コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■「挿絵本の楽しみ~響き合う文字と絵の世界~」(静嘉堂文庫美術館)・・・内覧会レポ 

静嘉堂文庫美術館にて「挿絵本の楽しみ」トークショーとブロガー内覧会が行われました。ゲストに橋本真理氏、館長の河野元昭氏、司書の成澤麻子氏、ナビゲーターが青い日記帳のTak氏という豪華顔ぶれ。このユニークな企画をどう見たらよいか、トークのお話をご紹介します。

 

トークショーは、一般の方も参加できました。ブロガー内覧会はトークショー終了後、司書の成澤麻子さんによる解説のもとギャラリートークが行われました。トークショーのお話の流れを基本に展示内容のご紹介をしたいと思います。内覧会で撮影した写真を「挿絵」として利用させていただきました。合わせてギャラリートークで伺ったお話も加味しながら、個人的な雑感も加えております。 

 

 

■この展示 を企画した背景

「挿絵本」にスポットを当てるというユニークな企画。こんな企画をどうして思いついたのでしょうか? 企画者の生の声を伺えるのは貴重です。

 

静嘉堂文庫 司書の成澤麻子さんから次のようなお話を伺いました。

作家へのインタビューを見ていたら「新聞に小説を連載している作家さんは、描かれた挿絵によって、小説の内容を変更することがある」という話がヒントになったそうです。そのお話から、「挿絵」というものに興味を持ち、歴史を遡ってスポットをあててみようと思たわれたとのことです。

 

■今回の展示に関する解説(HPより)

私たちは普段さまざまな方法で情報のやり取りをしています。しかし、手段はいろいろでも、その中心となっているのは主に文字と画像(絵)であることに変わりはありません。殊に文字と絵が互いに支え合った時、一層その伝達力は強められます。「挿絵本」はまさに文字と絵が同じ所で支え合って成り立っているものです。それは、その時代の人々の、情報に対する多様な要望が反映されたものといえるでしょう。では、私たちは今までどのような挿絵を眺め、味わいながら物事への理解を深めてきたのでしょうか。
本展では、主に日本の江戸時代(17~19世紀半ば)と、中国の明・清時代(14世紀後半~20世紀初め)の本の中から、解説書、記録類、物語など多彩な挿絵本を選び、その時代背景と共にご紹介します。絵と文字の紡ぎだすバラエティ豊かな世界をお楽しみください

(出典:静嘉堂文庫美術館 | 開催中の展覧会・講演会 より

 

挿絵をいかに眺め、味わい、理解を深めればよいのか・・・・ということについて、登壇者からいくつかの視点が示されました。

 

■「挿絵本」の見方・・・・「絵巻」との対比で

永青文庫副館長で、アートライター、エディター 橋本麻里さんより「今、サントリー美術館『絵巻マニア列伝』が行われていますが、絵巻も一つの挿絵と考えられます。しかし同じ挿絵でも、その目的や描かれ方、形態、読者などが違うため、似て非なるものなので、「挿絵本」の挿絵と、「絵巻」の挿絵を対比してみてはどうか」という提案をいただきました。

静嘉堂文庫 館長の河野元昭先生からは、絵巻は個人で楽しむものであり、一点物であること。それらは権力の誇示でもあり、一部にしか流通していませんでした。一方「挿絵本」が版木などで作られることによって量産(?)され、見る人が広がります。物流という社会の側面からも捉えられるという視点も提示されました。需要の増加は、社会の安定、経済の活性化があげられます。

 

 

■「日本」と「中国」との対比

今回展示されているのは、静嘉堂文庫が所有するものが中心となるので、日本と中国の挿絵本が対象となり次の時代のものです。

 ・日本:江戸時代 (17~19世紀半ば)
 ・中国:明・清時代(14世紀後半~20世紀初め)

上記の中から、解説書(「神仏」「辞書・参考書」「解説」)、記録類・物語などが選ばれています。

 

 

ポイント 

 日本と中国の「挿絵」に対するとらえ方がもともと違う!

