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コロコロのアート 見て歩記&調べ歩記

美術鑑賞を通して感じたこと、考えたこと、調べたことを、過去と繋げて追記したりして変化を楽しむブログ 一枚の絵を深堀したり・・・ 

■東京近代博物館:「所蔵作品展」鑑賞記録 《騎龍観音》

近代美術館の常設展(所蔵作品展)の鑑賞記録。最初に見て思ったこと。解説を見たあとに思ったこと。人の感想を見て感じたこと。そして自分の作品の見方や見ているポイントが見えてきました。一つの作品からいろいろなことが見えてきます。

 

 

 4階は、ハイライトコーナーでは、1900年~1940年までの作品が展示されています。ここは、明治の終わりから昭和の初めまでの作品が展示されています。が当初はそのあたりはあまり認識せずに見ています。

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■《騎龍観音》の鑑賞ポイント 目についたのは?

〇《騎龍観音》原田直次郎

       (1863-1899)1890年 油彩

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 ↑ おっ! これ、見たことある絵だ!

 

 

〇最初に注目したのは目

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最近注目するのは龍の目です。「目の玉」が「どの位置」に「描かれて」いるのか・・・しかし、この龍の場合はそういう問題ではありません(笑) 墨画の龍の目の表現とは全く異にするもの。何と言えばいいのか。お茶目・・・・ つぶらな瞳(笑) これが「東洋」と「西洋」の融合なんだ・・・と最初に感じさせられた部分。

 

 

〇画面に吹く風の違い

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↑ この「葉」は何でしょう? ここに吹いている風はそよそよです。

 

しかしそのちょっと下に目を向けると・・・

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↑ 吹き付ける強い風が巻き起こっていて、その音も聞こえてくるようです。龍に威厳のようなものが加わっています。

 

 

〇龍の体のうねりは?

目とともに最近気になるポイントは、龍の躯体はどこでどのようにつながっているのか・・・

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↑ どの部分がどのように隠れていて、その先、どこにつながっているか。それによって龍の大きさをいかに表現するか・・・ 西洋とぶつかりあった龍はどう描かれているのでしょうか?

 

墨画の龍のうねり 

たとえば、こちらの海北友松の龍は、体にひねりを入れて襖の奥の方に消失しその巨大さを表しています。

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草間彌生のウネウネ

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 《黄樹》(出展みどころ | 草間彌生展「わが永遠の魂」国立新美術館

 

このうねりの先を追いかると、うごめきだします。

過去、近代、現代のうねりの表現西洋と東洋、その融合・・・ 

うねりの先には何がある?  これ、最近みつけた鑑賞ポイントです。

 

 

《騎龍観音》のうねりは・・・

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                 ↑
画面の奥行きに向かって広がっています。そして手前に向かって爪が前にニョッキリ飛び出しています。平面に描かれた2次元の絵画に、奥行きが加わり3次元に描かれています。海北友松も同じような龍の爪の表現をしていました。同じ空間のとらえ方だと思うのですが、そこには東洋と西洋の違いを感じさせられます。日本画が明治期に入って、西洋に追いつけ追い越せの時期ならではの絵ではないかと思われます。

 

 

■東洋表現と西洋表現の比較

〇目

龍の目を西洋画にならってリアルに描いてみました! リアルを追及したのですが、どこかお茶目な龍になってしまった・・・・ そしてどこか漫画チック。これまでの龍の絵では考えられない描き方です。この目を見た当時の日本人は、どう思ったのでしょうか?

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〇爪の飛び出し

そして空間の構成の一部は、日本画の空間表現を踏襲しながらも、西洋画の遠近表現などを取り込もうとチャレンジしているように感じました。ここにもニョキッと突き出した海北友松の爪と同じだと思いました。

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〇風の表現

↓下部のリアルな風の表現は西洋画の影響が強いと感じます。

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    ↑  西洋画的な風   ↑

 

〇空間表現

しかし、右上部のモヤ感(↓ここ)は長谷川等伯を松林図屏風の空気感が・・・

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(おそらく、これらの感じていることは、以前に見た解説の記憶がどこかに残っていて、それをもとに見ている部分もあるように思います。でも多分、それを見ていなくても、このような理解はできただろうと思います。)

 

 

■解説パネルから

そして、パネルの解説はこちら・・・・

 

 

〇解説を見てから感じたこと・・・

これを見ていた時に、油彩であることには、あまり着目していませんでした。

光の当たり方についても見ていませんでした。観音の足元と龍のあたりにスポットが当たっています。ミュシャ展の叙事詩でも効果的に使われていた手法だと思いました。宗教的な絵に対して施される光効果。

「陰影描写」というキーワードによって、気づかされた観音様の衣装の縦方向に通る影。西洋的な光と影の表現とともに、画面を縦方向により大きく見せる効果加えていると思われます。

ミュシャの絵で思い出しましたが、「光と戦いの火」 ここにも「火」が描かれています。

 

リアル表現の追究において、龍は犬や鶏をモデルにしたと言います。しかしいきなりのリアルさ(あの目・・・)というのは、当時の人たちはどう受け止めたのだろう・・・と思ったとおり、「サーカスの綱渡り」と評されたそう。

 

西洋的遠近法の試み・・・と聞いて、新たに観音様の横の龍が奥に向かって消失し空間を広げている・・・と思ったのですが、これは日本的な表現かも・・・ 下部左の遠景モナリザの遠景に通じているような。空気遠近法ではなさそうですが、人物画の背景に実際には見えていない景色を描くことで、距離感を出した? でも、これ日本画でもしてたよね・・・・

