読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■庭園美術館:ボルタンスキ― 展覧会関連プログラムに参加して ②

 >庭園美術館

庭園美術館:ボルタンスキー展覧会関連プログラムに参加して  の続き

講座に参加する前にざっと見た自分の感想や印象を ↑ で紹介しました。②はセミナーで参加者が語ったいろいろな受け止め方を紹介。またボルタンスキ―の生い立ち、作品に込められているテーマについて軽くふれられましたが、それにとらわれない鑑賞を目的としたという解説がありました。

 

 

1.感想をざっくばらんに自由発言

作品の解説を伺ったあと、自由発言で感想が語られました。記録したメモがみあたらなくなってしまい、セミナーが開催されてからかなりたってしまっているので、おぼろげな記憶になってしまいますが、覚えていることを・・・・

 

「現代美術というのは、どう理解したらよいのかとてもわかりにくく、作者が何を伝えようとしたのかを一生懸命、自分なりに受け止めようとしきたけれども、どうもよくわからず、戸惑っていた。しかし、ある時、理解しようとしなくてもよくて、自分の感じるままに、受け止めればいいのではないか・・・・と思うようになってから面白くなった。」

 

「いつも、母と一緒に美術鑑賞にでかけるのですが、絵を見るのがあまり好きでない母は、早く帰りたいと言われてしまいます。ところが、今回、ボルタンスキ―展は、これはいいわね・・・・ととても楽しそうでとても喜んでいました。」

 

講師からは、現代美術の楽しみ方に対して、理想的な楽しみ方ですね・・・・というコメントなどを挟みながら、進行していきましたが、比較的発言はおとなしめの印象。発言する人はほぼ決まっていて数人だけ。 

 

セミナーの募集が募集だっただけに、もっと活発な意見の交換がされることを想像していました。ちょっと拍子抜け状態。いろんな人のいろんな受け止め方がうかがえるのかと思っていました。

 

 

1-1 日本人ははずかしがりや?

今、「アート鑑賞、超入門! 7つの視点」藤田令伊著)という本を読んでいるのですが、昨今、対話式美術鑑賞が注目をあび、美術館のギャラリートークなどでも取り入れられるようになってきました。VTS (Visual Thinking Strategy)はアメリカで生まれたものなので、日本人には合わない部分もあるという記載がありました。アメリカでは積極的な発言が求められますが、日本人は人数が多くなると声が上がらなくなるのだそう。

 

確かに、募集要項には洋書を見ながら対話形式の講座です。と掲げられていたので、発言できる人たちが集まるのだと思っていたの、20人という人数で、まとまるのかなぁなんて思っていたのですが、それは杞憂でした。バリバリに意見を持った人たちのあつまりと思っていたのですが、現代美術は難しくて、あまり感想や意見を語りにくいのっかも・・・・と思っていたのですが、そういうことではないようです。

 

前出の書籍によれば、日本人は恥ずかしがりや。だから声を上げないらしいのです。講師は、受講者の顔色を見ながら指名して、意見を引き出してもいいのに・・・・と思っていたのですが、日本人の気質を考慮した上での、配慮だったのかもしれません。

 

ちょっとハードルをさげて、おバカな発言でもあれば、発言もしやすくなるのではと思い誰でも答えられそうな質問、《帰郷》の作品について、なげかけてみました。

 

2.《帰郷》は何に見えた?

「あの作品が何を語ろうとしているのかよくわからなかったので、みなさんにぜひ、伺ってみたいと思ったのですが・・・・ 出口のあたりでも、スタッフの方に、『あれはどういう意味なんですか?』と聞かれているおば様がいらしたので、やっぱり・・・と思いながら耳をそばだてていました。『人それぞれに感じていただくのが目的なんです』というお答えで、な~んだ・・・と思ってしまったのですが、あの作品を見てみなさんは、どんなことを感じられたのかな・・・と思いながらここに来ました」

 

「私は、恥ずかしながらあれは、う〇ちだと思ったんです。我ながら子供のような発想だな・・・と思ったのですが、みなさんは、あれが何に見えたのか・・・もぜひ伺ってみたいと思いました。」

 

 

すると、「人の死体」・・・・と答えられた方や、私も「う〇ち」だと思ったと言われた方。「脳みそ」だと感じた方。脳と目、視神経・・・のようなことを想像されたようです。また、お母様と一緒に御覧になられた方は、お母様は、金の山・・・つまり宝の山、ここには、宝物がいっぱいつまっているととらえられていたそうです。本当に人それぞれの受け止め方があって面白いです。