 そこには歴史背景も影響している。    

 

日本には、古くから絵巻物があり、文字と絵という組み合わせは一般的でした。ところが、中国は漢字、文字中心の文化で、文字に権力がありました。そこに絵を入れることなんてもってほか。絵を入れることに対して、非常に抵抗感を持っていたそうです。絵を入れるなんてことは邪道? さすが漢字発祥の国です。漢字へのこだわりは並々ならぬものを感じます。それを紡いできたプライドでしょうか? そんなわけで物語に絵を入れるというのは、新しいことなのだそうです。

 

中国で絵が差し込まれるようになったのは、明の時代(14~17世紀)から。それは、時代の変革によってその流れが生まれました。隋時代(6世紀末~7世紀始め)官吏登用試験である「科挙」において、変革がありました。それまでは、貴族がこの役職を独占していたのですが、家柄や身分に関係なく誰でも受験できる公平な試験を実施。才能ある個人を官吏に登用する制度に変わりました。(参考:wikipedhia)

 

科挙について

 

つまり、これまで貴族にとって、あたり前だった礼儀や装束なども、庶民にとってはチンプンカプンです。科挙の参考書ではあらゆることが細かく書かれていますが、礼儀や儀式などに使う道具の知識が必要となります。貴族階級は、日常で触れているものですが、庶民にとっては、それがどんなものなのかすらわかりません。これまで天空人のような世界の習慣を身につけていくためには、文字だけでは無理があったのです。時代の要請に従い、教科書となる本に「挿絵」が盛り込まれるようになったのでした。

 

▼《纂図互註礼記

 ↑ 国家の根幹となる秩序を維持する儒教の礼に対する理論と実際、心得のようなものが描かれた本。

 

 ・纂図 ⇒ 必要な図を本文に入れること
 ・互註 ⇒ 本文に似通った意味の語を集めて注をつけること

 

お辞儀の角度といったようなことも、書かれていたのでしょうか? 現代版、マナー教本のようなものと思えばいいのかな?

この本の編纂にも、現代のインターネットにおける表記の基本の原型が、見受けられます。内容に即した写真を探して貼り付け、似たような情報を集めて注を付けるというのは、参考情報を列記するのと同じです。まさに纂図」と「互註」の作業をしていることになります。

 

 

■挿絵から時代性を読み取る

「文字と絵を描き、多くの人が見る」というその背景には、木版によって流通量を増やす必要があります。それによって「掘る人」「摺る人」という仕事が創出されたという社会の変革があると言います。

 

前出の科挙受験資格の間口が広くなったことで、文字に絵を入れることは、次第に受け入れられてきました。さらに時代を経ると、本に挿絵が入っていることは当たり前という時代に変化していきます。

 ・「文字だけで育った時代」
 ・「絵が挿入され始めた時代」
 ・「挿絵は当たり前の時代」

と時代は緩やかに変遷していきますが、過渡期を過ぎると「挿絵本」が当たり前の新しい世の中が到来します。

 

ナビゲーターのTakさんより、今の受験参考書は昔と違って、絵ばかりでキャラクターまで出てくるそうでそれと同じでは? と言われていました。

 

同じようなことをイメージしていました。昨今ではタブレット学習教材がいろいろ出ています。タブレットで本当に学べるのか。「読み・書き・そろばん」の時代ではありませんが、私たちの世代は、文字を書かずに、知識が身につくのか・・・と思ってしまいます。

現実問題としては、「書く」ということに伴う思考は、組み立てを経ることなく、いきなり次々に打って、あとで入れ替えをしながらまとめるというプロセスに変化しました。タブレットの学習も、脳がそのように順応していくのかもしれません。

 

「生まれた時から、スマホやキーボードのある生活」と「生まれた時から『挿絵本』がある生活」そこにおきる世代間ギャップと重なりました。

 

私たちの世代は、そんなものでちゃんと頭に入るの? と思ってしまいます。それと同様に、中国の漢字だけの参考書で学んだ人たちは、「今時の若者はあんな絵なんて入ったもので学ぶなんてけしからん・・・」といぶかしがっていたのでは? と想像しながら楽しんでいました。 

 

■「中国と日本」 「文字と絵」の文化の発展

文字だけが長きに渡り珍重された中国に対し、早くから「絵」と「文字」 の共存が見られた日本

日本では、中国において「絵と文字」がコラボされたものを取り入れ、独自の文化を広げていきました。

 

