コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■島根県立美術館:黄昏の絵画たち 近代絵画に描かれた夕日・夕景

 2019年のマイベスト1の展覧会が、島根県立美術館「黄昏の絵画たち 近代絵画に描かれた夕日・夕景」でした。年を越してしまいましたが、展示内容や、興味を持ったこと、感想などまとめました。

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■20周年記念展「黄昏の絵画たちー近代絵画に描かれた夕日・夕景」

島根県立美術館は、2019年、20周年を迎え、この美術館にふさわしい美術展が開催されました。夕日をテーマとした「黄昏の絵画たち 近代絵画に描かれた夕日・夕景」です。 2019年9月4日~11月4日の期間行われました。

 

現在、神戸市立小磯記念美術館に巡回しており、2019年11月16日~2020年1月26日まで開催されています。

 

 

■この美術館だからこそ見る価値がある企画を目の前に

2019年8月末、島根県立美術館に初めて訪れました。美しい夕日を見ることができる美術館に訪れるという念願を叶えることができ、それだけで十分のはずでした。

ところが、館内には、次回の展覧会のポスターがあちこちに掲示されています。それらを見ていたら、また、ここに訪れなくては・・・・という思いに次第にさせられてしまいました。

 

 

〇エントランスのポスターにノックダウン

美術館に訪れ、バスを降りて、エントランスへのアプローチを歩いていると、次回展覧会の予告ポスターに出迎えられました。

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これらを見ていたら、心がざわつきだしました。この展覧会、見たい!これは、この美術館で観るからこそ意味のある展覧会。これを見逃したら、何か大切なものを取りこぼしてしまうような気がしました。

訪れた時には気づきませんでしたが、太陽が沈む様子を表していたことに、今、写真を見て気付きました。

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そして、入口に掲げられたモネの水面に映る夕日。この作品も来るのか・・・・ モネの夕日を、この美術館で観たとしたら・・・・ これまで見たモネとは違う何かがありそう。そう考えると再訪を検討しなければと思い始めています。まだ、入館もしていないのに、次の訪問のことを考え始めていたのでした。 

 

〇館内にもお誘いの手が・・・

館内に入ると、このようなポスターも掲示されています。

 

ロビーには、次回の企画のタイトルが壁面に・・・ 

この美術館が集めた夕日の絵画を見て、ここで本物の夕日を見る。それを想像するだけでワクワクしてきます。これまで見てきた夕日の絵の見方も変わりそうです。また旅行先で夕日や朝日を見る機会があれば、撮影もしてきました。新しい発見もできそうです。夕日の美術館で夕日の絵を見る。そのイマジネーションがどんどん膨らみ、帰る時には、絶対に行く!と心に決めていました。

 

〇フライヤーも再訪のきっかけに 

次回展覧会のフライヤーも、魅力あるものでした。

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これを見たら、行くしかないと・・・・  と思わされした。

 

■さていつ行く?

関連イベントもあるので、そのいずれかに合わせようと思いました。

 ⇒イベント | 開館20周年記念展 黄昏の絵画たち 近代絵画に描かれた夕日・夕景

一番、興味を持ったのは、出雲科学館講師による「夕日色を科学する」という講演会でした。他にもイベントがあって開催されるのは金・土・日ですでに飛行機の予約はいっぱい。8月は1週間前でも、予約が可能でしたが、10月は、1か月前でも選べる日程が限られます。選べるところで、選んでおかないと行くことすらできない状況でした。

 

 

■展覧会概要

「日本の夕陽百選」にも選ばれた宍道湖畔のほとりに立つ島根県立美術館は、開館20周年を記念して夕日・夕景をテーマに展覧会を開催。
80作家約180点の作品から、近代絵画に描かれた夕日・夕景表現の豊かな世界を紹介しています。

夕景をテーマに、かつてない規模と試みで西洋と日本の夕景表現を集められています。それらの歴史を西洋の流れとともに、日本の近代まで論じようとする画期的な展覧会です。

 

【展示構成】

第1部 西洋篇

プロローグ 19世紀中葉以前の夕景表現-近代的夕景の“発見”
1章  ドラマチックな逆光から包み込む光へ
2章 「一日の終り」の象徴としての夕日
3章  夕日とモダニズム

 

第2部 日本篇
4章 「逆光」の移入
5章  黄昏の版画たち①江戸~明治
6章 「夕暮」「晩帰」主題の流行
7章 「自然主義的」夕景
8章 「表現主義的」夕景
9章  黄昏の版画たち②大正~昭和

