている。自分自身も同じ。洋食器を集めて、それを遡れば、日本がモチーフにされていた。隣の芝生は青い時代。それは今尚、続いている?

 

宮川香山

そういえば、超絶技巧で有名な宮川香山って横浜の人だったらしいことを最近知りました。何であんなものを作っていたかといえば、開港して外国人が日本にやってきて日本のお土産としてああいうものが好まれるだろう・・・と。

 

高島屋

高島屋もそれを狙っていた。このあたりのことを同時に見ると、一連の流れがいろいろなかたちでつながっていることを感じさせられます。 

 ⇒美術館めぐりt「鈴木其一展」「日本美術と高島屋」「驚くべき明治工藝」

 

今回も、これまで見たあの高島屋の話が盛り込まれていて、さらりと流されているだけでしたが・・・

 

月岡芳年・・・

真田丸で知った人。江戸時代の人という認識。しかしその後、明治の時代にも登場。なんだか違和感。当初、江戸時代の人という認識をしていたのに近代にも生きている。幕末からのこの変遷期に生きた人にある共通の感覚。江戸時代になくなった其一は遠い昔の人。でも、江戸、明治を生きた人は数年の違いだけなのに、とっても身近・・・・

 

〇51 昭憲皇后のドレス  

みごとな後ろ姿。その一方で前からみたら、ちっちゃい! こんなにちっちゃいんだ・・・ 肖像画。皇室の誰かわからないけどよく似ている。これが血?  皇后の回りの空気。空気の奥行き。西洋絵画の手法? 弧を描いて肖像画を見るとこの空気感がよりはっきり。

 

〇136 左右非対称のドレス

日本の着物は一枚の画面に見立てて構成

西洋は、服を立体として捉えた  ジャポニズムの流行が以前にはなかったテイストを生む

1897年 燕子花光琳 アイリス 「芸術の日本」でフランスで紹介

 

 

〇141 サダヤッコ 1899-1990

ミュシャのサラベルナール ジモンスタ と同じ構図 1894年

サダヤッコの前。見ているのか、単なる偶然?

 

〇166 シャネルコート

漆塗りの面に金粉や銀粉をまいて、研磨する梨子地

サントリー美術館に解説あり) 
 

 

〇フライヤーのドレス

相撲の行事が手に持ってるもの・・・が刺繍(?)されていました。写真では気づきませんでした。日本、頑張ってる! しっかり影響、与えてるじゃん・・・って思った。コルセットでしめつけられた女性の洋服を解放したのはシャネル。って言われていたけど、日本の着物だって影響してます。

 

 

〇美術館併設 ミュージアムショップで見た書籍

今-昔 比べてわかるニッポン美術入門

 

絵を見て、これ、あれと同じ・・・・ と感じることが最近多くなりました。が、単純に見た印象をつなげているだけ? こじつけなのかも? と思っていました。

日本の昔の作品と今の作品を並べ、そこに見られる共通性を見出しています。その関連性の根拠のようなもの。そんなのあってもなくてもいいんだ・・・ 自分が感じるままに似てると思ったら似ている。感じ方は自由であっていい!

 

齋藤孝のざっくり!美術史

現代アートは形とか色の奥にある目に見えないエネルギー(生命)を表現したもの。抽象絵画も写実絵画も根本的には同じ。エネルギーを感じられる絵画はすごい。この一瞬があるだけで自分は死んでもいいという一瞬を捉える美術的生き方。

現代絵画にはもはや上手さを求められているのではなく、その絵一枚に込められたエネルギー、個性の開放。面白い!と思えれば受け手にとってその絵は価値になる。

 

齋藤孝のざっくり!美術史 感想 齋藤 孝 - 読書メーターより

 

絵から生命のエネルギーを感じられるかどうか。まさにそれを感じさせられる時、好きではないけども、何かが伝わってくるのを感じました。うまい、下手ではなく、生をかんじさせるもの。それがエネルギーとして満ち満ちていると共感を与えるのだな・・・と。

 

〇幕末から明治 この時代ーに満ち溢れている

なんだか、これまでに見ていた幕末から明治という時代が、いろいろな形でシャッフルされてより多角的に、魅力的に見ることができるようになる気がします。日本だってすてたもんじゃない! とも・・・・