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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■鈴木其一:《夏秋渓流図屏風》 根津美術館にて2度目の鑑賞

サントリー美術館で見た《夏秋渓流図屏風》を所有美術館である根津美術館で見ました。2度目に見る屏風はどんな表情をしているのでしょうか? この屏風についてもいくつかの疑問があり、細見美術館学芸員、岡野智子氏の講演会で、解明できました。

 

最初に見た時に印象はこちらです⇒■鈴木其一:夏秋渓流図屏風

 

 

■「燕子花図と夏秋渓流図」の展示

会期は5月14日、本日まででした。毎年、この時期、燕子花図屏風と目玉の一品がペアになって展示されます。庭の燕子花の開花と国宝燕子花図屏風で、恒例の行事になっています。2015年、光琳の《紅白梅図屏風》と一緒に展示された時に始めて利用し、2年ぶりです。美術展にこんなぎりぎりに利用することはあまりないのですが、今回は、講演会があったので、それに合わせての利用となりました。

 

展示室1を入ると、2年前と同じ位置に《燕子花図屏風》その隣に《夏秋渓流図屏風》が展示されていました。

 

 

 

 

▼夏秋渓流図屏風(右隻)

夏秋渓流図

 

夏秋渓流図屏風(左隻)夏秋渓流図

出典:夏秋渓流図|根津美術館

 

その先には尾形光琳《夏草図屏風》

出典:尾形光琳300年忌記念特別展.「燕子花と紅白梅−光琳デザインの秘密−」 2015年5月12日 根津美術館 | ミズキズム!!より

 

《白楽天図屏風》

出典:尾形光琳300年忌記念特別展.「燕子花と紅白梅−光琳デザインの秘密−」 2015年5月12日 根津美術館 | ミズキズム!!より

 

この2点と同じ作品が多分、位置も同じに展示されていたと記憶しています。

今回、光琳と其一がタイトルだったので、其一の作品は他にもあるのだろうと思っていました。が、根津美術館には其一は、あの夏秋渓流図屏風の一点しかないのだそうです。(ちょっと残念・・・)その後の、江戸末期から明治時代にかけて琳派の流れを汲む絵師たちの作品が展示されていました。谷文晁をはじめ、〇〇、〇〇、〇〇、と知らない絵師ばかり。そして最近注目の渡辺省亭が展示されていました。

 

 

■2度目に見る作品の印象

パッと視界に入った瞬間、あれれ・・・こんなだったっけ? という印象でした。最近、この状況が続いています。MOA美術館で見た《紅白梅図屏風》 黎明アートルームで見た鈴木其一の《四季花鳥図屏風》も同様の印象を持ちました。一度、見てしまうとそのイメージがあまりに強すぎて期待が大きくなりすぎてしまうからでしょうか?

 

今回の《夏秋渓流図屏風》については、訪れる前に、サントリーで見た時に記録していた食べログ日記を、こちらのブログに転載していたことも影響したかもしれません。すっかり忘れていたことも、思い出されて、そうだったんだっけ・・・とリアルに最初に見た時の追体験をしていました。その分、期待がうわ増していたように思います。

 

■動線と空間の違い

黎明アートルームでもそうでしたが、展示会場の構成によって、動線が限られ、見る方向が変わります。それによってどこから見るかという角度が限定されます。

サントリー美術館の場合は、自分の興味のある場所、好きなところから見るという選択がある場所に展示されていました。そのため最初に見た時は、中央から見ていたという記録がありました。

しかし、根津美術館の場合は、動線上、右隻からとなり、その方向もある程度、決まっているという状況で、選択の余地がありませんでした。

ただ、展示室に入った時の空間の広がりは、ヌケ感があります。

 

 

こういう広いスペースがあることは、見え方の状況を変える。ということを、草間彌生展やミュシャ展の巨大空間ほどでなくても、

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↓ 岡田美術館などでも、感じさせられていることでした。

写真

出典:全国お客さま探訪:岡田美術館:株式会社日立ビルシステム

 

 

■大きなはずの白いユリが・・・

始めて見た時の白いユリの大きさにびっくりしたのですが、大きいという予備知識ができてしまっているためか、こんなサイズだったっけ? という感じでした。また蝉ももっとすぐにわかるところにいたような気がしてしてましたが、こんなところだったっけ・・という感じ。なんだか、初めて見た時と印象が随分違いました。

 

 

■展示の高さ

一番、興味があったのは、屏風の展示の高さでした。ちょうど、腰のあたりの高さになっており、座位で見るのと同じ状態で見ることができます。そのため水流の勢いが一番感じさせられる高さです。しかも、鑑賞スペースには椅子も置かれているので、そこに座ってゆったりと見ることもでき、中腰のストレスは全くありません。

