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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■草間弥生展:【感想】現在につながる過去の作品 かぼちゃの歴史

膨大な作品《わが永遠の魂》の会場のあとに続く第二部 20世紀の草間作品。初期の松本時代から、ニューヨークに渡って東京へ戻り、20世紀を走り抜けた60年間を回遊しながら追体験します。そこには、第1部で見た作品のモチーフが、形を変えて見え隠れします。

 

 

 

第二部:20世紀の草間彌生

第二部は、故郷の松本時代の初期作品から、ニューヨークの15年間、そして帰国した東京時代の展示、代表的なかぼちゃや、小説、映像などが展示されています。順を追ってみることで、草間彌生の歴史を一望できます。章の構成にそって気になった作品と感想を交えながら紹介します。

 

■2. 初期作品

松本時代の作品が集められています。これまでいわゆる、水玉、南瓜といった典型的な草間作品に見慣れていると、一瞬、あれ? と思わさせる空間です。しかし、よくよく見るとすでに、草間弥生の今が、ここに現れています。また、種苗問屋の生まれを彷彿とさせる、花の発芽などが描かれています。初期の作品をまとめてこれだけ見ることができるのは貴重です。草間彌生作品の原風景、すべてからここから始まったのだと思うと感慨深いものがあります。病気と自身の世界。それを「絵」という手段を得て、表現できる道具を手にできたことは、その後の人生を大きく左右することだったんだなということがわかります。

 

 

【6】残骸・・・南瓜作品の原型を感じさせる

【10】心・・・赤のドッド

【30】風神・・・ドッドの始まり

 

〇《太陽》

《太陽》1953年 東京国立近代美術館蔵   

出典:みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

これ、絶対に世界最大の花 ラフレシアだと思って見てました。やはり種苗問屋に生まれた血だ・・・って(笑)  太陽だったのか・・・ 太陽にもドッドが存在したわけですね。

ラフレシア

出典:世界最大の花ラフレシア なぜ臭い?その理由とは【画像・動画あり】

 

〇《残夢》【4】

《残夢》1949年

このあたりは、草間彌生精神世界、頭の中を表しているのでしょうか?

 

 

■3.  ニューヨーク時代(1957-1973)

〇ネットペインティング

1957年、単身アメリカに渡ります。ニューヨーク時代の代表作、ネットペインティング。大きなキャンバスに、ただただ、小さな網目がびっちりと埋め尽くされています。白と黒の世界・・・

 

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 《No. AB》 (出展みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

近くで見る緻密さ・・・ 網目の白い筆を追っていくと・・・ 網を描いていたはずが、次第に、黒のドッドを描いているように変化して見えます。また網目になっていく。それが無限ループのように繰り返されています。

 

そして画面から遠く離れて見ると・・・・ それは全く違う様相を呈しました。

 

墨絵を見ている感覚に襲われました。。海北友松が描いた空間と同じような表現に思えました。⇒【*1何もないのに何かがある。海北友松がわざわざ立てて描き墨をたらしたという技法。

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上記の墨のたれたあとのようなものが見えてきました。

 

【38】NoH RED

こちらは赤と黒のドッドが、牛皮のスキンのように見えました。塗りつぶして彫りを加えている?

 

出典:カラフルな水玉が踊る、草間彌生ワールドへようこそ! | カーサ ブルータス | ページ 2

 

 

〇コラージュ作品

【39】Unitted   (コラージュ)1961年

これは描かれたものなのか・・・ シールのようなものを貼り付けられたものなのか・・・ 紙が透けてるけど・・・ じっと目をこらしていたら、どうやらシールらしいものを重ねているようです。重なりあったところが透けて見えるのは、描いたわけでなく、本当に透けているようでした。

これ、外で展示している、シールをペタペタはってる「オブリタレーション」の考え方と同じじゃない? と思ったら、コラージュ作品だということがわかりました。

 

ここではコラージュと描いた作品が融合しています。

 

 

〇男根をモチーフ 

その後、男根状の突起をモチーフにした作品を作成します。

 

最初にこの空間に入って展示された作品の突起を見て、小腸の絨毛を思い浮かべました。細胞を描き、微小器官を描き、小腸の器官までモチーフにしたんだ・・・ 生命全般をとらえていたんだな・・・と思っていたら

出典:動物組織像 - Mammalian Development

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そう思いながらも、あたりから漂う異様な空気。もしや・・・・とは思っていたのですが、やはり・・・・ この作品を見て、あれだと理解しました。

《The Man》1963年 広島市現代美術館蔵

《The Man》(1963年) 広島市現代美術館蔵   

(出展みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

タイトルは「MAN」  ずばり!そのものです。そして蛇口として描かれる意味は・・・・・

やはり草間彌生も、ここにたどりついたということななのね・・・ 「生」をテーマに描くアーティストの共通テーマです。第一部を見終えたあたりで、なんとなくそれは想像されていました。「性・生殖」がどこかできっとテーマになっているはず。