 

私は「う〇ち」だと思ったのですが、これは、「その周りを漂う亡霊が生きていた時に排泄したもの。生きているということは、排泄物を外に出すということで、これは生きた証だと理解した」というお話をしたところ、「人の死体」と本質的な部分は共通しているかもしれませんね。という話にもなりました。

 

「う〇ち」というのは子供のような発想みたいだけどとお話したところ、講師の方は、子供があの作品をどのように見るのかウォッチしていたそうです。ところが、子供は怖がって、あの中に入ろうとせず、反応が見れなかったのだそう。子供は本能的にあの空間を怖いと認識する・・・・あの見つめる目が怖いのでしょうか? 面白いと思いました。

 

恐怖というのは、学習によるものなのか、本能なのなか・・・・と以前、考えていたことがあって、ヘビを怖がるのは、親や回りが怖いもののというイメージを植え付けるからで、何も知らない赤ちゃんは、ペットのようにしていたら怖がらないのではないか。あるいは、それでも、本能的に怖いという感覚を抱くものなのか・・・・と考えていました。初めて見たであろうボルタンスキ―の作品を見た子供たち。全員が、そこに立ち入ろうとしないという子供の感性。そこには第六感、学習によらない直感のようなものが存在するのだなと思わされたのでした。直感にも経験による理由があると常々思っていたのですが、子供たちはどんな理由から、入ることを拒んだのでしょう。本能的にホロコースト的なものを感じとったのだとしたら、子供の感性に負けてしまった感が・・・・(笑)

 

 

3.ボルタンスキーの生い立ち

 そんなこんなの話のあと、ボルタンスキ―の生い立ちについて語られました。冒頭からちらちらと言葉に出ていたホロコースト はずかしながら、その言葉の表現を知りませんでした。なんとなく文脈から想像されるものはあったのですが・・・

 

「生」と「死」をめぐる普遍的な問いかけ――『クリスチャン・ボルタンスキーアニミタス-さざめく亡霊たち』 / 東京都庭園美術館学芸員・田中雅子氏インタビュー | SYNODOS -シノドス- より

【要約】

ボルタンスキーの父親ユダヤ系フランス人。ボルタンスキ―の幼少期は、常に戦争の影が付きまとい、父が強制収容所に送られていたかもしれない時代。そのため、父親は床下に隠れており、存在しないも同然ユダヤ系ということがトラウマとなり作品にも影響したと本人も語っています。子供の頃から感受性が豊かで死に対して、何かを残すために、日常品のブリキ缶などをとっておいて作品にしていました。「身近な過去の保存」が芸術の出発点。

 

その後、父が亡くなりホロコースト」を意識するように。今ではシンボリックな表現方法の一つとなる。大量の古着などもホロコーストを印象付ける。が、ホロコーストのトラウマはあるけども、悲惨さ、悲しみを伝えているのではなく作品に内包された「普遍性」 その感覚を呼びおこさせることがボルタンスキ―の作品の特徴

 

ホロコースト

第二次世界大戦中のナチス・ドイツユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺を指す

 

 

 

 

3-1   ボルタンスキ―のイメージ

ボルタンスキ―を知る人にとっては、作品はホロコーストというイメージでとられられており、作品は、子供の頃のトラウマが影響した暗いものとしてとらえられがちだと言います。今回はそういうことを抜きに、作品を感じて欲しいという思いがあって、あえておいたちなどは詳細に解説せずに、講座を進めたのだと解説がありました。

 

暗くとらえられがちなボルタンスキ―ですが、このように、楽しく御覧になっていただけてよかったです。と語られていました。

 

 

 

 

4.作者 作品のプロフィールについて

これまで、鑑賞をしてきて、作者のプロフィールや、作品の時代背景っていったいなんなんだろう・・・・と思うようになっていました。さらに今回、その気持ちが強くなりました。美術が理解できないと思いながら、鑑賞をしていて、理解ができるきっかけとなったのが、作者のおいたちや、生きた時代、作品の制作環境を知ったり、絵の見方という知識を得ることでした。それによって、これまで理解できなかった絵画がわかるようになったり、深まっていく・・・・面白さがわかってきました。

 

