コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■江戸の園芸熱:後期の展示と講演会のお話から

たばこと塩の博物館で行われている「江戸の園芸熱」日に日に来場者も増えている様子で、好評のうちに本日、最終日を迎えました。後期の展示替えの様子と、平野恵氏による講演会「江戸の園芸ブーム —技術と情報でたどる園芸文化—」の覚書を残しておきます。

 *写真撮影・掲載の許可は得ております。

 

 

■あふれる人はどこから?

展示会場に入ってビックリ! 人・人・人の大盛況。その日に開催される講演会の影響なのか、あるいは、講演会がなくても、人は集まっていたのでしょうか… 

平日でも、とても多くの方にご来館いただいたとのこと。かつての園芸ブームが静かに続いており、いつもは美術館に訪れない園芸マニアの方が、多くいらしゃっているのかと思っていました。

博物館の広報の方によると、いろいろな媒体でご紹介いただいたこと。そしてこれまで館が所有する浮世絵をよくご覧になっていらした方たちが、園芸にスポットをあてるという目新しい切り口に興味を持たれ、多くの方の心をとらえたようです。とおっしゃっていました。

 

 

■講演会のお話

 講演会は2019年3月3日。テーマは「江戸の園芸ブーム —技術と情報でたどる園芸文化—」です。定員を超え、外のモニターでも聴講できる配慮もされていました。配布資料は、投影データをまとめたA3両面カラーコピーという太っ腹。書き込みをしてしまったので、twitterから紹介。こんな感じの資料でした。

聴講において、こちらの資料は大変助かりました。100枚近くのスライドで、旧かな文字がびっしりの資料も多く、目と耳だけで内容を把握するのは到底無理。復習や、今後の学習にも役立つ貴重な資料となりました。

以下、印象に残ったことを、ランダムに記録していきます。
 

〇書籍資料の所蔵者 平野恵氏

最初に資料展示を見た時に目に止まっていたこと。多くの書物が展示されていますしたが、所蔵が個人のものもあれば、個人名が書かれているものがありました。 

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その中で、ひときわ目についたのが「平野恵」氏のお名前でした。失礼ながら、この時、園芸文化史の著名な研究者であることを存じあげていなかったため、こんなに江戸の園芸資料をお持ちというのは、どのような方なのかしら?と思っておりました。趣味でこれだけ集められているということなか・・・・ ジャンルも広範囲に渡っています。普段はどのように保管されるのかしら?とあれこれ気にかかっていました。

そんなある日、講演会のお知らせに目をやると・・・・

「江戸の園芸ブーム -技術と情報でたどる園芸文化-」

日時:2019年3月3日(日)午後2時~
講師:平野恵台東区立中央図書館 郷土・資料調査室専門員)
会場:3階視聴覚ホール

この講演会は、参加するつもりでしたが、講師の方と、資料提供者が同じだったことに、やっと気づいたのでした。

 

〇園芸は技術と学問で成り立つ「学芸」

講演の冒頭で語られたことが、ずっしりと響きました。

庶民や植木屋は、育てる技術を磨きます。しかし技術だけではダメで、学問と両立させなくてはいけない。一方、本草学者は紙の上の学問だけではダメで、栽培技術も身に着ける必要がある。そして植木屋技術だけでなく学問を身につけていく必要がある。
 
また平野満氏の言葉を借りて
「自分の研究は現代の学問体系にあてはめるぼではなく、当時の学問環境を年とうにすべき」
江戸時代を研究する場合には、明治に入って西洋化する前の、当時の考え方に基づいて考えなくてはいけない。という指摘は、歴史だけでなくいろいろな物事をとらえる上で、とても重要なことだと思いました。
 
そして学ぶ上での情報源。どのような書物や印刷物、絵や図鑑など、どんな場所から収集していくか。1次情報の当たり方などにも言及されました。
 
 
以下は、個人的にこれまで見聞きしてきたことと、つながりを感じて興味を持ったことをメモ
 
 

儒学者が書いた園芸書

この文字を見た瞬間に思ったこと。「蚕頭燕尾」だ! 顔真卿が作ったと言われている楷書の書体で書かれていると思いました。中国で作られた文字が、日本に入ってきて、こういう形で伝えられたいたんだなぁ‥‥と「顔真卿」展で見たことに影響を受けて見ていました。
 
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怡顔斎蘭品松岡玄達著 平野恵氏蔵

解説を見ると、著者の松岡玄達は、もともとは儒学者で、詩経に出てくる動植物を調べるうちに本草学者に転身し、蘭について書きました。漢書のような体裁となっています。版元や読者層の違いから、漢文調の固い印象です。(顔真卿は、700年代の人。こちらの資料は1772年。1000年の時を経ています)

 

一方、同じ著者で「桜」を扱ったもの。こちらの書体は、漢文調ではありません。

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怡顔斎桜品松岡玄達著 平野恵氏蔵
 
 
下記の書物の中央の文字の部分を見ると、漢文調の文字と、途中から行書(?)の文字が混在しています。使い分に何か意味があるのでしょうか? 平野氏に伺ってみました。

「草木育種」岩崎灌園著 平野恵氏蔵(図録より)
著者の岩崎灌園は、儒学にも精通しており、儒学書から抜粋した部分は、そのまま漢文調で書き、解説するところは、行書(?)で書かれているとのことでした。漢文の部分も丁寧にルビを振っており、多くの人が、理解して読めるような努力をしたあとが見えるとのことでした。 
 
前期に見ていた時は、添えられた挿絵を追っていただけでしたが、後期は、そこに書かれている文字の書体に目がむくようになりました。行書でかかれている部分には、何が書いてあるのか。一部でもいいから、わかるとこだけでも・・・・と追ってみるという変化がありました。
 
 

