今回のレオナルド×ミケランジェロ展で、楽しみにしていたのは、「手稿」や「手紙」でした。レオナルドの手稿は、美術に興味を持つきっかけの一つでした。「手紙」などの文字にも絵とは違う情報がいろいろ含まれています。まだ見ぬ手稿は何を語るのでしょうか?
(この記事は、ブロガー内覧会で撮影した写真をもとに構成しています。写真撮影については主催者の許可を得ております。)
- ■カリグラフィー文字で書かれている!
- ■手稿
- ■メモ
- ■感想
- 【追記】(2017.07.24) 胎児のいる子宮を描いたレオナルド
- 【追記】(2017.07.27) レオナルドの病跡学について
- 【追記】(2017.07.24) 胎児のいる子宮は、本当?
- ■参考
- ■関連
過去にレオナルド・ダ・ヴィンチ展でいくつかの「手稿」をみてきました。レオナルドは画家というようりも科学の人であり、万能の人であることを、それによって知りました。過去に見た手稿と再会はできるでしょうか? 新たな手稿はどんな手稿でしょう?
そして、これまで美術展を見てきて、文字から見えてくるものがあることを、少しずつ理解し始めたところです。文字からその人となりが見えたり、対訳があれば、何を考えていた人なのかも、わかったりしてとても身近に感じたりすることもあります。
文字が中心となる、第5章。見ていて気づいたこと、感じたこと記録しておきます。
■カリグラフィー文字で書かれている!
詩がカリグラフィーの文字で書かれています。最近、スティーブジョブスが、カリグラフィーの文字に魅せられていたことを知りました。科学ではとらえられない芸術的な美しさに魅了され虜になったという話を聞いていたので、カリグラフィーの文字を選んだということに何か意味があるのかも・・・と感じさせられました。
この手紙はミケランジェロによるものです。
十四行詩 人生のうつろいやすさや、愛がもたらす力と苦しみ、美の超越的な価値や、罪と死を詠ったものだそうです。美の価値を表現するにあたり、美しさを持ち芸術的な文字、カリグラフィーを使って、伝えたようとしたのかもしれません。
〇他の手紙もカリグラフィーのような文字
〇レオナルドの甥に手紙?
あれだけ反駁していたレオナルドなのに、レオナルドの没後は、甥のめんどうを見ていたということ? ミケランジェロ、なんだかんだ言って、いいやつなんだ・・・・と思っていたら、ミケランジェロの弟の子供(=甥)が、レオナルドという名前だったのでした。
甥をかわいがり、あれこれ援助していた様子がうかがえるようです。
■手稿
2005年 森美術館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」が行われレスター手稿が展示されました。 また2007年 科博の「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」 でもいくつかの手稿の展示がありました。(⇒レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像 作品リスト)展示リストがまだ見れるようで懐かしいです。
関連:1.これまで訪れた解剖に関する企画展 ツボワードは「解剖」
今回、どのような手稿が来ているのでしょうか? 手稿はファクシミリ版です。ファクシミリ版とは、オリジナル作品の保護、あるいは研究を目的として、高精細の写真をプリントするなどしてオリジナルに忠実に作られた複製版のことを言います。(展示解説より)
〇レスター手稿
月について書かれた「レスター手稿」です。
2005年、ビルゲイツ所有の「レスター手稿」が日本で公開されました。保存の面から、年に1度だけ、1カ国の1カ所でしか公開されない貴重な展示で、ライトも一定時間、ポワンと浮かび上がる程度しか当てられていませんでした。何が描かれているのか、わかるわけではありませんでしたが、そのありがたみを享受していました。今回はファクシミリ版によって、しっかり見ることができます。レスターは、所有した貴族の名前をとってつけられています。
〇解剖学手稿
(1511-1513)発生学について書かれています
子宮にいる胎児を科学的に考察。その一方で「二つの霊魂によって支配されている」といった、霊的な言葉も残しているといいます。
解剖学的に生殖というものをとらえていくと、その緻密さや精巧さ、機能の不思議を目の当たりにし、神の存在、あるいは霊的なものを感じるというはあるのだろうと思います。同様なことを経験をしました。科学であって科学ではない、人知を超えた何かが存在していると感じさせられました。
