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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■草間彌生展:スタートに戻って新たに見えてくるもの

 草間彌生の全体を見てから、再度、広い会場《わが永遠の魂》の作品を見ると、最初に見た作品とは違うものが目につきます。撮影したいと思う写真がなかったのに、撮影を始めていました。それらには共通点するテーマがありました。それは「死」です。

 

 

■巨大作品の展示法 

この会場の構成、どこかデジャブ感があります。この方法は、集客が見込めて、巨大作品を持つアーティストの展示法のトレンドなのでしょうか? 同じ国立新美術館で行われているミュシャ展と同じです。

 

天井高のある展示会場に巨大作品を陳列。ブースはぶち抜き。広い会場となった展示室は、どんなに混んだとしても、ストレスはある程度、緩和されてしまいます。これは巨大作品展示の定石だったりするのかなぁ・・・なんてことを思いながら2回目を見始めました。

  

草間彌生の一生ともいえる展示をひととおり見て、また最初のスタート地点に戻ってきました。再度、会場を見ると、さきほど気にならなかった作品が目に飛び込んできます。 たとえば・・・・

 

 

■2回目に気になった作品

《自殺の儀式》

まずはこれです。この作品を見たら・・・・

周囲を囲む突起物。きっと、男根なんだわ・・・・

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しかし! タイトルは《自殺の儀式》でした。 う~ん・・・ わからん・・・

 

 

《わが死の祭壇はかくのごとく》

次は、最初に見た時には、ズーム写真を撮りたいと思う絵がなかったのですが、この目の色の重なりを撮影してみたいと思いました。

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このタイトルは《わが死の祭壇はかくのごとく》でした。

やっぱりよくわかりません。 

 

 

《魂が体から抜けていく》

次に気になったのがこちら・・・

これまでの作品というのは、描かれたものが何かはわからなくても、形は比較的はっきりしていたように思います。ところがこれは・・・・つかみどころがありません。

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さて、いったい何を意味しているのでしょうか? 

イマジネーションを働かせてみても見当もつきません。

 

タイトルは・・・・

 

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No92 《魂が体あら抜けていく》

 

 

〇目に止まった作品の共通点は・・・

最初にこのエリアを見た時は、圧倒的な「生」を感じさせられていたはず。それなのに、草間彌生の遍歴を見たあとに、目を引く作品が「自殺」であり、「魂が体からぬけていく」でした。「生」とは対局にある「死」をイメージさせる作品ばかりが目についたというのは、単なる偶然だったのでしょうか? 全く反対のテーマで描いた作品に着目し、撮影をしたいという気持ちにさせられていたのです。

 

どういうことなのでしょう・・・・

 

草間彌生「明と暗」のような世界を見て、「暗」の部分に目がいくようになったのか・・・ あるいは圧倒的な「生」を表現された作品の中に、「死」が描かれたものは、何か突出するものがあって、引きがあったのか・・・・ 何か、異質に感じられたためなのか・・・・

 

〇生と死は表裏一体

草間彌生は次のように語っていたと言います。

「子どもの頃のみじめな思い、人生の苦しさ、足踏みをしていた時代を思うと、私の芸術を評価し認めてくださることに感謝の気持ちでいっぱいです。私が死んだ後も、どうぞ私の創造への意欲と、芸術への希望と情熱を、ひとつでも汲んでいただければこれに勝る喜びはありません。みなさんの精神的な悩み、人生に対する悩みがあった時に、ぜひ私の生きてきた道をひとつでも見つけていただけたら、本当に嬉しいと思っています」と、展覧会記者発表で草間は涙ながらに語った。

「この世から自分が消えてしまっても、芸術の力は続いていきます」(『水玉の履歴書』内インタビューより)

出典:草間彌生は「死に物狂いで闘ってきた」と語った。世界が熱狂する芸術家が生まれるまでより

 

 

〇自らの命を絶つことを繰り返す

これほどまでに「生」への執念のようなものを描きながら、過去には何度となく自殺をくりかえしていました。全てをリセット・・・ しかしそうはさせてもらえず、復活? 蘇る? そう簡単に死の世界にはいけない。生と死の狭間を行き来する中で見えてくるものがある・・・・ その先に愛や平和、さらに宇宙といったテーマへ広がり。

 

「生」の対極にある「死」 過去には自らがそれを絶つということを繰り返し、その時に見えていた「死」。そして、今、向き合っている「死」はまた別の死生観になっているのでしょう・・・・ そんなことを漠然と感じていて、その印象が、写真撮影に向かわせたのでしょうか・・・・・

 

 

精神科医の存在

1957年に渡米するまでの初期の作品が並ぶ展示室。この頃、長野県・松本で初めての個展を開き、精神科医西丸四方(にしまる しほう)にみいだされた。 

 

という解説がありました。

精神に関する病気に対する偏見も多かった時代に、草間彌生のよき理解者となり、心の病をいい形で芸術に導いた功績者であったと言えます。

どんな医師だったのだろう・・・・と調べたことがあるのですが、日本の精神医学の発展に大きく貢献した方だそうです。

 