〇江戸の園芸研究について

本草学を研究していく後継者問題(?)について、講演会で語られていました。
本草学は植物学で科学の知識も必要です。植物学を学んだ人が、資料をあたろうとすると、古典の文字で書かれているため、理解ができないという問題があり敬遠されがちだといいます。
 
一方、史学を学ぶ人たちは、植物の生理などを理解しなくてはならず、苦手意識を持ってしまうため、研究に携わる人が少ないというお話をされていました。
 
しかし、文献の文字が一見、見ただけではわかりにくい、読めないと思われてしまいがちですが、実際に読んでみるとそんなに難しい文字ではなく、比較的読めてしまうそう。漢文もルビをふったりして、わかりやすく書かれているものもありますので、思っているほど難しいことはありません。そんなお話をされていました。
 
実際に資料を眺めているだけだった前期は、全く何が書かれているか見ようともしませんでした。ところが、後期は、中国の漢字に関する顔真卿の展覧会を見たあとということもあり、文字に目が向かいました。そして、ここには園芸のどういう技術を記載してあるのだろう… この時代の人はどんなところまで知っていたのか。という興味が「読んでみよう」という行為に変わりました。
 
 

〇園芸文化の情報を知るために

江戸時代の園芸文化の情報を得るためには、どのような資料が参考になるのか紹介されました。
 
1)図譜
2)番付
3)栽培書
4)考古学
5)浮世絵
6)歌舞伎
7)本草
 
7項目に分けて、それぞれの解説をいただきました。
 
 

■継承されている園芸ネットワーク

江戸の園芸について情報を得、研究をする。その手法で感じたことは、園芸をとりまくネットワークが、過去から伝承され繋がっていることでした。それらのネットワークは有機的につながり、情報を得たり、交換したりしながら、切磋琢磨して新たなものを生んできたということです。
 
南北に長い島国日本の植物をいかに把握するか、集めるか。自ら動ける範囲には限りがあります。そこでいいろな形で、ネットワークが出来上がりました。
 
シーボルトが行った方法が有名です。全国から多くの門人を集めて学ばせ、地元にかえって観察収集をさせて情報を集めました。(1824年頃)
 
平賀源内 は有用な薬品のものとになる植物を、海外の輸入にたよらず、日本で調達するためのシステムを考えました。それが「薬品会」「物産会」です。全国各地の珍しい植物を持ち寄ったり、交換する場を設けました。(1757年)
 
牧野富太郎も、植物調査の方法として、全国の植物を集めるためのネットワークを作りました。勉強会を開き、標本の作り方を教え、送られてきたものに、丁寧な返事を書いて、後継者を育成しつつ、新たな植物の発見を試みました。その後継者がまた、次世代へとつないでいます。 
 
変化朝顔の研究でも宇宙朝顔の種を、全国に配布し、みんなで共同研究するプロジェクトが立ち上がっていました。
 
このように、時代が下っても、周囲の力を借り協力しながら、研究を進めていくという手法が、時代とともに形をかえて引き継がれているのを感じます。これは、日本の「結い」の文化にもつながっているように感じられます。
 
そして、情報を得るのは、専門分野だけでなく、他の世界の研究も参考となり、考古学からも情報を得ていることなどが紹介されました。

 

写真:配布資料より
 
 

■後期展示より

〇浮世絵から伝わる園芸技術

江戸時代、こんな技術で栽培していたんだ・・・・ こんなことしていたんだということが前期の時よりも具体的に見えてくるようになりました。
 
平野氏のお話の中にも、文献を読んでいてもわからなかったことが、浮世絵を見ると、その状況が描かれていて、こういうことだったのか…と理解ができるとおっしゃっていました。一つのことを理解するには、多面的に、様々な資料から浮かび上がらせることが大事・・・・
 
植物を支える支柱の技術、針金を輪にし、花との間に和紙を挟んで仕立てています。朝顔の支柱が家の形の立体的なっていたり、木製の植木鉢に腐食止を塗っていたりします。

また、室(温室)が浮世絵の中に描かれています。これは防寒という目的だけでなく、すこしでも早く、楽しみたという、江戸の人々の気質の現れ。人とは違うものを求める、それは、菊細工の番付表も、ただの番付表にせず、双六で表すなど、オリジナルを求める精神性が伝わってきます。
 

〇病気まで鑑賞の対象に

鳥に見えるトウモロコシ 胡蝶園春升(二代歌川国盛)個人蔵 (図録より)
カビ菌によるトウモロコシの病気、黒穂病はトウモロコシにコブができます。そのコブがいろいろな形に見え鶏に見えることから、人々はそれを見ておもしろがっています。
 


〇白象の肌は…

f:id:korokoroblog:20190310155030j:plain流行菊花揃 歌川芳虎 個人蔵

こちらの白い象の肌の部分、きっと空摺がほどこされているはず。と確信に近いものがあったのですが、特にそのような細工はありませんでした。ただ象のひだのあたりにの茶色っぽい影がごくごく自然な感じでほどこされており、一見、汚れかな?と思わされる微妙な影がつけられていました。
 
 

■感想

前期、後期と、がらりと変わった展示を見て・・・・ 同じ園芸にまつわる浮世絵ですが、見る深度が変わったのを感じました。前期は表面的に、目に止まる浮世絵技術を中心に見ていたのですが、後期になると、自分が浮世絵の中に入り込んで、ここであんなことしてる、こっちらでは・・・・ と絵の中で一緒に体験をしているような変化がありました。

そして、文字資料も、眺めるのではなく、内容を読んで理解したいという気持ちが生まれていました。最後に、貴重な資料を所蔵されていらっしゃる平野氏のお話は、情報を得てそれを身にしていくための姿勢のようなものを改めて考えさせられる講演会でした。