人が存在する根元的な部分。生殖という世界、そして人体の仕組みというものに触れると、「人体の小宇宙」という言葉で表現されるように、体の中に宇宙を感じさせられ、さらに科学と向き合っているのに、それとは逆行するかのように神の存在をそこに見出されるのです。(それがオ〇ム真理教に走った科学者たちの一つの理由ではないかと思っていたのですが)そして哲学的な世界へと誘われていくのを感じられます。
最も学生時代はそこまでには至っておらず、宇宙、哲学と結びついていくのはその後の植物への興味を持ったあとのことなのですが・・・ 人だけでなくすべてのものが同等に一元的に結びついていったことが、レオナルドの多岐に渡る功績を生み出したのだと思います。
〇鏡文字ではないレオナルドの文字
こちらは『鳥の飛翔に関する手稿』
レオナルドの文字は鏡文字と言われる特徴のあるラテン語で手稿を書いたと言われていますが、この手稿の右ページには建物の見取り図や、家計のメモが鏡文字でない文字で書かれています。
なぜ、鏡文字を使ったのかについては、いろいろ推察がされており、左利きだからとか、暗号のようにわからないように書いたとか… ディスレクシアだったとか、ADHDとか、アスペルガー症候群など病的に語られることもあったりするようです。ところが、普通に書いている文字もあるということなので、もしかしたら単に気分屋だったのか? とか・・・・(笑) てっきり手稿は反転文字だと思っていたので、ちょっとびっくりでした。 (注:最近はアスペルガー症候群という言い方はしなくなってきているとのこと)
■メモ
これまで「レオナルド」関連、そして「人体」「解剖」に関する展示で見てきたものがこちらなのですが(⇒ ■ダ・ヴィンチ・人体)その中で、手稿が展示されていたのが下記の展示です。
〇1995年 「人体の世界」(東京国立科学博物館)
(⇒「人体の世界」 ・・・ここがすべての始まり )
〇2005年 「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」レスター手稿(森美術館)
⇒ビル・ゲイツ氏所有の「レスター手稿」、レオナルド・ダ・ヴィンチ展に
2005年のレオナルド・ダ・ヴィンチ展で、アートブロガーという存在を知りました。そしてレオナルドの研究者、池上英洋先生を知るきっかけにもなりました。美術をブログで語るなんて、雲の上のような人と思っていたのですが・・・・時を経て、まさか、アートブログを立ち上げるとは(笑) この展示は「アート」と「ブログ」との出会いでもあり、いろいろな意味で思い出の深いレオナルド展でした。オフ会が開催されていたようで、こっそり見に行こうかなんて考えていたり(笑)
アートの世界の有名人・・・・と思いながら見ていたブログが今でも見ることができるというのは、感慨深いです。
〇「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」 森アーツセンターギャラリー 11/12 - はろるど
〇2007年「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」(国立科学博物館)
⇒「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」(国立科学博物館)
展示の作品リストが残ってる! というのは、これまたうれしい。
この当時、作品リストを保管する習慣なんてなかったし・・・
■感想
あらためて、↓ こちらの記事を拝見するとあの時に受けた感慨がよみがえってきます。 〇「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」 | 弐代目・青い日記帳
出口付近に10台近いパソコンが置いてあり、そこではダ・ヴィンチのほかの手稿も見ることが出来ます。
「アトランティコ手稿」「トリヴルツィオ手稿」「鳥の飛翔に関する手稿」「パリ手稿」「ウィンザー手稿」「アランデル手稿」「フォスター手稿」「マドリッド手稿」
いろいろな手稿があることを知りました。今回、「アトランティコ手稿」「トリヴルツィオ手稿」「アランデル手稿」「鳥の飛翔に関する手稿」が見れたというのは感慨深いものがあります。確か「解剖学手稿」を見たいなと思っていたのですが、今回、それを見ることができて、さらに発生学にまで言及していたことを知りました。
第4紙葉表
絵画論に関するページ
タイトル「空気の色について」
遠くの山の明部と暗部はコントラストが強くなく、全体に青味がかって見える
上記の解説に触れたことで絵画への扉が開き、今こうして、またレオナルド、ミケランジェロ展を目にしているのでした。12年前に何を見ていたのかなぁ・・・と思っていましたが、その記録が残っていたことで、振り返ることができ、今につなげることができました。
【追記】(2017.07.24) 胎児のいる子宮を描いたレオナルド
三菱一号館美術館公式ブログ「【レオナルド×ミケランジェロ展】