以上の構成を見だけでも、捉え方の斬新さが際立っていると感じました。夕日を多角的にとらえ、実際にどのような作品をカテゴライズがされているのかも興味が沸きました。

 

■図録を事前にゲット

2日前、レイクラインバスで周遊しながら、途中下車して無料エリアを散策。図録を事前に購入して予習をする予定でしたが、旅行中はそのような余裕はありませんでした。

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図録は広げると、表と裏面がつながっています。さらにカバーを拡げるとこんな感じ・・・・

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■興味深い配布物

〇黄昏の美術史 手引書

企画展入口では手引書が配布されていました。「黄昏の美術史」と題した冊子(A4三つ折り)は、黄昏絵画をテーマに、その歴史を、西洋と日本を並列に並べ、変遷をわかりやすく示しています。

このまとめ、すごい!年表好きの心をくすぐります。また、西洋から受けた影響関係も、一目でわかるような工夫がされていました。とても貴重な資料です。


裏面は、今回の企画を楽しむための3つのポイントを紹介しています。

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島根県立美術館ニュース

チラシなどが置かれている棚には、さりげなく置かれていた島根県立美術館ニュース。モネの絵に吸い寄せられ手にしました。訪れた時は、展示替えでこの絵は見ることができませんでした。

これがなかなかの優れもの。 

広げるとつながっていて大判になります。裏面には、コローの絵が広がります。心憎い演出。

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そして、記事内容は、PDFで見ることができます。

島根県立美術館ニュース vol.083

この企画展がどのように生まれたのか、「人はなぜ夕日に惹かれるのか」 からスタートし、西洋と日本の夕日の歴史、そして西洋の影響を日本はどのように受けたのか?それらを検証するために集めた作品の数々を見て、画家たちの思いとともに、実際の夕日を見るという、またとない経験をしてほしいというメッセージが込められています。

 

 

■展示をみた第一印象

最初は、何も見ずにざっと一巡してみました。その時に感じた直観的なことをメモ。

〇夕日って海や山だけではない

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これまで夕日といったら、海の景色。あるいは、山の稜線に沈む太陽をイメージしてたなぁ・・・・

下記のような海と夕日、夕空を思い浮かべます。

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影絵のような絵を見て「夕景」というのは、夕方の景色なのであって海や山だけではない。平地もあり場所を問わない・・・というのはちょっとした目からウロコでした。

 

 

〇「夕日」と「夕景」の違い

また、「夕日」と「夕景」を同一に捉えていたことに気づかされました。夕日は太陽が見えています。「夕景」は、太陽がなくても夕方の景色なら「夕景」。でも夕焼けのような空も含めて「夕日」ととらえていました。

ミレーの農作業を描いた作品。日もとっぷり暮れ、太陽の存在はなく、これから暗闇に包まれていく時間帯。これも夕景なんだなぁ・・・・

 

ミレーの《晩鐘》など、労働というリアリティーを描いた作品という既存の解釈を知っていると、この絵を夕景というカテゴリとして見る感覚を持っていなかったことにきづかされました。

「夕景」という言葉の響きの中に、ある一定の明るさを持った景色として、イメージされており、この暗さも夕景・・・・と「夕景」の範囲が更新されたように思いました。

 

〇夕日を逆光という捉え方で見ると

これまで「夕日・夕景」とひとくくりで見ていましたがそこに「逆光」というキーワードを示されることで、太陽の存在がどこにあるかということを意識させられました。それが描かれているかいないかによっても「夕日」と「夕景」に分かれます。

「夕日」は太陽を、キャンパスの中にとらえて描かれているのに対し、「夕景」は、太陽を背にした「逆光」による夕景もあれば、巡光でも、太陽は描かれていない場合があります。太陽が描かれているかいないか。そこに意識的になりました。

また空や空気の色によって、順光、逆光の違いを無意識に認識していたこと。バルビゾン派の逆光による夕景は、これまでの自分のイメージする夕景からは、ちょっと外れた位置にあったと感じられました。これも、夕景なんだなぁ…と認識を新にしました。

 

 

〇今見てきた天候が絵の中に!

驟雨(しゅうう)とは急に降りだす雨。にわか雨のこと。作品中央の一部に雨が集中的に降っています。 雨が降っていますが、太陽の存在を感じさせる明るさがあります。

《驟雨図》高橋由一

この絵を見た瞬間、さっき、同じ光景を見てた!と思わず、言いたくなる衝動にかられました。午前中、宍道湖の対岸でこれと同じ空を見てきたところでした。

湖の対岸に、雲が立ち込めてきました。その雲をよく見ると、一部から、雨が降っているのを確認ができました。珍しい光景です。でも、これと同じような光景を、ランドマークタワーからも見たことがあったなぁと思っていたら‥‥

↑ 画面中央の対岸の山(遠景の山)に向かって雨が降っています。

 

驟雨と同じ状況を描いた絵と、遭遇してしまいました。

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石の彫刻の上あたりに、雨が降っています

 

〇これも夕景?!

