静嘉堂文庫美術館で行われている 「かおりを飾る~ 珠玉の香合・香炉展」の関連イベントとして畑正高氏による「香りの文化史」の講演会が行われたので参加しました。気にかかったキーワドをランダムに記録しておきます。
■大盛況の講演会
2017年8月5日(土)午後1時30分~
題目:「香りの文化史」
講師:畑 正高 氏((株)松栄堂 代表取締役社長)
会期もあと1週間に迫ろうとしている土曜日の開催でした。香りに興味を持っている受講者はどれくらいいるのかしら? そんなことを思いながら、12時30分ごろに到着すると、整理券はすでに配り始められていました。92番というぎりぎりの順番。定員120名だったので、タッチの差で受講できない可能性もありました。(家を出たあと、今回の展示に関する資料を持って来るのを忘れ、取りにもどろうかと考えたのですが、万が一その行動で講演会に間に合わなかったらと辞めていました。あの時、もどらなくてよかった・・・と)
会場は満員御礼状態。座席の椅子は会場に目いっぱい、後部ぎりぎりまで並べつくされ、ひしめいていました。香りというテーマがこんなにも人々の関心をひくテーマであることにびっくり。
というのも、個人的には香に対してはそれほど興味があるわけではなかったのです。香道の作法や成り立ちなどは興味があるのですが、香そのものに対しては、「無臭」を好むため、当初は受講する予定ではありませんでした。
参加してみようと思ったのは、下記で畑氏が書かれた『香三才』というご著書が紹介されていたことがきっかけになりました。
著者について下記のように紹介されていました。
著者はお香の老舗である松榮堂の代表取締役社長である畑正高氏です。こちらは、彼の日本の歴史や文化を交えたお香についての興味深い講演を拝聴したことをきっかけに購入いたしました。親切な解説や丁寧な考察・検証は多くのことを学ばせていただきました。
そして、ご著書からまとめられたであろう香に関するお話が、私のツボを刺激していました。
香木に関する解説・・・・
東南アジアに生息するジンチョウゲ科植物などの樹皮が菌に感染したり傷が付くと、それを治すために植物自身が樹液を出します。この樹液が固まって樹脂となり、長い時間をかけ胞子やバクテリアの働きによって樹脂の成分が変質し、特有の芳香を放つようになったものを香木と言います。昔も今も、日本では産出されない貴重なもの
香木について「科」に言及され学術的な解説がされています。また香木の香の発生機序についても説明がされているとうのは、めずらしいと思いました。香りの世界に携わる方で、このような香りの仕組みにまで言及して語られることはあまりないように感じていました。
そして香木の漂着について・・・
この朝廷に献上された流木を聖徳太子(=厩戸皇子)がすぐさま「これこそ沈水香というものなり」と鑑定されたというお話も残っております。
これを見た瞬間、「聖徳太子はどうして『沈水香』と判断できたのか・・・」という疑問を抱きました。このあたりのことというのは、うやむやにされがちだと思うのです。ところがそれに対しても、きちんと答えられていたこと。きっと一つ一つのことについて、丁寧に裏付けや解説を積み重ねて下さる方なのだと思われました。
新たな世界に触れた時、このような様々な疑問が次々に発生してきます。それに対してなかなか求めるような答えが得られないケースが多いというのが常です。しかし最初に抱いた疑問に、即答するかたちで答えが用意されていました。きっとこのあとに沸き起こる疑問も、理由の解説があり、疑問があれば、それにお答えいただけそうだと思ったのでした。
KIKUさんが書かれていた、「親切な解説や丁寧な考察・検証は多くのことを学ばせていただきました」という「丁寧な考察・検証」という部分に強く惹かれました。きっと、疑問に感じることについては、様々な角度から考察され検証されていらっしゃるのだろうと。アマゾンの書評にも、下記のような言葉が寄せられています。
著者は香人として高いステージにあるばかりでなく、茶人として、また、海外事情通として知る人ぞ知る存在である。そして、本書は、文学的にも歴史学的にも、正確で公正な視点を持っているので、信頼し安心して読める
幅広い視野から「香」をとらえて言及されていらっしゃることが伺えます。香りというと一見、つかみどころのなさそうな世界ですが、理詰めで捉える視点もお持ちの方。そんな期待が高まり、講座に参加したいという気持ちが膨らんだのでした。
■講座の内容
講座の内容について、まとめて記録したいのは山々なのですが、何分、知識が追いついてゆけない部分も多く、メモを見てもワードが並んでいるだけで、どのような内容であったのか、わからなくなってしまっている状態です。とりとめないメモとなってしまいますが、心のにとどめておきたいことを、記録しておこうと思います。言葉の羅列になっておりますがあしからず。
最初のご挨拶のお話からノックアウトでした。
みなさんは日本画などの絵や陶器、文学、あるいは食など様々な興味の対象があるはず。それらの日本文化史は「香」の世界に置き換えることができます。すべては同じ文化史の中に伝わっている。というお話から始まりました。
