コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■ガレも愛したー清朝皇帝のガラス:第3章 エミール・ガレと清朝

 サントリー美術館「ガレも愛したー清朝皇帝のガラス」が開催されています。メインテーマは清朝皇帝ガラス」なのですが、ガレとの関係に迫った第3章の展示「エミール・ガレ清朝の部分にスポットをあててレポートします。 

*写真の撮影は、主催者の許可を得て掲載しております。

 

 

■「ガレも愛した」ガラス展

ガレ展と聞いたら、同じ展覧会でも、何度となくでかける偏愛ぶり。ところがガレの作品は、そんなに好きなわけではないという、不思議な状態です。そんなガレの魅力はいったいどこにあるのか、探っているところです。

 現在、サントリー美術館で行われている「ガレも愛したー清朝皇帝のガラス」

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このタイトルを見た時に思ったこと。「ガレも愛した清朝皇帝のガラス」の意味は、あまりなじみのない清時代のガラスが中心で、ガレの作品は、ほとんど出品されないと思い込んでいました。

 

というのも、毎年、どこかで行われているガレ展。「もう飽きた」という声が、あるらしい(笑) 展示しても、またあれか・・・ 見た見たと思われている・・・ 看板に掲げてはいるけども、少し展示縮小しているのでは? と思っていたのです。

 

また、ある美術館の館長さんが、あまりなじみのないテーマを企画した時に「若冲も学んだ」ということをキャッチにして集客を狙ったと、ぶっちゃけトークをされていらしたので、今回の企画は、きっとそれなのだろう…って(笑)

 

 

サントリー美術館とガラス作品について

サントリー美術館では、開館時より「ガラス工芸の美」に注目し、毎年ガラス展を開催してきました。コレクションも広げながら、50年がたちました。その原点の一つが清朝ガラスなのだそうです。

しかしながら、清朝にスポットをあてた企画はこれまでになかったと言います。50年の蓄積を携え、満を持してスポットライトをあてたという意味の企画だったようです。(参考:サントリー美術館ニュース vol.271)

 

どうりでサントリー美術館では、ガラス関連企画が多いという印象はありました。新たに加わったコレクションのお披露目展「コレクターの眼」もガラス作品がメインでした。

 

 

サントリー美術館とガレ

ガラス作品に力を入れてきたサントリー美術館におけるガレ作品の所蔵は100点。その中から、ガレが作品に取り入れたヨーロッパとは違う部分にスポットをあてて提示。ガレコレクションの中から、清朝のガラスと比較するという、サントリーならではの展示が実現しています。ガレは、この企画の大きな主軸になっていたことがわかりました。

 

どうせ人寄せパンダでキャッチコピー。作品の展示は、少ないんでしょ… と思っていたのは、とんでもない間違いでした(笑) 「ガレはそろそろ飽きた」という声にも「ところ変われば」「企画変われば」で、同じ作品の新たな表情を見せてくれるはず。

 

 

■ガレと日本 そして中国との関係

昨今の美術展示はジャポニスムばやり。日本が影響をあたえた…という視点で取り上げられる企画を多く目にします。ところがサントリー美術館では2008年にガレとジャポニスムを企画し、他の先鞭をつけています。

 

最近の美術展「どこの企画もジャポニスムばかり」という声も上がっているようです。「日本人ってすごいよね。海外も参考にしていたんだって」という切り口は、確かに耳に心地よく、一般受けします。それがわかっていても、やはり自尊心をくすぐられるものだと思いました。

 

「ガレと日本」ののろしを上げたあとに、次は「ガレと中国」

 

日本との関係については、周知されてきましたが、ガレの中で、日本の位置づけは実際のはどうだったのだろう。という疑問をこの展示を見て抱きました。日本人は「日本が西洋に影響を与えた」と思いたい。だから、それが必要以上に大きく伝えられているのでは?

