科博で行われている「人体ー神秘への挑戦」の展示から、日本の神経解剖学の研究者を紹介。気の遠くなるような作業の結果、未知なる脳のアトラスを完成。その緻密な研究があって、今の脳や神経の理解につながっていきました。
*写真は主催者の許可を得て撮影しております。
- ■神経系の展示
- ■単なるスケッチではなかった!「切片越え軸索追跡法」その意味は?
- ■ゴルジ染色図譜の刊行
- ■日本の解剖学の草分け
- ■研究は連続性の上に成り立つ
- ■長年の疑問がやっと解決
- ■感想
- ■関連
■神経系の展示
この展示を見た時、これらの展示物をどのように見るでしょうか?
ぱっと見て「拡大すると脳ってこんなふうになっているんだ・・・」
「随分、大きくスケッチしたんだな‥‥」「スケッチ、大変だっただろうな…」そんなふうに思いながら見ていました。
この展示を見る前に、脳の細胞はこれまで見ることができなかったけど、染色技術ができて見えるようになった。ということが解説されていました。それを受けて、こんなに大きくスケッチをして、人々にその構造を知らせようとした人がいたわけね。
それにしても、よくもまあ、こんなに大きな紙に、描いたことだこと。よく見ると切り貼りしてあります。紙のスペースが足りないから、個々にスケッチをしたものを切り貼りしてレイアウトしたということなのでしょうか?
▲猫脳ゴルジ染色 手書き図譜
こちらは、印刷され出版されたものです
▼猫の脳のゴルジ染色写真
この写真は、一枚の写真だとばかり思っていたのですが、六つ切りサイズの写真、25枚をつなげたものなんだそうです。
その元になった標本がこれ
これを顕微鏡の下に置いて、観察します。スライドガラスのサイズは25.4mm x 76.2mm ぐらい。顕微鏡で拡大した視野を、25枚に分けて撮影し、つなげた写真です。
これだけでも「へ~」とう状態ですが、驚きはさらに続きます。
■単なるスケッチではなかった!「切片越え軸索追跡法」その意味は?
ところが、この展示がどういう意味を持っているのかをお聞きする機会がありました。人類研究部人類史研究グループ研究主幹、坂上和弘氏に教えていただきました。
展示されているこのスケッチ
これは、ただ単に切片を「スケッチをしました」という展示ではないのです。脳の組織の観察は、脳を薄くスライスして、標本にして描きます。どういうことかというと ・・・・
実はこれ、人の脳ではなく、猫の脊髄です。脊髄を切り出してブロックの中に入れて固めます。猫の脊髄10㎜。その中の神経細胞がどのように走っているかを明かにしようとしました。イメージとしては、下記のようなブロックに猫の脊髄を埋め込み、100μmの厚さで切り出して標本にします。
組織を見るためには、薄くスライスして光を通して見るため、100μmというごくごく薄いスライスになります。
これを、100枚、連続して切り出して下記のような切片にしました。(連続した切片を作るのも職人技が必要です。ミクロトームという機械を使って切りだすのですが、慣れないと丸まってしまったり、崩れてしまったり… 失敗なく連続させるというのも、私からみたら神業の域・・・)
こんな感じのものを100枚作ります。そして一枚のスライドの表裏合わせて54枚の写真を撮影しました。片面だけでなく裏面も‥‥つまり、54枚×100枚=5400 の顕微鏡写真を撮影したことになります。
そのスケッチを、この大きさで、5400枚描いたうちの一部が展示されていたということなのです。
上記のスライドで、繊維の薄いところ、濃いところがあります。薄い部分というのは、その奥の方の繊維を表しています。100枚、連続した切片をつなぎあわせることで、その繊維がどのように配列しているを探ったのです。
濃いところ、薄いところ、そのグラデーションで全体象をつくりあげていく。
CTスキャンの体の輪切りを組み合わせて人体を構成するならまだわかりますが、10㎜というサイズの中で100枚の連続撮影をして、それをつなげて神経の全貌を明らかにしようとしたのです。そんな気の遠くなるようなスケッチの結果、明らかになった神経細胞の形がこれです。
単に神経細胞は、こんな形なんですよというモデルではないのです。
上記の模型に、神経細胞がスライスされたあとがあります。100枚の連続したスライドから、この形を浮かび上がらせましたという展示だったのでした。
「切片越え軸索追跡法」
言い得て妙な命名だと思いました。切片を超えて、軸索を追跡していく。しかも、一枚一枚、写真を撮影して、それをスケッチするという途方もない作業。これらのデータをどう整理していったのかも、気になります。 (ブログ用に撮影した写真をどう整理すかについても、頭を悩ませてしまうのですから‥‥)
日本人の忍耐強さが、なせる技なのでしょうか?
