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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■マティスとルオー展:②「友情あふれる手紙」を別の角度からみる

■西洋美術 ◇学び・発見・気づき

今回の「マティスとルオー展」は、50年分の手紙を手掛かりに、家族ぐるみの二人の友情を明らかにするという企画で、新たな手紙の発見もより深みを加えています。評判も上々で2人の関係に感動の声も寄せてられています。最初はライバルが友情をはぐくむことができるのかと思っていた私も納得しました。しかし・・・・

 

 

 

■画家の友情の真実を探る

私は・・・・・ 画家の友情って、そんな甘いもんじゃないと思いました。表向きつくろって仲良く見せてるけど、内心はライバル心、メラメラだったんじゃないか。そこに着目してみつけてこようと、ちょっと違う目的で訪れました。

 

 

■手紙は書いた人の本心?

手紙というのは、本人が語る第一級の資料です。しかし、その手紙だって本心を書いているのかどうかはわからないものです。書かれた言葉をそのまま信じてしまっても、解釈を間違うことだってあると思うのです。何人かのアーティストを通して感じていたことでした。

 

例えば、自分の死後、そうした日記がいろいろな解釈の資料とされることは、画家も知っているはずです。自分をどう理解してもらうかを操作して書くことだってあると思うのです。⇒〇手紙のやりとりによる考察 

 

1月に箱根のポーラ美術館に行った時に、藤田嗣治について学芸員さんがこんな解説をしていました。パリに渡った当時、フジタはあまりうまくいっていなかったそうです。ところがそれを認めたくない藤田は、日記にはとても大きなことを書いていたようです。彼にはそういうところがあるので、日記をそのまま、鵜呑みにしていない部分がある。と解説されました。

 

やっぱり・・・・(笑)  今度、日記を軸にした「マティスとルオー展」に行くけども、みんな2人の友情に感じ入っている様子でした。私は表には見えない2人の関係を探ってみよう・・・・と思っていたのでした。

 

逆に2人が真の芸術家であれば、単に友情でつながっているだけではないはずと思ったのです。

 

 

■真意、読み取れず・・・

実際に展示を見たら、本当に友情で結ばれていたんだな・・・ ってことがわかりました。ときどき、ちょっとした張り合いのようなものは見られます。でも、どこかお茶目というか、かわいらしい感じで、バチバチの火花のようなものは、感じられないのです。

 

しかし、画家の人生が、そんなきれいごとですむのでしょうか? 鑑賞後、どうも納得ができない思いがぬぐえませんでした(笑)

 

 

■展示は山田五郎さんが語った2人の関係と違う印象

ところで、事前に山田五郎さんから、2人の関係についてレクチャーがありました。その印象と、展示の印象が随分と違うと感じていました。2人のかけあいのようなやりとりも、展示するとなると、こうなってしまうのか・・・・  また、五郎さんの話で面白かった部分が、展示では紹介されていませんでした。

 

そこで、あることに気づきました。

 

 

■伝える人のキャラが投影される

語る人のキャラクターがでるということなのでした。同じエピソードを語るにしても、山田五郎さんが語れば、五郎さん調になります。学芸員さんだと学芸員さん調に。そして展示をする場合には、格調高く(?)

 

同じエピソードも随分、違う印象になるということに気づいたのでした。

 

これらは翻訳本が元になっていると考えられます。となると翻訳者の理解や表現も影響しているはずです。 

 

■展示は編集されたもの

山田五郎さんの話を聞いたあの部分は?・・・・と思いながら手紙を見ても、それがどこにあるのかわかりませんでした。一枚の便箋を解説するプレートは限りがありますから、手紙のどこを取り上げるかという選択の目があるわけです。落とされるものがあれば、拾い上げられるものがあります。そして50年に渡る多くの手紙のやりとりの中から、どの手紙をこの展示で取り上げるか・・・ どういう軸にそって編集していくか・・・・ 

 

美術展というのは、主催者の意図に沿って並べられたものであるということ。それは理解しているつもりでしたが、今、改めてそのことを実感させられました。 

どこかに、お互いの火花があるだろう・・・と思っていたのですが、それを見つけることができませんでした。疑ってしまったけど、この2人は、本当に仲がよかったんだ・・・・と納得しました。

 

しかし、ここに提示されたものがすべてではないのです。膨大な手紙のどこを取り上げてまとめていくか・・・・そこに気づきました。ここに展示されているのは、企画者が打ち出したいテーマのお目にかなった手紙。もしかしたら、2人の熱い火花の応酬が、どこかに隠れているかもしれません・・・(笑)

 

 

■翻訳によっても変わる?