ところが、何にも知らずに見た時の印象と、その背景を知ることによってもたらされるもの。それを比較していくにつれ、作品や作者のプロフィールは、どうとらえたらいいのか・・・・というジレンマのようなものを感じました。作品背景を知らずに感じたことも、鑑賞のうちだし、知ってから見たことも鑑賞。

 

 

4-1  「最晩年作品」という作品の背景

たとえば、国吉康雄「晩年作」と言われるピエロを見た時のこと。最初はそんなことも知らずに素通り。しかし、晩年作・・・・ということを知って、そのプロフィールから、いろいろと想像を巡らせて、あれこれと作品の解釈をしました。

  ○国吉康雄展:②-1 最晩年作品 《ミスタ―エース》と自己対話型鑑賞(2016/06/09)
 

ところが、その作品は最晩年作ではなく、その後に描かれたものがみつかったというのです。「最晩年作」と思って、いろいろ解釈してきたのに、それらは、どうしたらいいの?というとらえどころのなさを感じてしまったのです。

  ○国吉康雄展:②-2 最晩年作品 《ミスタ―エース》と自己対話型鑑賞(2016/06/09)⇒(2016/06/20)

 

4-2  「最晩年作品」に対する先入観

私たちは、「最晩年作」と言われると、その作品に、必要以上の何かを感じ取ろうとする心理が働きます。先日、鈴木其一展が行われ、晩年期の作品にとても心惹かれました。では「最晩年作品」となればどんなにすごいものなのか・・・と調べてみると、「えっ? これですか?」といった掛け軸でした。なんだか消化不良・・・・ 

 

ところが、其一は、当時はやった腸チフスで亡くなりました。表現が悪いですが、コロリといってしまったわけで、残された作品は、いつものように描かれていたものだったわけです。最晩年作品というと、不治の病を推して力を振り絞り、これまでのアーティストの全精力を傾けて制作した作品。ということを考えてしまいがちです。しかし死因は不慮の事故もあれば、はやり病に突然の死ということもあるため、本人は全く死を意識していないこともあるわけです。また、国吉のように、あとから、最晩年作品がみつかることもあります。作品の背景、プロフィールには、ある種の先入観が伴ってしまうということを最近、感じていたことでした。 

 

 

4-3   生い立ちと作品 

 ボルタンスキーの作品にしても、ホロコーストなんてことを知らずに見たら、「う〇ち」みたい・・・とか、宝の山・・・・ という感想が出てきます。その一方で、子供は何か、恐怖のようなものを、直感的に感じているわけです。この作品が「う〇ち」に見えたって、宝の山に見えてもいいと思うのですが・・・・

 

 

4-4   作品背景によっておきる先入観

ただ、生い立ちによって、何か重いものがそこに存在しているだろうというある種の決めつけのようなものが出てきて、それを知っているとその部分で作品を理解しようとします。見たものをその方向へ変換して理解していくという作業が、無意識に行われます。しかし、全く何にも知らなければ、ボルタンさんは、「う〇ち」みたいな作品を作っちゃう人。宝ものをいっぱい詰めた山の作品を作る人・・・・ということになるわけです。

 

 

5.「感覚で見る」「知識を得て見る」両方の見方で捉えギャップを楽しむ

どちらが正しくて間違っているというわけではないと思うのですが、それじゃあ、作者の生い立ちや時代背景ってなんなんだろう・・・・って思ってしまうのでした。それがなくても、作品は理解や解釈ができてしまいます。

 

 

個人的には、美術作品の、そういう二面性(?)も含めて、一粒で二度おいしいを楽しめばいいのだと思うようになりました。だから、最初は、なるべく何も知らない状態で見てみる。それを試みると、そのあとのギャップも楽しめます。

 

自分はこの作品の何を理解していなかったのか・・・・・(この部分に対して意識的になることがことがポイント。あとになるとわからなかった部分を忘れてしまうので)そして、何を理解することによって、作品の受け止め方が変化していくのか。知ったことによって見えてくるものは何か・・・・ 

 

最初の段階で「何を知らなかったから」この「作品の理解へたどりつけなかったのか」・・・といういう部分の知識を、見たあとに補充しておくと、その後、何か作品を見た時の解釈のヒントになったりするというのが、これまでの経験でわかったこと。

 

 

このあとは、ちょっと寄り道をして豊島の現地で見た《心臓のアーカイブ》《ささやきの森》を御覧ください。

 

 

■【寄り道記事】

 

 

 

■【関連記事】展覧会関連プログラム(連番)