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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■鈴木其一:夏秋渓流図屏風

現在、根津美術館で特別展「燕子花図と夏秋渓流図」が行われています。昨年、サントリー美術館で行われた鈴木其一展で、この《夏秋渓流図屏風》を見ました。館によって 展示の高さの違いがあったり、会期によっても変わったりと面白いことに気づきました。

 

現在行われている根津美術館の展示を見る前に、その時の記事を、食べログ日記から移動しました。今回の展示はどのような展示がされているのか。そしてサントリー美術館で見た時のに発見した金表現の秘密・・・疑問は解決できるでしょうか?

 

 

2017.05.13 鈴木其一 江戸琳派の旗手:《夏秋渓流図屏風》 (2016/11/07) 食べログ日記 より移動。

 

 ビビットなドギツイ青の流れが、印象的な《夏秋渓流図屏風》 そこに緑を合わせ、実際にこんな場所があるのか、ないのか・・・この景色は嘘か誠かと疑いながらも、一度見たら忘れないこの屏風は、根津美術館の所蔵です。

 

サントリー美術館展示 事前に受けたレクチャー

其一展のメンバーズ内覧会は、会期に合わせて2回行われました。《夏秋渓流図屏風》は後期の展示だったのですが、前期のスライドレクチャーで、展示がされていない、この屏風を大変、力説されて解説が行われました。その後、行われた見どころトークのお話と合わせてメモ、図録(p275 癸巳西遊日記)から書き出し。


・ドギツイ青の渓流
光琳百図だけではない

 

【制作の背景】

〇西へ旅して滝をいくつも描く  ⇒『癸巳西遊日記』
 
 ◆『癸巳西遊日記』京都大学附属図書館所蔵 谷村文庫にて閲覧可能
    滝の表現を日記の最後にピックアップしました。

 

【特筆点】

滝や川のほとばしるしぶきを克明に表現
すさまじい水流に対する関心 が《夏秋渓流図屏風》に反映
滝が流れるデザイン  観音遠隔図


箕面 布引の滝の描写などを通して渓流表現に迫力増す  

箕面滝(第4冊 03/17)      

⇒布引滝(第5冊 07/20

宇治川の濁流(第2冊16/26) 

⇒修学院の音羽滝(第2冊24/26

             [出典:京都大学附属図書館所蔵 谷村文庫]
吉野山の高滝  [a:,]
⇒鷲峰山の御光滝 [a:,]


〇写本でなく実際の濁流を見て描くことでダイナミックな記憶が描写に反映


 

【旅の目的】

〇抱一の死後、土佐派に勉強に行くという名目で旅にでる
・公的旅行としての一面・・・師匠の姫路藩
・主たる目的
  ⇒古い社寺、古画を描きながらコレクターを訪ねる
  ⇒古典の写生
  ⇒寺社の曝涼期(夏、または秋の天気のよい乾燥した日を選んで衣類・
   書籍などを日にさらし風を通して、かびや虫のわくのを防ぐこと)に
   合わせ近畿地方の遊覧
  ⇒縁故知人の歴訪


 

【他の作品からの影響】

円山応挙の影響・・・保津川図屏風 

北斎の影響・・・青味はオリジナルの群青で葛飾北斎の評判を参考に 
  ⇒葛飾北斎の「諸国瀧廻り」の影響がうかがえる
  この屏風を見た瞬間、北斎展で見たこんな絵を思い出されました。
 ・べロ藍 北斎のプルシアンブルーの水の流れなどに影響受ける
 ・波の盛り上がり  ドビュッシーなどへも

 

【画風】

・わざと紛れ込ませる  ツルカメの形態を意識
・摺針峠より望む⇒第3冊 17/29 (すりはりとうげ) 
・琵琶湖の遠景⇒第3冊 13/29 
・近江 竹生島

・遠山  近代日本画
・オリジナリティー色が濃厚


 

【追記】2016.11.13 ■執拗なまでの苔 

図録(p277)によると

樹木、岩肌に張り付く苔。美しさよや心地よさより怪しい雰囲気を画面に醸し出す。


苔がびっしりと生える・・・という環境。そこから想起させる光があまり届かない薄暗さ、それに適応してはびこる苔。水の流れの勢いによってあたりに放たれる水分が満ち満ちた湿潤な空気をイメージさせます。一見、金の背景からイメージされる環境とは裏腹の、じめっとした空気感。其一がこだわった水の表現を、空気の感覚を通して表しています。


先日、東京国立博物館に行った際に、国立科学博物館に立ち寄っていたら、其一の苔だ! と思う苔があったので撮影してみました。

  

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国立科学博物館 常設展示より


絵画的効果を狙った、アイコン的な意味合いの苔だと思っていたのですが、かなりリアルでびっくり!

