明治150年 産業の近代化の裏で大きく影響を及ぼしたのが万博への参加。そしてそのの準備として行われた国内の博覧会です。万博参加後に、内国勧業博覧会が行われ、日本の産業基盤を作りました。国立科学博物館の地球館2階で展示されています。写真で追いながら、この時代の教育も追ってみます。
明治150年に関する展示では、内国勧業博覧会が様々な形でかかわっています。
〇明治150年記念 日本を変えた千の技術博(国立科学博館)
〇産業の世紀の幕開け ウィーン万国博覧会(たばこと塩の博物館)
〇モダン美人誕生-岡田三郎助と近代のよそおい (ポーラ美術館)
国立科学博物館の「内国勧業博覧会」や「明治の教育」、そして「日本を変えた千の技術博」で展示されている教育と合わせて紹介します。
- ■科博「科学と技術の歩み」の中の内国勧業博覧会展示
- ■明治の博覧会
- ■写真で見る湯島聖堂博覧会と内国勧業博覧会
- ■工部大学校の設立
- ■明治の教育は科学を中心に
- ■「日本を変えた千の技術博」より 教育関連展示
- ■参考
■科博「科学と技術の歩み」の中の内国勧業博覧会展示
科博の常設展、地球館の2階には、2つの展示あります。
内国勧業博覧会に関する展示は、奥のエリア「科学と技術の歩み」にあります
入口から一番奥の10のコーナー「近代科学の普及」に関連展示があります。
内国勧業博覧会と関連して、明治期に入って産業技術の発展に寄与したのが、明治の教育改革。後半に、工部大学校の設立についても紹介。
■明治の博覧会
明治の近代化の礎作りに大きな役割を果たしたのが、海外や国内で行われた博覧会でした。
*科博にて撮影(2018.12.18)
ウィーン万博の前哨戦ともいえる湯島聖堂の博覧会が行われた明治5年。
その年に、明治政府は教育制度を整えました。ここで理科教育、工業教育に力を入れ、機器など整備していったことも、技術の発展に寄与しています。
*科博にて撮影(2018.12.18)
■写真で見る湯島聖堂博覧会と内国勧業博覧会
科博の展示を中心に、引用できる写真で「湯島聖堂博覧会」と「内国勧業博覧会」を追ってみました。
〇1872年(明治05):湯島聖堂博覧会
*科博にて撮影(2018.12.18)
全国各地から、あらゆるものが集まり、機械工業系、博物学系のボーダレス状態。産業分野は内国勧業博覧会に、博物系は東京国立博物館へと別れました。
【参考】科博「明治150年千の技術博」の入口で上映されている映像の下のパネルが湯島聖堂の万博でした。
*「明治150年千の技術展」にて撮影(18.10.29) 映像撮影許可
〇1877年(明治10):第1回内国勧業博覧会
*上野公園にて撮影(17.09.12)
*上野公園にて撮影(17.09.22)
*科博で撮影 (18.12.18)
〇1881年(明治14):第2回内国勧業博覧会
*科博で撮影 (17.07.30)
上野公園地 第二内国勧業博覧会一覧図
引用: 目でみる百年の歩み | 上野の歴史を知る | 上野観光連盟
引用: 目でみる百年の歩み | 上野の歴史を知る | 上野観光連盟
参考:上空から見た会場全体図(標準画像) | 博覧会―近代技術の展示場
〇1890年(明治23):第3回内閣勧業博覧会
*科博で撮影 (18.12.18)
*科博で撮影 (17.07.30)
引用: 目でみる百年の歩み | 上野の歴史を知る | 上野観光連盟
参考:延重 第三回内国勧業博覧会之図 | 浮世絵 | 原書房 神田神保町
〇1895年(明治28):第4回内国産業博覧会
引用:京都市上京区役所:「第4回内国勧業博覧会」の図(拡大図)
参考:第四回内国勧業博覧会写真 - 国立国会図書館デジタルコレクション
〇1903年(明治36):第5回内国勧業博覧会
*科博で撮影 (17.07.30)
*科博で撮影 (18.12.18) (上)ステレオ写真 (下)受賞メダル
引用:大阪は万博の街☆第五回内国勧業博覧会から2025年の国際博覧会の誘致まで | 「新世界」の情報ブログ
■工部大学校の設立
世界に通用する人材育成のために設立。工学教育をスタートするにあたり、9人のイギリス人教師を招く。のちの東京大学工学部となります。
*科博で撮影 (17.07.30)
設立者と招いたイギリス人教師
*科博で撮影 (17.07.30)
参考:工部省の創立にかかわり工学寮工学校を設立した山尾庸三
⇒タウ on Twitter: "ホントに日本工業の父・山尾庸三の「仮令為スノ工業無クモ 人ヲ作レバ其人工業ヲ見出スベシ」って言葉通りなんだよねえ。
私もスルーしてた・・・・
お雇い外国人教師と在日期間
*科博で撮影 (17.07.30)
■明治の教育は科学を中心に
*科博にて撮影(18.12.18)
*科博にて撮影(18.12.18)
■「日本を変えた千の技術博」より 教育関連展示
明治の改革は、殖産興業を発展させるという号令もあり、そのベースとなる教育の改革もおこなれていました。明治の教育は産業の発展となる基礎知識を身に着けさせるという意味もあり、科学教育に力を入れていました。
*「明治150年 千の技術博」にて 撮影可(18.10.29 )
「窮理」に興味を持たせるような様々な工夫が・・・・
窮理をすすめた学問のすすめ 科学博物館の誕生
科学者の誕生 学者はお雇い外国人に学ぶ必要がありました
明治5年には学制が引かれ、小学校では科学を学ぶことが義務付けられます
科学の基礎原理や知識を、小学校から・・・・
ハサミの仕組みや、テコの原理、天秤のバランスなど、物理の基礎を図解で教える
教育錦絵『単純器械』 出版年不詳、国立科学博物館所蔵
元素化合量一覧で化学の知識も・・・・
小学生に生物、博物学の基礎
私たちの学びの基礎は、ほとんどがこの明治時代にもたらされたもので、世界へ羽ばたく産業の下支えをしていたことが見てとれます。
万博が何をもたらしてきたのか… その問いは、150年後の私たちにまた、投げかけてきています。
■参考
〇我が国 博覧会の歴史と変遷 環境文化研究所 百埼誠
【内国勧業博覧会関連】
〇■大津絵からの繋がりや広がり - コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記より
〇■万国博覧会 と 内国勧業博覧会 - コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記