静嘉堂文庫美術館で「歌川国貞展 ~錦絵に見る江戸の粋な仲間たち~」が行われてます。前期の展示は 2/25 まで。展示替えまであと10日ほど。ブロガー内覧会に参加して気になった一枚があるので紹介します。それは《歳暮の深雪》
*写真は主催者の許可のもと掲載しております。
- ■《歳暮の深雪》は組モノ?
- ■異時同図では?
- ■解説では‥‥
- ■太田記念美術館蔵《歳暮の深雪》は雪の降り方が違う
- ■初版には対岸の景色が
- ■白い紙の秘密
- ■静嘉堂版 浮世絵の色が鮮やかな秘密(追記:2018.08.16)
- ■なぜ植物性の「紫」「ピンク」は退色しやすいのか?
- ■実は「発色の良さ」についてはどこの美術館でも売りという事実
■《歳暮の深雪》は組モノ?
問題の(?)作品はこれです。
この作品、組モノなのでしょうか? 地面(土坡?)はつながっています。傘も隣の画面をまたいでいますから、つながっているということはわかります。右の2枚の画面は向かいから強い風が吹いており、右端の画面が一番、風が強いようです。傘を広げられないほど‥‥ 傘の先端にも雪が積もっています。しかし背景に雪は描かれていません。
一方、左の画面は雪が深々と降っていますが、風は全く感じられません。雪はふりしきっていますが、すたこらと歩いているように見えます。
雪の降り方と風の状態が、「左の画面」と「右の2枚」でどうも整合性がないように見えてしまいます。この齟齬に、何か隠しメッセージがきっとあるに違いないとあれこれ考えていました。
■異時同図では?
絵巻物などに見られる、 異時同図法では? と考えました。異なる時間を一つの構図の中に描き込む表現方法です。3枚は一連の同じ画面ではありますが、左の絵は、異なる時間の状況を示していると考えました。それを示唆するために、2人が右から左に歩いているのに対して、逆方向へ巻き戻すように反対方向に、時間を戻す意味を含んでいるとか?
雪が深々と降ってきましたが、ちょっとそこまで‥‥と外に出かけた女性。しかしこの雪は次第に風をともなって激しくなり、見えなくなってしまうほどに。そんな天候の中でも、師走の町に繰り出して所用を済ませなければならない女性たちのせわしない年末を表したのではないかなと想像したのです。
■解説では‥‥
右手の二人は、頭巾をかぶり、雨合羽を来て雪にしっかり備え
ています。吹き付ける風に身をかがめながら歩きにくそう。そこに反対方向から、傘をささずに、前垂れをかぶっただけの軽装で女性がやってきました。左手に提灯、右手に大徳利を持っています。(ということは、この3人は同じ時間軸の中で描かれていることを意味しているようです)
年の暮れ、雪の振り出したところを傘もささずにとるものもとりあえず、お酒を買いに行くところを描いています。一方、2人は重装備。三者三様、年の暮の夕方に、雪の降る道を急ぐ3人の女性の姿を写し取った「歳暮の深雪」。
画面の雪道のうねる線が、3人を結び付け、雪の深さや冷たさを伝えているとのこと‥‥(雪道の連なりは同列という意味のようです)
中央の女性の合羽には雪の結晶が表されています。その一方で、モノクロムな世界に赤を差し色として、着物の帯など効果的に使われているとのこと。
その一方で、モノクロムな世界に女性の着物の帯の赤の差し色効果的に使われているとのこと。
雪の降り方の違いについては、特に解説がありませんでした。
■太田記念美術館蔵《歳暮の深雪》は雪の降り方が違う
蔦屋銀座で、こんな講座がありました。
初の単著『いのちを呼びさますもの』が好評の稲葉俊郎さん。発売記念トークイベントが、2月9日(金)に銀座蔦屋書店さんで開催決定しました!... https://t.co/Hq4EmRicDw
— アノニマ・スタジオ (@anonimastudio) 2018年1月17日
蔦屋銀座は、初めて訪れたのですが、アート関連書籍に特化した専門店でした。スタバがあり、店内にある書籍を自由に見ることができます。
講座が始まるまでの時間、「歌川国貞」に関する書籍がないか探してみました。どうも国貞を取り上げた本はみあたらず、探していただきました。太田記念美術館関連の書籍が2冊と、別冊太陽の「春画」が出てきました。それらの中に《歳暮の深雪》がないか、そしてどんな解釈がされているかを探していたら‥‥
太田記念美術館の《歳暮の深雪》と静嘉堂文庫美術館のそれとは、雪の降り方が違っていたのでした。
▲静嘉堂文庫美術館蔵 《歳暮の深雪》
▼太田記念美術館蔵 《歳暮の深雪》
出典: 大江戸ファッション事始め 太田記念美術館 - 気ままに
こちらの版は、全面にまんべんなく雪が降っています。版によって背景の状態などが変わるということは聞いております。雪の降り方に違いがあることがわかりました。