それは、そこに生息する植物=苔のびっちりとした量的なものが、じっとり、ウェッティーな空気を漂わせます。一方、背景は光を表す金で、そのアンバランスさは、お互いが拮抗しながら、同居し、光が注いでいるのに、湿っているという妙な空間を
作り上げているように感じさせられます。

 

 

■水の勢い

日曜美術館でも取り上げられました。いずれもこの屏風の特徴として共通して語られるのが水流の勢い自分に向かって押し寄せてくる流れ

屏風を前にした時のそのパワーたるや、いかばかりなものか。構図を見ただけでもそれはある程度の想像ができます。さらに屏風の立体性が加わることで、視覚的にはどのような世界が広がっているのかそこから流れ出す水の勢い・・・・・それを考えただけでもぞくぞくとさせられます。


■《夏秋渓流図屏風》の水の勢い

〇最初に見た印象は・・・

見どころトークのセミナーに合わせて訪れました。(第3期 10/5~)セミナーの前に、まずは拝みに行きました。

4階の第一展示室へ・・・・入ってまもなく見えてきました。水流が交差するあたりに誘われるように行き、目の前に立ちます。


えっ? これですかぁ・・・・・ ちょっとがっかりなんですけど・・・・全然、水が迫ってきません。

というより、百合が大きすぎで目立ちすぎ・・・ひそやかにそそと咲いているのかと思っていたのに・・・・

イメージしていた水流の勢いあまりに大げさに期待しすぎてしまったのでしょうか?
こんなものだったのか・・・・ これじゃあ看板に偽りありじゃない?と思ってしまいました。


そこで、思い直しました。そうそう、屏風というのは、立って見るものじゃないのよね。座ってみるように描かれている・・・・

そう思って、腰を下げたとたん、うわ~・・・・といきなり、水が一気に自分に向かって押しよせてきました。なるほど、こういうことだったのね・・・と納得したのでした。


〇さらに視線をさげると

さらに目線を下げてみました。屏風の赤い枠が邪魔に感じてしまったのです。この赤い枠によって、せっかくの水の勢いを止められてしまってると思いました。

そこで、この枠の赤が見えなくなるくらいまで視線を下げてみました。するとまたまた驚きが・・・・新しい景色を目の前に示してくれたのです。


赤い枠が見えなくなったことで、屏風の前の面が、水を受ける滝つぼのように変化し、
深い渓谷に変わるのです。

  下記の写真のような感じで、
  赤い枠が見えなくなるポジションから見ます。

   ⇒夏秋渓流図屏風(出典:弐代目・青い日記帳より)

これによって、屏風の前の部分に水が流れ込んで、並々と水がたたえられているように感じさせられるのです。

さらに「左隻」の左端の岩と、「左隻と右隻」にまたがる岩。この岩が、ストンと落ち込んで渓谷のような高さのある岩に変化したのです。その急激な場面展開に、それはそれは驚きを感じさせられました。



 

■岩の金色の効果

また、この岩の上面の金色が、えもいわれぬ輝きを放っていて、見る角度によっても、輝きが変化し、存在感を放つのです。

さらに、左から見た様子、右から様子ががらりと形態が変わります。屏風の凹凸の折によって、金の面積が変化します。それによって、渓谷の地形までもが変わるため、
動きながら見ていると、本当にこのような山中を探索している錯覚に陥るのでした。

 ⇒展覧会レポート
      根津美術館『国宝燕子花図屏風』 (2010.05.03更新)
     上記の一番最後の写真

最初に「なんだ・・・・この程度なんだ・・・・・」と一度は、思わせておきながら、この変幻自在のサプライズ、そのギャップに一本、とられた感がありました。(笑)



 

■ベストポジション探し

ある程度、鑑賞経験がある人にとって、屏風を座位で見るというのは、基本の鑑賞法だと思います。が、そこから、さらに下げて見るというのは、あまりしないのではないでしょうか?