モローが2人の才能を見い出し、今後の方向性について語るシーンがあります。その内容について、いくつかのパターンを次に示しました。

 

〇五郎さんから聞いて私がメモしたもの

マティスには「絵画を純化」することを伝え

ルオーには 「簡素さと重層化 本質は宗教 一生つきまとうだろう」

 

〇産経ニュースの記載

【アート 美】「マティスとルオー展」 厚い友情の軌跡(2/5ページ) - 産経ニュース

マティスには「貴君は絵画を単純化していくでしょう」

ルオーには 「貴君は荘重で簡素な芸術を愛し、その本質は宗教的」

 

みすず書房 『マティスとルオーの友情の手紙』の表現

マティスとルオー友情の手紙/アンリ・マティス/ジョルジュ・ルオー - 紙の本:honto本の通販ストア

マティスには、「君のおかげで油彩はシンプルになっていくだろう!」

ルオーには  「君は厳粛で簡素、そして本質的に宗教的な芸術が好きで、

        君のすること全てにその刻印が押されるだろう」

 

すべて伝える内容が同じですが、その伝える言葉は、微妙にニュアンスが違います。どう訳したかによっても受ける印象が変わると思いました。

 

〇ルオーと面会したあとのマティスの言葉

「君の訪問が僕にとってどれほどありがたかったか・・・・・

 若かりし頃の様々な瞬間に舞い戻った心地だった。

 おそらく、もうこのように思い出が蘇る機会は二度とやってこないだろう」

 

2人の邂逅後のしみじみとした言葉・・・・ きっと翻訳する場合、意訳もあると思うので、いろいろな言葉の選択がここで考えられると思うのです。シチュエーションに合わせたことばだったり、語尾の変換だったり・・・ とくに語りには、どのような日本語の口調を選択するかによっても、その人の人間像を左右するはずです。

 

ここに掲げられたマティスとルオーの関係は、翻訳者の理解とその関係をどういう日本語で表現されたかによって、私たちの受ける印象は大きく左右されているのだということに気づきました。

 

それは、以前、ブルーノタウトの言葉とされいる発言に対して、本当にそんなことを言ったのだろうか・・・という疑問を持って調べていたら、翻訳が間違っていたということを経験しているからです。⇒【*1

また星の王子様の著作権が切れて、訳本が何冊も出て訳者によって解釈や印象が変わるということがあったからです。それから、翻訳されたものの解説は、訳者の主観が入っているものとしてとらえるようになりました。

 

 

 

■日本語の微妙なニュアンスは語尾に宿る?

当初は、微妙な言葉の表現のニュアンスから、2人の本心や本音を探れるのではないかと思っていました。ところが、ここに示されている日本語は、翻訳された日本語であることを忘れていました。

 

たとえば・・・・

 

①「〇〇しました。」 

②「〇〇してしまいました。」

③「〇〇しちゃった」

 

同じ「何かをした」の意味です。しかし②③には「マイナス」の感情が加わっています。人は、無意識のうちに語尾に、そうした感情が現れてしまうものだと思っています。

たとえば、「こういうことがあったんだけど、それについてどう思う?」 と相談するとき、言葉尻に自分の感情が表れてしまうものです。もし好ましいと思っていない場合だと、言葉の語尾は、②③のようなマイナスが加わった言葉を無意識に選択しています。自分自身も無意識に使っているのですが、聞く方も無意識に、話している相手が、好ましくないと思っていることを感じ取り、相手の感情に即した(相談者が求めているような)答えを「出しています。」(と「出してしまいます」は、違いませんか?) (笑))

 

こうした微妙な語尾の変化や、選ぶ言葉によって、2人の関係を読み取ることができると思ったのですが、翻訳された日本語というのは、翻訳者の感覚のようなものが、加味されている(加味されてしまう)ことに気づきました。

 

さらに言えば、原作者が残された手紙をどのように受け止めて、全体を編纂したかということにもかかわってくると思った時、ここに示された翻訳の言葉からは微妙なニュアンスを読みとることは、難しいのだろうと思ったのでした。

 

 

■日本語にみる関係の微妙なニュアンス?