レオナルド:人間の造形のその先にあるものを見ようとした
レオナルドは人体の造形そのものの美を追求するというよりは、造形を通して、その先にある人間の不思議、人体を超えた先にあるものを見たい、知りたいという欲求があったと思います。そんな欲求の表れとして、死体解剖も難しかった時代に、亡くなった女性の子宮を解剖して、胎児を描いてみたりもしているのです。ただ美しいものに興味があったのだとしたらそんなことはしませんよね。それは単に美しいもの、綺麗なものを見たいという欲望ではなく哲学的な思考からです。存在論的な考え方ともいえる彼の理想を追求していったので、例えば動物や昆虫、自然や宇宙についてなど、人間以外の対象にも惹かれていきます。今回の展覧会にも、レオナルドが描いたさまざまな主題のデッサンが展示されています。
高橋館長もレオナルドの子宮の解剖について触れられていました。私もここは解剖図の中でも象徴的な場所でもあるように感じていました。
調べる過程で見た ↓ この図を見た時に思いました。
これは、絵を描くために必要な解剖スケッチではないと・・・・ 絵を描くために、脊髄の内部、こんなところまで必要はないはずです。細かい骨が繋がって、それが背中の湾曲を作っている。それがわかれば身体は描けると思います。(ひょっとしたら、脊髄の湾曲を表現するために、さらにその内部の構造を知りたいとという目的があったかもしれませんが) 絵のための解剖なら、骨格系と筋系の表層的な部分でいいはず。そのついでと言っては語弊がありますが、内臓も見てみる。そのあたりで止まると思うのです。
ここまでの細部もスケッチしていたということは、もはや絵を描くためという目的は忘れ去られていて、この目の前にある細かくつながった骨をはずしたら、その中はいったいどうなっているんだろう・・・・ そんな子供のような純粋な、あくなき好奇心の塊。知りたい欲求が抑えられず、その先へと突き進んでいったのだろうと思いました。
その結果、至るところの臓器を、そこまでするか! というところまで、解き剖いてしまったのだろう・・・と。(「生殖」についてを調べていた時、同じような感覚に襲われていました。ここはどうなってるんだろう? じゃあこの先は? その次は? と、どんどん、先を知りたくなっていった感覚と重なりました。)
下記はその好奇心の先にあったものです。
【1】
【2】 【3】
【1】産科医療のこれから: 医学の歴史(>▽<) ..。*♡ おススメ本
【2】レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた大量の解剖図デッサン画 : カラパイア
【3】解剖学と芸術: 〈講座告知〉レオナルド・ダ・ヴィンチの人体表現
そして、子宮というのは、その知りたい欲求の際たるもの。人とは何か、自分がいまここにいるという存在の意味とは? そんなことに何かを答えを出してくれそうな場所だったのだと思いました。だからこそ、単独の子宮ではなく、胎児のいる子宮である必要があったのだと・・・ モナリザ妊娠説なんていうもありますが、妊婦さんを描くという上でも知りたかったのかもしれません。また、非嫡出児として自分が生まれてきたこと、その存在の意味を問いたいという気持ちもあったのかもしれません。
レオナルドは、好奇心の人。知りたい人、なんでも解明したい人。
【追記】(2017.07.27) レオナルドの病跡学について
画家を研究する方向の一つに「病跡学」というとらえ方があります。これまでも興味深く見たりしてきたのですが、病跡学というのは、どういう立場からの研究なのでしょうか? 「医学?」「心理学?」「美術領域から?」 研究している方の立場は? と考えた時、医師がこのジャンルを研究しているケースは少なく、心理学方面から、美術領域からということになることに気づきました。
病跡学学会の事務局が医学部の中にありました(⇒日本病跡学会)
何らかの精神障害を病んだ天才の病理と創造性を論じるのが狭義の病跡学研究といえるでしょうが、現在、それに留まらず、病跡学の範囲は広がっています。対象となる「天才」も、従来、好んで取り上げられた小説家や画家のほかに、音楽家や写真家、さらには科学や政治あるいは哲学の分野の天才も俎上に載せられています。また、狭義の精神障害のない天才の生涯と創造を心理学的あるいは精神分析的に辿っていく研究、近親者の精神疾患が創作者に及ぼす影響の研究など、その裾野は広がっています。
ディスレクシアやADHDなどは、最近になって話題になってきた新しい病名ですし、現在の精神医学ではどういう位置づけになっているのかと思ったら、DMS分類では扱われていない模様。こうしたあらたに登場した病気の概念を、500年前の人に対して適用して語ることについて、いろいろ思うところが出てきました。
【追記】(2017.07.24) 胎児のいる子宮は、本当?