見ている人たちに、教えてあげたい衝動に駆られていました(笑) 其一展に行くと聞いた人には、赤い枠が見えなくなるまで、目線をさげてみる。というポイントを伝えていました。その角度で見てきた人は、みんな口をそろえてびっくりしていました。

サントリー美術館の展示では、かさ上げしたりせずそのまま設置されていました。
(《朝顔図屏風》はかさ上げされていました)

一方、根津美術館の展示は(⇒これガラス―ケースの高さも高いので、屏風の目線が上がります。そしてちょうど赤い枠が隠れるような目線となり、しかも、椅子が置かれています。

さすが所蔵美術館、ベストビューポイントを抑えているということでしょうか?


最初に、な~んだ、こんなものなのか・・・・・と思ったとしてもしつこく鑑賞を続けてみる。そして、いろいろな角度から見ているうちに、あっと驚くポジションがみつかる・・・・・・最近、いろいろな場面で感じていることです。


ただしじっくり鑑賞する時は、↓ のようなことに注意しながら(笑)

   〇展覧会によくいるちょっと困った人たちの話



■展示の仕方が変わっていた 

〇屏風の高さが違う!

さて、この展示を見たのは、10/10 3期の最終日でした。ついでがあったので4期に入った10/13 にもでかけました。
再度《夏秋渓流図屏風》を、視線を下げて見ようと思ったのですが、どんなに下げても、あの邪魔な赤い枠が消えないのです。ほとんど、床面に接するかぐらいに顔をちかづけないと枠が消えません。どうしちゃったんだろう・・・・ おかしいな・・・・
と思いながらよくよく観察してみると、なんと台座に乗せられていて屏風が20cmほど、高くなっていたのです!

え? そんなことってあるの?
私の思い違い? 記憶違い? と思いながら、音声ガイドの方に確認するとわからないということだったので、他の方がみえました。それでもわからなかったため、館に確認しに行っていただけました。やはり高さを上げていたことがわかりました。

ただ、どうして上げたのか理由は担当学芸員でないとわからないので、質問シートで問い合わせて下さいとのことでした。

その後、フレンドリートークや、美の扉などセミナーもあるので、そこで伺ってみようと思いますとお伝えしたところ、「見どころトーク」以外は、学芸員が担当しているわけではないので、理由まではわからないかもしれない・・・・とのことでした。その日に担当学芸員がいれば、お答えできるのですが・・・・とのこと。


屏風の高さが、展示替えを境に、変わるなんてことがある・・・・

というのは、ちょっとした発見でした。また、そんなことに気づけたのも何かの思し召し(笑)と思い、これはセミナーに足しげく通って、気長に解明しようと思いました。
 

 

〇展示方法は変化する

そこでわかったことは、担当学芸員さんから直接伺ったわけではありませんが、展示は、アンケートなどの声によって、変えることがあるということでした。

「そんなことを、わざわざ、アンケートに書く人が、いるんですか?」とお聞きしたら、結構、いろいろな声があるそうです。

「屏風を見やすいように高くしてほしい」とか、「座位で見て、ちょうどいい高さにしてほしい」とか・・・・

そういうことを言ってもいいんだ・・・ということがわかり私も伝えました・・・(笑)

「《朝顔図屏風》がかさ上げされていたため、
  座位の高さで見ようとすると、中腰になって、とっても疲れるんです。
  中途半端にかさ上げされると見にくいんです・・・・」と。

ただ、これについては、メトロポリタンからの借りる際に、展示の高さを指定されているかも・・・なんて話をしていたことを伝えました。

確かに、マルモッタン美術館のモネ展の時に、ライティング、制昨年表示などは、マルモッタンモネ美術館の指示で行われていたと聞いていました。外人は背が高いので、それに合わせてた展示の高さが決まっていて、それを日本でも、準じる形になったのかも・・・と。

その後に展示された《風神雷神図襖》《夏秋渓流図屏風》は、かさ上げしていていませんでした。


ところが、休館日をはさんで、3日後に訪れたら、《夏秋渓流図屏風》が下駄をはいていたのでした。

偶然なのか、その日の終了間際に、外国人の研修旅行のような団体さんと遭遇。特別の団体さんで、外国人の目線に合わせておいたとか?(笑)