ちょっと話題がずれてしまいますが、「北の国から」の五郎さんと純君。子供の頃、蛍ちゃんは呼びつけなのに、純君は「君付け」でした。その呼び方に純君は父との距離を感じていました。しかし、純君も無意識に父親に対し、敬語を使っているのです。ある時、五郎さんは今日から「純」と呼ぶからと宣言します。そして「だからお前も、敬語を使うな」と私は言うと思っていたのです。が、そこはスルーされ、最後まで純君は、五郎さんに対し敬語を使っていました。

 

私はかなり前から、純君は五郎さんの子供ではないと思っていました。純君も子供ながらに、それを感じとっていて、無意識に敬語になってしまっていたのだと勝手に理解していました。

このような言葉の使い方、呼び方、言葉の語尾などから、相手との関係性がチラ見えするものだと思っていて、これは「親子でない」という伏線を引いているのだと思っていたのです。最終回で明かされる・・・と思っていたのですが、種明かしもなく終わってしまったわけですが・・・・

ところが、北の国からには「裏設定」が仕込まれていたということを知りました。五郎さんは3人の子を堕させていたんだそうです。それで確信しました。「純君と血のつながりない」という裏設定がきっとあったはず!と・・・・

 

 脱線してしまいましたが、何が言いたいかというと、「人 対 人」の関係というのは、お互いが使う言葉に現れるということなんです。だから、そういう微妙なニュアンスを文字から読み取ろうと思っていました。日本語ならできる可能性がありますが、フランス語が翻訳されて日本語になったものからは難しいと・・・

 

 

■真の理解には言語の壁

そもそもフランス語というものがどういうものかもわからないので、日本語のような敬語表現があるのか、相手の呼び方で、関係性がわかるようないくつもの呼び方があるのか・・・とか。語学ができないものの限界を感じてしまったのでした。

 

マティスとルオーの全体のやり取りを見るには、翻訳された書籍が出版されているのでまずはそれに目を通して全体像を把握。山田太郎さんのお話から感じられる2人のキャラクターはそこから受け止められるのか・・・・ 真の関係は手紙の原文を読むこと。原作本にもある一定のフィルターがかかっている。と思ってしまう私は、どこまで疑い深いんだ・・・・と(笑) 原文が読めたら何か微妙なニュアンスがつかめるかもしれないのに・・・・・ 言葉の壁を感じてしまうのでした。⇒【*2

 

■参考

マティスとルオー 友情の手紙:みすず書房

 

著者略歴を見ると、工学部を卒業後、文学部に行き、美術館学芸員をへて教授になられた方がいらっしゃいました。こうした経歴の方が美術界に加わると、また違った世界観を見せていたけるような気がしています。

 

 

■参考

■【事前告知】『マティスとルオー展 ― 手紙が明かす二人の秘密 ―』

■マティスとルオー展:①手紙の行間&フランスの祖国愛は共通? 

■マティスとルオー展:②「友情あふれる手紙」を別の角度からみる ←ここ

■マティスとルオー展:③《ラ・フランス》の展示の秘密を勝手に語ってみる ←次

 

 

 

■脚注 

 

*1:■ ブルーノタウトとジャポニズム (PDF)太田隆士
↑ ブルーノタウトが発した言葉に興味を持ってどういう意味だったのか・・・を調べている過程で経験したことでした。調べるうちに彼は、本当にそんな言葉を残したのか。と私は感じるようになりました。もしかしたらそのように言ったことを誰かが聞いたという伝聞が、タウトの発言として伝えられているのではないか。そのような言葉を残したという架空の話が出来上がってしまったのでは?と思い、その言葉がどのように書かれているのかを確認しました。どのような文末なのか・・・・・

それは古典調の翻訳本だったので、細かいニュアンスがわかりませんでした。原文はどう表現されているのかわかりません。伝聞がタウトの言葉になってしまったのでは? という疑問が否めませんでした。しかし、それ以上、調べる術が私にはなく、あきらめていました。

そんな折、ブルーノタウトの研究をされている太田隆士先生の講演会がありました。そこには誤訳がたくさんあるとの指摘でした。有名な言葉「永遠なるもの」という訳も「持続するもの」という意味で誤解を招く表現だと指摘されていました。

タウトの一番弟子でもあった水原徳言(よしゆき)は、論文でタウトの著作の多くを手掛けた篠田英雄の翻訳を痛烈に批判しているそうです。翻訳は役者の作品で原作者のものではないタウトの名誉は、篠田文学によって生まれた。そして『日本 タウトの日記』に特に、誤訳が多いと言います。しかしながら誤訳、意図的誤訳が批判されることなく受け入れられ、それを元にタウト研究がされて今日に至っていることが残念と。

