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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■「挿絵本の楽しみ」の楽しみ方(静嘉堂文庫美術館)

「挿絵本」と言われてもピンとこない方は、これまでに「こんな美術展を見たり」「こんなことに興味を持たりしていないでしょうか?」それならきっと楽しめます! というポイントを紹介します。「挿絵」から広がる深淵な世界、体験してみてはいかがですか? 

下記の続きです。
 ⇒■静嘉堂文庫美術館:「挿絵本の楽しみ~響き合う文字と絵の世界~」
                     (ブロガー内覧会レポ) 

 

 

 ■ミュシャ展に行った人なら・・・

連日、「入場待ち」や「券売待ち」の混雑が報じられているようです。今回の目玉はスラヴ叙事詩ですが、ミュシャがまだ無名時代は「挿絵」を描いていました。

 

その仕事の中に、シャルル・セニョボの『ドイツ史』33点の挿絵を描いています。ミュシャの故郷、チェコを弾圧した「ドイツ」から頼まれた仕事。最初は乗り気ではありませんでした。しかし「ドイツ史の光景と挿話」といテーマは、いずれはスラヴ民族の独立について描きたいという思いを持っていたミュシャにとって、きっと何かに役立つと思って引き受けました。その結果、挿絵作家として花開き、スラヴ叙事詩を彷彿とさせる絵が描かれています。(⇒ ■本意でない「ドイツ史の光景と挿話」に挿絵

 

今回の静嘉堂文庫美術館で扱っている挿絵は、日本と中国のものです。西洋は取り上げられていません。西洋の挿絵に関する参考書などはあるそうですが、日本、中国の参考書はないあまりないらしく、企画をする上でそのご苦労があったようです。

 

今回、取り上げられなかった「西洋の挿絵」との比較をミュシャが描いた挿絵」を通して紐解いてみてもいいのではないでしょうか?

 

 

■浮世絵に興味があれば・・・

錦絵は一部の裕福な俳諧人の間で交換され、金に糸目をつけないやりとりが行われました。これが浮世絵師の技術の向上をもたらしました。中国でも、絵入り本の需要にともない、彫師、摺師という仕事が確立されたのと同様のことが、日本でもおきています。

 

〇錦絵から庶民文化へ その時代背景

錦絵の登場後、江戸の世は安定し、寺小屋が普及したことによって、庶民文化が台頭します。それは、庶民が安心して本が読めるという安定した世の中だったという時代背景によるものです。さらには、伊勢参りなどの旅行ブームもたらし、《東海道五十三次》や《富嶽三十六景》などが刊行されます。庶民文化として浮世絵が広まっていきました。(参考:江戸文学の世界 ―江戸戯作と庶民文化―國學院大學学びへの誘い)(wiki pedhiaより補足)

 

浮世絵展もいろいろなところで行われています。私が過去に見た浮世絵展は、山種美術館のブロガー内覧会です。ここでお伺ったお話も、この展示につながっています。

 

(参考:浮世絵 六大絵師の競演:④ブロガー内覧会 浮世絵とは? 浮世絵の源流岩佐又兵衛との関係)  

 

〇錦絵の発展の裏に中国の挿絵本あり 

また、錦絵について調べていたら、次のような解説がありました。

参考:[美術の大衆化]より 世界大百科事典内の錦絵の言及

 同じころ江戸では,師宣にはじまる浮世絵が,墨摺りの手法を《芥子園画伝》の挿図に見るような中国の色刷り手法をヒントに彩色版画の方向へと発展させる。それは手彩色による丹絵(たんえ)から漆絵を経て紅摺(べにずり)絵へと進み,明和年間(1764‐72)鈴木春信によって錦絵が考案された。

 

ここに書かれている、《芥子園画伝》が、今回の「挿絵本の楽しみ」の中で展示されていたのです。現代の百科辞典の解説の中に登場する「挿絵本」が、今回、原著として見ることができるというのは、貴重な体験です!

 

▼《茄子図園画伝》

 

↑ 山水画の画法を解説した手引書 (清時代)

 

《茄子図園画伝》は、日本へは元禄時代(1688~1703)頃輸入され、江戸期の画壇に大きな影響を与えました。↓ 

 解説にも、そのことがちゃんと書かれています。

   

 

 

 

■歴史に興味があれば

世界が大航海時代を迎えたのは14世紀~17世紀。ヨーロッパ人による地理上の発見が続きました。日本では、18世紀、19世紀に、国内の長距離移動に船が使われていましたが、遭難し海外に漂着ということが起こっていました。 その事件を、記録に残すためには、なじみのないロシア人やメキシコ人の挿絵は必要不可欠でした。

 

〇漂流記・・・江戸時代に遭難してたどり着いた国は?

