見る前から、あまり気乗りしない作品でした。ところが、実際に見て、どんな人が、何を作ろうとしたかを知ったことで、捉え方が180度、変わってしまった作品です。何も知らずに見た時の想像力と、知ってからの想像。その対比がとても面白い作品でした。感想は二分されそうです。さてあなたはどちらでしょうか?
- ■唐突に表れる真っ赤な絵馬掛け
- ■実験器具は何のため? 分子ガストロノミーを提供?
- ■映像は、リケジョのたまきが、遺伝子組み換えで赤い糸を作る話
- ■作者 スプツニ子の正体は、マサチューセッツ工科大の助教
- ■作品に込めた思い
- ■オキシトシンについて
- ■豊玉姫について
- ■豊玉姫神社について
- ■男木島の豊玉姫神社
- ■神話と科学の融合 八百万の神と自然
- ■【関連記事】豊島
- ■【関連記事】瀬戸内芸術祭 直島
- ■【参考サイト】
- ■【脚注】
■唐突に表れる真っ赤な絵馬掛け
現代アートは、「好き」「嫌い」が大きく分かれがち・・・・ (現代アートだけに限りませんが・・・) こちらの、豊島八百万(やおよろず)ラボは、最初に見た時は、あまり好きではない部類の作品でした。作者が「スプツニ子」 なんだ、このふざけた名前は!(笑) アニメーターなのでしょうか? そして作品紹介でよく目にした写真がこれ・・・・↓
私の苦手なタイプの作品です。唐突に表れるこの色は浮きまくりで、奇をてらったかのよう・・・ 作りも、貧相というか・・・ 若者たちの恋愛成就祈願。ここに絵馬を奉納させて、立ち寄りスポットにしようという魂胆ね・・・・ と最初から、懐疑的でした。
▼ とりあえず撮っておきましょうか・・・的な写真(笑)
▼建物はこんな感じで、この建物と絵馬はどういう関係?
▲ 2つの入り口
■実験器具は何のため? 分子ガストロノミーを提供?
この扉は左右で分かれています。右から入りました。左側では映像が上映されているようです。映像を見てから、右側を見学をした方がいいのか・・・ 見学してから、ビデオを見るのか。スタッフの方に聞いたら、どちらでもと・・・・・とりあえず、そのまま右側のブースをまずは見てみることに。
私はなぜか、ここを喫茶店の厨房側だと思ってしまいました。反対の映像コーナーから、カウンター越しにドリンクを頼み、ドリンクを飲みながら映像を鑑賞する・・・・よほど、のどが渇いていたのでしょうか。(笑)
出典:豊島八百万ラボ | アート | ベネッセアートサイト直島 より
まず目についたのが、吊り棚に積み上げられた緑の箱。「キムワイプ」!
なぜゆえにこんなところに「キムワイプ」を積み上げているのでしょうか? こんなもの化学実験をした人じゃなきゃ知らないでしょ。と思いながらも、すかさず、ここではキッチンペーパー代わりに、キムワイプを使っているのだと理解しました。
手元に置く常備品としてこの数を積み重ねる。ということは、相当な使用量が考えられます。キムワイプは、いわば、高級ティッシュのようなものです。本来は、バンバン使うものではありません。ところが、この場所にこの数を常備しているということは相当量の消費がここで行われていることを意味していると思いました。
そして、以前こんな記事を見たことがあったことも影響していたかもしれません。⇒【*1】さらにこんな記事も⇒■理系の人しか知らない”キムワイプ”とは!? キムワイプというのは、理系の人たちが内輪で盛り上がるアイテムで、ネット上でもよく話題になっているようなのです。ところが、なんでそんなアイテムをここに積み上げたのか???? しかも、それを真っ先にみつけてしまった自分も、やり取りを笑って見ていたのに、同じ穴のムジナだった・・・・ことを知るここととなり(笑)
そして、その周囲を見たら食器の乾燥には「インキュベーター」(ふ卵器)使ってるし・・・・ 遠心分離器(?)は、ジュースを果肉と上澄みにでも分けるのか・・・・とか
ここは実験室風にアレンジされたドリンクコーナーの厨房なんだ・・・ と思いながら振り返ると、そこには白衣が掛けられていました。(これが制服? と思いつつも、そろそろ、何かが違う・・・と気づき始めてます) そして、テーブルの上に置かれた書籍を見て、なんで、こんな書籍を、カフェスペースに? こんな本を置いても、手にして読む人、いないでしょう・・・・・ と思ったところで、やっと、ここはドリンクコーナーではなく、実験室そのものなのだと理解したのでした。