この言及は、畑正高氏と「香」のかかわりは、あらゆるジャンルの知見を網羅的にとらえた上での「香」の世界であることを、示唆していると思われました。発っせられたひと言の中にその裏に存在しているであろう背景の深さを感じさせられました。
■香りについて、全方向から
あらゆる方向から香りについての紹介がありました。
〇「日常茶飯事」と「日常茶《香》飯事」
「日常茶飯事」という表現は、なぜ「日常茶香飯事」ではないのか‥‥
香りは、「米」や「茶」と同様、南方より渡来しました。「米」や「茶」と同様に「香」も入れて日常のものとして「日常茶香判事」であってもいいのでは? しかし「香」は切り離されて非日常として扱われています。それは、香が日本で収穫できないため、日常にはなりえない貴重なものであることが読み取れます。
〇香とは黍(きび)+甘
黍を収穫したあとに焚くと甘い香りがするという農村文化。生産し収穫するという日常の中に存在している香の文化
〇源氏物語の光源氏の匂い
鼻に心地よい香りだけが匂い、香りを示しているわけではない。光源氏の紅潮した顔、それも匂いたつ香。
〇匂いというのは絵にすると煙で描かれる
浦島伝説の煙。あれは煙なのではなく、懐かしい香りだったのではないか。香りを絵で描くと煙として表現されている。
〇「林」+「火」で「焚」
「焚く」という字は、は林に火をつけると書く。火の発見は自分の意思で火をコントロールすること。人類が火を発見する前にも、「火」の存在は認識されていた。雷や山火事という自然現象。しかしその「火」はコントロールのできない。火の発見は肉を焼き燻製にすることを可能にした。それは人が「火」をコントロールできるようになったということ。「香」は火の中に何かを入れることによって、人が集まるという現象を引き起こした。火をコントロールできるようになる前の世界は、「闇」に支配されていた。
などなど、縦横無尽に「香」という世界が紹介されました。あまりの範囲の広さにお話しについていけない部分もあり、メモしたキーワードをつなげる知識がないためお話の意図とずれている可能性もあります。このような幅広い視点から「香り」というものをとらえた解説のあと、さらに深淵な世界が広がります。
■注目のキーワード
〇日本文化史の2つの流れ
〇唐に学んだ時代・・・貴族文化 王朝 雅
〇宗・元・明の時代・・・宗の時代は科挙の登場 優れた人材が登用される時代
→鎌倉以降 禅 あわれ わび・さび →安土桃山(融合)
〇唐様 日本文化の根底に流れる教養 香りが傘のように広がる
↓
〇和様
〇平安時代の年表は何色だったか? という問いかけ
この質問の意図は、何色だったかという問題ではなく、平安時代400年間が一色で表されていたということについて考えてみようというもの。
平安時代の400年は文化的に大きな変遷がありました。漢字から仮名文字への変遷。大陸文化から日本文化への熟成。歴史の年表は、時代の変わり目の区切り。時代の区切りだけでなく、文化史に着目した年表も必要。
ちょっと横道にそれますが、
最近、歴史を把握するのに自分なりに理解をするために、年表をつくり直しています。時代区分をするのに、どこで区切るか。そこにはいろいろな視点があることを感じていました。たとえば江戸を前期、中期、後期に分けようとしたら、どう分けるのか。そして文化的な側面から見る時代という視点もあると感じていたので、なるほどと納得させられました。
そして、歴史の時間的なスケール。平安時代は400年という長い時代だったこと。画像検索でこんな物差しをみつけました。
asahi.com:歴史を見る物差し 年表あわせ、時代感覚養う - 頭がよくなる!? - 小中学校 - 教育
日本で一番長い時代を生徒に聞くと、大抵は「江戸」と答えが返ってくる。「正解は平安時代。教科書や本は近代に近づくにつれ出来事が増えるから、江戸時代がすごく長いイメージができてしまった」と武田さん。時代を大づかみに理解するのに物差しが役立つという。
平安時代の400年は何色だったか・・・という問いに、平安時代ってそんなに長かったんだ・・・と思ったものの、江戸時代よりも長いという認識には至りませんでした。
出来事が増えると、時代の感覚が狂ってしまうというのは確かにあります。上記のようなスケールを常に傍らに置いていると、時代の間隔が自然に身につけられるように思います。(大きな出来事がなかった縄文時代は1万年。これをこの時間スケールのものさしにあてはめたら1.5m。とんでもない長さになります。しかし感覚的には、そこまでの長い時代とは、思っていませんでした。)
平安時代というのは思っているよりも、長い期間だったということから、いろいろ思うところがあって脱線してしまいました。
〇京都とは1000年前と同じ景色を残す
1000年前に歌われた景色が今も存在する稀有な町。千年前の昔が今ここに存在する。
源氏物語 「帚木」(ははきぎ)
「すくよかならぬ山の景気色、木深く世離れてたたみなし」.