 

やはり思った通りが、男根そのものがモチーフになってた。ということは、女性性器がどこかにきっと描かれているはず。しかしそれらしきものが見当たりません。

 

と思ったら・・・・

 

《トラヴェリング・ライフ》No48(1964年)

《トラヴェリング・ライフ》1964年 京都国立近代美術館蔵 撮影:上野則宏

 

脚立にびっちりと、突起物が埋め尽くされています。よくよく見ると、ここにヒールが紛れていました。これで納得しました。フロイトは「靴は女性器の象徴」だと言っていたと言います。

 

【50】《金の靴》(1965年)では金のヒールの中に、金の突起が埋め込まれています。

 出典:水玉がいっぱい 草間彌生の世界を体感できる展覧会 国立新美術館で開催中 | THE PAGE 東京

        

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      ↑ これ

 

靴は口、女性のあの部分を表していると言われ、そこに入れるものを想像させると・・・ この作品は、ズバリそのものを表しています。ところが・・・

 

 ← ボルタンスキ―作品

 

ボルタルンスキーの作品に上記のような巨大オブジェがあります。これがどう見ても「うんち」にしか見えませんでした。

そして、ヒールの中の金色の物体は、この色によって私には「うんち」に見えたのです。「金」という色は「形」と組み合わさることによって「うんち」をイメージさせることがわかりました。一般的に「金」は富の象徴 高級 高価 特別をイメージさせる色とされいますが、形状が加わるとそんな別のものをイメージさせる色に変化する性質も持っていたのか・・・  同じ形状のあれも、色が変わると、別のものに見えるんだな・・・

ボルタンスキ―の作品で「うんち」に見えたことを「代謝産物」ととらえれば、それも「生きている」ことの証・・・・ なんてこじつけのような解釈をしていたのですが、靴で「うんち」を受けとめて、人生を歩いていくと考えれば、摂取したものを取り込み、いらないものを輩出しながら生きていくということにつながるとか(笑)

 

 

【追記】2017.05.11 男根をモチーフにした理由

これを描くのは、必然・・・と思っていたら・・・

 

2017年東京六本木「草間彌生展」で作品を見る前の解説とチケット

   ↑ こちらにその理由が書かれていました。  

    自身の著書で説明しているそうです。

 

  

 

■4.  21世紀の草間彌生(2)

今回のために作成されたというカボチャ作品が並びます。

 

〇南瓜との出会い

草間作品との出会いは、草間彌生の代表的モチーフ、南瓜でした。10年前、直島に行って、この象徴的な作品に出会いました。その時は、なぜ故にここに南瓜? 意味がわからない。この場所に全然、そぐわない・・・ しかも青い空、青い海、そんな自然の中にコントラストの強い黄色・・・・ 違和感いっぱい。ミスマッチ・・・ それが第一印象でした。 

 

 

ところが、見ているうちに次第になじんできます。ここにはこの南瓜なんだな・・・と思えてくるから不思議です。直島をプロジェクトした福武総一郎氏は、一番好きな作品で、「ここ直島にはあの南瓜しかない。草間さんに頼んでよかった・・・」とおっしゃっているインタビューを、今年、直島で目にしました。

 

何で南瓜? と思っていたのに、私も心からそう思えるようになっていました。

 

 

〇 なぜ南瓜なのか・・・・

その素朴な疑問がわかりました。幼少より親しみ、愛嬌る形に魅せられたのだそう。太っ腹の飾らない要望が好きなんだそうです。

 

 

〇  無限の鏡の間

《生命の輝きに満ちて》2011年 Courtesy of Ota Fine Arts, Tokyo / Singapore; Victoria Miro Gallery, London; David Zwirner, New York © YAYOI KUSAMA

《命の輝きに満ちて》No147(2011年)

出典:みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

これまでの美術展で、鏡を使った空間に展示された作品を、写真だけですがいくつか目にしていました。この空間に身を置いたらどんな感じになるのか・・・・ 実際に体験してみたい・・・ずっとずっと思っていたのですが、それが実現できました。

 

無限・・・・ まさにその表現がぴったり。

 

電球が鏡に反射してその奥へ奥へ・・・ 果てのわからない世界。宇宙はどんどん増殖していると聞きますが、それを感じさせられます。昔、人は地球の果てはどうなっているのかという想像めぐらせ、航海に出ました。その好奇心と冒険心、それに伴う不安や恐怖とともに・・・・ その人たちのわくわくと不安が重なりました。そして人は宇宙へと飛び出していきます。その先を知りたいと思う気持ちと不安・・・どこか重なるような気がしました。