実は、ガレにとって「日本」は、特別だったわけでなく、「東洋」全体に目を向けていてその中の一つが「日本」ということだったのでは? と感じ始めたのです。

 

 

■「ガレも愛したー清朝皇帝ガラス」企画者に聞く

これまで「ガレとジャポニスム」を始め、「エミール・ガレ」展、そして今回の「ガレも愛したー清朝皇帝のガラス」も企画された土田ルリ子学芸副部長に伺ってみました。 

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確かに日本との関係は、取り上げやすいという点があります。そのため日本とガレの関係について語られやすくなります。ガレ自身はとても貪欲に様々なことを境界なく探求していった人

従ってガラスも「東洋」だけでなく、エジプトやイスラムなど世界のガラスに目を向けていました。では、どの国に特に注目していたかを探ろうとすると、その指標の一つは、ガレのコレクションの状況から伺うことができます。

 

▼ベルリン旅行でガレが集めた清朝ガラス(1885年4月)

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中国、日本に関するコレクションは多いのは確か。日本の場合はガラスだけでなく浮世絵や工芸品などもコレクションしています。そうした様々なコレクションから、「モチーフ」を参考にしたり、玉・焼物・金属や竹細工などからは「素材感」を参考にしました。

 

一般的にガレは「日本の自然観」に魅せられたと聞いてきました。「素材感」に着目していたというのは、初めて聞いたように思います。そのことについて伺うと、まずは素材の面白さに着目、そこから、日本の自然というものにつながったのでは?とのこと。

その背景には、ガレ自身が「植物学者」で、論文なども発表するほどだったこと。そうした自然を見つめる目が、日本が自然といかにかかわってきたかについて、受け止めていったのではないか? というお話でした。 

 

 

■ガレ作品 中国の影響の変遷 

1871年 サウス・ケンジントン博物館(東洋コレクションで名高い)で調査

1885年 ベルリン 工芸美術館で清朝を入念に調査

1889年 パリ万博 出品作品 摸玉ガラスは「玉」からの影響 

 

清朝の鼻煙壺(びえんこ)の収集も数多くしました。

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■ガレの作品と清朝の影響

ポスター、フライヤーでおなじみのこの作品はガレの作品です。何も知らずに見ていた時は、ガレのものとは思わず、清朝皇帝ガラスの有名な作品なのかと思っていました。

修正:なぜかこの作品をガレの作品だと理解してしまいました。その理由は‥‥

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〇青地赤茶被魚蓮文瓶

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青地赤茶被魚蓮文瓶 乾隆年製銘 清時代・乾隆年間(1736-95) 中国

 

青地に茶。茶の部分の「蓮」や「鯉」は、あとから貼り付けたのだと思っていました。(アップリッケをつけるような技法でアプカッション)ところが、青地のガラスに茶を重ねて成型したあと、茶の部分の「蓮」や「鯉」は、浮き彫りにしていたことを図録の解説で知りました。(p148)

貼り付けたのではなく「掘り出した」のだということを知ると、この技術がいかにすごいことなのかが見えてきます。蓮と鯉の厚み。それだけの茶色いガラスが重ねられていて、青い部分は、すべて削られているということなのです。この作品の見方がガラリと変わり、価値が急に上がりました。(正直なことを言うと、この作品のどこがよくて、なぜこれがメインビジュアルなのか、よくわかりませんでした)

さらに、青い部分に、模様があります。これは削られているのではなく、浮き出ているように見えます。ということは‥‥ この模様も削り出しているってこと?! 

 

作品からそれらのことがわかると、この技術は、清朝のガラスの技術とつながっているのでは? と思いました。(←最初ガレの作品だと思ってしまったので)私の中では、この作品(↓)とつながりました。

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黄色鳳凰文瓶 1対 中国 清時代 乾隆年間(1736-95年)サントリー美術館(辻清明コレクション)

 

こちらも、一見すると模様を貼り付けたように見えます。が、掘り出しています。こんなに厚く、しかも直角に掘り出すというのが、清朝ガラス特徴とのこと。

これだけ緻密な文様を,「この厚さ」で掘る技術。これによってガラスが重厚に感じさせられます。ガレは、その技術をガラスを重ねるという(被セ)手法もドッキングさせたのかな? と思いました。

  

「青地赤茶被魚蓮文瓶」の鯉や蓮の厚さで掘り出すには、かなりの厚さのガラスを被せる必要があります。そして掘り出しは直角ではなく、より繊細なカーブで文様を浮かび上がらせたのだと理解しました。

 

ガレの技法と、清朝のガラスの技法全く違うのだそう。インスピレーションのヒントを得て、素材の風合いモチーフの構図に共通性が見られます。厚く掘り出すのも、ただ掘り出すのではなく、ガラスを被せてから彫るというのは、ガレなりの工夫だったのではないでしょうか?