「座位で見たい」とかそういう声ってマニアックすぎますよね・・・・と話していたら、「座位で見ると中腰になるから疲れる」という声は、結構、多いのだそうです。

ただ「車いすの方もいらっしゃるので、そこも考慮しないといけないので・・」と言われました。車いす観覧のことがあるので、高さをそんなに上げることはできないという話は以前に、聞いていたので、

「それは、絶対条件となりますか?」と伺うと、
「絶対というわけではありませんが、考慮はしないと・・・・」

背の高さによって見え方はちがいますし、自分の見たい高さというのも、それぞれ好みがあると思うので、「ある人には、高いだろうし」「ある人にとっては低い」みんな自分本位に、好き勝手なことを言うと思うのですが、そんなことをいちいち聞いていたら大変だと思うのですが、「そのあたりは、どのように折り合いをつけているのですか?」 

という質問に、「いろいろなせめぎ合いがあって、よきところをとっているのだと思います。」とのことでした。

展示の高さが途中で変わるなんてことは、考えたことがなかったので、それを目の当たりにし、そこに気づけたことは貴重な体験でした。何度か同じ、展示を見る時は、そういう楽しみ方もありそうです。

 


■金地の違い

《夏秋渓流図屏風》を見ていて、気になっていたのですが、解決することができなかったことがありました。

それは、背景の金と、下部の岩の上の金の違いでした。どうみても、同じ金には見えず岩の金がなめらかで繊細で、それによる光の反射が効果的に描かれているように見えました。
背景に金箔を重ねたあとがあるのに対し、岩の上は、マットで均一でした。おそらく技法が違うことは、その様子からも見てとれました。その後に開催される其一のセミナーを通して伺ってみたのですが、そこまではわかりませんでした。


 

〇御舟の屏風から糸口発見

ところが、それを解決する糸口は思わぬところからやってくるもので、速水御舟展で紹介されていた御舟の「撒きちらし」という技法ではないかと思われました。下記に詳細を記載していますが・・・・

  ⇒〇速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造― 《名樹散椿》「撒きつぶし」と其一 (2016/11/03)

金箔を張るのではなく、箔を細かくした砂子状にして竹筒に入れて、振りかけていくという手法です。そのため、箔足(金箔の重ねたあと)がなく、マットで繊細な色が出るとのこと。

其一も、岩の上をこの技法使っていたんだと確信しました。ところが、日曜美術館や、山種美術館の解説では、御舟が生み出した方法・・・・と解説されていました。
心の中で、其一も、使っているはずだとと思うんだけど・・・ と思っていました。



 

■見る方向を変える

屏風というのは、右側から、左側からの構図も意識して描くものなのか。これは初めて屏風を見た時から疑問に思っていたことでした。屏風を見る時には、必ず、左右からも見て、その構図の変化を確認してきました。

完全に意識していると思われる場合もあれば、なんとなくそうなのかな・・・・と感じること。右からは意識されているけど、左からはちょっと崩れていたりとか・・・

照明を担当されている方の話では、すぐれた絵師は、きっと考えていると思いますというお話は伺っているのですがまだ確証が得られずにいました。

 

〇《夏秋渓流図屏風》を左右から見る

《夏秋渓流図屏風》の左右からの見え方は、それはそれは、ダイナミックな景観を展開してくれました。

 ・右から見ると⇒左隻の水の流れが、立体的になり、
         左隻の屏風は奥の方に渓谷が広がります。
         右隻から散歩をして森林に迷い込んだ錯覚になります。

 ・左側からは ⇒また新たな景色が展開し、違う空間に迷い込んだようです。


【左右から見て成立する屏風の構図の描き方】

両方から見て、違う構図に見える屏風を描くというのは、どういう頭の中でアプローチをして描いているのでしょうか?