 

それでも屏風の赤い枠は目に入るので、少し腰をかがめると、水流の勢いが増しました。この屏風は目線を下げて見るとよい。ということを知っている人も多いようで、展示ケースの目の前で腰を下げて、水流が流れ落ちる様子を見ている人が、何人かいました。目線の位置によって水の流れが変わることについてはこちら(⇒■《夏秋渓流図屏風》の水の勢い

 

ただ、初めてサントリーでこれに気づいた時のようなインパクトはありませんでした。突然のように変化したという印象がこびりついてしまっているのと、その発見を前日に再確認してしまっているためか、同じ驚きにはなりませんでした。

おそらくもう少し、時間経過を経てみれば、あの時の感動よ再び! となったのではないかと思いました。

 

 

■岩の金と背景の金

真っ先に確認したのは、岩の平らな部分の金と、背景の金でした。サントリーで見ていた時は、発色が違っていたので、技法が違うのだと思いました。のちに御舟の撒きつぶしの技法と同じではないかと思っていたのですが、もう一度、それを確認して、実際のところ、どうなのかお聞きしたいと思っていました。

 

ところが、見るや否や、岩のトップの箔足が見えたのです。うそでしょ! 全然、見え方が違います。サントリーの展示では、マットに見えて、箔足(金箔を重ねたあと)は認識できませんでした。ところが、こちらでははっきりくっきり見えるのです。

 

正確には、これも見る角度によって違って違います。右からみるとマットに見え、左から見ると箔足が見えるのでした。自分がこういう理由からだろうと想像していたことが、がたがたと崩れていきました。(⇒■金地の違い

何で、こんなに見え方が違うんだろう。照明の違いでしょうか? おそらくサントリーの照明が強くてハレーションしている状態に近かったのかなと思われました。

 

ところが、照明をお願いしているところは同じところなのだそうです。同じ会社でも、同じ照明で展示するとは限らないと思うので、何か見せ方の意図があったのでしょうか・・・・

講演会終了後に、このことについて岡野先生に伺ってみたのですが、思いもかけないお話を伺いました。オークションに出た時の状態というのが・・・・・  そのため、修復したりしたので、その影響があったかもしれませんとのことでした。

 

あのマット感は、てっきり砂子ふりの技法を使ったんだと確信に近いものを感じていたので、展示される場所を変えて見ることで、こんなにも違って見えるというのは、おもしろかったです。

 

 

■展示の照明について 

始めて根津美術館の展示を見た時のことを、下記のように書いている記録があります。

 

⑥山種美術館:照明の秘密 からのつながり (2016/01/19) より

■ガラスの違い、照明の違いがわかるように
これまで何気なく見ていたようでも、見れるようになってきている・・・・ということを感じられた今回の美術展。

根津美術館に、《紅白梅図屏風》を見に行った時も、この美術館、なんだか作品が綺麗に見える近くに見えるような気がしていました。

山種美術館の照明のこと聞いて、照明について調べてみると、いろいろな工夫がされていたことをあとで知りました。

   ⇒緻密に練られた展示環境
   ⇒第 5回 建築と照明の精度

 

初めて根津美術館で見た時、ここの美術館は、なんだかわからないけどきれい・・・と感じていました。ところが、あれから2年。いろいろな美術館の展示を見るようになり、さらなる技術の進歩なども間のあたりにしてきているせいか、これまたあれ? もっときれいなイメージがあったんだけどな・・・・ 反射の映り込みも、なかったと記憶していたと思っているのです。

 

一度、味わった感動というのは薄れてしまうことに加え、その後に見たよりより展示のイメージと置き換わっているように思いました。その後の鑑賞体験が、2度目の印象も変えていくようです。

 

 

■音声ガイド

講座の前に一度見て、講座を聞いて、再度見たところで、作品解説の上の音声ガイドの番号に目がいきました。《燕子花図屏風》《夏草渓流図屏風》も、メインとなる作品には、2つの番号が振られています。

 

始めて訪れた時、それまで何度見ても、何度聞いても、理解できなかった《紅白梅図屏風》が根津美術館の解説でやっと理解できたということを経験しています。(⇒■根津美術館の音声ガイドの解説) それは一つの絵に対して2つのガイド番号が振られて、より深い解説をされていたからでした。(⇒■根津美術館の《紅白梅図屏風》

 

今回もメイン作品については、2つのガイド番号がついていたので、2つに分けてどのようなことがかたられているのかを確認してみたいと思いました。また根津美術館の《燕子花図屏風》やMOA美術館の《紅白梅図屏風》のように、毎年同じ時期に定期的に展示される作品の音声ガイドは、どう変わるのか・・・という興味も出てきました。