▼琵琶記

明時代になると、ここまで絵が一面に広がりました。

絵の彫の線が非常に細かくなり、1cmに5~6本の線が見られる木版画に。彫版の技術の高さが見られます。

   

しかし、この技術が日本に入ってくると・・・・

錦絵や浮世絵として花開きます。版の彫のこまかさは、さらに女性の髪の毛の表現として受け継がれいきました。

 

 

▼新版錦絵当世美人合

↑ 主従の変化 日本では、錦絵として絵が独立して主体となります。

 

◆錦絵とは・・・・

人物を中心に、美人画、役者絵、風俗画、名所絵など「錦のように美しい」多色刷り木版画です。

 

 

「絵」と「文字」との関係で見ると、絵の上部に小さな絵のようなものが描かれた「コマ絵」の部分に文字が描かれたものも登場。上記の錦絵のコマ絵の部分には、セリフが書かれていて、見る人は、そのセリフを口にしながら物語の世界に入り込んで見るという趣向の作品です。コマ絵は作品を理解する上で、重要な部分であり、「絵」と「文字」の関係でいうと絵が主体に大きくなったものと考えられます。

 

 

中国の「文主絵従」が「絵主文従」に変化し、その表現技術は、日本に入ってくると、浮世絵として発展していきました。中国をなぞりながらも、日本では日本の物語の挿絵のスタイルを確立していったことが伺えます。

 

 

■私が感じた見どころ

〇「文字と絵」をいかに伝えるかは、永遠のテーマ

時代が変わっても「文字」と「絵」という情報をいかに伝えていくか。という共通のテーマは、永遠に続いていくものと思われます。生まれた時にすでに存在している技術や道具。それによって「文字」と「絵」の捉え方は世代間格差が生じます。

しかし、いつの時代も、すでに与えられている技術を駆使しながら、また新たなものに発展させていく。「絵」と「文字」の関係は、緩やかにしなやかに形を変えて、新しい世界を見せてくれる無限の可能性を持っているのだと思いました。

 

館長のお話に「司書の成澤さんはとても面白くて示唆に富み興味深い企画してくれました。ところが『挿絵本』というテーマだと、以前の刀剣の展示と違って、なかなか見る人の関心をつかみにくいのが悩みだと・・・・ ということで、ブロガーの皆さんのご協力を仰ぎたい・・・・」と(笑)

 

もしかしたら、この展示を通して、いかに伝えるか。「文字」と「絵(写真)」を用いた、現代版の「電子本」=ブログに、どのような情報提供するかを考えてみて下さい。という課題を与えられたのかもしれません(笑)  

 

しかし、ブログに限らず、現代社会において「文字」と「絵」を使って何かを伝えていくとうことは、だれもが、いろいろな形で、抱えている問題であり永遠のテーマです。「文字と絵で何かを伝える」とはどういうことか・・・ということに着目した展示は、文字や絵を主に扱うメディアや編集などに携わる以外の人でも、何等かの示唆を与えてくれるものがあると思います。PTAのチラシをどう作るか。研修レポートをどう作成して見せるか・・・ そんなヒントがあるかもしれません。

  

〇個々の興味と「挿絵本」は響きあえる

「挿絵本の楽しみ~響き合う文字と絵の世界~の展示を通して、絵と文字の関係について中国の源流まで遡ります。それからいかに伝わり、変化し、発展を遂げたかを知ることができます。そしてさらなる広がり持ってあらゆるジャンルに拡散し浸透しました。その時代、時代に応じた見せ方も創出されアレンジされてきました。

そうして生み出されたものは、それぞれがどこかでつながっていることを感じさせます。またその広がりは、きっと個々人が持っている「興味」ともつながりあい、響き合えるものだと思いました。

 

自分が持っている興味と今回の展示との響き合いを発見する。そんな視点で見てみるのも面白いと思いました。

妙法蓮華経返送図》は仏像ブーム
纂図互註礼記》は礼儀やマナー
《訓蒙図彙》地理 人体 衣服 鳥獣 草花
《機巧図彙》からくり時計 ダ・ヴィンチも真っ青?
本草図譜》江戸の園芸 ガーデニング
《環海異聞》旅行記 北方領土  

 

 