 

というように、東洋と西洋がぶつかりあって何かを生み出そうともがいている絵だと思ったのでした。

 

 

〇他の感想を見て

この絵を信仰、スピリチュアルなものとしてとらえられていました。ああ・・・そうか。観音様だもんな・・・ でも、私、そういうとらえ方は絶対にしないだろうな(笑)

 

背景が何もわからない時、目の前にある絵を見て、その表現法、テクニック、何で描いたのか、どう描いた・・・ そういう部分にまず目がいってしまうということがわかりました。この絵は観音様を描いているけども、宗教というものは一切、思い浮かべていませんでした。

絵を見て時代背景など知識があれば、それを元に考えていく。そしてこれまで見た絵の中に似たようなもの、似た表現、似たテーマがなかったかな? と頭の中をひっかきまわして引っ張りだそうしている・・・ そんな風に見てることがわかりました。

 

確かに茶碗もそうでした。どうやって作ったのか。どんな釉をかけたのか、どこまで釉はかかっているのか・・・・ この剥げは、何によって剥げたのか? もともとなのか。 こっちは釉をかけていないのか・・・・ それによって光をどう受けて、どう私たちの目に届いているのか・・・・ 見ていたのはそんなことばっかり。

 

なぜ、武士が茶道をしたのか・・・ その精神性について解説するビデオを見てやっと、そこの部分に興味が向いた状況でした。

 

 

■その他の作品

〇《書斎》須田国太郎

4階のエリアで一番、気にかかった絵がこれ 書斎というタイトルなのですが、中央のもやもやしたものはなんだ?! と思ってじっと見てました。この人は、小説か何かを書いている人で、よく漫画にあるように、書いては原稿用紙をぐしゃぐしゃにまるめて床に散乱させるのを、机にまとめて散乱させているのだと思って見ていました。

 

なんか、こういうぼんやりとした表現がある絵がに興味が行くということを今年のお正月あたりに感じていたのですが、今回もそうでした。

スタッフの方にこれが何かを伺ったら、確認して下さって花だとわかりました。

 

え~ 花~ どう見ても見えない~

 

と思って見ていましたが、こうして写真を持ち帰って見ると、花瓶みたいなものがありました。

 

ジョアン・ミロ「絵画詩(おお!あの人やっちゃったのね)」

例えばこれ

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ジョアン・ミロ「絵画詩(おお!あの人やっちゃったのね)」

出典:東京国立近代美術館・常設展(MOMATコレクション)を訪れて

               : 美術とバイクと旅行と登山とエトセトラ

もうおならの絵だということは知っています。そして、サントリー美術館で絵巻を見た時にもおならをテーマにした絵巻が描かれていました。古今東西、いずれもおならを絵に描こうとするんだ・・・・と思いながら見ていました。

 

そしてここに描かれたおならの矢印のような曲線は、おならが広がる方向を示しているのだと思ってずっと見ていました。今回、実物を見て思ったのは、これは矢印の矢ではない。お尻だ! お尻から漏れた様子を描いていたんだ・・・と新たな見方をしていました。おならの方向性が、全く逆に向いてしまった不思議な感覚でした。

 

 

岸田劉生の「道路と土手と塀」

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出典:岸田劉生「切通之写生と麗子像―リアリズムにぬり込めた超現

           わくわくアート情報/絵画の見方・買い方/ウェブリブログ

 

上記の岸田劉生の「道路と土手と塀」を見た時に混乱していました。

 

最初、山種美術館で見たと思いました。ここから貸し出されていたんだ・・・ いや、そうかなのかな? と考えだしたらこの絵の本物を見たのかどうかわからなくなってしまいました。

 

美術館で本物を見ることは大事・・・・ しかし、見たつもりでもつもりになっていて見ていなかったり、こうして出会っても分からなくなってしまうというのは、本物を見るというのはどういうことなのかな? と改めてえさせられたリ。

 

 

■感想・まとめ

所蔵作品展の気になった絵について、こうして感じたことを順を追って記録に残しておけば、また何年かしたら面白いだろうな・・・・と思いました。ただ気になる作品はこれだけではないので延々、続いてしまうので、今回はここでお開きにすることに(笑) 気が向いた時にでも追記をしようかな・・・

 

鑑賞とは何か? 絵を見るのは美術館? 本物を見ないとだめ? 

 

今回、この絵、知らない。・・・・ でも、見たことがある! 知ってる! という作品が何枚もありました。よくわからないけど、どこかで見た・・・ということがより深く見ようと思う興味のきっかけになります。

 

ところが、見たことがある・・・ という絵が本物を見たのか、調べものをする過程でネットで何回も何回も見たから、本物を見た気になっているのか。関連参考作品として見ているものが、見た気になっているのか・・・ あるいは、会場のビデオで見ただけで本物は見ていないのに美術館で見たつもりになっているのか・・・・ 単に有名な絵だからどこかで見たと思っているのか。よくわからなくなっているということが起きていました。

 

記憶の留め方もいろいろある。美術館に実際に身に行くのもいいけど、こうしてネットを通じて他人が見た記録を見ていることでも、いろいろと鑑賞の参考になる種を拾えているのだなと思いました。

 

気になる絵があって、あとで撮影しよう・・・と思っていてチェックもしていたのですが、時間がなくなって撮影することができませんでした。一部、ネットからお借りしております。