ここを見て、飲み物を提供している場所と思っってしまったのは、よっぽど、喉が渇いていたのでしょうか・・・・(笑) あるいはこの作品に対する予備知識「0」という状況は、あの絵馬を下げた赤い作品と、この建物の中が実験室であるということを繋げることができるものが何もなく、私には飲食コーナーと映ったのでした。目の前に見える実験器具が何であるかはわかりました。しかしこれらは、実験室の備品なのではなく、別の目的を持ったもの。たとえば今、はやりの分子ガストロノミーのような、科学を使った手法で、飲み物を出すカフェコーナーと理解したのでした。
それにしても、テーブルの上にある書籍は、バリバリの生物学系(?)の書籍だったと記憶しています。常々、アートは「生きる」ということに対してアプローチしていくものと思っていました。⇒【*2】
その表現スタイルが、アーティストのオリジナリティーであり、いろいろなアイテムを駆使して、様々な捉え方で示していくものだと思っていました。それを具現化するためのアイテムが生命に関する専門書なのだと理解したのでした。
■映像は、リケジョのたまきが、遺伝子組み換えで赤い糸を作る話
隣のコーナーに移動して映像を見て、やっとこの作品の全貌が明らかになりました。
瀬戸内国際芸術祭2016〈直島・豊島〉新作リポート! | カーサ ブルータス | より
ヒロイン、たまきのフルネームは豊田玉姫(とよだ たまき)。
古事記に登場する豊玉姫(とよたまひめ)からヒントを得ている。豊玉姫は豊島の由来とも言われており、愛する山幸彦との子供を鮫の姿で産んだともいう。ヒトと鮫の間を行き来する豊玉姫は、ヒトのオキシトシンと珊瑚の遺伝子のハイブリッドである蚕にも通じる。⇒【*3】
好きな人にその気持ちを伝えることができない不器用な理系女子の主人公が、自ら研究する遺伝子組み換え蚕によって「運命の赤い糸」をつくりだそうとする映像作品を中心に、インスタレーションが展開。
アーティストの妄想が、科学の裏付けを得てしまった! と言われています。最近のアーティスト(アニメーター?)というのは、科学の世界の先端技術のこともわかっていて、農業生物資源研究所まで動かしてコラボできるほどの、知識や力を持って作品づくりをしているんだ・・・・・ と思っていました。
■作者 スプツニ子の正体は、マサチューセッツ工科大の助教
マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの助教(ひょえ~! しかもあまりに美しすぎ~ コスプレもしているのでてっきりアニメ系の方かと思ってしまいました。)
■作品に込めた思い
現代の複雑な問題に対し、多くの方に伝わりやすい手法でポップに表現するスプツニ子!。その活動の根本には、資本主義や政治的なプロセスの中で、議論が熟さないまま物事が決められていく社会に対しての大きな疑問が存在しています。豊かな自然に恵まれた島の小さな集落で産声をあげる、「豊島八百万ラボ」。彼女の思考を体現するかのように、急速に変化する社会において私たちが未来をどうデザインしていくのか、問いを発し続ける場となることでしょう。
■オキシトシンについて
■豊玉姫について
さて、豊島の由来となったとも言われている伝説、豊玉姫について
出典:豊玉姫の怒り - 平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図
■豊玉姫神社について
この八百万ラボのある古民家は、豊島の檀山にある豊玉姫神社を拝めるように、古民家の一部を切り取る形でリフォームしたという話がありました。 この話が、そのあとに訪れた男木島の豊玉姫神社と思いもかけなくつながるのでした。
■男木島の豊玉姫神社
男木島の山頂にも豊玉姫神社がありました。
▼そこには、男木島の玉姫伝説が書かれていました。
「安産の神様」としてまつられている豊玉姫神社。豊島も男木島も、島のどこからも見える高い位置に祀られています。
▲神社の階段を降りると ▲島が一望できます
島を維持していくためには、子孫繁栄は不可欠なのだということがわかります。そこで島のどこからも見える高い位置に、安産の神様が祭られていたということだと理解しました。
豊島の八百万ラボの作品は、遺伝子組み換え蚕によって「運命の赤い糸」で結ばれ、子孫繁栄につながるというテーマになっていたのだと。その裏には、離島による若い世代の島の人口減少の問題なども、込められていたりするのかもしれません。
また、男木島のこんな今昔物語のパネルも掲げられていました。
▼下肥を頭に乗せて畑の肥料にしていた時代
▼立ち並ぶ屋根瓦。家を建てるためには島民皆が港から材料を頭に乗せて協力した往年