 

また造形的な部分にもガレの工夫が見られます。 

この花瓶そのものが、蓮の葉が口をすぼめ、そこにコウホネの茎が絡みついています。そして葉脈が地文様になっています。自然の造形をそのまま切りとった形であること。(⇒ここは日本的と感じるのですが)自然のままの姿を器形にするのは、中国や日本の工芸品にみられます。「通年有余」という中国からのモチーフが使われています。 

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〇自然の造形をそのままの形にした作品

 下記の作品、手前の《おだまき》や奥の《茄子》が自然の造形がそのまま作品の形になったガレの作品です。⇒この3点の並びを、自然の造形を作品にした「ガレの作品」3点と理解してしまったようです。自然の造形をそのまま作品の形として取り込んだ清朝のガラスが参考にされているという展示だったのでした。f:id:korokoroblog:20180501190156p:plain

(手前)  花器「おだまき」1898-1900 サントリー美術館(菊池コレクション)エミール・ガレ 
(中央)青地赤茶被魚蓮文瓶 乾隆年製銘 清時代・乾隆年間(1736-95)中国
(奥)   花器「茄子」1900年頃 サントリー美術館(菊池コレクション) エミール・ガレ

 

自然の形をそのまま作品の形にしたというのは、中国の工芸品の影響というよりは、日本的と感じたのはこんなところが影響していのかもしれません。 

 

自然の形を造形にそのまま生かす。その視点を得ると、現在行われている「光琳と乾山」(根津美術館) 「エミール・ガレ 自然の蒐集」(ポーラ美術館)の作品たちにつながっていきます。

 

〇カトレアの花器 

個人的にずっと興味をを持っていたカトレアの花器。まるで本物のカトレアの花を貼り付けたような技術(アプリカッション)。そこ秘められているものは‥‥? 表と裏で表現した「生と死」 しかしそれだけではない。「雄と雌」「生殖」の意味も込められていると思って、ずっと追いかけてきました。

この作品、いくつかあるのですが、3作品を見ることがきました。 

 

 今回、サントリー美術館の展示では、この花器と清朝ガラスとの関係という視点で展示されています。しかしどこが、清朝と関係があるのか理解できず、会場をあとにしました。

個人的に、花器「カトレア」の形から、屏風を想起させられており、日本ぽいと兼ねてから感じていた作品です。屏風のように折れに合わせた凹凸に、カトレアを貼り付け、その造形と屏風の折りによる遠近を絶妙にマッチさせた作品。それによって空間の構成もより立体的になり、カトレアに一層の表情をもたらしている。

ところが、これは中国の影響だったのか‥‥ どこが中国なんだろうと考えていました。

▼図録表紙

図録の表紙には、この気になっていた花器「カトレア」が背景として使われています。手前に中国の作品。この2点の共通点は? と考えていて、もしかして色あい? 

 

ずっと、技法や形という部分だけで共通点を探していたのですが、「色あい」というのも影響のうちに入るのか‥‥と認識を新たにしました。

 

「白地二色被花鳥文瓶」の図録解説(p158)に「この作品と、花器「カトレア」を比べると共通の色彩感覚が感じとられる」とありました。

 

この色あいから想起された作品がこちら。

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ポーラ美術館「エミール・ガレ 自然の蒐集」にて撮影 

 

そして、サントリー美術館から現在、ポーラ美術館に貸し出されている《蜉蝣文花器》1889-1900 の色彩も共通性を感じさせられます。

 ■ポイント:光によって見え方が変化

こちらに画像があります。

 

 

■感想 まとめ 

これまでエミール・ガレの作品を、いろいろな場所で、いろいろな切り口で見てきました。今回は、清朝のガラスとの関係で見直してみると、また違う側面が見えてきます。

個人的にずっと気になっていた「カトレアの花器」 ガレがいくつか制作したカトレアの花器を全て見るぞ! と思って追いかけているのは、ガレと同じマニア気質、コンプリート欲なのだと思っていました。その作品が、中国の影響を受けていた‥‥ それは一つの驚きでありました。