 

時代も時代なので、訳本を検証できる能力がある人もいなければ、原作本を手にできる機会もありません。原著は一時、行方不明になっていたようですが、現在、ドイツのどかの博物館に保存されているそうです。先生は、特別申請をして原作の本文をその場で見て、誤訳であることを確認されたそうです。タウトの翻訳本を読むときは、誤訳があるということを念頭に見て欲しいと注意を喚起されています。

こんなことがあってから、翻訳本はそのまま鵜呑みにしてはいけない・・・というモノの見方が出来上がったのでした。調べてみたら2010年ことでした。当時は、この言葉は本当にタウトが言ったのか。それを知りたくて、何度も熱海を行ったりきたりしましていましたが、誤訳だったという真実にこぎつけ、今は、遠ざかってしまいました(笑)

 

以下はちょっと私の覚書

当時はこの論文の詳細まで知らなかったので、私の知りたかったことの真実が、掲載されていたのでここにピックアップ。

熱海の旧日向別邸の3つの部屋をタウトは、音楽家にたとえられていました。

いささかふるめかしい言い方をすれば、ベートーベン、モーツアルト、バッハだ。

しかし私はどう考えても、それぞれの部屋がバッハ、モーツァルト、べートーベンとはトだと思えませんでした。その理由を調べても、一切、ネット上で語られていないのも不思議でした。ごの時世、だれかしら、こういうことではないか・・・と推察する人がいるはず。専門家は考察しないのか・・・・

本当に、タウトはこの言葉を語ったのか。それぞれの音楽家は部屋に対応させる意味で言ったのか。もしかしたら、誤訳、入れ替えがあるのでは? またタウトの音楽に対する教養はどの程度だったのか・・・ それぞれの音楽家をタウトはどのようにとらえていたのか。音楽に親しんだという話はあまり耳にしませんでした。が、「建築は音楽と同じだ」といった言葉を発していたようです。それぞれの音楽家に部屋を割り当てたとしても、作風は時代で変化します。どの時代をイメージして、音楽家の名をあげたのか・・・・などなど、疑問が。私はモーツァルトとベートベンが入れ替わっているのでは思っていました。

 

すると、太田先生によれば、音楽家の並び順も意図的に変えられていて、さらに4つの部屋に対応する形容詞がカットされ、3部屋と音楽家が対応しているかのように読めてしまうため、雑誌などで間違った情報が広がってしまったというのがことの真相でした。翻訳が誘導した誤りと指摘されていました。もともとベランダを加えた4部屋について語っていたのにそれらをカットしてしまい、3部屋と3人の音楽家の話に。もし音楽家と部屋を対応させて語っていたとしたら、4人の音楽家がいないとおかしいとのこと。それぞれの部屋に音楽家が対応しているおではなく、3つの部屋に3人の作曲家の要素が含まれているという意味だと語られていました。

 

最初に感じた、ベートーベンの部屋と言われた部屋。これは、アマデウスの映画のモツゥアルトのイメージ。天真爛漫なはっちゃけたモーツァルトだし、あの暗いどんよりした部屋は、どう考えたってモーツァルトじゃありません。苦悩するベートーベンでしょ・・・って思ったのでした。

 

ところが、バイオリニストがここを見学したら、確かに通説のように感じると思ったそうです。私の音楽家のイメージなんてうわべだけなので、本当の音楽を知る人は、その本質がわかるのかなぁ・・・と思いました。音楽家のイメージは、モーツアルトの部屋のイメージの楽曲などを披露されたりしていました。しかし、やっぱり私には、そのイメージとは一致しませんでいた。音楽家がお墨付きをすれば、それがスタンダードになってしまうのだろうなという雰囲気に・・・ それってどうなんだろう・・・と思っていたのですが、その後、原本を確認された研究者を招いての講演などもあり、最初に感じた直感? がある程度、真実をつかんでいたことを確認できたのでした。

 

なんにもわからなくても、そこで感じたことをもとに、紐解いていくと、真実に突き当たるという事例でした。

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*2:■鶴下絵三十六歌仙和歌巻
↑ 日本の古典についても、現代から見たら外国語と同じような印象を受けます。それでもそこは日本語。じっと見ているとあれ? おかしい・・・を感じさせられました。「なぐさむ」という文字が、付け加えられている・・・・ そんなことに気づくことができます。
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