また並べてみたら雪の表現も違っていて「白抜き」と「黒斑点」 さらに太田記念美術館の雪は足元まで一面に降っています。
■初版には対岸の景色が
また、初版では雪道の向こうに景色が見えていたこともわかりました。
@kurok_yuu 三代豊国の「歳暮の深雪」は弘化初めごろの作品。歳暮に積もった雪のなかを忙しく行き交う女性たちを描いている。初板では、対岸の三囲のシルエットが描き出されているが、日本ではこれを削除した後板のほうが知られている。 pic.twitter.com/zu14DShjSX
— 黒猫の究美。 (@kurok_yuu) 2016年2月13日
雪の降り方がどうも不自然‥‥ という疑問から発見した《歳暮の深雪》の版違いのトリビアでした。
■白い紙の秘密
ちなみに提灯を持ったお姉さんの横の白い紙。ところどころで目にします。単純に隣の作品との区切りかと思っていたのですが、後期展示の作品を目隠ししているのだそうです。静嘉堂文庫美術館所蔵の国貞作品は、画帖仕立てとなっているため、一枚一枚が独立していなので、前期と後期の展示にこうした工夫が必要なのだそう。
後期は、隠された部分からどんな浮世絵が見られるのか、想像しながら見るのもいいかも・・・・・
■静嘉堂版 浮世絵の色が鮮やかな秘密(追記:2018.08.16)
静嘉堂文庫美術館所蔵の国貞作品は画帖仕立て。画帖というのは下記のような状態で閉じられています。
↑ 閉じられています。
岩崎家のお嬢様たちが、当時のファッションや着物の柄などを参考にするため、一枚、一枚では見にくい! ということで閲覧性を高めるためにまとめたのだそう。そのため光があたりにくく、色の退色が避けられたとのこと。
こちらは着物の柄の見本帖 背景が着物の柄で、柄だけではつまらないので、手前に当世風の絵が描かれました。岩崎家の女性陣は、このような江戸時代の浮世絵などを見ながら、センスを磨いていったようです。
色の退色が起きやすいのは「紫」や「ピンク」これらは植物性顔料を使われており、紫外線に弱いため退色しやすいとのこと。
↑ ピンクも鮮やかに残っている
白く隠されているのは、絵の区切りではなく、画帖としてつながっているため、マスキン具されているため。
■なぜ植物性の「紫」「ピンク」は退色しやすいのか?
以前、なぜ「紫」「ピンク」などの植物性顔料が退色しやすいのかを調べたので参考に。
浮世絵 六大絵師の競演:④ブロガー内覧会 浮世絵とは? 浮世絵の源流岩佐又兵衛との関係 (2016/08/31)より
■紫色の退色
ちなみに紫という色は、光による退色が激しいそうです。それは、つゆくさの青色素とベニバナの赤を掛け合わせて紫が作られていたため。押し花の色が抜けてしまうことと同じ。
【補足】ツユクサの色素について調べてみました (野草観察辞典より) ツユクサの青い色素は、コンメリニンと呼ばれる化合物。アントシアニンとフラボンとマグネシウムイオンからできています。pHによる発色実験をすると、酸性側では紫色に、中性では青色に、アルカリ性では黄色。
一方、アントシアニンは本来、中性では紫を発色。ツユクサの色素では中性でも青を発色。アルカリ性で黄色になったのは、フラボンの黄色い色素のため。ツユクサのアントシアニンはアルカリ性では不安定で、分子が分解される。
ちなみにベニバナの主色素は、フラボノイド系のサフロミンでした。
以上のことから、空気にさらされることにより、アルカリに傾き(なぜ?)、アントシアニンの青が壊され、フラボン色素がの黄色が現れてくるということでしょうか?
ということなら、保管状態を、中性から酸性に維持できれば、ツユクサブルーは、長きに渡り保たれる可能性が出てくるかも・・・・
また、ツユクサの不思議な青い色については、近年(5年ほど前)も研究されていて、ツユクサの美しい青色花と分子的な秘密について解説がありました。
横道にそれてしまいましたが、今の化学でも尚、ツユクサの色の不安定さについて研究が行われていたようです。
そんな不安定なツユクサの色が、今だに残されているのは奇跡的? 山種の作品 勝川春章《四代目岩井半四郎のおかる》の紫色は必見です。山種美術館で保護されて残った紫の色素を研究したら、ツユクサのブルーの解明が進んだりするのかも・・・・
■実は「発色の良さ」についてはどこの美術館でも売りという事実
これまで、何度となく浮世絵作品の展示を見てきました。それらのどの美術館も口をそろえて「我が館の色は美しい‥‥」と語られます。結局、みんな美しいわけじゃない… どこが一番なの? なんて思っておりましたが(笑)、「美術館・博物館」は状態のよいものを手に入れ、それを展示するということが、ある意味役割でもある。だから「家の発色は‥‥ 」というのは、当然なのかなと思うようになってきた今日この頃です。(笑)