■ゴルジ染色図譜の刊行
こちらは、現存する唯一のゴルジ染色法による脳の完全な図譜の手書き版です。これらは3つの染色法によって染め分けられる細胞の違いも示しています。
そして、こんな研究成果の図譜を岩波書店が刊行したということにも驚かされました。
パネルの解説から見えてくること
そんな、驚異の研究の展示なのですが、さらりと通り過ぎてしまったら、脳の展示ね。脳ってこんなふうになっているのね。で終わってしまいます。上記のパネルの赤線の部分にそれが示されていました。
■日本の解剖学の草分け
ゴルジ、カハールがノーベル賞をとった翌年1907年、布施現之助は渡欧、神経解剖学を学ぶ。カルミン染色による連続切片の図譜を発行しようとしたのですが、途中で第一次世界大戦。その後、独自に発行を目指しましたが、原稿はゆくえ不明。弟子の小川鼎三、そして孫弟子の萬年甫がこれを引き継いだということなのでした。
■研究は連続性の上に成り立つ
萬年甫…初めて聞くお名前でした。「有名な方なんですか?」と伺うと、この世界にいる人は、必ず知っていますとのことでした。
MedicalFinder 萬年甫 追悼より
岩波でゴルジ染色図譜が出版されたのが1988年。構想30年後のことでした。よくこのような本を岩波が出したものだと思ったら、竹馬の親友の資金援助があり、その資金で各国の主だった脳研究所に寄贈されたとありました。
どんな人が買うんだろう、個人じゃ買えないだろうな。どんな施設が購入したのだろう? いったい、いくらに設定したんだろうか? なんて下世話なことを考えていたのですが、ちゃんと援助者が現われ、無償提供されていたようです。。
そんな萬年先生の前にも、その下地の研究をされた方がいた。脳の神経細胞、繊維の形態は「こういうもの」として学んできました。しかし、それ以前は、なかなか染色する技術がなく、いろいろな方法によって部分を染めながら、全体を把握した結果を、私たちは学んだのだということを今になって知りました。
国試で覚えた、脳の「〇〇を染めるのは〇〇染色」この展示を見ていて、遠い記憶が呼びさまされました。しかし脳細胞の染色、実習でしたっけなぁ… 難しいという記憶はあるものの、染まりにくかった、染められなかったという実習の記憶がありません。教科書や図譜を見たら、どうもこの染色は実習では行っていないようでした。銀を使うから高価なため、実習には組まれなかったのか、むずかしいから、どうせできない。という判断があったのか。
ゴルジ染色は、神経全体を染めることができる唯一の染色法。しかしこの染色法の習得技術は難しく成功率が低いため、カハール以降は廃れていったとありました。今は使われていないからカットされてしまったのか・・・
しかし、萬年先生は渡欧で、カハールの素晴らしい染色と出会い、ゴルジ染色で脳の研究をすることを決意したのだそうです。
耳に覚えはある染色法でした。しかしうっすらとした記憶にしかとどまっていませんでした。その断片的な記憶の理由と、その裏にあったドラマ。この人体展でつながりました。
■長年の疑問がやっと解決
〇ペンフィールドのホムンクルス
◇この人形は何を意味してる?
脳の機能を解説するときによく見かけるこの人形。この人形と脳の部分を対応させて脳のどの部分が、何を担っているか。それがどれくらいの割合を占めるかを示したものらしい‥‥ ということは、なんとなく理解はしているのですが、イマイチ、この表現法の意味がよくわからずにいました。
◇なぜ人形?