この手稿を見ながら、胎児のいる母体の解剖を本当にしていたのだろうか・・・・ という素朴な疑問がどこかに残っていました。知りたい欲求はレオナルドをそこまで駆り立ててしまうものなのか。そのような遺体が本当にあったのか。そしてこの胎児の状態は、見たままなのか、正しいのか・・・・ 胎児が大きく成長した時の内部の画像というのは、目にするのですが、子宮の外壁と腹腔との接面どのようになっているのかという認識がありませんでした。この状態が正しいのかどうか、今一つピンとこなくて漠然とした疑問をどこかに持っていました。
アートライブラリー 西村書店 パトリシアエミリン
訳:森田義之 小林もり子(P118) より
彼が妊娠している女性の遺体を解剖したかどうかは知られていない。しかし、妊娠した牝牛を解剖したことは明らかであり、彼は、両者がそれらの外形以外以上に似ていると考えていたらしい。
右上部の矢印部分、マジックテープのような胎盤葉は、牝牛の子宮の内部の研究から移し替えられたものだそう。下記矢印部分
↓
↑ 両眼視関するメモ
出典:子宮内の胎児が描かれた手稿 wiki pedhiaより
おそらくこの手稿を見て、違和感を感じてしまったのは、胎児の頭部が上にあったことなのかもしれません。逆子状態で描かれていたためあれ? と思ったのでしょう。しかし解剖ができたということを考えると、このような逆子の状態が、昔は死にいたらしめたと考えられるのかもしれません。
上記の書籍によれば、
専門家によると、この紙葉に描かれている胎児が子宮内でどのように回転するかという記載がされていると言いますが、まちがった情報を含んでいると言います。しかしレオナルドが同時代のだれよりも、解剖学をよく理解していたことを指摘しているそうです。
そして赤チョークが選ばれたのは、単に解剖の記録という意味だけなく、美的効果も高めた図解によって、人体への理解を深めさせようとした狙いがあったと言います。
さらに子宮内の胎児を描きながら、右下には、両眼視についてのメモが書かれており、つぎつぎにあふれるアイデアや視点を、紙面にぶつけていたことが伺えます。
以前、マティスに送ったルオーの手紙も、あふれんばかりの思いで埋め尽くされていました。余白にもびっちり文字を埋めていたことを思いだされました。とめどなくあふれる創作者の泉のようなものを感じさせられました。
出典:マティスとルオーの友情辿る展覧会、直筆書簡や日本初公開作など約140点 - アート・デザインニュース : CINRA.NET
■参考
〇日本鑑定 レオナルド・ダ・ヴィンチ素描集 2006年6月24日更新
■関連
2017-01-28 ■「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮」
②レオナルドの根源は「解剖学」にあり!?
2017-01-19 ■【試写会感想】「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮」
①再現ドラマから浮かびあがるレオナルドの姿
2017-01-15 ■デザインの解剖展:感想 「解剖」って?