・右から、左からの構図を整えるためには・・・
 一枚おきに、土坡の曲線をつなげる。
 右側から、左側から見て、隣あう屏風(一枚おきの屏風の)
 接点を一致]させて描けば、左右からの構図をつなぐことができることに気づいた。
 その間は、どのように描いてあってよい。
 左右から見た屏風どおしの接点を決めてあれば、描くことは可能。
 ということは、この屏風の自然は、実際の自然を見て描かれてはいますが、
 虚構の世界・・・・
  
  下記の写真は左から眺めた構図がよくわかrます。
   展覧会レポート
      根津美術館『国宝燕子花図屏風』 (2010.05.03更新)
     上記の一番最後の写真


〇右隻 左隻を独立させその中央で見る

左隻、右隻の正面中央のあたりにしゃがみ込むと、水の流れた落ちた小さな泡が、ブクブク音をたてながら回転しているように見えました。

これまでも、左右から屏風を見てきたのですが、左右両方の視界がここまで完璧に景色がつながっているのは、この屏風が初めてです。


見どころレクチャーの際に、学芸員の方に、屏風は、左右からの構図も含めて考えているのかをお伺いしたら、「もちろんそれは考えています」という力強いお答えをいただいてやっと納得ができました。

 


■メモ

以下、鑑賞メモから

 

[右隻]

・百合の写実に対し笹のデフォルメ
・百合は一見、写実に見えて、花びらの先が妙に巻いていてデザイン的

 ⇒【国立科学博物館】 企画展「日本の自然を世界に開いたシーボルト」内覧会(出典:ココシル上野])
  先日、シーボルト展でユリの標本や植物がを見ました。
  カールしたゆりの花弁は、デザイン的なものかと思っていましたが、
  上記の紫陽花のコーナーを見ると、カールしたユリが幾種類もあり、
  このようなユリが存在していたことがわかります。


・笹は大きくイラスト的 一部葉がちぎれているのは其一の遊び心?
・百合や笹を大きく描くのは琳派的表現(音声ガイドより)

・檜の葉が緻密 フラクタル構造を感じさせる 盛り上がってる 油絵的?
・木の幹の水彩のような表現だがリアル
・ノッペリと描かれた緑の土坡 ところどころに亀裂(土が見える)

・木に蝉がとまっている これについてはいろいろなところで語られています。
 そのため、それを見つけてもああ、いるいるというだけになってしまいます。 其一なら、これくらいのものは描くよなぁ・・・・
 扇にあんな小さな蜘蛛を描いてしまう人だし、《四季花鳥図屏風》でも、
 鳥が虫をつつくの図が・・・・ 
 そんなわけでここにも小さな動物、他にもいる可能性は大。
 私はこの他に何か描いていないか、画面の端から端まで、
 双眼鏡でくまなく観察をしました。が結果、新たな発見ならず(笑)
 (双眼鏡だと、焦点距離が長いため、観察するのに
  他の鑑賞者の邪魔になりにくいのがメリット
  一応、周囲には気を使ってみています (笑))

・水の流れも群青の単色のように見えるが、細かく見ると流れの先に
 色のグラデーションが確認できる
・水の流れの落ちる細かな泡 遠くから見ると目にとまらないが、
 近寄って、上から見る視線、同じ高さの視線、見上げる視線で劇的に変化
 水が落ちてはねている音が聞こえてくるよう

 

[左隻]

・檜の葉に枯れた茶色の葉が見られ季節の移ろいを感じさせる
・土坡からのぞかせるシダも茶色に
・紅葉した桜の葉  青・緑・金の世界に強い存在感
・葉の一枚は、繊細な葉脈まで表現
・水の流れ落ちる場所に座ってみると、
 それまで桜の葉がはらりと落ちる瞬間を切り取った静止画だったのが
 上からハラハラ落ちてくる動きを感じさせる。水の流れに呼応して落ちるよう。  

・水の表現を、岩肌をねっとりとアメーバ―のように這う。
 といった表現で根津美術館では解説をされている。
 私にはこの水が「ねっとり」しているようには感じられません。
 「べったり」の方がしっくりします。
 また、この屏風の水がアメーバ―の動きなのかな?と

   ⇒高校生物実験 アメーバ   
    「動きの軌跡」としては似ているといえば似てる気はしますが、
    水には粘性とは言えない勢いが感じられます。
    アメーバ―の動きとは、ちょっと違うと思ってしまうのですが・・・

・最初に目につく「緑」と「青」
 しかもべったりと濃淡もなく単調に描かれている。
・しかし、よく見ると部分、部分にヌケがある。
 緑の土坡の切れ目、青の水流の金線と泡。
・その一方で、木の幹、葉、岩のたらしこみの精細な描写が対比的。


 