変化する光。そして一瞬の闇・・・その繰り返しの中で、同化されていきます・・・

ニューヨーク時代の自己消滅というパフォーマンスにも通じています。

 

ところが・・・・

 

しばしこの空間に身を置いていると、そうした感覚的なことは置いておいて、この部屋の構造はどうなっているか。実際の広さはどれくらいなのか鏡はどのように設置されているのか・・・ ということを観察しはじめていました。

 

歩く部分に白いテープが張られていて、そこだけしか歩けません。このクランクした誘導路が、この空間の構成の感覚を狂わせて複雑な形をしていると思わせているのだろうな。床面だけを目で追って、広さと形の把握をしていました。そんなに広くはない・・・部屋の形は四角かな? 鏡の枚数は? 鏡の境界は? この面の鏡と対面の鏡によって反射した映像で、奥行きが現われ無限になるわけか・・・・

スパなどで平行に鏡が据えられて連続する自分が見えるのと同じ原理だ・・・ となんとも味気ないことを考え始めているのでした。

 

現代美術はテクノロジーの部分があります。それを目の前にしてしまうと、鑑賞のあとにどうしてもその仕組みを探って解明したいという衝動に駆られます。鑑賞モードから逸脱してしまうのです。

昨年、直島に行った時も同じでした。ジェームスタレル、安藤忠雄など視覚効果による作品は、どのような仕組みになっているのか、何度も何度も、さらに日を変えてまで見て、それを探ろうとしてしまうのです。これが私の好奇心であり、避けられない性なのかなと思ってしまいました。

 

2回鑑賞しました。2回目は、観察を避けて鑑賞モードだけでこの作品にひたってみました。

 

パネルの解説には、無限の増殖、イメージの増殖。生命の輝きに満ちている。六角形の部屋とありました。う~ん、そうかなぁ・・・四角形だったと私は思うけど・・・ やっぱり純粋に鑑賞モードだけにはなれないようです。 

 

みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館 より 

草間芸術の醍醐味のひとつ。無限に反復し増殖する世界を表現する素材として鏡が導入されたのは、1965年のニューヨーク時代にさかのぼります。全面鏡貼りの暗闇の中、無数の小さな光がきらめく空間で、鑑賞者自らが作品の一部になるような感覚を体験できます。

 

 

■5. 帰国後の作品(1970-2000)

〇東京時代(1973-1990)

体調を崩し、1973年に帰国した草間は、東京で入院生活を送りながら活動を再開します。絵画や彫刻、インスタレーションにおいては、水玉、ネット、男根状の突起など従来のモティーフを大胆に再解釈し、具象的なイメージと組み合わせた色彩豊かな作品が生み出されました。コラージュ、版画、小説、詩といった文学作品など、新しい分野にも挑戦します。性、死、無限の宇宙などの普遍的なテーマにもとづくこれらの作品は、率直な表現によって新しい観客を獲得しました。コラボレーションやタイアップも数多くおこなわれ、草間の作品世界はますます広がり21世紀へとつながっていきます。 

出典:草間彌生 わが永遠の魂|企画展|展示会|国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

 

〇《太陽の雄しべ》No84 (1989年)

さらに、これ(↓)を見て確信しました。右側の壁のような部分。白に赤の壁。これは、きっと女性の部分を表現しているのではないか・・・

 

展覧会「草間彌生 わが永遠の魂」国立新美術館で開催、過去最大規模の作品展示 | ファッションプレス

この作品名は《太陽の雄しべ》でした。  雌ではなく雄でした。 

 

【86】天井よりの啓示・・・ザーメン? 

【83】魂を燃やす閃光・・・おたまじゃくし⇒ザーメンと発想してしまいましたがこれは魂でした。

 

〇人間の本能

性と暴力、殺人、自殺、同性愛、精神病をモチーフにした小説を書き、パフォーマンスアートで水玉の男女が入り乱れる様を表現します。

 

先日、静嘉堂文庫美術館で、館長のおしゃべりトークが行われました。そこで、絵というものは、人間の本能的な欲求、「食欲」「性欲」が描かれるものだというお話を思い出しました。生命、人間の本質というものを掘り下げると、この部分は避けてとれない部分なのだと思いました。

  

 

 

〇我ひとりゆく

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出典: 草間彌生展「わが永遠の魂」に行くべき5の理由

 

展示エリアの中央に据えられた梯子。ここにも男根が・・・・

梯子の床には鏡が据えられています。そこをのぞき込むと地中深くまで引きづり込まれていきます。が、これはのぞき込む角度によって、深みが変化します。そしてふと、上を見上げるとそこにも鏡が・・・・ この作品で使われる鏡は、天と地に鏡をが置かれ、連続画面を作っているんだ・・・ 上を向けば、上へ上へと限りなく登っていきます。

