■ラスコー展:④感想:第4章 壁画に遠近法や日本画の技法を発見!?の続きです。
5章「ラスコーの壁画研究」のコーナーは、ラスコーの壁画について、当時の動物や壁画のモチーフについて紹介されたり、調査研究の歴史などもパネル展示されています。また、フランスで製作された映像やゲームを使った解説も行われています。
■5章 「ラスコーの壁画研究」
〇映像情報
このコーナーの印象があまり残っていないなと思ったら、そろそろお疲れが出始めたのに加え、映像のモニターを見ようと思っても、人がいてなかなか見ることができなかったのと、空いても、うまく使いこなせず、一連の情報を見ることができませんでした。ただ、トリ人間が男で、そのシンボルがあるというところは、逃さずに見ていたので、あとで撮影に戻りました。
〇調査研究の歴史
このコーナーの撮影がほとんどされておらず、唯一、撮影していた写真がこれでした。調査研究の歴史の展示の部分で、これまで私が見てきて感じたことと全く一緒だ! と思ったからです。
◆動物の分類 記号の分類
「知られざるラスコー」の研究によれば・・・
動物がそれぞれの種に分類されている。
「V字型」「アヴィフォルム(鳥型)」「クラヴィフォルム(棍棒型)「星型」「棒状」「十字形」「扇型」「短い線」「点状」「四角型」「枝分かれ」 以上のような謎の記号が報告されている。
「動物像がある論理に沿って配置された聖域であった」と解釈。
「ラスコー洞窟の壁画は単なる具象表現ではなく、共通の思考を表している」
「ラスコー洞窟における記号は、書字に近いものであると私は強く信じている」
2章で見た時に感じたこと。
クロマニョン人は、動物をある一定の基準を持って分類するという意識を持っていた。そして、描いただけから、動物をグループ化するというルールを持ち、それぞれの部屋に配置した。つまり、「動物像がある論理に沿って配置された聖域」と同じ意味だと思いました。
そして最初は描いただけの状態から、動物を分けるというのは、論理的思考を獲得する過程と考えました。それは「具象表現ではなく、共通の思考を表している」ということと同じです。
そして、この壁画は、何かを伝えようとして描いたものではないか。という考察は「記号は、書字に近いものであると私は強く信じている」と語るアンドレ・ルロワ=グーランと同じ思いからです。きっと、この絵は、文字というものが出現する前の、前駆状態を意味している。そんなふうに思っていました。
それらを的確な言葉で、コンパクトに表されたのがこのパネル・・・・と思ったのでした。私、ラスコーの壁画を、この展示から読み解いてるじゃない!・・・・(笑)
■6章 クロマニョン人の世界:芸術はいつ生まれたのか
フランス国立博物から実物の資料が展示されています。ここはほぼ撮影禁止エリアです。撮影ができたのは、これくらい・・・・
ラスコー展は、世界を巡っていますが、ここの展示は日本限定の特別展示です。クロマニョン人の様々な道具が展示されていますが、その芸術性には、目が釘付けにさせられます。
〇針を作り出していたクロマニョン人
まず、一番に驚いたのは、「針」でした。今と全く変わらない形状です。これすごくないですか?
クロマニョン人は今と同じ形の縫い針を動物の骨で作って裁縫していたらしいよ(゜▽゜;) #ラスコー展 #クロマニョン人ぱねぇ pic.twitter.com/oWlFrF2QES
— トリ人間@ラスコー公式 (@Tori_Magnon) 2016年12月7日
そんなものを骨から作り出していたのです。その作り方のビデオも上映されていましたが、モノの性質を実によくとらえています。そして、加工する技術。骨から作った針を使ってクロマニョン人の人形(?)が着ている衣装を仕上げてしまったのです。
▼衣装の拡大
縫い目を拡大して撮影しようとしましたが、倍率が足りませでした。
着ている服や装飾品などは考古学的証拠に基づいて再現したそうです。この皮の縫い針は、何を使って再現したのか気になりました。本当に骨から針を作って再現したのでしょうか?
▼頭の飾り
頭の装飾品の技術も素晴らしい!