 

MOA美術館では同じガイドがずっと流れていたことが、今年の展示で分かりました。(⇒■根津美術館の《紅白梅図屏風》根津美術館の音声ガイドはどうなのかな・・・ と思ったのです。そして音声ガイドはただ流して聞いているだけでは文脈の構成まで把握できていないことがあるということにも気づきました。■音声ガイドの解説より「てにをは」によって修飾語に変わったり、主語述語を伴う修飾語が前にあったり、と解説文の構成を意識しないと、理解のずれがおきるという経験を、MOA美術館の《紅白梅図屏風》の解説を文字起こししてみてわかったことでした。(■音声ガイドの解説より

 

そして、解説の中に、また新たな話があって発見があるかも・・・・と思い、一番最後に、時間延長で19:00までだったので借りてみることにしました。

《夏秋渓流図屏風》の左隻、右隻の土坡のグリーンの色が違っていて、秋の左隻はちょっとくすんだ色になっていて季節を表していたことがわかりました。サントリーで何回か見たと思うのですが、気づきませんでした。

 

 

■アメーバのような流れ、アイスクリームのような土坡 

 根津美術館の作品解説に、アメーバのようなという表現があり、サントリーで見た時は、どう見てもアメーバには見えない・・・・とわざわざ写真までつけて書いていました。(⇒[左隻]

ところが、アメーバのようなというのは這うような水の流れの形のことだとわかりました。アイスクリームのような土坡というのは右隻の土坡が岩に垂れている輪郭のことのようです。

 

若冲トロリと垂れて流れる雪のような表現に通じるものがあるとのこと。そして右隻の岩にかかる緑の縁は、黒い岩に対して、緑が覆いかぶさっているようなのですが、どこかそれが逆転して、岩の色が上に重なって見える部分があります。これは目の錯覚のようなものがあって、そのように見えているらしいです。

 

水流については、リズムがあり、岩の傾斜を落ちて、一旦、留まるように平らな場所を流れ、また流れるという動きがあり、とどまったところは水の泡が立っていたことが講座の解説から新たにわかったことでした。

 

 

■屏風の展示の高さについて 

講演後、展示を見ていたら、岡野先生も御覧になっていらっしゃり、ちょうど《夏秋渓渓流図屏風》の前でばったり。ダメ元で、サントリーの屏風の展示の高さが変わったことについて伺ってみました。先生は、展示の高さを変えたこともご存知で、やはり見る人の声によって高さを変えたのだそうです。

 

根津美術館での展示の高さを考えると、貸し出す側からの展示法の要望は出さないのかを細見美術館の方に伺うという本末転倒な質問にも丁寧に答えて下さり、その時の状況によって、いろいろに検討されているのだそうです。

 

例えば、根津美術館の《夏秋渓流図屏風》《燕子花図屏風》は、実際の展示ケースの高さよりもさらに台を入れてかさ上げがされていることを教えていただきました。見ていてそれには気づきませんでしたが、確かに高く展示されています。それは、混雑が予想されるので前に人がいると見えなくなってしまったり、遠くから引きの目線でも見て欲しいという意図もあることを教えていただきました。

まさか、サントリー美術館の展示の高さの変更のことを、細見見術館の岡野先生からご説明をいただくとは思いもしないことでした。

 

ずっとペンディングになっていたいくつかの疑問が、いろいろと一気に解決できた講座となりました。

 

 

■感想・まとめ

サントリー美術館で同じ作品を見てから8か月ほどしてからの再会。再会で新たな発見や感動を得るには、ある程度の時間も必要・・・・ということがわかりました。昨年、国吉康雄を直島で見たいと思って、3か月後に見たのですが、穴があくほど見た作品を3か月後にみても、新たな発見はそうあるものではないというのが実感でした。

 

今回も、1年もたたずに見ても、多くの発見は望めないということがわかりました。しかし、それでもちょっとしたことが加わったり、なにより、金の発色の秘密がなんとなくわかったというのは、一番の目的を果たすことができました。

 

そして、細見美術館の岡野学芸員は、今回の其一展の総合プロデュ―ス的なお立場だったようで、それぞれの展示会場の様子も把握されていて、細かな質問に対しても適格にお答えになられたことが印象的でした。お話の中にはトリビア的なこともあってなかなか面白い世界だと思いました。

 

こんなに美術館にでかけているのに、好きなアーティストがいない・・・ということに気づき、これから探していこうと思っていたのですが、春草に続いて、もう一人、好きと思える画家が、其一になりそうです。