 

何度となくここをのぞきました。その周囲で覗く人たちによって、その光景が変わります。覗く人の興味の度合い、のぞき込む角度。その様子を鏡がとらえて反射させるのですが、天と地に映される画像は・・・・  ある一瞬の光景に目がとまりました。

上を見上げていたら、さらにその上から、こちらを覗きこんでいる人がいるのです! あれ? どういうこと? その状況を確認すると、そうか、なるほど・・・  こういうことだったのか・・・・  この光景に出くわした人、きっとそんなにはいないはず。一期一会の体験でした。

 

ところでこの作品名は? 作品の回りを一周してみても、作品名がありません。スタッフの方に伺うと、あそこにパネルがあります・・・と。作品に沿った壁に作品パネルだけが展示されていました。

 

その名は、《我ひとりゆく》でした。

 

地中へ向かう絵が印象的でしたが、上に登る方をイメージされるタイトルだと思いました。

 

〇《天上よりの啓示》

《天上よりの啓示》1989年 東京国立近代美術館蔵

1989年 東京国立近代美術館蔵  

出典:みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館より

 

蛍光色の無数の点 何かがうごめいている。極小生物のようでもあり、ザーメンを思い浮かべたり・・・・  見ていて目がチカチカする。このチカチカ状態と近距離で対峙しながら描き続ける精神力。想像しただけで気が狂いそうになった・・・・

 

〇黄樹 

《黄樹》1992年 フォーエバー現代美術館蔵

 《黄樹》(出展みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

かぼちゃのモチーフの発展形でしょうか?

 

じっと、このウネウネを目で追っていきました。どこにつながっているのか・・・どうからまっているのか。そんな一つ一つのうねりを見ていたら、これらが動きだしました。グニョグニョとうごめていいるように見えてきて、まるで生き物のようです。

 

大量のミミズが絡み合ってうごめいているような・・・・ そんな感じです。人によっては気持ち悪くなってしまいそうですが、ミミズは有機物を代謝して循環させる代表的な生き物です。ここにも「生」の本質が見えたような気がしました。

 

 

〇かぼちゃ

最後は、トレードマークのかぼちゃで締めくくりです。数あるかぼちゃ作品の中でも、生まれ故郷の松本市美術館に所蔵されているというこの作品は、何か思い入れの深いかぼちゃではないかと想像されます。 

 

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 《かぼちゃ》1999年 松本市美術館

出典:みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

 

 最初に大きなパネル展示の色彩を見てきて、単調だと思わされていました。このカボチャの色もやっぱり単調だな・・・・ と思いながら、じっと見ていると、同じ黒の水玉の色が違って見えてきました。最後の方の作品になってくると、色に変化を持たせたということでしょうか?

 

いや、黄色の背景によって、同じ黒でも色が違って見えているのかも・・・・ ところでこの黄色は、キャンパスのベースカラーなのか? 塗っているのか? もしベースだとしたら同じ単色で塗られているのでしょうか? どうも「黒」も「黄色」も単色のようです。それなのに違う色に見える効果が得られているようです。 

 

監視の方に伺うと、黄色のベースに、同じ黒のアクリル絵の具を使っていると教えていただきました。

 

 同じアクリル絵の具でも、背景色によって「黒」が違って見えるのです。

 

 

回りの環境によっても見え方が変わる・・・そんなことを思いながら、スタート地点にもどりました。

 

 

■コーナーの感想とちょいまとめ

最初に見た《わが永遠の魂》で描かれているモチーフが、周回する作品の中に点在していました。いや、その逆です。草間彌生の軌跡があって、《わが永遠の魂》のシリーズにつながっているのでした。

 

この作品の「これ」が、あの絵の「あそこ」につながっていたんだ・・・・ 定番モチーフの原点は「この作品」だったのか・・・  とあれこれ想像して、自分なりに解釈したり、発見したりして見ていくととても楽しいです。

 

無限の増殖、そして永遠のループ、連鎖しながらつながりあって、また発展していく。

 

スタート地点に戻り、改めて《わが永遠の魂》のシリーズを見る・・・・ そしてまた草間彌生の人生を追いかける。すると違うものが見えてきて発展していく。

 

 

スタート地点に戻って見えてきたこと・・・・ (また続きます)(笑)

 

第一部 21世紀の草間彌生.の感想

 ⇒■草間彌生展:【感想】お気に入りがない! みんな同じに見えるのはなぜ?

 

 

*1:【追記】2017.05.01 何もない空間に流れる墨のあと

      ↑

一見、何もなさそう見えるところに空気感が描かれている。垂れる墨。草間彌生の網目も遠目で見ると垂れる墨のようなあとが見えてきました。 
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