脳の表面積を、人形の表面積に相当させているの? それを表すのに、なぜ人形なの? 脳が担う場所の広さを単に人形の体の広さで便宜的に表したということ? 体の部位との関係を示すのに適していたから? 人形を使う意味がわからずにいました。
私は人形を使うよりは、球にして、面積で表してくれた方が、理解しやすいなと思っていました。これって、ペンフィールドさんの単に、感覚的な好みの表現方法なのかな?って(笑)
◇表面積を対応させた
今回、近くに解説をされていた方がいらしたので、人形の体の各部位の大きさは、大脳皮質のそれに相当する面積に対応させていた。ということを、はっきり確認することができました。長年、よくわからなかった理由は、それぞれの「表面積」で表していた。ということが明確に伝わってきていなかったからだということがわかりました。
◇小人の意味は?
それでも、何でこの人形でなければいけないのか? 図録を見てわかったこと。ホムンクルスというのは、ラテン語で小さな人を意味するとのこと。脳の中に住む小さな小人という意味があったのでしょうか? どうやら昔は、脳の中に小人が住んでいる。そのように考えられていたらしいです。
◇表現法の好み 理解しやすい表現
物事を理解するのに、どんな表現方法を好むのか、どんな表現なら理解しやすいのか。これを見て思ったこと。概念図で示されるよりも、割合は球体や棒グラフで示してもらった方が、私には明確でわかりやすいって…
今回、最後に展示された人体のメッセージのやりとりも、同じような受け止め方をしていました。この展示は今回の肝の部分。主催者も力を入れ、映像、音楽、音声‥‥クリエイターの力の結晶みたいなものです。見る人もここに共感している様子が伝わってきました。
しかし、私には「ふ~ん」ぐらいにしか思ってなかったのでした。どうもピンとこなかったのです。感受性が人より鈍いんだな… 人とツボが違うんだなぁと思いながら見ていました(笑)
◇体部位再現図はいかにして調べたのか
最後に、この体部位再現図をどのようにして見つけたか、その手法が書かれていました。今の時代だったら人権問題になってしまうような方法で調べられていました。人体の解明には、こうしたダークな歴史も合せ持っているということも、また新たな側面でした。
〇神経伝達の信号はどのように発生する?
◇人の体は神経細胞と神経線維に流れる電気で支配
人の活動は脳によって支配されていると時代に学びました。すべては、神経細胞と神経線維、そこに流れる電気信号によって人の体は支配されていると理解してきました。
◇電気信号はいかに発生する?
しかし、その信号、電気がどこでどのように発生しているのかかについて、理解できていませんでした。よい機会だったので、伺ってみました。
神経細胞の内外の電位差 イオンの分布の差 Kイオンによる・・・・ その先の詳細はまたむずかしくわかっていないとのこと。
ナトリウムポンプのようなことでしょうか?
膜電位とは神経細胞の内外で生じている電位差のことである。これは、内外で作られるイオンの分布の差である。 また、このイオンはタンパク質などの作用によって、内外を常に移動しているが、電荷はある条件の膜電位の時は見かけ上安定する(移動しない)。その条件の時の膜電位の状態 を、静止膜電位と呼ぶ。
ずっと、電気信号のところでとどまっていましたが、やっと少し、前にすすみました。
■感想
考えるってどういうことなんだろう。とずっと考えてきて、それを担うのは「脳」。その脳がどんなふうに働いているか…といったら、単なる電気信号。人の心や、思考ってとっても複雑だけど、その最初の一滴はわずかな電流にすぎない。
その電流がどうしておきるのかも、ナトリウムポンプと同じような原理だったらしいことが今回、わかりました。
しかし、その信号を伝える繊維や軸索を発見し、それが脳の中でどう走っているかを明らかにした日本人がいたことを知りました。その思考もまたわずかな電気信号がもたらしたわけです。
つきつめたら単純な機能に収束してしまいます。でもそれが絡み合って人は、すごいものを生み出してしまう。そこにどんな違いがあるのでしょうか?
■関連