〇現在版の挿絵

今回の企画の構成を聞いて思い浮かべたのは、「挿絵本」が中心に据えられたマインドマップでした。

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出典:本からの発想 | マインドマップの書き方・事例集 |

           初心者のためのマインドマップ

 

展示の企画は、5つのジャンルで分けられました。

1.「神仏」をめぐる挿絵
2.「辞書・参考書」をめぐる挿絵
3.「解説」する挿絵
4.「記録」する挿絵
5.「物語る」挿絵

 

上記のマインドマップの「本」の部分を、美術展の企画テーマ「挿絵本」におき変えます。そして、今回の企画のテーマの分類をキーワードとして放射状に配置。そこから派生したもの、関連するものをつなげていくと、それらは縦横無尽にひろがります。一部は繋がり合ったりもします。マインドマップの専用ソフトもあるらしいですが、自分の持っているツール(エクセル)を使って、マインドマップもどきにこの企画を落とし込んで挿絵にしてみました(笑)

 

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ベース 

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確かに「挿絵本」がテーマの美術展は、どうしても行きたい! という動機付けが弱く、興味を持ちにくいかもしれません。

正直なところを言ってしまえば、この内覧会がなかったら、行ってなかったかも・・・(笑) しかし、「挿絵本の楽しみ」から様々な世界に広がっていることをトークショーや展示から感じられました。その広がりは、きっと見る人の興味と必ずどこかでつながり合っている、響き合うだろうと考えられます。

 

特権階級にしか認められていなかった「科挙」という制度が、一般にも開放されることによって、そのテキスト本の表現が飛躍的に進化しました。インターネットもかつては軍事目的で開発されたとされています。(本当のところは違うという話もありますが)

一部の特権階級で利用されていた技術が、広く民間に伝わることによってさらなる発展をすることと共通しているように思います。歴史はいつの時代も繰り返されているのを感じます。過去の時代が表現されている作品、しかし今の時代にも投影できてしまう共通性があります。最近、美術鑑賞を通して、そんなことを感じさせられるようになってきました。

 

 

■あとがき   思わぬつながり

最初にご挨拶をされた静嘉堂文庫の代表の方から、館長と司書の方を次のように紹介されました。「静嘉堂文庫の名ににつかわしくない饒舌な館長 河野元昭さん」そして「静嘉堂にふさわしい静かな司書成澤麻子さん」と笑いを誘っていました。 

 

司書の方は、エネルギーを秘めながらも、淡々と冷静に、静嘉堂文庫の雰囲気にあった静かな口調で丁寧な解説をしていただきました。館長さんのお話は、ご紹介のとおり饒舌で気さくです。次々に言葉があふれだし、エネルギッシュなお話は聞く人を飽きさせません。そんな饒舌な館長さんは、饒舌館長というブログを立ち上げられていると聞いてびっくりしてしまいました。

 

そのブログ、たまたま目にしていて、充実した内容だったことから、忘れないようにと控えていたのでした。⇒■(2017/04/06)  /  [04/04] サントリー美術館:絵巻マニア列伝 
この時は、静嘉堂のディレクターってどんな方なんだろうと思いながら・・・ まさかディレクターが館長のことで、河野先生のブログとは思いもしませんでした。これを機会に、先生のブログ、リンクさせていただきました。

そしてここでも、橋本真理さんが、今回の展示と「絵巻マニア列伝」と対比させてはという話があり、妙なつながりが他にもいっぱい感じさせられた内覧会でした。 

 

ぜひ、でかけて、個々の興味とつなげてみてはいかがでしょうか?

 

饒舌館長のトークも必見です。

2017年4月29日(土・祝)
題目:渡辺崋山と「芸妓図」-その魅力を読み解く-
講師:河野元昭静嘉堂文庫美術館長)
★午後1時30分より開始

 詳細 ⇒ 静嘉堂文庫美術館 | 開催中の展覧会・講演会

 

以上、写真は 美術館より特別に撮影許可を頂き撮影したものです。

 

こんなことに興味があるとこの企画は面白く鑑賞できるのでは? あるいは、自分の興味やこれまで見た展覧会とのつながり。という点で、また次に紹介したいと思います

 

(続)⇒ ■「挿絵本の楽しみ」の楽しみ方(静嘉堂文庫美術館)

 

■内覧会関連

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