「夕景」という捉え方の幅を、少しずつ広げさせられていました。その決定打となったのは、この作品でした。

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《雨の夕》山脇信徳

雨の降る夕方も夕景・・・・

 

2日前、生憎の雨でした。また雨か・・・・ とがっかり。この状況から夕日の存在など、全く感じることはできませんでした。

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夕日のない、残念な宍道湖島根県立美術館・・・・ 
しかし、これも「夕景」だったのです。

雨がしとしと降り雲に覆われています。しかし、この厚い雲の裏には太陽が存在していたことを、この絵と出合ったことで教えられました。同じ景色の写真ですが、写真の持つ意味が変化しました。私の中の「夕景」という概念が大きく壊された瞬間でした。

 

下界が雨でも、雲海の上を飛ぶ飛行機では太陽が見えるのと同じ・・・・ 見えていなくても、変わらない存在がある。

 

〇人の入った絵に惹かれる

大きな画面に描かれた家族。夕日は描かれていませんが、それを見つめる姿に哀愁を感じさせます。人が描かれた絵にあまり興味を持つことがこれまでなかったのですが、初めて、画面の中に引き込まれて行きました。

画面には見えていない夕日。それを見ながらそれぞれが物思いにふける様子。子供は何を考えているんだろう。大人は?この時代と、今の時代の夕暮れに感じるものの違いは?籠を持った少年は、お母さんに何を訴えているのでしょうか?聞こえない心の声をに耳を傾けさせられ、しばらくここを動くことができませんでした。

卒業制作で描かれたもので、東京藝大美術館に所蔵されています。 

和田栄作『渡頭の夕暮』1897年,

川岸に立つ少年。顔は見えませんが、その表情が伝わってくるようです。「人はなぜ夕日を見るのか」という企画展のテーマの象徴的な作品のようにも感じました。

人の絵を見て初めて心にしみ込んできた作品です。夕暮れが1日の終わりを意味していた時代。日の傾きとともに到来する虚無感や脱力感、そして哀愁やノスタルジーなど、複雑にまざり合いながら遠くを見つめる視線の先にあるものは同じでいて、違っていたり。それでいて、古きよき時代の家族の強いつながりを感じさせられました。

 

〇版画にみる夕日、夕景 

展覧会の構成に版画で見る夕日、夕景とあったので、実際、どのようなものが展示されるのか想像していました。北斎中心にみせるのかな?と思っていたら一枚だけ。いい意味で裏切られた感じがしました。

北斎版画で夕景を特定できるものは、一枚しかないのだそう。江戸時代の版画は、広重中心、明治になると小林清親、大正時代は、新版画と言われる川瀬巴水、吉田博などが取り上げられていました。

江戸から明治、大正と時代が下るにつれ、浮世絵の摺りの技術は向上。夕日、夕景のグラデーションも微妙なニュアンスが表現できるようになっているのを感じさせられました。

 

モダニズム象徴主義

西洋の夕景を歴史の流れでとらえていくと、モダニズムという表現に至ること。

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また日本の夕景は、元来の自然主義的な表現から、表現主義的なものまで、夕景の捉え方の幅広さを感じさせられました。

 

エピローグのところで、ルオーの宗教的な絵が登場し、見覚えのある太陽を夕日と捉えていたことに、またもや目からウロコが・・・ ルオーの絵が夕日の絵になるんだ。他にも、カンデインスキーの絵も夕景として扱われていたことなど、これも「夕景」になるのか・・・と認識を新にする部分が多くありました。

 

これまで自分が持っていた夕日、夕景という概念を、少しずつ壊されていき、最後、根底から全体をひっくり返してまぜあわされたように感じました。これまで見てきた知っていいる絵には主題があってそれを中心に見ていました。そこに「夕日」「夕景」という着眼点を与えると、こんなにも絵は、見え方が変わるものなのかと、これまでにない体験ができました。今後も、テーマがあっても、もう一つの視点、夕日・夕景と捉え直すと違う見方ができそうです。。

 

 

 

■2階展示室

2階には、5つの展示室があり、それぞれのテーマに沿った展示が行われています。各展示室の内容は下記のとおりです。

  

〇展示室1[絵画]