埋葬人骨が展示されていました。頭蓋骨の部分が、ボツボツの隆起があり、なんだろう。へんな病気? なんて思いながら見ていたのですが、埋葬する際に貝殻のビーズの装飾品を頭につけていたものだということを、この展示を見て理解できました。
2万年前のファッションは、思った以上におしゃれ。貝殻ビーズの帽子をかぶった人骨が見つかっているんだって。 #ラスコー展 #予想外にオシャレ pic.twitter.com/QlsOlJhXdK
— トリ人間@ラスコー公式 (@Tori_Magnon) 2016年12月7日
監修者が解説!ココが見どころ「世界遺産 ラスコー展」 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト より
〇芸術的な投槍器
クロマニョン人は槍で狩猟をする際に、槍を遠くに飛ばす術を持てば、動物をしとめる際に、自分たちのダメージを抑えられると考えたようです。そこで登場したのが「投槍器」 槍を投げる器具 と書いて「とうそうき」と読むそうです。
槍の端の部分を投槍器のフックにひっかけて、腕の遠心力を投槍器から槍に伝えて、より遠くに飛ばすのでしょうか? そんなことまで考えていたとは!
槍投げの秘密道具。俺の名前と一緒。 #ラスコー展 #槍投げ用道具 #投槍器_とうそうきと読む #クロマニョン人ぱねぇ #デコってる pic.twitter.com/MjmLoktpZ7
— トーソーキ@ラスコー準公式 (@To_So_Ki) 2016年12月4日
これを見た時に、クロマニョン人の芸術が始まった。芸術に目覚めた瞬間を見た気がしました。遠くに飛ばすための道具。機能を満たせば十分なので、そこに装飾性は全く必要はありません。ところが、必要のないものをわざわざ施す。それこそが芸術の始まりだと思いました。人が人たるための進化の足跡を感じさせられるのでした。
針は縫えればいい。機能を持った道具です。しかし機能を持った道具に、意味のないなくてもいい模様、装飾を施す。そこが、クロマニョン人の芸術性の起源なのだと。ちなみに、「井戸の場面」に描かれた「ヘッドの部分に鳥がついている棒」これは、投槍器と考えられているそうです。
となりには、放たれた槍のようなものがあります。
芸術性を持った投槍器を描いたこの絵もまた、芸術性があると判断できる?
この他にも、ビデオで道具が作られるシーンが映し出されていました。これはランプです。
【作品紹介 国宝級ランプ】クロマニョン人は人類史上初めて洞窟にランプで火を持ち込み、暗闇を制しました。監修者も「まさか借りられるとは…」と感激していた(!)超貴重なラスコー洞窟出土の「ランプ」がこちら。スプーン形に成形され、例外的に丁寧に作り込まれており、柄の部分には装飾まで! pic.twitter.com/7OYRxjO37w
— 世界遺産 ラスコー展 (@lascaux2016) 2017年1月6日
制作の様子追うビデオをじっと食い入るように見つめていました。本来は簡易的なものらしいのですが、ここまで作り込まれているものはみないそうです。ランプが仕上がったあと、このランプの柄の部分に、何か装飾をほどこすのだろうか・・・・何か、賭けをするような気持ちで見ていました。もしここに何かを描いたとしたら「クロマニョン人の芸術性を認めよう」(笑)みたいな気持ちで見ていたのです。
想像したとおり、持ち手に刻みを入れていました。それが何を意味するのかは分かりません。しかしこの意味がわからない。そして機能には全く影響しない文様を入れる。それこそが「芸術のはじまり」なのだとやっと、クロマニョン人の芸術性を認めることが、ここでできるようになったのでした。
■クロマニョン人の芸術性についての私見
〇パネルをどう理解するか
冒頭に掲げられた「芸術のはじまり」というパネル。
一見すると「クロマニョン人から、芸術が始まった」というように読めてしまいます。しかし、芸術はいきなりなんて始まらない。脳の進化で考えたら、その前段階として、まずは記録し、そこに伝達という目的が加わる。それからの話のはず。
そのあと、脳の高次発達がおこって、情操的な精神活動をともなって初めて、芸術という世界が広がる。というようにステップを踏んでいくものと思っていました。一口にクロマニョン人っていったって、何万年も時間を生きているわけだから、その中で進化しある時、芸術的な目が芽生える。その後、飛躍的に芸術的センスが露出したということではないだろうか。
どうもその前段階をすっとばしてしまって、いきなり「芸術のはじまり」と言ってしまうと、クロマニョン人全体が、最初から、芸術的な絵を描いていた。どこのクロマニョン人も芸術だったと理解してしまうのではないか・・・と思ってしまい、受け入れがたさを感じていたのでした。