この医師との出会いなくして、草間彌生は存在しえなかったといえます。当時の精神科医療といえば、ロボトミーなども行われていた時代です。ロボトミーとは、脳に外科的にメスを入れて神経線維を断裂させるという方法で、草間彌生統合失調症にも行われていました。

西丸四方先生の学会発表を聞いたことのあるという医師から聞いた話。とてもユニークな発表をされる方で、権威的な存在になっても「僕の話を信じてはいけない。ちゃんと考えるように・・・」ということを前置きして語られる方だったと言います。そのような方だからこそ、今の草間彌生が存在したのではと思われます。

 

ロボトミー手術は危険、かつ、人権的にも問題となり廃止されました。草間との出会いは展示会だったと言います。芸術を理解できる医師との出会い。もし出会う医師が違っていたら・・・・才能がどうなっていたのか。草間彌生を語る時、西丸西方医師の存在を忘れてはいけないと思うのでした。病気をプラスの方向に向かわせ、折り合いのつけ方を指南できた医師の存在。

 

 

■作品と病の関係

よくわからない作品。それは草間彌生の頭の中の状態を表しているとも言えるのだと思います。理解しにくい精神の病を具現化したともいえるでしょう。西方四方氏は、草間彌生の病気と芸術の関係をどのように語ったのか興味があります。

 

同じモチーフを巨大キャンパスに延々と描き続ける。その集中力、精神力病気が描かせていると言ってよいでしょう。

 

 

参考:草間彌生、その波乱多き人生での「水玉」模様に込めた思い、少女期の病魔との戦いと、芸術への挑戦

 

 

■原始の本能

「絵を描くことは切羽詰まった自らの熱気のようなもので、およそ芸術からほど遠いところから、原始的、本能的に始まってしまっていた。」(「わが魂の遍歴と闘い」『芸術生活』1975年より)

 

出典:草間彌生は「死に物狂いで闘ってきた」と語った。世界が熱狂する芸術家が生まれるまで

 

草間彌生が描くモチーフは、生命の歴史の生き物のようであったり、人類の発生の細胞レベルの状態を感じさせたり・・・ 原始の世界、人の本能的な部分を描いているように思われました。 

 

 

草間彌生の言葉とまとめ

どの時代の草間作品にも共通するのは、愛、平和、生と死、宇宙といったテーマが時間や空間を越えて普遍的であること。そしてそれぞれの作品の有り様がとても直接的かつ直感的で、観る人にダイレクトに訴えかける力が強いところだ。

「子どもの頃のみじめな思い、人生の苦しさ、足踏みをしていた時代を思うと、私の芸術を評価し認めてくださることに感謝の気持ちでいっぱいです。私が死んだ後も、どうぞ私の創造への意欲と、芸術への希望と情熱を、ひとつでも汲んでいただければこれに勝る喜びはありません。みなさんの精神的な悩み、人生に対する悩みがあった時に、ぜひ私の生きてきた道をひとつでも見つけていただけたら、本当に嬉しいと思っています」と、展覧会記者発表で草間は涙ながらに語った。

「この世から自分が消えてしまっても、芸術の力は続いていきます」(『水玉の履歴書』内インタビューより)

「自分は宇宙には行けないが、こういうふうに創造している。自分の魂も、このように美しく見えることを願っている」(『IDOL MAGAZINE』2011年インタビューより)

 

 

草間弥生が歩んだ人生を、共にふりかえりながら歩む形の展示。彼女の悩み、苦しみのすべては当然、理解しえるものではありません。が、その一旦に触れ、「生」と「死」の狭間で葛藤して戦った人生を、少しだけ共有させてもらうことができました。

 

「生と死」を行き来しながら「生きる」ことの根元を問う作品

 

その制作活動は、

「芸術の制作に命がけで戦っています」

という言葉に集約されました。命を削た作品作り・・・・

 

 

館長談

 『わが永遠の魂』は草間さんの作品のなかでも最大規模のシリーズで、具象的なモティーフと抽象的なパターンを自在に行き来しながら、更新され続けています。初期のものから新作までスタイルが移り変わり、変化が激しいのが特徴ですので、今回展示する132点は、その多様性を楽しんでいただけるようにセレクトしました」

 

これまでどれだけの〇を描きてきたのでしょうか。限りなく円に近づきつつも、決して同じものは一つとしてない。 多様性がそこにあります。 

 

人もみんな同じだよ・・・・  いろんな人がいていい。いろんな考え方、捉え方があっていい。「私はこう生きてきた! 今を生きている!」そんなメッセージが聞こえてきました。

 

 

草間彌生関連 参考サイト

草間彌生展「わが永遠の魂」を国立新美術館に見に行って来たよ! | まなべや

【感想】『草間彌生展「わが永遠の魂」@新美術館』燃え尽きない創作への強い意志に心震える。 - 能ある鷹h氏

She magazine | 東京綺譚 〜草間彌生 わが永遠の魂〜

「草間彌生 わが永遠の魂展」 一番乗りしたのは東北から来た会社員 (1/4) 〈AERA〉|dot.ドット 朝日新聞出版

【内覧レポート】国立新美術館 進化を続ける草間彌生の大回顧展 | 日本のアート情報を調べるならアートジェーン

晴れ 時々 マーケティング:草間彌生展 我が永遠の魂 - livedoor Blog(ブログ)

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