夕日・夕景が描かれる時、その舞台は水辺であることが多いことが、企画展を見ていてもわかります。企画展の展示と連動するかたちで、水辺の風景が展示されていました。また「水を主題とする絵画」は島根県立美術館のコレクションの軸になっています。

 

夕景を描く時、夕日や空だけでなく、水面に映し出される景色とともに、画家は表現しようとしました。展示室1の展示でも、水に映る景色を、どのように表現したのか鑑賞することができました。

 

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日本画 近代絵画における風景表現

この空間に足を踏み入れた瞬間、ガツンと頭を叩かれた感覚を受けました。これまで見慣れてきた屏風ですが、屏風も風景画だったということ。風景を描いたものであることは理解していたのですが、西洋絵画の風景とは、全く別物に思っていました。企画展や常設展の西洋の風景画の流れで見ると新鮮でした。

 

 

 

 

■夕日ツアー

常設展はまだまだ、続きますが、夕日ガイドツアー感動!松江の夕日ショー 宍道湖の夕日は縁の道」の時間となり、集合場所の松江観光案内所へバスで移動しました。

ガイドさんの計らいで、まだ美術館の常設展を見ることができなかったため、16:50まで見学できるように行程をアレンジしていただきました。

 

 ■山陰合同銀行本展ビルからの眺め

山陰合同銀行本店展望室 (⇒*6

 

戻ってきて、駆け足で、常設展を一巡。

 

 


〇1950年代 ポスター展

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〇河井安次郎民芸運動

 

〇塩屋定好展 

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■展望室

常設展を回りながら、展望室にも足を向けました。

■島根県立美術館の展望テラスから

 

 

 ■企画展 再入場 サンセットプレゼント

集合時間の5分前に、もう一度、企画展の全体の空気を感じるだけでもと思い、再入館しました。すると16:00以降に観覧すると、オリジナルノートのプレゼントという企画がありました。ちょっとでも・・・と思って再入館したことがサプライズに。
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このメモ帳、見開きにするとつながっていて美術館の屋根に・・・・

 

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メモの中に嫁ヶ島と向こう岸が・・・・

 

そして、吉田博の版画があると聞いていたのですが、最初に見た時、目に止まりませんでした。展示替えで、展示されていないのだと勝手に理解していました。鑑賞ルートが死角となり、気付かなかったようです。

吉田博の版画も楽しみにしていたので、見逃さずにすんでよかったです。

 

■感想

一度、訪れて2か月もたたないうちに再訪。どうしても、この場所で夕日の絵を見たいという思いに駆られでかけました。期待を裏切らないどころか、期待以上のものを一杯、プレゼントしてもらえました。

見方のポイントを、リーフレットで簡略的に示されたことが、鑑賞の大きな手助けになりました。同じ頃、風景画の歴史について、いろいろな展示を通して、触れる機会があったことも、理解を深めてくれました。

科博の「風景の科学展 芸術と科学の融合」で知った、風景画の歴史。そこに登場していたクロード・ロラン、コンスタブル、ターナーの絵画を、実際の作品として目にすることができたのはタイムリーでした。また富士美術館の「フランスの絵画の精華」ではロマン派の風景画描写にふれることができ、風景描写の歴史的変遷を、ここでも生で見ることができ、つながりを感じられました。

一方、松江に暮らした小泉八雲についても、興味を持ち始めていました。読書ぎらいの私に、著作を読んでみたいと思わせる変化が見られました。

そんな折、今回の企画を担当された柳原一徳学芸員の寄稿文の冒頭には、八雲の「神々の国の首都」から、宍道湖の夕日について抜粋されていたのも奇遇です。柳原学芸員曰く。その描写は、印象派の絵を見るような表現だと語っていらっしゃいます。

すると、この本の全体はどんな内容なのか気になります。実際に、その部分を読みながら、夕日を眺め、そして島根県立美術館印象派の絵画を鑑賞をしてみたい衝動にかられます。小泉八雲文学と、美術がつながるとう新たな広がりを見せてくれました。

今回の展覧会は、これまで抱いていた「夕日」「夕景」のイメージを大きく変えさせられました。この土地で見た自然と絵画が響きあい、これまでとは違う、物事の捉え方が生まれました。

これまでは、夕日の美しい宍道湖にわざわざ訪れて、そこで夕日を見ることができなかったら残念、運がなかったと考えていました。しかし、見えていなくても、その先に存在している。それを心で感じるられることが大事と思うように変化しました。

 

そして、宍道湖という湖がどのようにできたのかも知りたくなっています。この場所の歴史、文化、神話・・・・ いろいろな方向に興味を広げてくれています。

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