 

そしてガレが日本から受けた影響は、てっきり日本の自然観に魅せられていたのだと思っていました。ところが、まず最初に着目していたのは「素材感」だったと知りました。

最初はえ?と思ったのですが、これはとりもなおさず、ガレの軸が化学者、科学者であることを表していると思いました。 

中国の影響も受けていたガレ。ガレの眼は、その物が持つ「素材感」 つまり物質的な性質に目を向けていたということなのです。物質の特徴(=素材感)からイマジネーションされるイメージを作品に投影していたのだと。そのイメージには、カラーも含まれているということなのでした。

新しい角度から、ガレの本質的な部分を裏付ける一面と捉えることができました。

 

科学者としてのガレ。そんな展示がポーラ美術館で行われています。これらの展示も合わせてみると、なかなか面白い引き出しがまだまだみつかりそうです。サントリー美術館からも、たくさんの作品が貸し出されています。ポーラ美術館のガレ作品を、あえて中国との関連で見てみるのも面白いかもしれません。

 

【追記】2018.05.03 美術界のジャポニズムという視点

昨今のジャポニスムとの関連展示。美術に興味を持ってまもなくすると、日本がいかに西洋に影響を与えてきたのかということを知り、日本ってすごい! 知らなすぎたことに愕然としました。ところが、 最近のバラエティー番組にも見られる日本リスペクト的なある種のジャポニスムとして見えるようになり、ちょっと食傷気味になっていたことは確かです。

 

ひょっとして、これ、日本人の自画自賛的な部分なのでは? と思い始めていたところでした。そこに、ガレは、中国からもこんなに影響を受けていたのです。という視点を提示されたことは、斬新でした。日本人としての立ち位置からばかり見ていないで、もっと広くとらえることが必要。と言われたような気がします。

 

早くから「ガレとジャポニスム」について提言され、それが浸透してくると、そこから一ヌケを宣言された。そんなことを感じさせられた展示でもありました。

 

 

【追記】2013.05.04 ガレが清王朝から受けた影響

3章 エミール・ガレ清朝の部分は、ただ展示室を歩いて、目についたものを拾っただけで、展示の意味については理解していませんでした。

 

ガレが参考にしたのは、技術的なものだけでなく、造形の本質的な部分であったり、色といったニュアンス的なものだったりと、広い範囲で影響を捉えている展示であることを改めて理解。もう一度、ガレと清朝のガラスの影響を見直してみようと思います。

 

 

 

 

【蛇足】

静嘉堂文庫美術館で、ロバート・キャンベル氏による講演 「浮世絵師のコラボレーション空間」が行われました。その際、日本の浮世絵作成というシステムや技術がいかに素晴らしいか、北斎の偉業について語られていました。

しかし、それは日本に限ったことではなく、母国のアメリカにも、そのような表現手段があったのではないか? そして世界に目をむれば、他にもあったのではないだろうか。日本で研究するという立場や、主催館での講演ということもあり、「リップサービス的な部分もあるのではないか」という思いを抱いていたので、伺ってみました。

すると、確かにアメリカではフォークアートという形で存在はしていたけれども、日本のようなシステムまで構築はされなかったし技術もなかった。やはり日本の浮世絵は素晴らしいとのお話でした。

褒められればうれしい。でも、それをそのまま鵜呑みにせず、周辺にも目をやらないといけないと思うようになってきています。

 

【追記】2013.05.13 ガレは清王朝ガラスだけでなく世界にも目を向けた? 

世界のガラスに目を向けていたというガレ。イスラムのガラスにも興味があったようなので、これらのアラビア半島のガラスなども見ていたのでしょうか?

アラビア半島は、古代から交易路が張り巡らされ、諸文明が行き交っていました。サウジアラビア王国の至宝が公開された展示の中に、古い時代のガラスが紹介されていました。

 第3章では、紀元前1000年以降、オアシス都市の出土品で構成。この地域は、香料交易で賑わい、地中海方面で製作されたガラス器が出土されていました。この時代のガラスが、透明ではなかったことが伺えます。

 

 

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