この歌と同じ景色が今も存在している。
鴨川、北山・・・
〇今、注目されている「応仁の乱」の意味は・・・
応仁の乱によって社会的フリーズがおきた。平安以降の650年の歴史がこの争いによってすべてがリセット。北山文化もリセットされ再出発して東山文化へ継承。応仁の乱の前後は、旧約聖書と新約聖書のような違い。『旧約日本文化』と『新約日本文化』
唐様から和様へと「オペレーティングシステム」が変わったという表現をされていました。お話を伺っていた時は、その意味がよくわからなかったのですが、 MS-DOSからwindowsへと変化したあの大変革の時代と同じような変革が起きたと考えればよいでしょうか? (ガラリと変わってしまったその世界観の変化に戸惑い、しばしパソコンを使えなくなってしまったことを思いだされます)そのように考えると、時代を司っている基本システムというその意味がわかるような気がします。また「アプリケーション」という表現もされていました。「アプリケーション」は、その時代によって生み出された「それぞれの文化」ととらえればよいでしょうか?
これまでの世界を司っていた基本システムの変更は、これまでとは異なる文化や習慣をもたらします。新聞の手書き原稿がワープロに。写植からデジタル印刷に・・・・ 黒船来航のような根本的な変革は、それに対応するための順応性も求められます。そうした中から新たな価値観が生まれてくるのかもしれません。
〇最後に印象的だったお話
香りについて語る方のお話をこれまでにもお聞きする機会がありました。皆さん、香りがいかに素晴らしいものであるかについて言及されます。しかし、香りとは、とても複雑でデリケートなものだと思うのです。素晴らしいと感じる人もいれば、苦手と感じてしまう人もいます。
香りが苦手という立場の人に対してどのように思われていらっしゃるのか・・・ということについて、ともても興味があります。そのあたりのことには全く触れない、言及されない方もいらっしゃいます。香りが苦手な人が存在することは視野に入っていないかのような・・・・
家人のことで言うと「香りなんてあったらイライラするだけ」と言います。アロマでサッカー選手を癒すというアロマセラピストの方をテレビ紹介していたのですが、「そんなもの、振りまかれたら癒されるどこか、イライラするから勘弁して欲しい。無臭が一番!」と言いきります。
ちょっとしたニオイにも敏感で、虫刺さされの薬を塗ったあとに、しばらくして帰ってくると、臭い、臭いと大騒ぎです。まるで犬かと思うほどの嗅覚(笑) 生理的にニオイを受け付けないという体質というのもあると思うのです。そんなところに香なんて焚こうものなら・・・ どんな状況になるかは目に見えています。
香りを理解できないのは、無教養の現われでしょうか? もともと、どうしても生理的に受け付けない体質というものもあると思うのです。
畑先生が次の歌を紹介されました。
よきたき物たきてひとりふしたる・・・・
よきたき物のを焚いて頭痛が消えたり心がときめく そんなことはあり得ないときっぱりとおっしゃいました。よきたき物とは何か・・・ ここちのよくなるたき物ということでしょうか? 個人的にも、ここちの良い香りというものは人によって違うものであり、誰もがよい香りと思える香りというものはないと思っていたので、意を得たりと思いました。
「よきたき物」というの、あの方が使ったかけがえのない香り。あるいは、あの方がわざわざ、私のために届けてくれた香りという王朝文学の世界のことだと。
一般的にだれもがいい香りと思う香りということではないという解説。そのような香りのとらえ方にとても共感ができました。
コスメショップで若い男性が、彼女に送るための香り物を選んでいました。店員さんに相談していたのですが、店員さんは、彼女がどんな香りを好んでいるかを確認をしていました。しかし、彼は今一つわからない様子。そこで店員さんは、一般的に女性はローズ系が好きです。柑橘系も嫌いな方はいないので、このあたりがおすすめ・・・と紹介していました。
その様子を見ながら、どうして、彼女の好きそうな香りをすすめるのだろう・・・ 彼氏の好みの香りを選んで「これ、好きな香りだから使って欲しい」といってプレゼントするようにすすめればいいのに・・・と思って見ていました。
誰もが好きというローズ系、私、嫌いなんですけど・・・って言いたい気分をググッと抑え(笑)、柑橘系の香りだって嫌いな人だっているかもしれないのにといらぬ心配をしてしまったのでした。
「よきたきもの」それはどういう香りなのか・・・・ 人によって違うということ。いかに天然の香りといえども、嫌いなものは嫌い。そういう感覚を持った人が存在することを、香りを扱う方にも理解していただけたらと思うのでした。(笑)
いろいろ参考になるお話に加え、香りが苦手という人たちへの言及の有無というのが、香りのセミナーでは、私にとって重要なポイントなのでした。
■香りに関する参考サイト
■畑正高氏 寄稿文 講演
〇芸術都市の創造-京都とフィレンツェの対話 第一部 (7) | 芸術都市の創造
| ECO-CSRJAPAN 環境CSR推進のための国際情報サイト
〇薫々語録