これは、男木島の話ですが、瀬戸内全体の島に共通する話だと思われます。豊島のスプツニ子さんの作品は急速に変化する社会において、私たちが未来をどうデザインしていくのかを問いかけていると言います。こうした島という社会が抱える特有の問題。かつて生活を支えたと思われる、養蚕にスポットを当てて、問題提起をしようとしたのでしょうか? 養蚕が豊島で行われていたという話もあれば、行われていなかったという話があるようです。観光協会に聞いてみたところ、養蚕をしていた家はあったらしいのですが、盛んだったというわけではなかったようです。
■神話と科学の融合 八百万の神と自然
「神話と科学」を融合して、人間のこれからを考えることができるようなスペースとして作ったそうです。日本はもともと多神教と言われ、八百万の神が、自然の中に存在すると信じられてきました。自然豊な豊島。ここにも至るところに神が存在しています。自然とともに生きる。そして万物に神を宿し、平等に愛してきた日本人の精神性。
今ここで、失われつつある自然を、島の豊な自然を前にして、「遺伝子組み換え」や「赤い糸」というテーマを扱った作品を投げかけられることで、人間と自然、そして科学という新しい時代の波についても、それぞれが受け止めて考えよう、ということを投げかけようとしているようです。
〇かつての豊島の姿
今、表向き豊かに見える自然の多い豊島も、1965年頃から有害産業廃棄物処分場が計画され、フェリーに産廃が荷積みさら、それらが、野焼きされるという現状がありました。子供たちは喘息の健康被害に・・・・
(出典:豊島事件の経緯 | 豊島・島の学校)
そんな県を相手どった公害調停の終結は、2000年ことなのです。
〇表だけでなく中まで見る
豊かな自然の中に隠れている問題がある・・・・ ああ、きれい、美しい・・・・といった表面だけを見るのではなく、様々な側面をちゃんと見てね。というメッセージを込めているのだと受け止めました。
10年ごしの直島、豊島の来訪の目的の一つは、こうした、表向きのことだけでなく、島が抱えていた問題を知るということがありました。⇒【*4】
そこで、三菱マテリアル 直島製錬所 を見学することを行程に組み込んでいました。そこで初めて、豊島の産廃が直島の三菱マテリアルに運ばれ処理されているという話を知ったのでした。
この美しい島が、産廃でひどい状態だった。犬島、直島のことは聞いていましたが、豊島までも・・・・ まさに産業構造の光と影の部分です。それが、この作品ともつながって裏メッセージとして込められているのではないかと・・・・
〇科学がもたらす問題
人のつながりとともに、自然も繋げていかなければいけないのです。急速な発展の光と影。今後も科学技術の発展とともに、置き去りにされていくだろうことが考えられる問題の数々。それらをより多くの人、幅広い年代にメッセージをいかに届けるか。そのための、様々な手法。
人類が歴史を紡ぐために必要なこと。それは男女の出会い。それを一番、わかりやすい形の入り口として示していたのがあの赤い絵馬掛けだったのだと理解しました。
(さらには昨今の社会をとりまく同性婚の問題。多様性を認めていく社会として法的整備などにも広がっているのかもというのは飛躍のしすぎでしょうか・・・・)
改めて・・・・・絵馬掛けの写真です。
おそらくこの奥に見える山が「檀山」(だんざん)なのでしょう。そこには「豊玉姫神社」が祀られています。「出産の神」として・・・・ 山頂から、この絵馬を見ながら、どれだけの赤い糸を、つむいでくれるのでしょうか? 「緑」と「赤」の補色の関係。緑多い豊島を見下ろした時に目立つ色。それが「赤」です。そして「赤い糸」 唐突な赤・・・ と思いましたが、神社の鳥居の「赤」です。赤という色が持つ意味、込められているもの・・・・いろいろな意味があったのだと理解しました。
▼「檀山」と「絵馬掛け」
「檀山」を望み、壇山から見下ろされています。
わかりやすい位置関係で撮影された写真をお借りしました。
出典:494日目]豊島アート(32/47都道府県) - リターンライダーJ 日本一周
▼リフォームの状況
八百万ラボの古民家は、豊島の檀山にある豊玉姫神社を拝めるように、古民家の一部を切り取る形でリフォーム
奥と手前の建物の間に、絵馬掛けが設置。おそらくつながっていた古民家を分離し、そこに絵馬掛けを設置。壇山が望めるようにしたのだと思われます。
壇山の豊玉神社が気になります。
↑豊玉神社 ↑ 山頂から
(出典:キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ|