【リアルと非現実の拮抗】

・リアルと非現実がお互いを際立たせているようでもあるが拮抗もしている。
 ある意味、お互いが主張しぶつかりケンカしているかのよう。
 それが、この絵の強烈な印象につながっているのではないかと思う。
・強烈な青を水に使い、岩にはまた違う青を使っている。
・水流を群青でべったり塗りつぶす一方で、
 金線で勢いよく水流を描いたかと思えば、細かな泡立ち、繊細さも描く。
 と思わせながら群青の水も、ところどころに濃淡をきかせている。
・一種のアイキャッチのような苔はデフォルメされたアイコンのように
 思っていたけども、実は、超リアルだった  ⇒写真参照(国立科学博物館にて)



 

■私がみつけたビューポイント

〇左右の屏風の中央に位置し、座位からさらに低い目線で見る。

 (サントリーでは距離が、かなり離れた位置になります。
    展示会場によってこのポジションは変わりそうです)

〇右隻 左隻それぞれの中央で屏風の手前からの位置。

 そこから正面の屏風と、反対側の屏風に広がる世界観。遠近表現や水の流れ。
 段上になって落ちる水の流れが立てる泡が、動きだしたりと、
 全く違う世界が広がります。
 また、静止していた落ち葉が、自分に向かって落ちてきたり・・・
 地形が変化したり・・・・ 屏風の奥への奥行きを感じさせる。
 正面から見ているのとは、全く違う世界が・・・・


 

〇《夏秋渓流図屏風》を左から鑑賞

  ⇒根津美術館『国宝燕子花図屏風』(展覧会レポート)一番下の写真参照

  ⇒背景の金地の箔足と、岩の金の違いがよくわかります。
   また岩の金の光の反射、そして岩の形、表面積の違いも認められます。
  ⇒右隻の水の流れが一筋の流れとして描かれていてこちらに向かってくる様子。
  ⇒土坡の変化、屏風の折により百合の存在感が抑えられ(これも角度により変化)
   右隻の右端は急にいきたつような斜面に
  ⇒手前の左隻 1扇の中央部は、向こうの空間にいざなわれるかのよう。
   それを、岩の金地のちょろっとしたでっぱりが、その方向へ誘導している?
   一方、目線を下げることで、岩に高さを感じさせる。
   立位で見ているときは、この岩は低い平面的な岩に・・・


こうした、自分だけのビューポイントをみつけてみる。
そんな鑑賞も面白いです。


 

〇アンバランスの同居

・湿った空気 暗い森  vs  金の背景 明るさ
・リアルと虚構   写実と抽象

・岩の上面の金は、暗い森の中に注ぐ光を描いたのかも・・・
 背景の金とのバランス
・自然界は陰性、嫌気的なものもあるけども、光が必要・・・・の象徴?



 

【追記】屏風の枠の色

鑑賞をしていて、枠が邪魔・・・・と思って(笑)この色彩になぜゆえに「赤」の枠を持ってきたのか・・・・

これまでこの屏風の修復がされたと思うのですが、その色を変えてしまったりするものだろうか・・・・この屏風ができた時から、「赤」だったのか・・・・

と思いながら、そうか・・・・・はらりと落ちる桜の葉の紅葉。
それに連動させて赤にしたのか・・・・

と思いながら隣の風神雷神襖の枠も「赤」であることに気づく。ここでも赤なんだ・・・・と思った時、枠は漆だということに気づきました。漆の色といったら、「黒」か「赤」ほぼ二者択一しかない・・・  そこで選んだのが「赤」ということだったのか・・・

 

【参考】2016.11.12 谷村文庫より『癸巳西遊日記

京都大学附属図書館所蔵 谷村文庫より『癸巳西遊日記』

『癸巳西遊日記』をオンラインにて閲覧可能です。旅をしながら、スケッチ。水の流れをいろいろ描写しながら、《秋夏渓流図屏風》は生まれました。

『癸巳西遊日記』・・・水表現
  〇第1冊08/22
  〇第2冊03/26 
  〇第2冊16/26・・・宇治川の濁流
  〇第2冊17/26
  〇第2冊18/26 
  〇第2冊24/26・・・修学院の音羽滝 
  〇第2冊25/26
  〇第4冊03/17・・・箕面
  〇第5冊07/20・・・布引滝