〇判断するための、知識が足りない
とはいうものの、クロマニョン人の特徴もわかっていないどころか、ネアンデルタール人や原人の前後関係もわからない。進化の過程の順番すら把握できていない。そんな基礎知識も情報もない状態から見始めたので、判断ができないというジレンマのようなものを抱えながらの見学でした。
〇丁寧な事実の積み上げ
しかし、章を追いながら展示を見ていくと、事実を淡々と丁寧に追って提示されています。それは、考えるための素材を提供してくれているのだと思いながら見るようになっていました。時に推論などをはさみながら、クロマニョン人はこんなものを描きました。こんなものを使っていました。こんな風に描きました。そして、要所要所にクロマニョン人の歩みを紹介しながら、進化の全体像がわかる情報を挟み込まれていたことが、理解と思考の手助けをしてくれていたように思います。
冒頭のパネルを見直してみると、ここでは、クロマニョン人から芸術が始まったと言ってるようではあるけども、含みを持たせているようにも見えます。
〇自由に考えよう
今回は、順を追って見ていくと、ここに展示されたもので、あれこれ考えることができました。それに必要だと思った素材がそろえられていました。自分でいろいろ考えさせてもらうことができました。
もしかしたら、自分で考えてみてね。というメッセージが込められていたのかもしれません。そう考えると、秀逸な展示だと思いました。クロマニョン人ってどれくらいの時代生きたのか? その答えをまず欲しました。初っ端にそれは用意されていました。
〇どれだけの年月を過ごしたのか
4万数千年~1万4500年 約2万5千年の時を生きた人たちです。
私たちは西暦2017年を生きています。これを2000年としたらその5倍が1万年です。その2.5倍の長い時代を生きた「人」たちなんです。その時間スケールを考えた時、そこに、進化のプロセスがあって当然です。クロマニョン人は最初から、芸術性を持っていたわけではないはず。学習は二乗曲線を描くというように、後半になって、飛躍的に芸術性を増したのかもしれません。
〇壁画の上にまた描く
描かれた絵の上に、また描くということが確認されているそうです。もしクロマニョン人が、伝達のためにこの絵を描いていたのだとしたら、前の絵の上に描いて消してしまうことはしないだろう。という話がありました。伝えるためだとしたら、その上には描かないはず・・・
⇒■ 研究員ブログ111■ クロマニョン人はただ者じゃない……世界遺産ラスコー展
しかし、2万5千年もの時間の中で生きたクロマニョン人です。俺たちの情報が最新情報だぜい! と言って、古いものを消して新しいものに書き換えちゃうクロマニョン人だっていたかもしれません(笑)
一つの洞窟は、時代を隔てて利用されながら描かれていたそうです。また、定住はせず、移動し、次のコミュニティーが現れて、その洞窟を利用したそうです。クロマニョン人のコミュニティーグループは、他と合流したり、一部が交換して出入りしたりと流動的だったと言います。もしかしたら派閥(?)があって、敵対するグループに対しては上書きして消してしまうということだってあったかもしれません。
ラスコーの洞窟が、いつ頃描かれたものなのか(長い期間にわたるのか、ある時期集中しているのか)わかりませんが、今、私たちが生活する時間よりはるかに長い時間の流れの中で描かれた絵が、混在していると考えていいと思われます。
こうした、長い時間におきる進化がこの洞窟には、封じ込められていて、ある絵は記録だけかもしれない。またある絵は、伝達を意図したかもしれない。そして、ある時から、自然発生的に、あるは、突発的に芸術的な要素を含む絵がお目見えしはじめた。
つまり、あえてする必要のないことに、何か価値や意味を感じて、それを楽しむという生活スタイルが生まれた。それこそが、クロマニョン人の芸術が生まれた瞬間ということではないかと思ったのでした。
海部氏が、青山ブックセンターのセミナーで、好きに考えていい展示なんですね。とtwitterでつぶやかれ、まさにその通りです。とおっしゃっていました。私も展示を見て、好き勝手に考えたいと思いました。
■芸術のはじまりとは
それは、2万5千年という時の流れを生きたクロマニョン人。
その時の流れのどこかのポイントにその芽があって、それは地域でも違うし、
ラスコーだったのかもしれませんし、他の洞窟かもしれません。
ただ、生きるためだけの生活に、意味のないことが加わる。
その瞬間が芸術の始まりなのだと思いました。
このあと、7章 クロマニョン人の正体 8章 クロマニョン人がいた時代の日本に続きます。(続)
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