豊島の周回道路を歩き、壇山山頂から瀬戸内の島々を眺めた。
~土庄町~ 明日、高松へ。 他 (2012/12/16) )
↑ 本当は、こういうところにも立ち寄りたかったんです。
せっかくレンタカーを借りたのだから、車がないといけない場所、誰もいかないような場所に訪れることを目的としていましたが、事前調査と計画の詰めが甘かった・・・「檀山」(だんざん)・・・そこには、豊玉姫が祀られ町を見下ろして、見上げられているのでした。
今度、行く機会があったら、「檀山」の豊玉姫神社へ・・・・
車のルートは、家浦港からと唐櫃港からがあり、家浦港の方が道は比較的良好とのこと。いずれも、時間は20分~30分。途中、舗装されていない道があり。歩くとしたら、清水のバス停から。
豊玉神社は全国に点在します。次にまたどこかで出会った時は、この神話を思い出されるでしょう(と言いながら、以外に、すっかり忘れていることも多いのですが)神社がどんな場所に祀られ、どんな願いが込められているのか・・・・ 地域にとってどんな存在なのか。そんなことに思いを馳せることができるのかもしれません。
■【関連記事】豊島
■【関連記事】瀬戸内芸術祭 直島
■瀬戸内芸術祭 直島 地中美術館(食べログ日記INDEXへリンク)
■【参考サイト】
〇アウトサイダーズ・アートブログ |豊島2016春(1)~豊島八百万ラボ
〇豊島八百万ラボ(スプツニ子!)で蚕に驚く【瀬戸内国際芸術祭2016】 - 離婚直後の40歳、大学院進学と博士を目指す。
〇バイオとデジタルの交差は、「八百万」的神話世界につながっていく~アーティスト/MITメディアラボ助教 スプツニ子!氏 - 電通報
〇成瀬・猪熊建築設計事務所 » 豊島八百万ラボ・・・設計事務所 構造 コンセプト
〇瀬戸芸2016豊島 | ユアクルーズ・・・・作者の名前・背景
■【脚注】
*1:■理系が愛用する「キムワイプ」とは、何ぞや? 試してみると幸せになる ...
“理系あるある”でも取り上げられており、理系の生態として、この箱を見ると、過剰反応するということを目にしていたのですが、この空間に入って、真っ先に目に入ったのが、「キムワイプ」だったことが、それを証明しているようで、おかしくなってしまいました。
本来は、実験器具の水滴をとることが主たる目的で使われます。試料をマイクロピペットでサンプリングする際、チップ回りについた資料をぬぐうために使いました。パルプくずが出ないため、わずかなゴミや不純物等で実験データに影響を及ぼさないのです。上記リンクによれば、眼鏡ふきに愛用していたり、キッチンのガス台ふき、シール落としなどにも使う愛用者がいたので、このペーパーを、キッチンペーパー替わりの食器拭きと思ってしまったのでした。病院で使われるビューラックスという消毒剤があるのですが、それをわざわざ取り寄せて、ハイター替わりに家庭で使っていたことがあり、そういう感覚と同じなのかと・・・
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*2:■【追記】(2016.12.07)思考のベースとなっているものがはっきり見えた!
↑ 美術作品の解釈は、学生時代に学んだことがベースとなる
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出産の際に山幸彦に、出産の場面を見ないでほしいと懇願。しかし、その様子を見てしまった山幸彦。豊玉姫が鮫であることを知ります。見られてしまったあとは、海に帰ってしまいました。鮫が人の姿になって行き来していたことは、この作品の物語。蚕に人のオキシトシン(恋愛ルモン)と、珊瑚の光る遺伝子を組み込んだハイブリッド状態(異なる品種の掛け合わせ 交雑種)と同じ意味を持つ
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島の歴史と日本の歴史の狭間で 戦後の急速な復興、高度経済成長期のツケ、公害、環境破壊、そして過疎化・・・日本の産業の発展の影で、島が背負っていた問題。「島」という場所は、発展の「光と影」の「影」の部分を担わされていたという現実を10年前はただ知ったというだけでした。
「アートの島」という「ハレ」の姿だけでなく、直島、そしてこの周辺の島が歩んできた歴史。地域の現状、島の原点の姿にも目をむけられたら・・・と。
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