▼《環海異聞》江戸時代後期(19世紀)

   

 

ロシアに漂流。帰国時、ロシア使節が同行し通称を求めました。幕府はこれを拒絶。帰り際に北方領土を攻撃するという事態になります。それによって、北の警備、蝦夷地経営の重要さに気づくという歴史の一コマを担う事件となりました。

 

〇漂流が開国へのきっかけに

▼漂流記

海に囲まれた日本の遠距離輸送は船。そのため海難事故も多く漂流して他国に。海外の接触が限定的だったこの時代、海外の生の文化に触れることは、貴重で幕府も厳重に調査し記録に残しました。 

漂流した先から戻る際に、その国の使節も同行し、通商を迫られるといったことが、のちの開国への布石となったといいます。

 

この本が丁度編纂されているころ、伊能忠敬は、日本地図を作製するべく、測量の旅に出ていました。1800年、まず最初に訪れたのが蝦夷です。歴史的な事実と、挿絵の紀行文が、つながっていることがわかります。

 

そして大きな歴史的な変革小さな芽が、挿絵の中の出来事に潜んでいるというのは面白いと思いました。

 

 

■旅行や紀行文に興味があれば・・・ 

記録には様々な記録がありますが、未知のもの、非日常の記録として旅が取りあげられています。当時の旅には、幾多の困難や危険がありました。非日常の記録は、なじみのないことが多く出てくるため、挿絵は必須でした。その記録は、150年後の私たちが理解する上でも、大きな役割を果たしてくれます。

 

〇安定した平和な時代の到来は、旅行ブームがおこります

 ▼旅の記録を中心に

 

  

 

▼《あたみ紀行》    ▼《筑紫紀行》

 

↑ 当時の温泉町の様子  ↑  裕福な商家のご隠居の旅

 

この時代は、様々な紀行文が残されており、そこに挿絵が描かれています。

 

 

蝦夷、サハリンを探索した間宮林蔵の話

 ▼《東鞭紀行》 

間宮林蔵 樺太が島であることを確認  
さらに現アムール川下流清の交易状況視察
伊能忠敬測量術学び北方の探査と測量

 

伊能忠敬蝦夷測量をしましたが、まかなえていない部分を間宮林蔵が補い、2人の仕事が一緒になって日本地図ができたと言われています。

 

そして、この地図を持ち出そうとしたシーボルト1829年)は、日本全図が完成した2年後に長崎にやってきていました(1823年) この持ちだし事件の密告者が、間宮林蔵という説があります。また隠密に転身したなど、真偽については定かではありませんが、このあたりの話は、歴史に疎くても耳にする話題です。伊能忠敬間宮林蔵、シ―ボルトという、歴史上の人物が、この挿絵本を通して、つながっていきます。間宮林蔵が描いた原本は貴重な一次資料でもあり興味深いです。

 

 

ガーデニングから本草学、博物学に興味があれば

草花への興味、江戸の園芸、本草学、リンネの分類、ボタニカルアート博物学、シ―ボルト、若冲秋田蘭画、小田野直武、南方熊楠などに興味があれば・・・

 

また、上記の関連の展示は、これまでもいろいろ開催されてきています。またボタニカルアートの展示なども現在、行われています。

 

 

  

こんな企画を見ていたら、関連性があります 

生誕300年記念 若冲展|東京都美術館  

ルドゥーテの「バラ図譜」展

世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画 サントリー美術館

よみがえれ!シーボルトの日本博物館

企画展「日本の自然を世界に開いたシーボルト」

偉人?巨人?超人? 南方熊楠はどのように語られてきたか | 青山ブックセンター


 

本草図譜》やその周辺の博物学など個人的にも興味のある世界です。秋田欄画、平賀源内、解体新書などににも広がり、興味が尽きません。次の記事に改めることにします・・・

   ⇒■「挿絵本の楽しみ」《本草図譜》から広がる博物学の世界

 

 

【追記】2017.05.03

〇参考:本草学図譜を見たあとに、ルドゥーテ展に行ってきました

  ⇒■そごう美術館:ルドゥーテの「バラ図譜」展 

 

 

東博茶の湯展」に行った人 《曜変天目茶碗》に興味がある人は・・・

 

静嘉堂文庫美術館といえば、やはり曜変天目茶碗》 現在、東京国立博物館で展示されています。

内覧会の前日、東博の見学をしていました。正直な感想は「あれ・・・・?」でした。

静嘉堂文庫美術館で展示されたらどんな感じになるんだろう・・・・と思ったのでタイムリーでした。帰りがけ司書の方に、東博で昨日、見てきたのですが、かくかくしかじかでした(⇒■(2017/04/16)  /  [04/15] 東京国立博物館:特別展『茶の湯』)とお話をしたところ、「それは・・・・」といろいろお話を伺うことができました。

 

ぜひ次回の展示を御覧下さいとのこと。

6月の展示を見る前に、いろいろヒントがありました。

 

 

 以上、挿絵本を軸に様々な世界に広がっているのを感じさせられます。「作品リスト」や「解説」、内覧会のお話を元に、展示されている「中国と日本の挿絵本」を、年代順に並べなおしました。そこから当時の時代背景や、「中国の挿絵本」がどれくらいの時間を経て日本に入り、その後どのように国内で発展したかを、一覧にしました。

 

 

 

■「挿絵本」を「中国と日本」を「年代別」まとめ「時代背景」や「中国からの影響」を一覧に

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■「挿絵本」から広がる楽しみ こんなキーワードに興味があれば楽しめます

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黄色の部分のキーワードに興味があれば、何かつながりがみつけられるはず・・・

 

  

「挿絵本の楽しみ」本草学編に続く・・・

   ⇒ ■「挿絵本の楽しみ」本草学図譜から広がる博物学の世界

 

 

■内覧会関連

 

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